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旅立ち   その2

 さらに半時間。木々に囲まれた道を進んでいく。

 その間も「あ」や「その」などとは言っては言葉を濁すクリス。

 ハナは無理して話題を探さなくてもいいのにと思いながら歩いていた。

 まったく止まることなくとてとてとてと。

 平和な道のりは、異世界でよくあるモンスターと出くわすこともない。


 そうして歩いていると森が少し開けたところに金や銀の豪華装飾のある白い馬車が馬のいない状態で止まっているところに出くわした。


「あれ? こんなところに馬車がある」


 辺りを見ると馬車の近くでクリスと同じ服装の青い髪の女性がおり、その先に3頭の真っ白い馬が道草を食べていた。

 不思議に思っているハナにクリスが説明を始める。


「途中で休みながら話そうと思っていたんだ。これが君を迎えに来た馬車なんだが。その、これ以上進むのが難しくて……」

「あれ? 馬車って町から乗って行くものじゃないの?」


 町には町と町とを移動するための定期便がある。

 定期便は馬を途中の町で交代させることで安定した移動が可能となっている。

 ハナは王都に行く人はこの馬車に乗るのだと聞いていた。


「他はそうなんだろうな。だが、回復術師学校は家まで馬車で直接迎えに行くんだ」

「これに乗って王都まで行くの? 豪華すぎない?」

「えーと、その……。実は、君を乗せることができないんだ」

「どゆこと?」

「途中で話すつもりだったんだ。回復術師に選ばれた人はこの馬車を使う決まりなのだけれど、これは貴族専用なんだ。貴族じゃない君は乗せられないんだ」

 

 呆然と立っているハナを置いて、クリスは女性のほうに歩いて行き声をかける。


「待たせたなナナカ、実は……」


 ナナカと呼ばれた緑の目の優しそうな女性はクリスの説明を聞いて小声で言い争っている。

 しばらくして話がまとまったのか、ハナのほうを見て黙って頭を下げた。怖い笑顔で。

 ハナも慌てて頭を下げ返す。雰囲気がよろしくない。

 クリスは鞍のついた1頭の馬を呼び寄せて、ハナのほうに戻ってくる。


「もしかして、その馬に乗ればいいの?」

「すまない、これは私が乗るため馬だ。馬に乗るのも許可が必要なのだ。だから、歩いて行くことになる」

「はあ」

 

 ハナは細かいことを考えるのを諦めた。

 馬車や馬に乗らなくとも、ただ走ったほうが速いのだから些細なことだ。


「それともう一つ、言っておかなければならないことがある……」

「え? まだ何かあるの?」

「実はお金が使えない。私たちは帰りの費用は相手に払ってもらう決まりになっている。村人はお金が使えないから君もすべて払ってもらうことになっているだろう? お互い払ってもらわないといけないわけだから、お金がまったく使えないんだ」

「村人はお金使っちゃダメだったのか……、村ではお金を使わないとは聞いてたけど。あれ? じゃあ貴族でもお金がなかったらどうなるの?」

「それは借金だな。すぐに借りられるところもあるんだ。そういう事に関してはきっちりしているよ」

「ふーん、それでぼくたちはお金無しでどうするの?」

「それは……ずっと野宿をしながら、食料は現地調達だ」


 ハナはナナカに視線を移すと、彼女は馬車に馬を繋ぎながら鬼を纏った笑顔でハナのほうを見ていた。

 ぼくが村人だからお金使えないってわかると不機嫌にもなるよねと納得し、それでも他に手がないのかナナカに話を振ってみる。


「ナナカさんは、何かいい考えあります?」

「あ、すまない。ナナカは君と話せないんだ。この馬車の御者は仕事中は護衛や使用人としか話してはいけないことになっているからね。それにこのことはすでに話している」


 ハナは話をしていても納得はしていない顔をしてるよと思いつつ、「はあ」と大きな溜息をついた。

 他にいい案も浮かばない。


「では、行こうか。君の荷物は馬車に乗せよう。馬車も使わないといけないからな」


 クリスはそう言ってハナから荷物受け取り、馬車に乗せ、自分も馬に跨り歩き出す。

 ハナもその横について行く。

 ナナカの馬車はさらにその後ろ。


 とことこと平らな道を進んでいく。

 クリスがハナの負担にならないようにしているのでここまで歩いてきた速度よりも少し遅い。

 ハナが後ろに目をやると黒い空気が漂っている。

 すぐに前を向いてまた溜息をつく。

 溜息ばかりで幸せが逃げちゃうから早く王都まで行かなくてはと――


「ぼく走るね」


 ハナは走り出す。


「お、おい」


 クリスはすぐハナを追う。後ろの馬車も速度を上げる。

 ハナは歩くよりも3倍ほど早い速度を保って走り続ける。


 身体強化と疲労回復を常に使い続けることができるため、速く走り続けることが可能だ。

 やろうと思えばさらに10倍以上の速度も出せるが、それでは馬が追いつけない。


「おい、そんなに走って大丈夫なのか? すぐ疲れるぞ」


 常識的なクリスはハナを心配して声をかける。

 まだハナの異常性を理解していない。

 ハナは息も切らさず、余裕の走りで「大丈夫大丈夫」と笑顔で答える。



 汗もかかず、呼吸も乱さずに1時間走り続ける。


「ハナはまだ走れるのか?」


 クリスが呆れを含んだ言葉を投げかける。


「速く走ろうと思えば、今の何倍も速くずっと走れるよ。あと、こんな事も出来る」


 ハナがそう答えると逆立ちをして変わらない速さでとっとっこ走る。


「いやいや、おかしいだろ! それ、おかしいだろ!」

「まだまだ、こんなこともできるよ」


 クリスが驚いてくれたことに気を良くしたハナは左手を横に広げ、右手だけで走り続ける。


「え? 片手? え?」


 クリスはまともに言葉がでない。

 ハナは片手逆立ちで走りながら後ろの馬車のほうを見てみると、ナナカが目を丸くしていた。どやぁ。


 ぱっと立ち上がって普通の走り方に戻り、次は正座の状態で走り続ける。

 クリスはぽかーんと口を開け、ハナが馬車に視線を向けるとナナカの目が点になっていた。どやどやぁ。


 ハナはその後も前転飛びや側転、バク転など色々な捻りを加えながら同じ速度を維持し続ける。

 息も乱さず、汗もかかず、とてもさわやかな笑顔で。

 クリスもナナカもハナの異常性が嫌でも理解できた。10歳でこれはあり得ないと。

 そのおかげもあって、暗い雰囲気はすでになくなり、旅の不安が1つ解消されたのだった。



 そうこうしているうちに最初の町に到着。

 さあ――素通りだ。

 

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