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学校   その2.5

 ハナが学校に到着した日の4日後の22日。王都の学校の長たちが集まり緊急会議を開いていた。

 王都の学校は5つの学校組織が集まって1つ大きな組織として運営されている。学校の責任者はここに集まる5つの学校組織の長達。上級魔術師学校ヌテ・ケープ、回復術師学校カヌイ・ホンド、魔術師学校ケノ・フェーリス、商業学校ガラマ・ロートー、初級学校チャイ・ミンクの5人だ。

 通常、全員が集まるのは5年に1度のルール改定の協議を行う時だけだ。それも一昨年のこと。

 去年の新学期が始まる3月から新ルールが適用され、残りの約4年間は学校のルールを変えることはできない状態である。


 会議室では威厳のある初老の男性5人全員が円卓を囲んで腕を組んだり頭を抱えたりして、溜息やうなり声を上げている。


 今話し合っているのは回復術師学校で必要となった追加費用についてである。

 回復術師学校の最後の生徒が学校に到着し、それが村人であったことが発覚した。いや、1人だけすでに知っていたが来れると思っていなかったために何もしていなかったのだ。


 村人の学費はすべて学校側の負担である。

 一応、国からは事前に決められた一定額が村人の人数分支払われるが、回復術師では桁が足りない。

 1年に1人、2人居る魔術師学校に通う村人が必要とする費用で考えられているためだ。

 事故や災害が起こった場合は追加の支援も望めるが、今回においては金額が変わることはない。


 実際に必要な費用だが、アーの実の購入費用だけで自分たちの年収よりも高く、学校で使う魔道具も通常よりも高価な物である。

 中でも着用の必要がある制服がとても高額となる。


 学校の制服は男子は長ズボン、女子はスカートという決まりはあるが、それ以外はそれぞれの学校で異なる。

 回復術師学校では真っ白なワンピースドレスを身に着けることになっている。素材はとても貴重な魔物の糸で作られた布だ。回復術師の制服は身を守るための防具でもあり、長い時間耐えうるだけの魔法付与が義務付けられている。

 そのため莫大な費用と時間をかけて作成するものだった。


 新しく作ろうとすると魔物の糸は国外から仕入れなければならない。売りに出されることはめったになく、冒険者ギルドに依頼を出して入手してもらうほかない。今から依頼して運よく行ってくれるパーティーが見つかったとしても最低2か月は必要だ。運が悪ければ半年以上待たなければならない。

 

 可能な限り早く完成させなければならない状況だ。

 悠長に待つ余裕などない。



 問題は他にも生じている。

 回復術師学校は他の学校と大きく異なり、術者の魔力と加護のレベルを上げるための学校である。


 デンリーの加護のレベルは平和的な行動や神に祈りをささげることで上昇するとされている。どのような行為でレベルが上がるのか入念な調査が継続されている。

 誰かと同じベッドで寝起きする、誰かとキスをするといった通常考えられない行為もレベルを大きく上げることにつながっており、それらは学校内で行われている。

 しかし外聞が良くないため、その事実は秘匿され表に出ることはない。


 他にも回復術師学校特有のルールがあり、学力に関係なく同じ授業を受けることもその一つだ。普通の魔術師学校では能力や学力によってクラス分けがなされている。

 問題は通常の教師は指導内容がすでに決まっているため一緒に教えることになっても村人用の授業を行うことができないことだ。

 そのため村人専任の教師に任せることになったのだが、村人専任の教師が回復術師学校にはいないことで今現在授業が行えない状態だ。


 村人専任の教師がいないことにも理由がある。

 これまでの回復術師は皆デンリーの加護を所持しており、この加護は平和の国の裕福な貴族の娘にしか与えられることがないからだ。


 すぐに村人専任の教師を用意したいところだが、話は簡単ではない。

 特殊な空間内に移った現在の回復術師学校は聖地のように中に入れる人が限られている。校長のカヌイですら入ることができないのだ。

 中に入れる人が見つかったとしても、回復術師学校の職員の審査期間が最低でも3か月と定められている。これとは別に共通のルールで村人専任になるための認可が必要となり、そちらは1か月かかる。


 今現在の教師ならば村人専任になるための認可だけでよいため、認可を受けてそのまま続けてもらうことになったのだが、村人専任の教師になってしまうと元の通常の教師に戻れない。現在のクラスの卒業までなら問題ないが、村人が居なければ次のクラスを受け持つことができなくなる。

 これには将来的にルールの改定をすることで対応するしかない。

 


 そして制服の問題に戻り、1か月後に教師が教えられるようになったとしても授業を受けるためには制服を着ていなければならないわけだ。


「やはり、仕方ないか……」

「……うむ」

「はあ~、わたしのお金が……」


 議論は煮詰まり、集まった5人全員の給与の停止や人々から援助を募ることで、足りない資金の補填を行う事に決まった。それでも足りなければ全員で身銭を切るしかない。

 今回は回復術師に関する問題だ。責任者である彼らが問題を放置し、少しでも悪影響があれば国の罰則により財産没収や奪爵という厳しい罰が待っている。それよりかは遥かにましだ。


「後は譲ってもらえるかどうか」

「それは大丈夫だろう。まだ時間はある」


 一刻も早く制服を用意するためには誰かから材料や服自体を譲ってもらう必要がある。

 制服はその高い防御性能を生かして死ぬまで再利用され、最後には遺体と共に火葬される。

 だから卒業後の誰かのおさがりを当てにはできない。


 回復術師は2年ごとに基本2人ずつ。

 再来年に入学される方々ならばすでに製作に入っているのでそれを譲ってもらおうという算段だ。

 今から冒険者ギルドに糸を注文すれば作り直してもまだ間に合う。

 多少装飾や魔法付与に時間の制約が出るだろうが、学校側も製作に協力し、時短魔法などを利用することで問題は少なくなるだろう――



 話がまとまり、会議室は沈黙に支配されている。

 これから待っているのはタダ働きの制服の作成だ。魔法付与は著名な魔術師にぼったくり価格で施してもらうものだが、それを無料で自分たちで行わなくてはならない。それもかなりの重労働である。


 基本的に回復術師は成人後、国境の町で手足を失ったりした戦いの国の人々を治療することで莫大な資金を得ることができ、借金をしたとしても学校の費用以上の利益を得ることができるため問題とならない。

 今回は学校側が一方的に払うだけ払って、村人からは金貨1枚たりとも貰うことができない。


「ただの村人が来れるはずなかったんだ……。村人さえ来なけれ……、あ、すまない」


 カヌイは俯き、それ以上は口にしなかった。

 村人を邪険に扱うことはこの国では死活問題だ。

 だが、回復術師学校に村人が来なければよかったとここにいる皆が思っている。


 こうして最初の緊急会議は幕を閉じた。

 しかし、これは始まりでしかなかったーー

 

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