鏡越しのパズルピース(其ノ伍)
「そして────光宙は警備中に何者かに襲われ死亡した。」
鏡の破れる破裂音が鳴り響いたが、夢の世界にいる人々にはその音は届かなかった。
透明のガラスの破片に交じる反射する鏡の破片。光を乱反射する二つの欠片の上に光宙は深淵の眠りについた。
犯人は息を殺して部屋を出ていった。
犯人も去った後に現れる警察達。彼らは辛辣にその状況を眺めた。
強い打撃を受けて凹んだ頭部に無造作に存在する擦り傷が生々しく目に映る。警察は声を荒らげ犯人を探そうと躍起になった。
「鏡の破れる音を聞きつけた警察達が光宙の死を確認した。それは、犯人はまだ近くにいることを示していた。」
この事態に気付いた警官は他の動ける警官と連絡を取り犯人模索へと走り出した。廊下に出た警官が物音に気付く。隣の部屋からだ。
隣の部屋の扉が開くと同時に一人の男が出てきた。龍だった。彼は「るせぇ」と怒り散らす。
「犯人探しに出た時に、容疑者の一人臼田龍が部屋から現れた」
「えっ? 何故、龍がここにいるのです? その家にいた人は他の場所へと移って貰っているはずでは?」
「それが、アルコールで昏睡していて事に気づかなかったようだ。鍵も閉まっていたその部屋に誰がいるかの確認は後回しにされていたらしい。」
「その龍が特段怪しいですね。」
龍は鍵をしめた部屋の中で寝ていた。だがそれは、アリバイにはならない。
「ああ、俺もそう思うんだ。ただし、他にも怪しい容疑者がいる。」
「誰ですか?」
光宙が死の世界へと入る時、外の庭では一つの影が怪しく微笑んでいた。その影に忍び寄る手。怪しげな人物の肩を一人の警官が軽く叩いた。
微笑んでいたのは夏治郎で、彼は驚いた表情で警官の方を見た。警官は「何をしている」の一言を放ち、夏治郎を制した。彼は口を動かしているものの言葉にはなっていない。
「まず一人は不知夏治郎だ。光宙が亡くなった時、夏治郎は臼田家の庭にいた。」
「なるほど。糸による殺人のように外から殺害した可能性も捨てれませんね。」
透明人間の人間投下事件───。その事件で一人の男性が殺害された。その男性はアパートの四階で殺された後、窓を通して投げ捨てられた。だが、実際には投げ捨てられた形跡はなく、多くは思考停止で透明人間の仕業とした。ルインはそんな状況を打破し、糸によって外から引っ張り落としたことを発見した。それを祥子は糸による殺人と称したのだ。
「ああ、その可能性は捨てれないな。」
夏治郎が警官に見つかるのと同時刻に陽菜は警察の目を盗み逃亡していた。
「そして、もう一人怪しい容疑者がいた。」
「誰ですか?」
「山田陽菜だ。彼女は逃亡していた。それも警察の目を盗みながらな。」
陽菜は暗闇に隠れている。警察の隙を通って逃げていった。
「しかし、何故逃亡したのでしょうか……」
「理由は二つ考えられる。」
「一つは光宙さんを殺害するため、ですよね。」
「そうだ。そしてもう一つは彼女が麻薬常習人であり、それがバレるのを防ぐためだろうと考えられる。この事件から半年後陽菜は麻薬所持によって逮捕されている。」
陽菜は月明かりのない夜の中、コンクリートを背にしてしゃがみこんだ。そして、袋を口元に当てる。その袋には麻薬が入っている。悪魔の薬を陽菜は取り込んでいたのだった。
「三人の怪しい容疑者が確認された。その次の日、俺らもこの事件の解決に加わった。」
臼田家に入るのを拒む立ち入り禁止のテープ。健治とルインはそのテープの向こうへとくくっていった。
空気が張り詰める空間に身を投じる。
ルインはまず先に例の部屋に進み手を合わせた。天国へと逝ってしまった光宙に向かって手を合わせたのだ。手を離すとルインは息を吐いた。
ルインと健治は事件解決に尽力した。
「一旦事件について振り返ろう。」
「そうですね。」
「臼田家でパーティが開かれ、そこに参加したメンバーの中から臼田家の娘ニコが殺害された。その際、ガラスが破れる音がした。」
犯人は鉄バットでニコの頭部を強く殴打。ニコの身体は直立する力を失い前へと倒れていった。床に這いつくばった身体の頭から血の川が流れていく。
犯人は拭い去られない不快を手に込めて窓へと投げ捨てた。強烈な音が鳴り響く。そこで犯人は自我を取り戻す。
一階から不安に駆られた参加者が慌てている様子が聞こえる。彼らがこの部屋に向かって来る。犯人の背中側には海が広がっており逃げることが出来ない。まさに絶対絶命だった。
「累を始めとしてニコが殺害された部屋へと行くがそこには誰もいなかった。」
「ガラスを破って飛び出したということも考えられますね。」
累が部屋を見るとそこには誰もいなかった。警察が来るまで累の見張りが続く。
静まり返ったその部屋で目を光らせる。しかし、その眼にはネズミ一匹映ることはなく終わった。
「そして、警察が到着した。そうして警察による犯人の捜索が行われたんだ。その警察の一人が光宙だった。」
光宙は部屋を監視している。
厳かで静かな部屋。光宙は物音を察知し部屋の窓から外を覗く。
「その後、その部屋の監視をしている頃に光宙は頭部を鏡で殴打され死亡した。」
光宙が倒れて数十分後、他の警官がその部屋に辿り着き光宙の死亡に気付いた。
「鍵の閉まった部屋で寝ていた龍が現れ、庭では夏治郎が見つかり、陽菜の逃亡が確認された。」
家で寝ていた龍、庭から破れた窓を眺めていた夏治郎、警察の目を盗み逃げ回っていた陽菜。
「この中に犯人がいそうですね。単独はたまた共犯か。」
「龍は寝ていたの一点張り、夏治郎は黙秘、陽菜は逃亡していて聴取出来ず。ただ、半年後に捕まった陽菜から有益な情報がくることはなかったし、聴取してもあまり進展はなかったかも知んないな。」
「成程。」
「まあ、昔俺とルインは一つの答えを出した。」
「それは何ですか?」
「犯人は"臼田龍"だということだ。まあ、その証拠が掴めなかったが……」
ルインも健治も龍が犯人だという筋で進めていった。しかし、アリバイはないのに証拠を一つも掴めない。
そして、二週間が経った。
捜査は相変わらず難航した。それでもルインと健治の目は死んでいなかった。
「話は飛ぶが……二週間後の話だ。」
「二週間……後。」
「事件は急展開を迎える。」
「どういうことですか?」
「夏治郎が自白したんだ。それも充分な自己意志があったはずだと考えられている。」
夏治郎が警察に自分がこの事件を起こしたと告白した。夏治郎は瞼を閉じて切に口を開いたのだ。
夏治郎は事件の一連にどう関わったかを淡々と述べていく。
「夏治郎は龍の紹介によりパーティに参加した。龍からは妹がいると聞いていて挨拶しようと考えていたようだ。まあ下心があったかも知んない。」
夏治郎は色眼鏡をかけて家の中へと入っていく。だが、目的の相手は見つからない。どうしてだろうと首を傾げているとニコが二階で引きこもっていることを知る。夏治郎は無理にでも一目見ようと階段を登っていった。
「夏治郎が部屋に入ったが、そこで口論となり、カッとなって近くにあった鉄バットで殴ったと証言した。」
夏治郎が扉をノックするとニコが鍵を開けて覗いてきた。夏治郎は適当に考えた要件を伝え部屋の中へと入っていく。
数分後、些細な話から口論となり部屋に飾ってあった鉄バットを握って思いっきり振り落とす。低い音が怒りで燃える心は焦りで冷えていった。
「殺してしまったことに焦った夏治郎は動揺から鉄バットを窓の外へと投げ捨てた。さらに、ガラスの破裂音を聞きつけた参加者が階段を駆け登る音を聞いてさらに焦ることになった。仕方なく唯一の逃げ場だった窓から脱出したという訳だ。」
夏治郎は焦っていた。焦りで頭がどうにかなりそうだ。混乱した頭が手を動かして手に持つバットを窓の向こうへと投げ捨てる。破裂音が夏治郎の焦りをさらに加速させる。
階段を登る音が響く。逃げ場はない。いや、窓から飛び出せば鉢合わせすることなく逃げられる。
夏治郎は外へと跳んだ。夜の外は皮膚を凍らせる程ひんやりしていた。芝生が落下の衝撃を和らげる。
「ちょっと待ってください。話が飲み込めません。……というか話に無茶がありませんか?」
「ああ、無茶があるな。」
「ニコが見知らぬ男性を部屋にいれることや初対面の男女が話し合いで口論となり頭に血が登ること、焦ったという理由でバットを窓に投げたこと、どれも大分普通じゃないですね。」
「ああ、だが可能性がないとも言いきれない。」
「ええ、そうですけども……」
祥子の瞳は斜め上の天井を眺めた。
「ただ、逃げ場がないからと窓から外へと跳んだことはもう可能性は零に等しい気がしますね。」
「いや、分からないぞ。」
「そうですか? 怪我をしずに二階から飛び降りること、それとそんなリスクを負ってまで飛び降りる選択をしたことはほぼない気がしますが。」
「人生何があるか分からないぜ!」
健治は笑いながら言った。
賑やかな笑い声の中に悲哀の感情が散りばめられているような感じがした。




