村 その5
2年の月日が流れ、ハナは9歳になった。
この国では1月1日に皆が1歳年を取る。
一部の貴族を除いて、実際の誕生日を祝うこともない。
ハナは一昨年の4月以降、若い商人に必要ないものをもらうのをやめ、目的であった外のことを聞くようにしていた。
若い商人の予想では1年後の3月からハナは近くの町の学校に行くことになる。
しかし、ハナは別のことを考えていた。
この国には思っていた通り、魔法が使える人のための学校がある。
村人でも王都の魔術師の学校に行くこともあるということだ。
それは高い魔法の才能がある場合に限られるが、ハナ自身は問題ないと感じていた。
この国には身分制度が存在し、貴族、町人、村人に分かれている。
町人と村人は平民としてまとめられることも多い。
貴族は基本的に平民とは話さない。許可がない限り、平民から貴族へ話しかけることは禁止されている。
しかし、王都の学校では貴族と平民が平等に扱われ、差別されないらしい。
さらに村人ならば必要なものはすべて学校側から用意され困ることもない。
これは『学校での平民なのに強い』ルート入ってるだろう。
ちやほや高確率モードである。
ハナはそんなことを考えると心わくわくだ。
貴族の子の話がわかるように敬語などの言葉も勉強中だ。
こうして外に行くための準備を進めている。
修行もそれなりに順調であった。
肉体の魔力上限量は1か月に3割ほどの上昇スピードを維持している。
1か月に倍だったころに比べると見劣りするが、1年で20倍を超えるのだからまだ十分大きい。
日々の特訓のおかげで、身体強化や自己回復をすばやく自在に行えるまでになった。
魔力で痛覚を遮断すること。腕の骨を折ってそれを治すなんて荒業まで試している。
もう骨折程度なら瞬時に治せるため、怪我のうちにも入らない。
しかし、できないこともあった。
ファイアーボールは一度も撃てていない。キノコばっかり採っているのにだ。
すでに有名土管工がするような自分の身長の何倍もの高さへジャンプは簡単にこなせるが、それでもできない。
ハナは自分にしか魔法が使えないのだ。
それでも魔法で体表面の汚れをきれいにすることができるようにはなった。浄化魔法である。
汚れは落とすのではなく、消し去っている。
さらに口の中も魔法の効果範囲になり、口に入ったものならきれいにすることが可能となった。
将来を見据え、毒などの除去も行えるようにもしている。
これで泥水が口の中に入った途端、天然の湧き水のように変わり飲めるものになる。
さらには落ちている食べ物を拾って食べても食中毒を起こさない。
かびたパンだろうと、腐った肉だろうと食べても平気という、冒険にはとても役に立ちそうな魔法だ。
このようにできることは増えているのだが、自分の外側で魔力を使って何かをすることはほとんどできていない。
だからこればかりは学校で教わらなければならないと思っていた。
2年経ってもハナの周りでは特に変わったこともない。
ハナの兄が去年、職業鑑定を受け、守り人だと教えられたことぐらいだろうか。
守り人がやってることは『アーの樹』を見回っているだけ。
今までとやっていることは全く変わらない。
ハナはある時、いつも何しているのか聞いてみた。
どうやら『アーの樹』を目指して動物がやってくるらしい。
それを木の棒で追い払うだけの簡単なお仕事だ。
へろへろな状態でやってくるので、子どもでも追い払えるから心配ないということだ。
ハナはこのことを商人に聞いてみたが、この村には限られた人や動物しか近づけないらしい。
多くの人や動物は気分が悪くなって途中で来るのを断念するということだ。
馬車もこの村に入れる馬を選別しており、ここにくる商人もここの住人だった人が多いそうだ。
ハナが思っていたよりもここはかなり特殊な村だった。
原因はきっとあの『アーの樹』だ。
3月1日。
この日もハナは変わらず森で修行とキノコ狩りである。
いつも通り終えて家に帰ると、家の畑のほうから話声が聞こえてきた。
ふと気になって覗いてみると、ハナの妹のシアが『何か』に向かって話しをしている。
畑には野菜しかなく、人や動物の姿は見当たらない。
「ねえシア、何と話してるん?」
「あ、お兄ちゃん。せいれいさんとおはなしー」
「せいれい?」
ハナが気になって訊ねると、精霊だと言うではないか。
ハナは精霊という存在は知っていた。母親が昔聞かせてくれたお話にも登場する不思議な何かだ。
前に商人から聞いた話によると、不思議な力を持っていて幸せを運んできてくれるらしい。
そして職業鑑定に使っている道具はなんと精霊が入っている特別製ということだ。
「うん、せいれいさん」
「話って誰でもできるの?」
「せいれいさんは、はなさないよ。わたしがはなしてあげてるの」
「そ、そうなんだ……」
ハナはじーっと畑を見つめてみるが、やはり何も見えなかった。
夕食時、ハナは精霊の話を家族に聞いてみたが、「え? 見たことないの?」と見えていることが普通で、見えていないことに驚かれてしまった。
さすがに自分だけ見えないのはハナにも想定外のことだ。
そして家族には見えなくても大丈夫だと励まされてしまった。
(このままではまずい……)
この日の夜、ハナはベッドで考えていた。
自分にだけ、精霊が見えていないこと。
自分の目が原因だろうか。色が他の人と違うのが理由かもしれない。
そんなことをぐちぐち考えていたが、結局やることは一つしかない。
出来ないのであれば、出来るようにする。
そして可能であれば精霊と契約だ。
精霊契約なんて異世界の王道だろう。
ちやほや路線まっしぐらである。