旅立ち その3
ハナにとって初めての隣の町。
町には村にはないガラスの窓やレンガが使われた建物が立ち並び、店で売っているものが目に入っては過ぎていく。
お金が使えないのでこんなところで時間をつぶすわけにはいかない。
ここでは水も有料なのだ。ほとんどタダ同然とも言える金額だがそれが払えない。
ゆっくり馬を休ませることもできないため、ただ通り過ぎる他ない。
町中ではクリスは馬を降りてハナと歩く。
人目を考慮しているらしいが、貴族が全く来ない町ではハナたちが目立つことに変わりない。
ナナカは常に平常運転。
ハナは常に周りをキョロキョロしながら歩いていく。
目の前に美味しそうなものが売っているのに食べれない。世知辛い世の中だ――なんて考えながら。
すぐに町を抜ければ普通の道がまだまだ続く。
ここからの道は精霊だけではなく、魔導士も整備しているらしい。
馬車のすれ違いはできないが、すれ違うための広い場所が点々と作られている。
この道も変わらず走りやすい。
町を出てから走り続けるハナと馬と馬車。
子どもが一番元気で疲れ知らずという不思議な光景。
たまたま反対側から来た幌馬車は道を譲り、商人たちがその光景を眺めていた。
貴族馬車は優先で、普通の馬車は広い場所ですれ違うのを待ってくれるのだ。
1時間ほどで井戸と動物用の水飲み場が作られている広場にたどり着いた。
ここで一休みする。
こうやって町を繋ぐ道にはすべて馬車でおおよそ1時間ほどの間隔で井戸と水飲み場が作られ、魔導士によって整備されている。
「今日はここで野宿をしようと思う」
馬に水を飲ませている時にクリスは太陽の傾きを見てここで一夜を過ごすことを決めた。
まだ日が沈むまでには1時間以上あるが、これから1時間かけて次の井戸の場所に行っても作業をする時間がなくなるためだ。
「野宿ってどうするの?」
「道具も何もないから火を起こすだけだな。後はここで食料調達だ」
「火はどうやって起こすの?」
「火の魔法を使えばいい。わたしは使えないが」
「ぼくも火の魔法は使えないよ」
クリスの金色の瞳がかすかに潤み、ナナカのほうに助けてという眼差しを向けるが、ナナカは静かに首を振った。
ナナカも火の魔法が使えない。
火は簡単に起こせるものだという認識で、誰かができるだろうと思っていたのだ。
もちろんクリスもナナカも火を起こす道具も持っていない。
必要となる場面なんて今までなかったのだから当然だ。
「どうしようか……」
項垂れるクリスにハナは助け船を出す。
「火の魔法は使えないけど火は起こせるよ」
ハナは火の魔法というものを視たかったのでそのまま使えないと言ったものの誰も使えないのであれば自分が起こすしかない。
「え、ほんとか! じゃあ、火は任せる。わたしは何か動物を狩ってくる。楽しみに待っていろ」
クリスが嬉しそうにそう言うと少し先の林の中に走っていった。
ハナはうーんとクリスのほうを見て唸る。クリスがほんとに狩りができるのか心配なのだ。
ナナカはその間にクリスの馬から鞍を外したり、馬たちに何やら命令をして生えている草を食べさせている。
「ぼくもちょっと行ってくるね」
ハナは荷物から自分のナイフを取り出して腰につけ、さっと林に行ってすぐに大量の薪を持って帰ってくる。1分も掛かっていない。
「ただいま」
あっという間に両手いっぱいに薪を持って帰って来たハナを見てもナナカはもう驚かない。達観している。
「火をつけるって何だかわくわくするよね」
ハナは薪を両手に持ち、互いを高速で擦り付ける。
するとすぐに煙が出て燃えだす。摩擦で火をつけたのだ。
薪を装備して、摩擦で上がった温度が下がらないように魔法で維持しつづけ、火をつける。
温度は摩擦で上がり続けるからすぐに火はつく。とても単純な話だ。
後は着いた火で焚火をするだけ。
焚火を囲んでクリスが戻ってくるのを待つ。
しかし、30分ほど待っていても全然戻ってこない。
戻ってこないのならば仕方がない。
「ちょっと行ってくるね」
そう言ってハナはしゅぱぱーっと走っていき、魔法によって視覚を増強して、たまたま近くに居たウサギをすぐ見つけると、サッと一瞬のうちに近づき片手で掴んでパキッと首を折る。
そういえば血を抜くんだっけと腰につけているナイフでウサギの首をざっくり切り、逆さに持って血を抜いていく。
めんどくさいなーと思っていると、ふと名案が浮かんでくる。
持てる物は何でも武器という話があった気がする。
武器なら装備可能だという概念をもってして、ウサギを装備して自分の一部だと認識することで魔法の効果範囲にすることができた。
後は浄化魔法で血や内臓をきれいにしてみる。
あっという間においしいお肉の塊の出来上がり。とまではいかないが、毛皮を剥いで中身を取り出せばお肉になる。
1匹では少ないなと思い、さらにもう2匹を同じように首を折って仕留め、血と内臓をきれいにした状態でナナカの下に戻る。
クリスはまだ帰ってきていない。
「あ、また行ってくるね」
ウサギを置いて、ハナはスッと走って行き、コップを作るのに丁度良さそうな木を持ってすぐに戻る。やはり1分も掛からない。
持って来た木をナイフで削ってコップに仕上げていく。
この時も木を装備して、コップになる部分だけを強化して残りの部分をナイフで削っている。
1個作るのに1分も掛からず、あっという間に3つのコップが出来上がる。
コップ作り終えると、井戸に行ってコップに水を入れる。
この間もナナカはただぼーっとハナを見ているだけ。
一瞬のうちにどこかに行ったかと思ったらすぐに戻ってくるし、薪やウサギやコップをあっという間に用意してしまうし、話すこともできないのですることもない。
ただ火の番をしているだけだ。
「うーん、まだ帰ってこないね」
ハナはそう言うとまた木を拾ってきて、皿を作り始めた。
5枚ほど木の皿が出来上がると、次は太めの長い櫛を作っては皿の上に置いていく。
最後にウサギを解体だ。
ハナはウサギの解体なんてやったことがないから適当だ。村では動物を狩って食べることはなかったし、前世でもわざわざウサギの解体の仕方を詳しく説明してくれている小説はなかった。
とりあえずお腹から切り目を入れて毛皮を剥げばお肉っぽい見た目になったので、内臓を切り取り、串にさして焼きやすいようにしていく。
肉も骨から外せるものは外していき、皿に盛っていく。
そうして3匹すべてがお肉に変わってもまだクリスは戻ってこなかった。




