学校 その4.5
3月30日。
回復術師学校校長カヌイはまた学校責任者全員を集め緊急会議を開いていた。
すでに1か月間に全員が集まった回数としては過去最多を記録している。平和の国ではここまで想定外の事態は起こったことがない。
「皆、すまない。重大な事実が判明した……」
カヌイはめまい、吐き気、頭痛、腹痛など様々な症状に苦しんでおり、顔色が非常に悪い。
多大なストレスによる各種症状は回復魔法を掛けてもすぐに再発してしまうためだ。
「おい、改まってどうしたんだ?」
「実はな……、村人が男だったのだ。姫様はこのことに関しては口外をしないよう仰せられた。姫様と公爵家のシノン様はその村人と同衾なされておる」
学校の寮は部屋が入寮順で決まっている。だからカヌイもハナがと姫が同室だと知っていたのだ。
通常、学校へは位の低い順に迎えに行くことになっている。
一応村人は一番下という順になるのだが、今回は学校が始まる3月までに到着できないことが明らかであったため、必然的にハナが最後となった。
学校用の馬車2両のうち、片方が使えないためにルーとケイトのどちらを先に迎えに行くのか、それが非常に問題となった出来事でもある。
家が同等の貴族は同じ時間に迎えが行き、先に到着した者から門を開けることになっているが、この時だけは後から来た者が先に寮に入らなければならない。
ルーとケイトは家が同格で、2人の仲は悪くないのだが、家同士が競い合う間柄で揉め事も絶えない。
そのため入寮前日に別の貴族の館で2人共に過ごし、そのまま一緒に行くというところに落ち着きはした。
部屋は同室。どちらが先になっても2人には意味のないことだった。
そして今度は村の男の子ハナ、国王唯一の子レーカ姫、公爵家長女シノンの三人が同室であることが問題だとわかったわけだ。
「なんだと!? それはここだけの問題では済まないぞ! 姫様の婚約が解消され、この国を揺るがす大問題になるぞ!」
「確かにそうだが、我々にはどうしようもあるまい……」
この国で未婚の貴族の子女が男と床を共にするということはその相手と結婚すると同義である。たとえ婚約がなされていても、共に過ごしているという事実を優先する。
そしてこの国の貴族の女性は相手が死なない限り再婚はありえない。
レーカは王女であり、王位継承権は本人とその夫にある。女性が王になれないことはないが、普通は男が王になる。だからこそ夫となる者が次期王だと言われていた。
今年の1月に婚約の発表があり、3歳年上の侯爵家嫡男バク・ハッカがその相手として選ばれた。バクはこの国で最強4天皇の一角と称される加護持ちである。
素行や性格に多少問題はあるが戦闘面に関してはすでに十分な力量を持ち合わせており、行いを諫められる者などいない。
その彼は今年から王になるための勉強も始めてしまっている。
もし婚約破棄の事実を知られてしまったら何をしでかすかわからない。彼は誰かの下に就いて素直に言うことに従うような器ではない。
しかし彼もこの国にはなくてはならない戦力である。
平和の国の神デンリーの予定でも彼はレイカ姫と結ばれ、王になるはずの人物であった。
現在王の子はレイカ姫ただ一人。彼女との結婚がなくては王にはなれない。
「かなり不味いですね。国内の派閥の情勢が一気に変わりますね」
しかし、とガラマは言葉を続ける。
「今、我々は村人用の制服ズボンも用意しなくてはならなくなったことを考えるべきでしょう。国の問題も大事ですが、そちらはまだ時間があります。姫様は口外を禁じなさったのですから、我々さえ漏らさなければすぐ広まることではないでしょう」
「そうか。男だからズボンが必要なのか。それで、ズボンはあの魔物の糸で作られた布じゃないとダメなのか?」
「そうだ。回復術師学校の制服の素材はあの魔物の糸と定められている」
「まじかよ……」
「すでに冒険者ギルドへの発注の訂正は済ませている。だが、量が多くなったことでさらに時間が掛かるだろう。ズボンのためにもう一つ制服も譲ってもらわなくてはいけなくなった。資金もこれからどうにかしなければならないわけだが――」
余分なお金はないが、どうやっても捻出しなくてはならない――チャイに全員の視線が集まる。
皆どす黒くすごく優しそうな笑顔だ。
「え、え、嫌だ。嫌だーーーー!」
チャイは意味を察し、足をもつれさせながら会議室から逃げ出した。
普段から発言もせずにただ座っているだけの存在だが、それはいざという時に切り捨てられる駒として使えるからである。
過去には騎士学校や上級騎士学校などもあったが、それらの学校は魔術師学校と上級魔術師学校に併合されてきた。貴族の学校はそれだけ得られるものがあるからだ。
ただの初級学校なんてものは平民しか通わない上に、お金にもならないのでどうでもいい人材を残すには丁度良かったのだ。
チャイは平凡な男爵であり、それほど財産は多くはないが無いわけでもない。足しにはなる。
「彼は学校の運営に必要なお金を着服して使い込んだということにしましょう。財産の差し押さえはこちらが手配します」
「ああ、頼む。後は武闘会や舞踏会などのイベントをすべて中止にして資金を捻出すれば何とか足りるか……」
「仕方ねえか。楽しみにしてたんだがな」
「中止を発表すれば、誰かが代わりに開いてくれるかもしれんよ」
チャイが居なくなった会議室で、何事もなかったかのように議論は続く。
この国の貴族は基本的にこういう存在なのだ。
「制服の装飾はどうするよ? その村人が次期王ってんなら豪華なものにしなけりゃならんのか?」
「いや、ほとんどなくてもいいと思いますよ。恐らく姫様も村人を王にはなさらないでしょう。それに隠しているわけなのですから、あまり目立たないほうがいいでしょう。手を掛けなければ時間も短縮できますし」
カヌイはじっと考えてから答えを出す。
「わかった、制服は刺繍を行わずシンプルなものでいく。それでいいな」
制服の制作はこうして進んでいった。莫大な費用をかけて制服は作られていく。
だが、彼らは知らない。ハナは制服の守りをはるかに超えた超防御能力をすでに備えていることを。
つまり、ほぼ意味のないルールによる巨額の無駄遣いなのである――




