カンニング 後編
前後編で終了です
謎解き偏、ですかね
僕と先輩が所属する文芸部。
その設立……というか存続に関しては色々な苦労があった。
その陰の立役者として称えるとすれば、その中には間違いなく名前を貸してくれた者達が入るはずだ。
月織先輩という、顔がよく思い出せない先輩がカンニングをやっていないことをどうやって教師陣に分からせるか。
……まあ問題はいくつかあるとして、
「やったことの証明よりもやっていないことの証明の方が難しいとはよく言いますけれどね」
「そうだね。だからこそ、白紙のカンニングペーパーの謎を解いてしまうのが手っ取り早いだろう。その方法が分かってしまえば、きっと犯人の共通点も分かるはずだ」
「ちなみにその複数人見つかったっていう現行犯逮捕された生徒の共通点は?」
「……暗号部だ」
「あーやっていますねきっとそれは……」
よりにもよって怪しすぎるというか、何かしら細工やっただろうと丸わかりの部活じゃないか。
「ちなみに容疑者として職員室に待機させられている生徒のうちの何人かも暗号部の部員だよ」
……というか、自分の高校にそんな怪しげな部活があることも知らなかったし、そんな部活に部員が何人もいることを知りたくなかった。
「だけど、同じ部活だからお前達も犯人だろうとは教師陣もさすがに言えなかったらしい。だから、怪しいと判断された者は全て等しく待機といった状態に落ち着いたんだ」
「月織先輩は、それで先輩に助けを求めたんですか」
恩を今こそ返してくれと。
受験という人生の分岐路を前にして、道から外されることはあってはならないからと。
道を外れた行為を……道理も理屈も道徳も、捨て去った者と一緒にされたくはないと。
「いや、月織君は終ぞ私に声など掛けなかった。彼は黙ったまま、毅然とした態度で職員室に立ち続けていたよ。職員室に訪れた私を見ても、関わるなとばかりに彼は首を振っていた」
月織先輩……かっけえっす。
先輩を巻き込まないとするその態度、僕はただただ尊敬の念を向けるばかりです。
「これは私からの一方的な恩返しだ。教師から頼まれたわけだからでも、月織君を不憫に思っているからでもない。あの時……この部活を立て直した際に助けてくれた恩を返すためにやるんだ」
「……分かりました」
僕も頷く。
「何が出来るかはわかりませんが……何も出来ないかもしれませんが、一緒に謎解きを手伝わせてください」
「ああ。期待しているよ」
こうして、白紙のカンニングペーパーを巡る謎解きは始まったのであった。
「暗号部……なんですから、何かしらの細工は紙にされていたんじゃないですか? 消しゴムで一瞬で文字を消したとか、別の用意しておいた紙にすり替えたとかではなく、紙そのものに文字が消えるように細工を施した」
「手先が器用な芸当は考えなくても良いということか」
「ええ。そういうのは手品部とかマジシャン部がやるべきです。……まあそんなものがこの学校にあればですけどね」
「あるよ。手品部もマジシャン部も。どちらも互いに身を削り合って切磋琢磨している。たしか夏休みに行われる全国大会に両部活とも進出したとか」
あるんかい!
そしてどちらもすごいな。
「……ともかくとして、彼らは別に容疑者候補ではないんですよね?」
「どちらの部員も入っていないね。まあ、手品にしろマジックにしろタネも仕掛けもあるのは明白なのだから、決して手先の器用がどうこうだけでは無いのだけれどね」
そうか……手先が器用であることだけが手品が可能な条件では無いんだ。
なら同様に……紙に細工するだけが暗号じゃない……?
「遠くからでは見えないくらいの小ささで紙に何か書かれていなかったんですか? 教師がカンニングを発見したにしろ、生徒と同じ目線から覗き込んだわけではないはずですし。虫眼鏡で見えるくらいの文字だったら、教師が見逃しても有り得るかも……」
それならば、カンニングペーパーを作る際に生じる問題点の、紙に試験範囲の予想解答が書ききれないというのも少しは解消できる。
文字が小さければそれだけ使えるスペースは広く、より多くのことが書ける。
「虫眼鏡を持っている者はいなかった。それにだね、教師は紙を取り上げている。いくら小さくても、さすがに極小でも、何か書かれているくらいはさすがに分かるよ」
「でしたね……」
文字を見逃していた、という線はこれで削られるか……。
後は……見えない文字。それこそ何か細工をしていたという事だけど……。
「暗号といえば炙り出しですね」
「君は試験中に火を使う生徒がいても止めない教師がこの学校にいるとでも……?」
「……」
そもそも、それだったら教師にだって見える文字のはずだ。
生徒にだけ見えるなんてのはおかしい。
「白い色鉛筆で文字を書いたとか」
「それだと生徒も見えないだろう」
「特殊インクって今流行っていますよね。時間が経つと消えるペンみたいなのはどうです?」
「教師に見つかると同時にタイミング良く文字が消えるとは考えにくい」
「うーん……うーん……」
生徒に見えて教師には見えない。
「というか、先輩も何か無いんですか?」
「私が考えついたものは全て自分で否定出来てしまったからね……」
僕は思いつきっぱなしでそれが正解だと口に出してしまったが、先輩は一度自分の中に落とし込んでいたようだ。
「せめて現物があればなぁ……」
紙の大きさや材質も分からないままだ。
もしかしたら、カンニングペーパーの縦幅と横幅が試験の解答に繋がるものに……なるわけないか。
材質も同様に。それ自体にそこまでの情報量があるとは思えない。
「ああ、忘れていた。そういえば持っていたんだった」
そう言って先輩がポケットから取り出したのは一枚の紙。
「あったなら早く出してくださいよ……」
どこにでもあるような紙の切れ端であった。
コピー紙の切れ端だろうか。手で破ったように、一部だけ真っすぐな切れ目ではない。
……当然ながら、正方形でも長方形でもなく、歪な形をしていた。楕円形に近い。
なるほど、確かにくしゃくしゃに丸められていたことが分かる。
教師によってか、それとも先輩によってか、少し伸ばされてはいるがそれでもヨレヨレである。
どこもかしこも折れ目だらけで、これはコピー紙にもメモにも使えない。
はっきり言って、もうゴミとして捨てるしかないような代物であった。
「言い訳させてもらうと、私も予め調べておいたんだ。臭いも味も特に何も問題は無かったからね。紙自体に何もされていないと思って、必要ないと思って忘れていたんだよ」
「そうだったんですか」
……ん?
臭いと……味を調べたって?
ということは、この紙に先輩は口を……その舌を付けていると?
「……何をしようとしているのかな?」
「えっ!? ……いやぁ、何も……ハハハ」
紙を顔に近づけようとしたら、その向こうから先輩のお声が掛かった。
幸いにもというか、不幸にもというか、紙の透け具合は非情に粗悪(むしろ紙なのでその方が良いのだろうけども)であったため、先輩の表情は確認出来なかった。
「……やっぱり何もない、か」
ちょうど顔を近づけていたので、紙をよく見てみることにした。
だが、そこからは何も分からない。
むしろ、頭の中では『臭いや味を調べたということは先輩も顔を近づけているということだからその痕跡を感じ取れ』という非常に男子学生らしい煩悩が渦巻いていた。
だけど、それよりも今の僕は先輩の期待に応えるため、月織先輩を助けるため、そして先輩に褒めてもらうためにも真面目に思考を加速させなければならない。
「うーん……見れば見る程くしゃくしゃだ」
どれだけ力強く握ったのかは分からないが、この折り目通りにもう一度丸めていけば、かなり小さく纏まるのではないだろうか。
……折り目、か。
――元々折り目を付けていてそれが文字となっていた……とか。
折り紙を開いてみればいくつもの折り目があるのと同様に。それを文字に見立てていた……。
いや、違うな。
先輩のように自分で落とし込まないと。
恐らくだけど、正解は近いはず。
だけど、もっと深く考えないと……。
「折り目ではない……けれど丸めたことで文字の痕跡が消える……」
特殊なインクは使わない。
炙り出しでもない。
肉眼では見えないほど小さな文字ではない。
……白い鉛筆、か。
「そっか……手先が器用で無くても手品やマジックが可能であるのと一緒で、手先が器用だからといって手品部やマジシャン部であるわけではないんだ……」
ようやく分かった。
証拠は残っていないかもしれない。
もし根気よく探せば……出て来るかもしれないけど。
「分かりましたよ先輩。答えは白い鉛筆……それと炙り出しです」
とはいえ、別に火で炙るわけではない。
あれだ、強く文字を書いただけなんだ。
「用意するのは紙と白い鉛筆……ではなくていいです。紙を二枚、それにペンを用意すればそれで事足ります」
「ふむ。これでいいかね」
そう言って先輩に渡されたのは、カンニングペーパーに使われたものと同一の材質の紙と、先輩の私用のものであろうネコの柄の付いたボールペンであった。先輩可愛い。
「ありがとうございます。……うん、先が細いペンですからこれで大丈夫です。では、これを重ねまして……」
紙を二枚重ねて、その上から先輩のボールペンを強く押し付けて文字を書いていく。
『先輩可愛い』、と。
「なっ!? 何を……書いているのかね?」
「いいですから、続きを聞いてください」
有無を言わさずに聞かせる。
「一枚目はこうしてインクが線を書いて……文字となって残ります」
消えるインクではない。
一枚目の紙に消えないインクが残された。
「ですが、二枚目の、下に重ねられていた紙にはインクはありません」
「そうだね。何も書かれていない」
透けない紙だからこそ、インクも二枚目に滲むこともない。
「だけど、何も書かれていないわけではないんです」
そういって、僕は二枚目の紙にボールペンを走らせる。
さらさら、と基線をいくつも書いていく。
「筆圧痕ですよ。小学生の時に鉛筆とかで暗号ごっこをやったりしませんでした?」
「やっていないが?」
「……」
それを言われてはお終いだけど。
ともあれ、
「筆圧痕は二枚目の紙にもあるんですよ。肉眼では見えない文字として」
今はこうして、ペンで見えるようにしたが、実際に使われたカンニングペーパーにはそんなインクや鉛筆の痕跡は無い。
消したわけではなく……
「白い鉛筆だと恐らく手で触れただけでは分からないでしょう。上から白の粉が掛けられているだけですから」
「だが、筆圧痕は違う、か……。紙そのものに痕として残っている。触れれば分かる……!」
後はもう簡単だろう。
先輩も真相に辿り着いたようだ。
「力強く丸められたカンニングペーパー……あれは思わずやってしまったことではない。意図的にやったことなのだな。筆圧痕を消すために、その上から折り目をいくつも付ける。木を隠すなら森の中、といったように」
「ええ、そうです。……ですが、これを立証するには、証拠が折り目の中に消されてしまっているので難しいかと思います」
「いや、それなら心配ない。丸め込まれた紙、それが証拠そのものだろう。丸められていなくとも、触れば分かる筆圧痕のある紙の持ち主も同様だ。触っても何も触れることの出来ない真にまっさらな紙の持ち主だけは無実だよ。……よし、さっそく報告してこよう」
そう言って、先輩は職員室へと向かったのであった。
翌日。
部室には大量の書物が届けられた。
本棚はいくつもあるため、置き場所には困らなかったが、どこから届いたのだろうと疑問に思っていると、
「月織君からだ。君に是非にとね」
「月織先輩から……」
あの後、月織先輩は無事に解放されたらしい。
学年ごと巻き込んだカンニング事件は、1つの部活を廃部とし、その部員全てを停学処分という結果となって終了した。
とはいえ、職員室に待機させられ、試験も中途半端に中断された無実の生徒たちに関して何かしら便宜はあったとは言う。
それは当人たちに口止めされているらしく、先輩も分からないらしいが、当人たちはそれで納得したらしい。
「良かったです。一件落着。これはその、お礼ですか」
こちらがお礼のつもりでやったことだけど、更にお礼が返ってきてしまった。
こうやってお礼の連鎖は繋がっていくのだろう。恨みではないから良いことだ。
どうやら月織先輩は雑読派だったようで、海外のタイトルすら読めない小説から日本でベストセラーになったもの、ライトノベルや少女漫画まである。当然、少年漫画もあったが。
小説とは関係無いが、辞書もいくつかある。国語辞典から英和辞典、独和辞典なんてものもある。
「日本の小説は楽しませてもらいますよ」
先輩の手前、ライトノベルと漫画類は手を出しづらい。
後でこっそりと読ませてもらおう。
「ああ、それと月織君から伝言だ。全て、感想を楽しみに待っているとね。なに、試験も終わってこれからはしばらく羽休めも出来ることだろう。読書はこの部活の名目上の主活動内容だから、私としても構わないよ」
「えっ!?」
このタイトルすら読めない海外の小説を……?
「あ、だから辞書がこんなに」
……。
しばらくの間は読書の鬼になったことは言うまでもない。
なお、英語の成績は微上昇した。
英語で書かれた小説よりも圧倒的に他の言語で書かれた小説が多かったためだろう。
その代償として、休み時間の度に辞書を片手に読書。僕はクラスから一層浮いたのであった。
わりとこういうのを書くの楽しかったー




