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ぐうたらばあちゃん 前編

暇つぶしにちょいちょいで書いてたのがようやく書き終わりました

「『ぐうたらばあちゃん』を知っているかい?」

「『ぐうたらばあちゃん』? 誰ですかそれ」


 放課後になり僕はある部室を訪れる。本校舎から一度出て、隣にある旧校舎棟。部室棟となってしまったその校舎の一階の一番奥にあるその部室に毎日訪れていた。

 僕は趣味が読書だと臆面もなく言えるほど本を読むことが好きだった。中学では当然、文芸部。そして高校生になったときも、入学当初からあれば入りたいなと思っていた部活だが、その実態は廃部寸前。このときの僕は必死に文芸部を廃部から救おうと動いた。幽霊部員でいいから名前だけでも、と新しくできた友人たちに頼み込み、ついには規定ギリギリの人数の名前を集めきった。

 何とか残った文芸部であるが、結局正式な部員としては僕と、元からいた先輩しか部室には残らなかった。

 静かな部室で誰にも邪魔されずにただ読書にふける。その時間と空間を手に入れた僕であるが、この先輩はこの件をきっかけで僕を気に入ったみたいだった。

 長い髪を背中で一つに束ねた先輩は儚げな美貌を振りまいていた。白を基調とした制服は先輩の凛とした雰囲気を引き立て、烏の濡れ羽色のような黒い髪は白く透き通るような肌と美しくも決して争わない調律を保っていた。この美しさを知っているのはおそらくこの高校でも僕くらい。と、いうのも最初は地味な眼鏡で、暗い雰囲気をしていた。

 僕にだけ特別だよ、と先輩は部室でだけ眼鏡を外して素顔を見せてくれる。

 彼女とは部室だけの関係。部室を出れば後は他人。そう思っていたのだが……


「誰、か。違う……わけでもないかな。『ぐうたらばあちゃん』はお店の名前。だけど店主もご老婆らしいからその人が『ぐうたらばあちゃん』なのかな」

「へえ。何屋なんです?」

「洋菓子店、らしい。近くに山があるだろう? そのふもとにあるらしい。どうだい? 行ってみないかい?」


 僕は驚いた。だって、この先輩はなぜか部室を出たら挨拶さえ返してくれない人なのだ。僕と関わりがあることを他人に知られたくないかのように。後で部室に入れば謝られるけど。

 ともあれそんな先輩が僕に洋菓子店に行くお誘いをしてきたわけだ。もちろん美人の先輩とお出かけするのに躊躇いはない。


「ぜひともお供させていただきます」

「なんだいその言い方は……。ふふっ、じゃあ今日の部活動はその洋菓子店に行って食べた洋菓子についての感想にしようか」


 珍しい。基本的に読書しかしないこの文芸部で、僕が今まで何かを書いたのは2回くらいだ。それぞれよく分からない題材だったけど、よく分からないからこそ筆が進んだなあ。

 読んでいた本にしおりを挟み、鞄にしまう。今日は短編集だったから丁度キリの良いところで読み終われた。


「じゃあ行こうか。今からならギリギリ閉店までには間に合うだろうから」


 そんなこんなで今日の部活はこれまで。これからは先輩とデートだ。

 先輩が部活と言おうともこれは紛れもないデート。そう決めた。





「『ぐうたらばあちゃん』が洋菓子店ってことは分かりました。有名な店なんですか?」

「有名……なんだろうか。私の趣味は君も知っているとおり、奇々怪々な噂を探求することなんだけど、『ぐうたらばあちゃん』もその一つだね」


 急にデートが怖くなってきた。『ぐうたらばあちゃん』なる店に行きたくなくなってきた。もう帰りたい。

 今までもそうだ。部活動で物書きをしないなら読書だけをしていると思われるかもしれないが、そのほとんどは先輩の持ってきた怪しげな何かを触らせられたり、嗅がされたり、食べさせられたりとしてきた。大抵ろくでもないことになっていた。


「昨日、私の鞄の中に一枚の手紙が入っていてね」


 何? 手紙だと!? 

 まさかラブレター的なものじゃないでしょうね?


「手紙によればこの店のお菓子は興味深い味で、何が入っているのか分からないからぜひとも食べて来てほしいと書いてあったよ」

「いやそれ、部活が違うでしょう……」


 料理部とか製菓部に頼む案件だろう。間違っても文芸部に依頼するべきものではない。


「大丈夫。調べてみたけど私たちに危害があるような噂ではなかったよ。むしろ噂に流れてきてけど訪れた人はみな幸せそうらしい」


 それ、変な薬とか入ってるんじゃないでしょうね?

 頭がぱっぱらぱーにはなりたくないですよ。


「そう心配そうな顔をするな。私がいるんだぞ? 何かあっても先輩を頼ってくれよ」


 先輩がいつも厄介ごとを部室に持ってきてたんですよ?

 それに先輩を頼ることなんてできませんよ。


「何かあったら僕が先輩を守るんですから。先輩だけに何かをさせるわけにはいきませんよ」

「君……」


 先輩は驚いたような嬉しそうな顔をした後、僕から顔を背ける。

 あの、喜んでいるところ悪いですけど、僕は先輩に何かをさせると必ずめんどくさくなるから僕がやるって言いたかったんですからね?良いですか、勝手に何かやらかさないでくださいよ?


「まあ私が何かするつもりはないよ。ただ洋菓子を食べて今日はそれで終わりだ」

「そうですか……そろそろふもとですね」


 近くの山、と言っても30分は歩く。それまでは先輩とのんびりおしゃべりでもしていようかと思ってたけど案外すぐについてしまった。

 先輩のする話の内容はともかく、先輩とのおしゃべり自体は楽しい。楽しいことはすぐ過ぎてしまうな。


「そうだな……お、あれだな」


 山のふもとと言うからてっきり本当に山道に入る入り口にでもあるのかと思っていたが、ぽつりぽつりと家が続く中にその店はあった。

 こじんまりとして、年季の入った看板や外装、それでいて清潔感がありそうな店だ。

 看板にはめいいっぱい『ぐうたらばあちゃん』と書いてあり、文字の隣にケーキをおいしそうに食べるおばあちゃんの絵が描いてある。

 知る人ぞ知る名店といった感じだが、外から店の中をうかがっても客は一人もいない。知る人いなさすぎじゃないか?

 

「じゃあ、入ってみますか……」

「何を怯えてるんだい。ほら、私を守るんだろう。入った入った」


 先輩に背中を押されて店の中へと入ってしまう。

ま、まあ別に怖くなんかないし? さーて、どんなお菓子があるのかな?

店内はガラスのショーケースと、いくつかの棚、テーブルが1つといくつかの椅子が置いてあった。


「おやいらっしゃい。今日は誰も来ないかと思っていたところだよ」


 入店したときにカランコロンと音が鳴っていたのが聞こえたのだろう。店の奥から一人のおばあさんが出てきた。看板と同じ顔。この人が『ぐうたらばあちゃん』なんだろう。


「ほう。あまり人は来ていないんですね」

「ちょっ。先輩、失礼ですよ」


 小声で先輩に注意するがこの人は聞いてやしない。


「こんな辺鄙な場所に店を構いちまったせいかねえ。お菓子の味はそんなに悪くはないと思うんだが……。まあ年金もあるから生活に困ることはないよ」

「ええ。私たちも今日はお菓子がおいしいと聞いてやってきました」

「そうかい。それは嬉しいねえ。お前さんらは○○高校の生徒だろう?制服に見覚えがあるよ。何人かお客さんで来てくれた子がいてねえ」


 おばあさんが話し始める。

 これは長くなるんじゃないのか!? だとするならば早く切り上げないと。


「たぶんその人だと思いますよ。その人はケーキを食べたらしいのですが、今日はどんなお菓子があるんですか?」


 先輩が上手いこと持って行ってくれた。これでお菓子を出してくれるといいんだけど。


「おお、年を取ると話がついつい長くなっちまうねえ。いけないいけない。今日は焼き菓子があるよ。もう店じまいするところだったしお前さんらは初めてみたいだし半額の7枚200円でいいよ」


 そう言っておばあさんは棚からクッキーを取り出した。

 半額……いい言葉だ。


「では私と後輩に一つずつ。お金はここに置いておきますね」


 先輩が400円を置いてクッキーを受け取ってしまう。


「後輩君、ここは私に奢らせてくれたまえ。ここまで一緒に来てくれたお礼だ」

「ありがとうございます! ごちそうになります」


 クッキーを先輩から貰いお礼を言う。

 それぞれ木の実やジャムが混ぜ込んであるクッキーでとても美味しそうだ。


「ここで食べても大丈夫なんですか?」

「ああ、もちろんだよ。そこに腰かけておいき。今お茶でも入れるからね」

「あ、お構いなく」


 おばあさんは店の奥へと引っ込んでいった。

 いい人だなあ。


「それで、このクッキーはどんな効果があるんです?」

「おや、よくクッキーに何かあるって分かったね」


 先輩は感心したような顔を見せる。少しわざとらしいのは気のせいだろうか。


「いやいや、今までのパターンからしてこのクッキーを食べると何か起きるくらいは分かりますって。何ですか、力が強くなるとか頭が良くなるとかですか? それなら喜んで食べますけど」


 確か害はなくて幸せになれるんだっけ?

 幸せ……定義はともかくとしてハッピーになれるとかならちょっと嫌なんだけど。

 幸せになれると、ハッピーになれる。意味としては同じなのに捉え方はだいぶ違う。できれば前者がいい。


「まあ食べてごらんよ。きっとあのおばあさんも君が食べることを分かっていてお茶を入れに行ったんだと思うな」


「は、はあ……」


 まあこの先輩が大丈夫というなら毒なんて入っていないだろうし。

 店内にある椅子に掛け、クッキーを袋から取り出す。


「じゃあこの木の実のクッキーから……むぐむぐ……おいしいですね」


 木の実の甘さと香ばしさだけがクッキーの味を決めている。

 他には何も入っていないのだろう。焼きすぎて固くなっていないし、湿気てパサついてもいない。サクッとした触感が次から次へとクッキーを口に運んでしまう。


「……ああ、もうあと一枚しか残っていない」


 確かにこのおいしさなら幸せになれると言ってもいいな。

 あと一枚……大事に食べなければ。いや、それよりもまた買えばいいのか。


「後輩君、それくらいにしておいてまずはお茶が来るのを待とう」

「あ、はい。そうですね」


 このクッキー、依存性のある薬使ってないよね?

 ちょっとおいしすぎて舌がびっくりしたみたいだ。


「お茶が入ったよ。クッキーだし紅茶で良かったかい?」

「ありがとうございます!」


 おばあさんはティーポッドと、カップを3つ持ってきた。

 そのまま3つのカップに入れると僕と先輩、そしておばあさんの前にそれぞれ置いていく。中身は透き通る黄金の液体が入っていた。

 洋菓子には紅茶と気を使ってくれたんだろう。良い匂いだ。半額のクッキーを買っただけの客にここまでしてくれるなんて……。


「いただきます……?」


 うん? 一口飲んだだけだけど、違和感がある。

 具体的には味に違和感だ。

 隣を見れば先輩も首を捻っている。


「失礼だが、このお茶は何回目ですか?」

「ちょっ⁉ もう少し言い方変えてくださいよ!」


 だが、先輩が何を言おうとしているのか僕には分かる。

 何回目、というのはそのティーポッドに入っている茶葉で何回お茶を入れたのか?ということだ。

 このお茶は……色だけで味が一切なかった。


「ひっひっひ。ひーっひっひっひ。ぐぇっへっへっへ」


 おばあさんは笑う。しかしその笑い方は歪で不気味な、今の僕にとっては恐怖感を与える以外の何者でもない。

 笑うことによってこちらも楽しい気分にさせる。そんな代物ではとてもではなかった。


「いやいや、いいんじゃよ。しかしの、学生さんたちよ。この茶葉は一回目であるぞ。儂が飲んでみても、この通りおいしく感じる」


 おばあさんが自分の分のお茶を飲む。一口一口を味わう様は僕たちに味が感じられないのがおかしいと思わせるようだ。

 ん? 味を感じられない?


「後輩、もしかしてだが……」

「先輩、馬鹿馬鹿しい考えかもしれないですけど……」


 僕と先輩が同時に口を開いた。

 

 あー、これ。またこういうパターンか……。


「……どうやら私達は味覚を失ってしまったようだね。原因は先ほどのクッキー、と言ったところかな?」


 先輩がおばあさんに向けて笑みを浮かべる。ただし、それは友好的なものでなく、やんのかオラァ?みたいなヤンキーのような意味合いが込められていた。怖い怖い。


「そうさ。儂のクッキーはおいしいという感情を怠け者にしちまう。ゆえにこの店の名前は『ぐうたらばあちゃん』。安心しとくれ。7枚食べたところで1週間もすればその感情は戻ってくる。儂のクッキーはそれほど害のない菓子じゃ」


 それほど害がないってことは無害じゃないってことか。


「つまり……一週間、僕たちはは味覚がなくなるということですか。でも、このクッキーはおいしく感じましたが?」


 クッキーを食べて味覚が無くなるのは分かった。まあ今までも意味が分からない法則があって、それに苦しめられてきたけど。

 このクッキーは例外、そういうことなのだろうか。


「このクッキーだけじゃないよ。儂の店の菓子なら全て味を感じられるようになる。ただし、1つ1つがおいしいという感情を失う延長効果がある。つまり、お前さんらが空腹に身を任せてこれから毎日ここの菓子だけを食べていけば……これ以上は言わなくても分かるよな?」


 ……この先、ここのお菓子を食べられなくなったとき、その時に食べてしまっているお菓子の数は100や200で済めばいいほうだろう。最悪……一生分の味覚を失うことになる。

 さて、どうしたものか……。


「後輩、帰ろうか」


 先輩が立ち上がった。


「いいんですか?」

「ああ、このままここにいても事態は好転しないだろう。本当に一週間だけしか効果がないのだろうな?」

「ああ、それは保証するよ。お前さんたちがこっそり7枚以上のクッキーを食べていない限りはね。1つの菓子で1日。それが儂の力の限界じゃよ」

「ならば問題はない。お邪魔したよ。……もう来ることはないけどね」


 少し苛立ちめいた表情を見せながら先輩は店を出て行った。


「それでは僕も……あの、クッキー、美味しかったですよ。美味しいだけでは駄目なんですか?」


 少し気になってしまった。正直、このおいしさだけを売りにすればかなり繁盛することだろう。余計なオプションを入れる意味がない。


「ひっひっひ。若いのぉ。……美味しいだけじゃ駄目なんじゃよ。時になぜ美味しいのかを考えなければいかんのじゃ」


 そんなよく分からないことをおばあさんが言ったとき、


「後輩、いつまでそこにいるんだい? 早く部室に戻るよ」


 先輩の声に急かされ僕も店を後にした。

 おばあさんの声はいつまでも僕の頭の中に残っていた。

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