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『迷信』 その3

 清水さんと合流するのは簡単であった。

 先輩がメールのやり取りをしていたのもあったし、清水さんはまだ教室にいたからである。

 どうしてああまで溺愛している弟の下にすぐさま駆け付けず、まだ教室にいたのか。

 それは、彼女があまりの成績の悪さで担任から課題を課されていたからである。


 うーんうーんと頭を抱えながら課題をやる彼女を見つけると、


「課題をやっているとこ悪いね清水さん」


 と、先輩が声を掛けた。

 すると清水さんは顔を上げ


「あ、先輩~来てくれたんですね! ありがとうございます」


 パァッと明るい笑顔を見せた。


 清水さんは見た目こそギャルのような風貌であるが、その中身はただのお馬鹿さんであり、実は礼儀正しさもある。留年したからといって、別に先輩に対して敬語を使ったり先輩と呼ぶ必要もないのだが、律儀に正していることから根は素直なんだなと思わせる。


「えっと……ちょっとだけ待ってほしいっていうかぁ、課題がまだまだかかりそうでー」


 妙に間延びしたこの話し方はクラスの女子で慣れている。

 先輩も、以前から清水さんと面識があったのか気にはしていない様子だ。


「私が手伝うのは問題があるか……?」


 先輩は悩んでいる。

 学校側から出された課題を学年が上の先輩が手伝うのは確かに少し不味いのかもしれない。


「後輩、君がやれば大丈夫だろう」


 だから、僕に白羽の矢が立った。


「分かりました……正直、自信はないですが。清水さん手伝いますよ」


 僕が声を掛けたことで清水さんは初めて僕を認識したようで、


「あれ君……確か同じクラスだよね?」

「まあ一応そうです……」

「いいよ、タメ口で。私と君は同じ学年なんだし。それに、ありがとう!」

「いいで……いいよ、このくらい。この課題は今日授業でやったとこだから僕にだって教えられると思う」

 

 だから、別にお礼なんていらない。

 べ、別にアンタなんかのためにやるんじゃないんだからね! というやつだ。


 じゃあ誰のためにかと言われればそれは勿論先輩のためだ。


「それじゃないよ」


 と、僕の内心を知ってか知らずか清水さんは微笑む。


「私の弟のために何かしてくれるんでしょ? 君があの先輩と同じ部活ってことくらい知ってるんだから。私がお礼を言ったのは、君が一緒にこれから解決してくれることに対してだよ」

「そっか……」


 この時僕は決めた。

 全力で取り掛かることに。


 全力でこの課題に取り掛からないと、清水さんは一生終わらない。

 

「清水さん……良いこと言っているところ悪いけど、解いてある問題全部間違えているよ」


 今清水さんがやっている課題は全部で20問の計算問題。

 1問目は高校入学当初にならったような問題で、20問目が今日習った問題である。恐らくは、担任が清水さんのために特別に作成したものだろう。

 だから、当然ながら1問目はとても簡単だ。徐々に難しくなってくるのだが、清水さんは1問目すら間違えていた。

 恐るべき学力……。留年した学力は伊達ではない。


 良いこと言ってたけど、それは後で聞くとして、今は一刻も早くこの課題を終わらせないと。『迷信』の原因を探らないと。


「私は私で情報を集めておくから、そちらは任せたよ」


 と、先輩は早々にスマホをポチポチと打ち始めた。

 何だかかっこいいこと言われた気がするが、清水さんの面倒を見させられた気がしてならない。


「仕方ない……清水さん、まずはこの問題からだけど――」


 と、僕はなるべく親切懇意に清水さんに公式を教え、自分の力で問題を解かせた。あくまで自分で解かないと力にならないからね!





「ん~、終わったぁ! ありがとう!」

「ふぅ……やっと終わった……」


 たった20問の計算問題でかかった時間はなんと1時間。僕は最初、30分あれば終わるだろうと思っていた。だって最初の10問なんて応用問題でも何でもない基礎中の基礎なのだから。残り10問も応用問題というほど応用ではなく、1つ前の問題の公式さえ覚えていれば比較的解きやすい問題が多かった。


 だから、1時間もかける必要はなかったのだ。

 ちくしょう……先輩の期待に応えることができなかった……。

 僕なら、と先輩は僕に清水さんを託してくれたのに。


「すいません先輩。時間がかかってしまいました」

「ん……終わったか」


 先輩はスマホから顔を上げる。いつの間にか眼鏡をかけていたようで、クールビューティーさが引き立つ。綺麗だ……。


「聞き耳を立てさせてもらったが、ああまで丁寧に教えていたのだから仕方ないよ。それに何より、清水さん自身に解かせようとしていたのだ。褒めこそすれ叱ることはない。それに、その間に私はたくさんの情報を得られたしね」

「何か分かったんですか?」

「うん。まず、この『迷信』絡みの事件はこの街だけで起きていることは間違いない。他の街……隣町でさえこんな現象は起こっていないんだ」

「ということは……原因はこの街のどこかってことになりますね」

「そう。そしてこの現象は過去に何度か起きている。まあそれも数十年単位だけどね」

「数十年……」

「ってことはぁー」


 と、ここで清水さんが口を挟む。


「お爺ちゃんお婆ちゃんに聞けば分かるんじゃない? 私の近所にたくさん住んでるよー」

「それは本当?」


 本当? というか話を理解していたのか清水さん。

 

 と、ここで先輩が自分のスマホを指さした。

 ああ、事前に詳細は連絡していたってことね。


「ならば本日の予定はこれで決定だ。後輩、君は清水さんと共に清水さんの弟さんから話を聞いてきてくれ。当時の状況、現在の腫れ方、等々だ。医者に診てもらうのが恥ずかしいということだけど、その辺は私よりも君の方が上手く聞き出せると思う。少年相手だしね」

「分かりました。先輩はどうするんです?」

「私も途中までは付いて行こう。実は8割がたはこの『迷信』のことは分かりかけてきている。だが、清水さんの言う通り、お年寄りの話も聞かなければ分からないこともある。下手に対処法を間違うわけにはいかない」


 ここで二手に別れるのか。

 部室の行く前のお気楽な気分が一転して、何だかこの街の命運を背負った感じだ。


「じゃあ行こうか」


 そう言って先輩は教室を出て行く。

 僕と清水さんも慌てて付いて行った。





「ハークション!」


 うわびっくりした。

 前を歩いていた男の人が突然大きなくしゃみをかました。


 清水さんの家へと向かいながら僕と先輩は清水さんから近所に住んでいるというお年寄りの話を聞いていた。


「まずお隣の白髪のお爺ちゃんはねー、耳がとっても遠いから耳元でおっきな声で話しかけないと返ってこないんですよ。私、目の前で挨拶してるのにいっつも無視されちゃうんだー」


 ケラケラと清水さんは笑っている。

 そうか、お年寄りの挨拶する人なのか清水さん……。


 別に見た目通り内面もチャラチャラした性格だとは思っていないが、こうして話を聞いていると、本当に根は素直なようだ。


「そのまた隣のお婆ちゃんは耳は遠くないけど、たまに居もしないお爺ちゃんと話し始めるからその時は大人しく待っててくださいね。数分すれば会話は再開されるんで」


 こうして、清水さんのご近所の愉快な老人たちの話を聞いていること十数分。清水さんの家に辿り着いた。


「じゃあ行こっか。先輩はまた後でー」

「ああ。正直、聞いているだけで会話が成立するか不安になったが、きっとうまく聞き出してやるさ。だから、そちらも頼むよ」

「ええ、分かってます!」


 先輩が去った後、清水さんが自分の家の玄関を開ける。


「たっだいまー!」


 そして玄関先で固まっている僕にちょいちょいと手招きをする。


 ……改めて思うが、女の子の家に僕が行くのも問題じゃないのか?


「ええと……ご家族は今いるの?」

「いないよー。きーくんだけ。両親は共働きだからねー。ささっ、入ってよ。きーくんは二階の自分の部屋にいるからさ」


 ご両親のいない女の子の家に僕は今から入るのか……。弟さんがいるとはいえ……、いやここは弟さんがいることを前向きに考えよう。

 僕は清水さんの弟さんに会いに来たんだ。そう、清水さんに興味はない。僕が今興味あるのは清水さんの弟さん、きーくんだ。


 やっべえな。そっちのがやばい。


「お、おじゃましまぁす……」


 なぜだか声を潜め、そうっと靴を脱いで家の中に入る。

 

「きーくん、今いるー?」


 すでに清水さんの姿は見えない。

 恐らくきーくんのいるであろう二階に上がってきーくんを呼んでくれているのだ。


「……ああ、いるよ」


 くぐもって良く聞こえないが、どうやらきーくんは在宅のようだ。


 それからいくらかの会話の後に、


「ちょっとリビングで待っててー。すぐきーくんを連れて来るから」


 リビング……人の家をあまりうろうろしたくはないが、案内されてもいないリビングを探し、ようやく見つけてソファに腰を下ろしたときに、


「おまたせー。ほらきーくん、挨拶を」


 清水さんがきーくんを連れて戻ってきたため、再び立ち上がり、


「こんにちはきーく……ん?」


 目の前にいたのはラグビー部主将と言われれば間違いなく信じてしまいそうな程の体格をした同世代の男だった。

 Tシャツから覗く筋肉は僕の腕の二倍ほどはありそうなほど。太ももも余計な脂肪はなく硬い筋肉だけで構成されているんじゃないかって錯覚しそうだ。


「……おう」


 そして、初対面にして気安くきーくんと言ってのけてしまった僕に対して、きーくんは気まずそうに一言返すのであった。


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