透明人間の人間投下事件(其ノ壱)
短編連載小説です。
事実は決して変わらない。
ただ、事実に対する主観は無限である───
*
鳳 ルインは手に持つトランプを眺めていた。
五つのカード。その内三枚を机に伏せ、机中央の束から三枚を引いた。
四人の大人が机を囲むように腰を下ろしている。皆、カードを持つ。そのカードが一斉に開かれた。
篠田 シーナの置いたカードの内三枚が輝きを放っている。
「スリーカードよ!!」
それを聞いた山内 健治は苦渋の表情で乱雑にカードを置いた。四枚のカードが薄明りを灯していた。
「勝てねぇよ! 俺ぁ、ツーペアだ!! なーんだよ! せっかく、運が良くて二枚同士揃ったというのによっ!!」
「運だけで勝負しようとするから山内警部補は負けるんですよ!」
安倍 祥子は健治を軽くあしらった。それに機嫌を悪くしたのか健治は祥子を軽く睨む。
「じゃあ、お前は何だったってんだよ!!」
祥子は手持ちを机に下ろす。全てのカードが眩く照らす。三人の女王が健治を嘲笑い、二人の王が健治に冷たい視線を送る。
「"Q"が三枚と"K"が二枚。フルハウスです!!」
「な、な、な、何だって!?」
健治は口を開くと、その口は空いたままだった。まさに開いた口が塞がらない。動揺して汗が滴る。
「確かに運も必要ですが、それ以前に揃ってないカードがあれば全て送るという単純な思考ではポーカーでは勝てませんよ。」
「く…くくく……」
二人は机を挟んで対面していた。
真っ直ぐ突き抜ける視線から健治は思わず逸らした。
「残念ですが、私の勝ちですね。山内警部補は負けですよ!」
「こ…今度は絶対に勝ってやる!! 部下なんかに負けてられないからな!!」
熱烈に広がる対抗心が部屋の温度を上昇させた。
ただ、その二人の発熱機はすぐに凍結することになる。ルインはカードを下ろす。四枚の光線が全ての光をかき消した。
「盛り上がっているところすまない。私は"A"が四枚。つまり、フォーオブアカインドで私の勝利。」
ツーペアよりスリーカードが強く、それよりもフルハウスが強い。だが、フォーオブアカインドはそれを凌駕する。それに勝てるのはストレートフラッシュかロイヤルストレートフラッシュのみだ。
健治は放心状態となった。祥子は「えっ」と戸惑っている。
ルインは口元を弛める。
「この勝負を通して何か思ったことはあるかな?」
健治はおどけた口を開く。込み上がる熱い炎が瞬く間に冷やされたせいで、鉄は錆びれた。その鉄は何処からどう見てもあどけない。
「いやぁ、運がいいですね……」
反応もいまいち締まらない。
「やはり予想通りだ。安心してくれ、健治には何も期待してないからな」
ルインの繰り出した言葉の刃が錆びれた鉄を両断した。打ちひしがれた心は悲しく下を向く。
「それでは祥子さんはどうかな?」
「すみません。何も変わらないように見えます。期待通りの答えを出せず申し訳ございません。」
「大丈夫だ。そう返されることは分かっていた。健治でも出せない答えだ。部下の貴女が答えられなくても仕方ない。」
「おいおい、俺への悪口かよ!!」
眼鏡の奥に秘めたる眼差し。ルインは眼鏡の縁をかけ直した。
「さて、注目したいのはここからだ。シーナはこの勝負を通して何か思ったこと、あるいは気付いたことはあるかな?」
黒に身を染めた服装のシーナは静寂な雰囲気を醸し出す。ルインに向けて冷徹の吐息が放たれた。
「先生はこのポーカーで《イカサマ》をしましたよね。」
健治も祥子も「えっ?」と口から溢れ出た。驚嘆と疑問が混じっていた。シーナを心の底で褒めなからもその意味に首を傾げる。
その様子を見ているルインは笑いを堪えていた。
「ちょっと待て、ルイン!!どういうことだ!?」
「彼女の言う通り、私は《イカサマ》をした。初めからこの勝負で私が勝つことは決まっていたのさ」
ルインは変わらず前だけを見ていた。
「そして、もう一度聞こう。この勝負を通して何を思った?」
「こんな勝負は不毛だ。勝てる訳無かったんだ。そもそも、何故賭け事でもないのに《イカサマ》を使ったんだ?」
「なるほど。その問に答えるその前に祥子さんの答えも聞きたい。」
「私ですか? 私は《イカサマ》を見破ることが出来ず自分はまだまだ未熟だと感じました。警察として悪事を見破るために些細なことからでも精進しなければいけないと、肝に銘じました。」
祥子から正義感が溢れ出している。真っ直ぐとした美しい瞳には汚れが一つもついていなかった。
「さすがだ。部下である祥子さんはまさに警察の鑑みたいな答えだ。一方で、上司の健治ときたら……」
「わ…悪かったな」と健治は口元を濁した。
健治は片肘を机について顎を掌に乗せてルインの方を見る。
ルインは怖気付くことなく真っ直ぐ視線を貫いた。
「さて。私はポーカーで《イカサマ》を行って勝利した。この事実は揺るぐことはない。」
ルインは表面のカードを全て束に戻した。目に見えない程素早い手捌きでトランプをきっていく。
「事実は変わることはなくても、その事実を見た人の意見はそれぞれ違う。一人一人考え方が違うのだから当然だ。健治は《イカサマ》を不毛と言ったが、祥子さんは《イカサマ》を見破って当然で見破れない自分への後悔を述べた。」
「それで? ルインは何が言いたいんだ?」
「教科書に乗っていること、記事に乗っていること、それは誰かの主観が混じっている。もしかしたら主観が捻じ曲げて捉えているかもしれないし、敢えて捻じ曲げてるのかも知れない。探偵は、警察も、<その主観に踊らされてはいけない>!!」
健治は髪の毛をむしゃむしゃ掻き始めた。
「いや、分かんねぇよ!!」
しかし、その目の前に座る祥子は首を何度も縦に降っていた。その頷きが理解したことを現す。
「私は分かりましたよ、山内警部補。事件の真相、つまり事実は歪むことなく存在しますが、その事実を見た人が勘違いしているかも知れませんし、嘘の情報を伝えるかも知れません。そんな情報に探偵も警察も騙されてはいけない。……ということです。」
ルインは優しく微笑んだ。
「祥子さんの言う通りだ。」
「いや、分かったような分からないような……」
「そう言えば、健治と祥子さんってどちらが上司でどちらが部下だろうか。ああ、上司は祥子さんで部下は健治か」
「上司は俺だ!!!」
言葉で弄られる健治。滑稽な反発がその部屋に笑いを生んだ。
「くっそぉ! いつも通り、俺らを試してたって訳だろ?」
「正解だ。ポーカーを通して二人を試そうとした。勿論、シーナにも協力して貰っている。」
「まんまと嵌められたな、俺ら……」
「ええ。けど、山内警部補は常に学習しませんよね。だから、いつまで経っても警部に昇進出来ないのでは?」
「るせぇ!!」
賑やかな空間。
窓に映る雲が笑顔を浮かべて過ぎ去っていく。
「本題に入ろうか。迷宮入り確実という厄介な事件の依頼である【透明人間の人間投下事件】について教えて貰いたい。」
黄色の紙に黒い点が浮かぶ。その黒を見逃すことは出来ない。その点が雲に亀裂をかける。
真剣な眼差しで健治は語り始めた。
とある掲示板で齧った所で疾走したので、その作品を完全オリジナルでリメイクして投稿しました。
ただ、書きたくて書いてます。
※途中からルインの口調が「祥子さん」から「祥子」へと変わっています。これは単なる作者のミスです。見つけ次第、ゆっくりと直していこうと思います。