村 その4
次の日、ハナはとんでもないことに気が付く。
(体内の魔力が完全に回復している!?)
この世界では時間とともに体内の魔力は回復する。それはハナも例外ではない。
起きている間も多少回復するが、睡眠時には遠く及ばない。
寝ることで肉体側の魔力を大幅に回復できるのだ。
ハナは前日に肉体側に貯めて置ける半分の量を魂側に送っている。つまり、その分丸ごと増えていることになる。
魔力許容量の増加分だけの今までとは増える量だけなら桁違いだ。
この日もハナは家族との朝食を終えるといつも通り森に行く。
そこでいつものように森で魔力の訓練をしてみたが、魔力に変わったところはない。
もちろんただ回復しただけなので変化がないのも当然である。
ハナも体内の魔力が回復しただけという結論に至り、さらに半分になるまで魔力を魂側に移動して、特訓を続けることにした。
この日の夜、体内の魔力を2割だけ残し、後はすべて魂側に移動して寝ることにした。1回の睡眠での回復量を確かめるためだ。
朝目覚めると魔力は7割ほどまで回復し、1回の睡眠での体内の魔力回復量は5割程度ということがわかった。
魔力回復スキルを持たないハナの回復割合は一般人と変わらない。一般人そのものの回復量だ。
ただし、もともと持っている魔力量が桁違いだが。
さらに日が過ぎ、魔力を『あちら側』に移動させ始めて1か月。
1か月2倍だった体内魔力の増加は3割増程度まで落ちていた。しかし、魂の魔力は増え続けるため、もう人の枠をはるかに超えて大きくなってしまっている。
そして今日も森での修行が始まる。
「よし、今日からはま力を使うくんれんだ!」
ハナはついに魔法の訓練を始めることにした。
体内の魔力の増加速度が落ち、回復もできることがわかったので、いい頃合いだと判断したのだ。
これまでは体内の魔力を自由に操り魔力を増やすことだけだったが、やっとその先に進みだす。
ハナが最初にやることはすでに決まっている。
まずは右手に魔力を集め、火の玉がでるイメージをしながら呪文を唱える。
「ふぁいあーぼーる! ふぁいあボール! ファイアーぼーる?」
もちろん出ない。
「火よ出ろ! 水よ出ろ! 風よふけ!」
何も起こらない。
「やきつくせ! ばく発しろ! うがーー!!」
何も起こらない。
「まだまだ……、時よ止まれ!」
何も起こらない。
「光よ! やみよ!」
何も起こらない。
「ステータス!」
ステータスさんも、もちろん出てくれない。
ふーっとハナは一度深呼吸をする。
魔力はある。火も水も風も、光も闇もダメ。
時間を止めたりもできなかった。
ならば、次は――
両手に魔力を集め、両手を地面につける。
「アースウォール! アースクエイク! れん成! しょく物よ育て!」
何も起こらない。
すべて失敗だ。
ハナはまだまだあきらめない。
失敗する理由があるはずだ。適正がないと魔法が使えないか、さらに呪文を正確に唱えなければならなかったり、魔法陣などを描かなければならない可能性も考えられる。
呪文や魔法陣に頼らない無詠唱の魔法はきっとあるはずだが、できないものはできない。
しかしまだ試していないものはある。無属性魔法と言われるものなら魔力さえあれば誰でも使えるのが異世界での定番だ。
魔力の塊を直接ぶつけたり、身体を強化したりするもので、詠唱を必要としないものも多いはずである。
前世でいつも読んでいた物語なら――
「うーん、力よつよくなれ」
手に魔力を巡らせ適当に念じると、気持ち強くなった気がした。
「ん? んん? なんかいける気がする!」
ハナはさらに自分の体の隅々まで魔力を行き渡らせ、とりあえず強くなれと念じる。
そうすると、なんだか体全体が強くなった気がする。
強くなったとしたらやることは一つだ。
「ちぇすと!」
目の前の大きな木に正拳を繰り出す。
「いったー! いたっ、いたっ、いたい……」
木に当たった拳の皮がむけ、血がにじむ。
木を粉砕してかっこよく決めるつもりが、全く上手くいかない。
「ぜんぜん強くなってないじゃん」
はあーとため息をつく。この時、確かにハナの力は強くなっていたが木を傷つけられるほどではなかったのだ。
ハナは何となくこの手が治らないかなと思っていると傷がみるみるふさがってすぐに元の状態に戻った。
「あれ? なおった?」
手をぐっぱぐっぱ、振ってみたりして異常がないことを確かめる。
「あ、これってもしかして……」
よくある話では魔法はイメージがとても大事で、明確なイメージができないときちんと魔法が発動しない。さっきは強くなるというイメージが曖昧過ぎたのではないかと考える。
傷の場合は元の状態というものがはっきりしており、だからこそ簡単に治ったのではないかと。
「よしそれならこうだ。手よこうてつのようにかたくなれ!」
拳を握り、右手に魔力を集中して鋼鉄をイメージする。右手はみるみるカッチカチに固まる。完全に固まっているので手を開いたりすることもできない。
「ちぇすと!」
拳を再び構えて目の前の木にぶつけると、ガッという音を立て鋼鉄の拳が木に少しめり込む。
もちろん力が強くなっているわけではないので木を倒すようなことはできない。
「うーん、いたくない。よし、手よ元にもどれ!」
もとに戻れと念じるとすぐに手は柔らかく、動かせるようになる。
感覚をつかむように、魔力を使って硬くしたり、元に戻したりを繰り返す。
「つかえるつかえる。後はきん力強かかな。ほねも強くしないと」
体の中の筋肉や骨などを意識して、それらがよく動いて強い力を出せるように意識する。
そうすることで今度はより大きな力を使えるようになった。
「とおー!」
真上にジャンプしてみると軽く3mほど上に飛ぶことができた。
着地も完璧だ。痛くない。
こうしてハナは身体強化や怪我の回復などが行えるようになった。
しかし、この後イメージをいくら明確にしてもファイアーボールが撃てることはなかった。
魔力の強化、『あちら側』への魔力移動、魔法の模索、身体強化の練習などで時間は過ぎていく。
翌年の2月15日。
この時もいつも通り商人の若いほうと話をしていた。
「あ、そういえばこの村も今年は10歳の子がいるね。明後日に職業鑑定やるから君も見に来るといいよ」
「職業鑑定って何?」
「将来何に向いているのかわかるんだ。それによって町でどの学校に行くか決めるんだ。学校というのは色々なことを教えてもらえる家って感じかな。まぁ村の人だとほとんどが学校に行かないんだけどね」
「ふーん、ぼくも外の学校に行ける?」
「君は絶対に行けるよ。君って外に出たいって思ってるでしょ? この村で外に興味を持つような子はみんな町の学校に行ってるらしいんだ。僕もそうだったからね」
「あれ? おっちゃんってここの人だったの?」
「だからお兄さん! ぼくも住んでたんだよ。ほら、あの人が僕の母さん」
そう言って指差した先にはどことなくお兄さんに雰囲気が似ているおばさんがいた。
こっちに気づいた細目のやさしそうなおばさんにお兄さんが手を振ると、おばさんも軽く手を振ってほほえみ返してきた。
うーん、親子っぽい。
2日後。
今日はいつもの2人が乗った幌馬車が1両だけ村にやって来た。
ハナが様子を見に行くと、数人の子どもがやってきていた。
1人ずつ馬車の中に入っていき、少ししてから出てくる。その子供たちは守り人だったと口々にしていた。
全員が終わったのを確認すると、ハナは馬車の中に入ってみる。
馬車の中には木の箱を裏返して作った机の上にお盆のような台の上に浮かんだ30センチはある大きな水晶の玉があった。
水晶の玉が浮かんでいるなんて魔法っぽい。
「あ、ハナくんいらっしゃい。これは触っちゃだめだよ。見るのはいいけどね」
「これ何?」
「これは魔法っていう不思議な力でその人の将来なったほうがいい職業がわかるんだ」
「職業って、何か絵でも見えるの?」
「いや『文字』で書かれてるんだよ。『文字』というのは複数の形の絵で色々な意味を表すものなんだ」
ハナはついに文字が『文字』という単語であることを覚えることができた。
「文字ってどんなの? その文字ってのを教えて!」
「ごめんね、それはダメなんだ。村で文字を教えちゃいけないってことになってるからね」
驚愕の事実である。
文字がないのは誰かに禁止されていた。もちろん文字で書かれた本なんて望んでも手に入らない。
「もしかして、外の町の話もしちゃだめ?」
「他の人にあまり言わないのなら大丈夫だよ。それに10歳になれば町の学校で学べるから心配いらないよ」
10歳になれば学校デビュー。
魔法が使えるから魔法学校的なアレで、ツンデレ女の子にいちゃもんつけられて勝負を挑まれ、勝ってしまう王道展開が待っている。
たとえ魔法が下手でも圧倒的なスピードで刀振って相手を倒したり、拳だけで圧倒するなんてよくある話だ。
まったく同じことができないとしても、同じようなことならできる自信がある。魔力での身体強化はできているのだから。
後は10歳になるまでにさらに強くなるだけである。
「あ、そうだ。みんなが言ってた守り人って何?」
「ああ、この村に住むってことだよ。『アーの樹』を見守る人たちはみんな守り人だよ」
「へえー、じゃあ、机や椅子作ってるおっちゃんは守り人じゃないの?」
「あの人は木工職人だね。もし職業が木工職人だったら学校には通わずにあの人に教えてもらうことになるんだよ」
「へえー、そうなんだ。あ、次から色々な事もっと教えて。物はいらないから」
「わかったよ。僕が教えられることだけね」
ハナは自分の将来や村の職業のことも聞けて、十分な収穫である。
次も色々教えてもらうことを約束してもらい、今日も森へ行く。
学校デビューという目標に向かってまっしぐら。