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ティアドロップ -せんせいと少女たち-  作者: かつらうみひと
プロローグ
3/32

温室の少女たち2

 すっかり息が上がってしまい、少年は立ち止まる。振り返るが追っ手は来ない。


 静かだった。

 静か過ぎるくらいで、妹のことが心配になった。


 なので、先ずは落ち合う場所に自分の無事を知らせる痕跡を残し、それから捜しに行こうと考えた。

 呼吸を整え、今度は少し早足くらいで隠れ家へ向かう。


 ここは貧民街であるため綺麗な区画分けがされているとは言えないが、だいたい東西南北で区画分けが成された形をしていると言って差し支えない。


 街は幾つかの家々が固まるようにして建てられ、それをぐるりと取り囲むように道路で分かたれている。

 例えるなら、田んぼの「田」の字を45度斜めにした状態に近い形をしていると言える。


 少年が今居る場所は南に位置していた。

 先ほど怪しいやつらと遭遇したのは北の海沿いにある高台。

 そこからずっと走り続けたことになる。


 体力に自信があるわけでは無かったが、いざという時には自分の思った以上の力が出せるものである。

 自分でも驚いているが、あの男達はもっと驚いた事だろう。


 これがお遊びの追いかけっこであればほくそ笑む事もできるのだが……。


 …………。


 南の区画にある隠れ家に到着した。

 玄関は無い。1階は四方がコンクリートで塗り固められてしまっている。


 少年達がここに居付いたときには既にこのような状態だったので、何故以前の持ち主がこのような暴挙に出たのか知る由もなかった。


 それでも2階より上は採光の為かガラスが張られていたので、そのガラスの一部を割った後は出入り口として使用できるようにはなっていた。


 もしもの時のために出入り口は2箇所用意しているが、なにしろ1階がそんな状態なので、両方とも通過するだけで一苦労となる。


 2階までの階段やはしごは無く、片方の出入り口は隣のビルから窓に向かって飛び移るようにして入るしかなく、もう片方は壁面を手足を突っ張らせて登る、いわゆるスパイダーウォークをして入らなくてはいけない。


 妹からはいつも非難轟々だったが、こんな事態になると案外防犯意識の高さが役立ったと言っても過言ではない。

 過言かもしれない。別に今日も役立ってはいない。少年は今日も苦労して家の玄関をくぐった。


 リビング兼キッチン兼寝室兼脱衣所には無造作に置かれた知育玩具がある。

 文字を書けない兄妹は、これを決められた形に積んでおくことで伝言板のかわりにしていたのだ。


 いかにも暗号じみていて逆にカッコいいと少年は思っている。

 組み立てる積み木の形は、名付けるとしたら「白馬の王子様」だ。


 メッセージを残し終えた少年は用心して真っ直ぐ北上するのではなく、東の区画を経由して反時計回りで先程の場所、北の高台に戻る。遠回りになるが仕方がない。


 貧民街の外に出る橋が見える。

 このままこの橋を渡って行けば、自分一人なら助かるだろう。ただ、それをするわけにはいかない。妹の安全も確保しなくては。


 そうして、南と東を繋ぐ道路まで来た時に異変に気が付いた。

 隣の区画に行くための通路を通れない。


 正確には、通路に出るために通るビルの隙間をみっちり埋めるように2トントラックが駐車してある。縦に。


「なんだ……これ」


 普通トラックは縦に駐車しない。

 何者かが何らかの意図があって退路を塞いだのだ。思い当たる節はあった。


 さっきのあいつらだ。

 少年の使える能力に比べて、あまりにも力任せ。能力者の知り合いが多いわけではないが、自分の出来ることと比較して明らかに異質のものだ。


 嫌な予感は増す。


 これではこの橋をあきらめ、西の区画を時計回りに大きく遠回りをしなくては元の北の高台まで戻ることが出来ない。何故そんなことをする?


 先ほど、貧民街の外に出るための橋は塞がれていなかった。

 逃走するつもりの相手を捕まえるならまるで見当違いの場所を封鎖していったいどうするつもりだと言うのか?


「…………」


 なんらかの意図があるとして。

 思っていたよりもずっと、これは用意周到に計画されたものかもしれないと少年は思った。


 妹の身を案じる。

 もし既に捕まってしまっていたら……。


「…………」


 選択を迫られている。

 覚悟は出来ている。

 ならば、闘うしかない。


 勝機があるかが問題ではない。これは、彼自身の存在理由に関わるものだからだ。


 手近な廃屋に忍び込んだ少年は大きく深呼吸をすると壁を背にして座り込んだ。

 目を閉じて、外部から入ってくる情報を減らす。


 心臓の音と、きーんという耳鳴りが微かにあるがそれらを意識の外に追いやると、背中のひんやりとした固い壁の感触が意識の中で浮き彫りになる。

 自分と、それを隔てる壁だけを認識する。


 この壁は卵の殻であるというイメージ。少年の肉体はその殻の中に存在し、外には少年の意識がある。意識はカタチを成し、少年の力となる。


 そのように自己催眠を掛けて、能力を自分の身体から切り離すのだ。


 誰かに教えられたわけではない。しいて言うとすれば、気がつけば知っていたという言い方がぴったりだった。


 幽体離脱という現象がある。


 生きている人間の肉体から意識だけ抜け出す行為なのだが、その際、霊体と魂の中間にあるとされる幽体と呼ばれる状態となって肉体から離れるものとされる。


 現実離れして嘘みたいな話だと思うが、実際似たようなことが出来るのだから鼻で笑うわけにもいかない。


 幽体離脱と違うところがあるとすれば、この能力は、少年が自由に操作できるわけではない。

 分離したあと少年の意識は自分の肉体に戻るが、切り離された能力は指示された単純な行動を、消滅するまで行うのだ。


 さらに、少年は作り出された能力がどんな姿をしているのかを知らない。どういうわけか、少年が自分の能力を見ようとすると、それは始めから無かったかのようにすっと消えてしまう。


 きっと恥ずかしがり屋なのだ。


 昔一度だけみた海外のアニメ映画には、子供達だけの国へと誘ってくれる妖精がいて、自分の能力はそんな姿かたちをしているのだと少年は勝手に思っていた。


 そんな可愛らしい「はず」の能力がどこまでやってくれるのか、それはこれから判明する事になる。


***

編集してみたらちょっと短かったです……。

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