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受験 1

 石畳とレンガの建物。シャレオツなその世界をファンタジーと称するなら、よくわからずとも中世ヨーロッパと言いたくなる気持ちは分からなくもなかった。それでも俺は、なによりそこら中の人に感動していたが。

 

 宿を見つけててきとうにチェックインする。


「一拍朝夜ご飯がついて3000ゴルドとなります」


「【事象干渉】でお願いします」


「承りました。203号室、あちらの階段を上って三つ目の部屋にございます。」


「どうも」


 階段を上って203号室。部屋はワンルームでバス付。比べるものでもないが、崩壊の森より余程いい環境と言える。蛇口を捻って水が出てくるのがこれまた感動的だ。

 ふとそこで気づく。髪が長い。ホテルマンも検問所の美人も良い顔をしていなかったが、確かにこれでは浮浪者と疑いたくもなる。服は【事象干渉】で作ったてきとうなもので、靴もボロのスニーカー。周りに人がいない環境だったせいか、身だしなみにかなり疎くなっている。へんな臭いしてないだろうな。


 じゃけんシャワー使いますよ。


 さっぱりしたところで散髪に向かう。【事象干渉】で散髪も可能だが、自分ではカッコイイ髪型とかよく分かりませんからね。(ノンケ顔)

 髪の毛切ってくださいお願いします!


「あぁラ、カットし甲斐がありそうな髪の子ねぇ。ささ、座って?」


「やめてくれよ……」


 なんで美容師がオカマなんですかね……。

 俺を座らせると、カット用のエプロンをかけてくる。その皴を伸ばすようにこちらの胸を触り、太腿に指を這わす。


「なかなかいい筋肉してるじゃない……(ボソ)」


 やめてくれよ……。

 

「どんな髪型にするぅ? これならどんな髪型にもし放題よぉ?」


「おまかせでお願いします」


「う、うふぅぅぅっふっふーっ、いいのぉそれで? 私色に染めて?」


 よくないゾ。


「……てきとうに短くで」


「了解よぉ」


 耳元で囁くなよ。

 髪をピンでまとめてぐわっと前髪を上げる。【解析者】で視界を確保しているので視覚による情報など些細な違いだが、それでも気分はすっきりするものだ。


「あら、いい男じゃなぁい?」


「ありがとナ……ございます」


「アナタおいくつなの?」


「21歳」


「へぇ、いいわねえ。熟れ過ぎず青過ぎず」


「えっそれは……」


 反応に困るからやめてくれ。

 さっさと髪が切られていく。これだけで頭の重さがずいぶんと楽になる。

 

「どこに住んでるのぉ?」


「宿です」


「どこかで働いてるのぉ?」


「無職です」


「好みのタイプはぁ?」


「美人」


「あらやだ、照れちゃうわぁ」


「鏡見てどうぞ」


 やたらと質問してくるのでこちらも舌が回る。自然と質問が口をついた。


「学校に入りたいんですが、どう思います?」


「学校? どこの学校かしら?」


「どこでもいいんですが、その辺の評判も教えてもらいたいですね」


「そうねぇ。この辺りじゃセントラル魔術学校じゃないかしら? この辺りって言っても一駅分はあるけれど、頭のいい子が通ってるし、その辺の学校より余程面白い子がそろってるわよぉ?」


 ふーん?

 元々近場で済ませるつもりではあったが、聞いてみるものだな。面白い子、という表現が気になる。

 さすが(・・・)、餅は餅屋だ。

 

「ありがとうございます。いいことを聞いた」


「あらぁ? 21歳じゃ学校に入れない、というツッコミは野暮?」


「あ、あー。教員枠で」


「うふふっふー、そういうことにしておきましょう。はい完成。黒い髪に白い肌。顔の堀が深くないのは可愛らしいわね。どこ出身なのかしら?」


「ニッポンです」


「んん? 知らない国ね」


 ですよねー。

 短くなった髪を揺らす。


「ねえ、最後に聴いていいかしら?」


「もちろん」


「アナタのな・ま・え☆」


「山口一郎です」


「覚えておくわぁ。また来なさい」


「こっちも助かりました。あ──情報代はこれでフェアですからね?」


 こつこつと目元かいせきしゃを叩く。とっておきのチート様だ。


「……釣り合ってないと思うんだけど。カット代は頂くわよぉ?」


「【事象干渉】で」





 何気ない会話で重要なことに気づいた。容姿の問題だ。このままで高校制服とかどう見てもコスプレの未来しかない。

 宿に戻ると洗面台に向かう。躊躇もあったが、仕方ない。さらば俺の21歳。


「【事象干渉】、俺を十八歳の容姿にしろ」


 骨格が変わる。身長も筋肉の付き方も顔の形まで。気分は「マスク」、スタンリー・イプキス。絶好調っ。

 それでも十五歳と言うには無理がある顔だ。仕方ない。スキル【不老不死】の格が【事象干渉】を上回る以上、俺は歳を老いない。うっかり【事象干渉】に準じるスキルで一歳の子供になったらそれ以上成長できないというのはひとつの弱点だ。もっともスキルを使ったという事実を【事象干渉】でなかったことにすれば問題はないが。


 これから一生を生きるのに、子供すぎる容姿では辛い。大人にも子供にも染まっていない顔だ。


 ひさびさに人間をやめた気分だなぁ。今更だが。


「【解析者】、セントラル魔術学校の入学方法を簡単に教えろ」


《受験料を払い入試に合格し入学費用を払えば入学が可能です》


 ごもっとも。


《入学試験の日程は四月一二日。残り三か月と十日になります》


 まあ時間の都合は【次元干渉】でどうとでもなる。

 今日はどっと疲れた気がする。人と話すのも気を使うし、なにより人のいる環境にも慣れないといけない。しばらくはときどき買い物しつつニート暮らしをキメようと誓った。




 

 三か月が経った。


 その間に謎の失踪事件やら街がゴーストで溢れるやら集団記憶喪失やらと面倒ごとが立て続けに起こり、その度誰かが何かをして俺も少し手を出したり。それでも街はなんとかなるもので、それを平穏と言っていいのかは分からないが、少なくともここでは非日常もまた日常なのだと知るには十分だった。


 じゃけん、入試行きましょうね。


 名高きセントラル魔術学校。身分性別知識問わずそこに生徒が集う。求められるのは魔術の才能と意欲だけ。残念ながらどちらも俺にはないものだが、それでも俺がこの学校に通うのは決定事項である。【事象干渉】的に考えて。当たり前だよなぁ?


 それではなぜ入試に向かうのかと言うと、雰囲気作りである。雰囲気 is 大事。いや実際、学生の雰囲気を味わうために学校に通うわけだし。むしろ、入試に向かうことこそが目的と言える。因果関係は省略され結果のみを獲得する【事象干渉】の使い方の本質ともいえる。


《【事象干渉】は事象に対して過程を省略し結果を書き換えるスキルですが、むしろマスターの考えはその過程を楽しんでいるように思われますが?》


 入試に合格することが結果だという常識的思想に囚われているな。その疑問に対し最も適切な解を述べよう。


 参加することに意義がある!


《違うと思います》


 なぜスキルと漫才せねばならないのか。なぜか最近口数が多くなってきた【解析者】である。


 受付を済ませて教師の案内で試験会場へ向かう。広い部屋には受験生が規則正しく配置されていて、部屋に入るとむわっと湿気を被る。

 一番に気になったのは受験生の恰好だった。制服の生徒が大半ではあるが、もちろん制服は学校によって異なるようだし、制服でない生徒だっている。そして制服がまた奇抜だった。季節的にはまだ寒さがあるが、今日は適度に湿気がある中で、黒・茶・深緑といった暗色のローブを羽織っている。この人数でそんな暑苦しい恰好をよくできるな……まあ入試と言えば正装であって然るべきなのだが。


 その点俺は浮いてしまっている。黒のズボン、白のシャツ、黒のカーディガン。日本の学生スタイル風にしてみたが、どうもその恰好はこの顔と相まって、英検を受けに来た一般枠のおじさんのような微妙な疎外感を感じてしまう。席が後方なのは幸いだろう。


「アナタなにその恰好? ここを魔術師の学校とお分かりかしら?」


 頭に来ますよ~。

 隣からかけられた声に向かう。

 金髪で気の強そうな女子だ。しかも美人。出会い頭に煽ってくる女子とかいるんだなぁ、対立厨?

 俺は言った。


「どうもヒカキンです」


「(蔑んだ目)」


「ああ悪い、故郷の挨拶でね。田舎者で服装には疎くて。俺は山口イチロー一郎ヤマグチ。ご忠告痛み入る」


「なら自分が田舎者であることを恥ずべきね。ヤマグチなんて家系も聞いたことないし。一応聞くけど、魔術家系ではなくって?」


「残念ながら普通すぎるほど普通の家だ。母は主婦で父はサラリーマンだった」


「……そう」


 それきり会話がなくなる。試験まで残り十分ほどで、周りは参考書など開いて最後の追い込みをしているというのに、彼女はずいぶんと強気で、姿勢を正して目を瞑っている。まるで今必死に勉強している連中を見下す王様のような態度である。


 ふと妙案が過る。無料でもらえるチケットに特典をつけるようなものだし、数秒を有意義に使えるいい案だ。


「折角だから賭けをしよう。もしこの試験で俺の方が点数がよければ君はひとつ言うことをきく。逆も然り。どうだ?」


「三つ疑問があるわ。ひとつ、アナタが落ちたら私と二度と会うことはないだろうから賭けが成り立たない。ひとつ、私がアナタにしてほしいことはひとつもない。ひとつ、勝敗が見えているのに賭けるのはアナタがマゾヒストだから?」


「辛辣ぅ……」


 もちろん殺し文句は用意してある。


「勝敗が見えてるなら賭けたって問題ない。それとも……

 

 負 け る の が 怖 い の か www」


 ここぞとばかりに満面の笑みである。


「冗談でしょう? でも前者は一理あるわね。分かった。もし私が勝ったらアナタが死ぬ、それで構わないわ」


「ほう、なら俺が勝ったらおまえが死ぬ、そういうことにしておこう」


 と、そのタイミングで教師が扉を開けた。注意事項を述べてテスト用紙を配る。名前を書いて用紙を裏返すと、時間を待つ三分の静寂が訪れる。


「始めてください」


 パラパラパラパラパラ。

 紙が擦れて一斉に問題を解き始める。俺もまたそれに倣った。試験に合格する方法は二つ。ひとつは【事象干渉】による結果の書き換え。もうひとつはもちろん、正攻法。受験に合格すればいい。俺はあえて後者を取ることにした。


 それじゃあ……頼むぞ、【解析者】。


《それを正攻法と呼ぶのはマスターだけかと思いますが……》



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