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受験 2

会議は夜遅くまで続く。これで残業代が出ないのだから、公務員ってほんと頭おかしいと思う。


「今年の受験生はレベルが高いですねぇ」


「今年の受験生も、な」


 肺にタールを詰めながら、後輩のカルロとそんな話をする。このクソ忙しい時期、煙だけが生き甲斐だ。


 至福の一服。口が緩くなるのは仕方ない。


「こないだの編入生もすごかったですけど」


 編入生? ああ、あの黒髪の……名前は確か、


歌宮レンゲ蓮華カミヤか。そりゃうちの編入抜けたんだから凄いだろ」


「見てないからそんな反応なんですよ。すごかったんすよ。詳しくは言えませんけど」


「知らなくて結構。要らんこと知って死にたくねえからなぁ」


「で、今年も天才揃いってことで。ほんと羨ましいですなぁ」


「魔術は才能じゃない。なんでもいいが、面倒起こさなきゃどうでもいいね、オレは」


「逆じゃないっすか? 面倒を起こすやつが天才」


「言えてる。でもまあ天才なら別にいい。オレも天才だ」


「天才ですねぇ」


 おかげで忙しいわけだ。天才が故の苦悩ってやつ。


「で、天才じゃないなら何がダメなわけです?」


「化け物、だな」


「化け物? よくわかりませんけど、天才とは違うんですか?」


 違う。全然違う。全然全然全然違う。


「天才は実力行使でオレが止められるやつ。だが化け物だとオレでも止められない」


 こういうとき、無知を羨ましく思う。後輩は笑いながら、「まさか」と肩を上げた。


「へえ、先輩でも? ちなみに今年だとどんなもんですか?」


「少なくとも五人はいる」


「五人も? そりゃすごい」


「ちなみに歌宮カミヤは天才どまりだ。まあオレが勝てるって保障もないが」


「ちょっと、正気で言ってますか? 教師が相手にできないんならどうするんですか。そいつらは神かなんかですか? 仮にそんな化け物がいるなら学校にくる必要がない」


「おまえセントラルに赴任して一年だよな?」


 なにを唐突に、と一拍置いてから、


「三年になります」


「そうか。この三年は平穏だった。表面上はな。失踪事件もあったしゴーストも街に沸いたが概ね問題なしだ。大変喜ばしい」


事件アレの原因がセントラル魔術学校(うち)にあると? まさか」


「オレも正体は知らねえ。知りたくもない」


「……本当に?」


「嘘ついてどうする」


 三年いるならそれくらい知っておいてもいいだろう。いざとなったとき死んでもらっても困る。


「それで、今年は化け物が五人もいるんですか……」


「基本的に化け物は自分の能力を隠さない。普通と違うやつを探せばすぐ分かる。うちの学校の制度、クラスを分けて担任教師をつけるっておかしいと思ったことないか? ありゃ化け物を分散して監視するためだ」


「それって……」


「よかったな。今年から担任持てて☆(意訳:死ね)」


「マジですか……楽しいパーティになりそうだ……」


 無知な人間に知識を与えるのは楽しいなァ(極悪非道)。

 そういうものなのだ。セントラルでやっていく教師の通過儀礼と思ってほしい。

 こいつのような一般人の教師はうちの学校では貴重な存在だ。できるだけケアはしていくつもりである。

 もっとも。

 今年は例年にも増して「irregular」が五人。多い。多すぎる。毎年ひとりいればお腹いっぱいの存在が五人だ。なにが「irregular」なのか。

 臨時集会で決められた配属と今後の方針。オレも「irregular」のひとりを受け持つことになった。オレの能力はせいぜい「uncommon」の上位止まり。それでも今のセントラルじゃ戦力になる方だ。


 所見ではあるが、マトモな方の「irregular」を受け持てたのは不幸中の幸いと言える。今年の注目株の二人を引かなかったのだから。


 レイド・フォト・ショップ。そして山口イチロー一郎ヤマグチ


 近年稀に視ぬ「irregular」中の「irregular」。「irregular」ってなんだよ(概念)


 頭のイカれた二人が既に問題を起こしている。思い出すだけで頭が痛くなってきた。可能であれば七時間前のオレに言ってやりたい。今日は帰って寝るが正解だと。






 ──七時間前

 昨日に筆記試験を終えて本日は実技試験。四桁に届く人数を一日で捌かなくてなならないため、教員全員をフルで動員しすべての実技場を使って行われる。

 試験内容は、試験官と一対一の魔術実技。それはまだ世界に魔族がいた時代(・・・・・・・)の伝統だった。

 魔術による戦闘行為は法で禁止されている。世間ではこの試験を疑問視する者も少なくない。正確にはやれ平和だなんだと叫んでる一部の魔術師以外ノーマンが騒いでいる世論のひとつ。

 そんなものは魔術師の意見ではない。魔術師ならそうは思わない。

 魔術とは学問にして武器だ。起源を辿れば魔族との戦いで磨かれた技術である。魔術学校の入学試験としてその素質を測るというのなら、実技試験は自然なものだ──オレがひっそりと抱く持論であるが。


 一人につき一分。それだけの時間で実力以上にその人間の本質が見えてくる。攻撃的、防御的、学術的、体育的、正義、悪、喜怒哀楽。やる側からすればこれほど有意義な試験もない。


 試験官は三人一組。一人が案山子役、もう二人は記録と審判。これをローテーションする。

 女子生徒の試験を終えて、席に着く。


「よかったですね、今の子」


「いい筋ではあったな。ひょっとしたら「uncommon」レベルかもしれん」


「おまけに顔もなかなかだった」 


「犯罪だぞ……」


「変な気はありませんって」


 馬鹿なことを言って扉に向かっていく。今年でセントラルに努めて三年目になるカルロ。非凡ではないが、努力を惜しまずコミュニケーション力も高い。できた後輩を持つのは苦労するが、憎めないやつだ。


 カルロに続いて部屋に入ってきた学生。黒い髪に白い肌、年の割には大人びて見える少年である。


「おいおい嘘だろ……」


 自然と呟きが口から零れていた。

 試験だからこそカルロは表情を締めているが、これまで何組もこなしてきた作業のひとつであり硬さは見られない。オレとは違って……。


「なあ」

 

「ん?」


「試験をやめた方がいい。早くここから出るぞ。カルロも連れてだ」


「なにボケてるんですか。試験中ですよ」


 隣に座る審判役のコセリック先生が小声で言って睨む。気づかないのか、誰も。

 知らない方が幸せということはある。だからこれは知ってしまったオレの義務だろう。

 【霊視】、オレの価値観で物事を測るスキル。知りたくもないものを知ってしまうスキル。自然とそれが視得た。

 

 視界が歪む。


 明るいのも暗いのも全部ごちゃ混ぜにして歪む鬼。異物だとかこの世ならざるだとか名状し難い表現が脳裏をよぎり、「化け物(irregular)」というひとつの正解を導く。それは悪や不幸などという尺度以前に、とても人では測り得ない狂気だった。だから二人は気づかないのだろう。【霊視】はその効果を最大限に発揮してそれを測ろうとする。

 おびただしい血の匂いを錯覚して吐きそうになるのをなんとか堪えた。


「……ちょっと、大丈夫ですか?」


 心配するなら多少は聞く耳を持ってくれ。そちらには構わず、カルロを止めに向かうが……、足が動かない。


「受験番号514番のイチロー・ヤマグチくんで間違いないですね?」


「はい」


「前に説明は受けていると思いますが確認します。一分間好きなように魔術を使ってください。私は案山子と思ってくれて結構です。お好きなようにしてください。これは決闘と同じものと考え頂けると分かりやすいでしょう」


「分かりました」


「では、審判」


 オレはコセリック先生の腕を掴んだ。せめてもの抵抗であったが、「すいません」と払われてしまう。彼はそれが断頭台の引き金とも知らずに腕を振り下ろすのだ。


「それでは。始め!」


 直後、


「あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛!! あ゛づい゛ぃぃぃいいやめろわかったからやめてくれ許してくれたのむあああああ!!」


 カルロが絶叫した。見た目は何の変化もない。ただ蹲って体を痙攣させながら、口から言葉ならざる言葉を発する。

 不思議とそれで我に返ることができた。既になりふり構っていられる状況ではなくなった。

 「魔術石」に魔力を籠める。なんでもいい。赤・青・緑・茶のフルオーダー、てきとうにありったけをぶん投げる。当然、殺す気だ。それは反射的な行為だった。


 キラキラと輝き、生徒に向けた魔術石が爆発を起こす。咄嗟に壁を作って爆風を逃れたが、カルロとコセリック先生は吹き飛ばされたようだった。それで二人が意識を失ってくれるなら儲けものだろう。


 壁の後ろで三秒。次の一手を考える。

 爆発で失われた酸素を緑の魔術で補いつつ、あの生徒の意思確認だ。


 攻撃した後で意思確認もクソもないだろうが、向こうから仕掛けてきたのだ。それに、どうせあれくらいじゃアレは死なないだろう。

 

 爆風が収まって、壁から顔を出してそちらを確認する。


 果たして彼は何事もないようにそこにいた。


 否、比喩的な表現ではない。

 「何事も起こっていなかった」。粉砕したはずの部屋が元通り。築十年のボロさまで、欠片も数秒前と変化がない。

 嘘だろ……防ぐだけなら理解できるが、これは……


「時間の巻き戻しか?」

 

「いえ、【事象干渉】ですよ。すいません、魔術を使うつもりだったんですが、咄嗟なことで慣れてるスキルを使ってしまって」


「……何が目的だ?」


「受験を受けて合格したい、ただの受験生です」


「得体の知れない存在を我が校は受け入れられない」


「ああ、やっぱり。やりすぎたとは思ったんですけど、魔術の感覚ってよく分からなくって」


「故意ではなかった、と?」


 嘘だ。嘘でなくとも真実ではない。【霊視】など使わずとも明らかなほど、彼はそういう顔をしていない。

 まるで人のように、平然と言ってみせる。


「すいません。よく分からないんですが、学生が魔術に失敗することが珍しいですか?」


「失敗? あれが失敗と言うのか!」


「? 失敗でしょう。たかだか赤の魔術の小火ですよ」


「はっ、ならあれか、人が焼死しても小火とほざく気だったか!」


 【霊視】で見たカルロは全身を赤……錆色の靄で包まれていた。見えない炎。ただの炎だったなら、カルロもあそこまで取り乱さなかっただろう。


「なに言ってるんですか。なにも起きてないでしょう? ほら、他の先生方にも聞いてみればいい」


「馬鹿にするなよ……誰のせいでこうなってると、」


「そうです、エイゲリック。とにかく抑えて。試験中です」


「試験中って、」


 オレは今日何度驚けばいいのだろうか。

 声の主は先ほど吹き飛んだはずのコセリック先生。気絶どころか、傷一つ負っている様子がない。言葉は小さく、叱るように腕を掴まれる。


「っ、カルロは……」


「ハハ、ちょっと服の端が焦げましたよ。慌てすぎですって、先輩」


 カルロがひらひらとローブの裾を振ってみせる。そういわれてしまえば、先ほどのぐちゃぐちゃに汚れた顔が幻のようだった。


「記録が失礼したね、ヤマグチくん。続けようか」


「分かりました」


 それから彼は事も無げに魔術石を操ってみせた。それを燃やし、宙で奇跡を描かせる。魔術の持続、操作。どちらも一級。焦るでもなく。もちろん合格ラインだ。

 小火など起こすはずがないのだ。


 オレは淡々とそこにあった事実を記録して目元を抑えた。


 【霊視】は目の前の化け物をハッキリと捉えていた。




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