旅立ち その5.5
ハナたちが順調に王都に進む中、一人の強力な加護を持った女性が家から絶縁され、王都を去った。
神々が予見し、様々な準備を行ってきた大規模な戦争に際してこの国の守りの要となるはずだった人物だ。
原因はたった一回の通常任務の失敗だった。
国の歴史の中で最も強いと言われていた人物だったが、評価は一変した。
平和の国ではこれまで通常任務を失敗する者がいなかったからだ。
その通常任務とは王都外に住む人物への配達。
通常任務に分類されてはいるが、内容が特殊であった。
その相手が住む場所がごく限られた人しか入ることが許されない聖域だったのだ。
さらに馬で普通に進むことができても15日はかかる距離を12日以内で行かなければならなかった。
しかも夜に走ることはできない決まりがある。
通常の配達員では届けることが不可能であったため、同じ回復術師専用の軍内から代わりの者を出さなければならなかった。
戦の国の神の加護を持ち、身体強化を用いて馬よりも早く走り続けることのできるまじめな彼女がこうして選任された。
神の加護を持つ者であれば聖域でも問題がないと言われているからだ。
期限内に村に到着することができた彼女だったが、村で出会った目的の人物は村人だった。
配達物は文書であり、村人には文字が書かれた物を渡すことができなかったのだ。
もし受取人が死亡していたり、行方不明であれば任務の失敗にはならない。
だが、本人に会っても渡せない状況は考えられていなかった。
そもそも村人に渡せない文書を渡さなければならないことなど起こるはずもなかった。
この国は平和であるがゆえに実際の実力以上に面目が重視される。
最も優秀とされる者しか就くことができない仕事には相応しくないとして、彼女はそれまでの仕事であった護衛任務から外された。
さらに失敗の原因となった回復術師に関わらせるべきではないとして、すぐに回復術師専用の軍から除籍となった。
今回はあくまで個人の失敗として扱われ、彼女を擁護すると家の評価までは落ちてしまう。
家の威厳を保つため、そんな彼女を切り捨てるのは当然の結果であった。
この国では有能な人材が他国に行くことは制限されているが、彼女は名のある家との縁も切れ、評価も最底辺になった。
こうして彼女を縛るものはなくなった。
家から絶縁された彼女はわずかなお金と剣を携えて西に位置する戦いの国へ向かう。
夢に見ていた自分の力を生かせる戦場がそこにあるからだ。
彼女は感謝する。
自分を退屈な場所から解き放ってくれた子ども――ハナに。
平和の国の神は想定外のことに困惑していた。
わざわざ隣の国の神に協力してもらって用意した強者が国から出て行ってしまったのだ。
村や町で何事もなく一生を終えるはずだった少年が関わった異常事態。
だから深く考えずに『ハナという少年はもう守らなくていい』と呟いた。
もしこれ以上何か悪いことにつながるのであれば、少年が偶然死ぬこともあるようにと。
その呟きは平和の国の上位精霊にいつも通り届く。
平和の国の教会に神として祭られている上位精霊は神の呟きを聞き、自分たちの意思で行動する。
神は生きている者に直接関与することは許されていない。
この国の神の意志をくみ取り行動する存在が上位精霊だ。
決して命令されてやっているわけではない。
精霊は中位以上になると人語を理解し、話すこともできる。
精霊が自分の意思で平和の国を導き、神の呟きを聞いては精霊や人々に指示を出してきた。
回復術師や村人を故意に傷つけた者を亡き者にするのも精霊だ。
もちろん他にも精霊に守られている人が存在する。
だからどうにかしてやりたい相手のいる貴族はその相手がどれだけ精霊に守られているのか最初に確認をする。
絶対に手を出してはならない相手も居れば、死なない程度ならばよい人も居る。
こうした度合いに応じた対応をするために確認は必要だ。
そして、守られていないということは殺してもいいというお墨付きを与えるのと同じである。
守られていない人でもこの国には自分の命を守ることを優先できるルールがあり、適用される。
自衛のための反撃の場合は相手が精霊に守られていたとしても許容され、相手が自分を殺そうとしている場合にその相手を殺してしまっても問題がない。
もし絶対に殺せない相手を殺そうとしてしまったら、待っているのは自分たちの破滅である。




