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ティアドロップ -せんせいと少女たち-  作者: かつらうみひと
それぞれのいきさつ
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アップルシナモンカスタードホイップ4

 真名瀬まなせ 哲也てつやはその日、たまたま予定していた会合が無くなって、たまたま娘の誕生日だった事もあり、蚤の市にふらりと足を運んだのだった。


 ただ、子供が喜びそうなものはあまり無い。きちんとした物を、と考えるなら、T区画のデパートのおもちゃコーナーにでも行った方が上等なものが手に入るはずだ。


 それでもここにやって来たのは、物品が目的ではなく、娘との思い出に浸る為だった。


 ことわざに「死んだ子の歳を数える」というものがある。不毛である事の例えだ。

 彼もそんな事は百も承知だが、親とはそういうものなのである。


 賑やかな通りに出ると、日の当たる良い場所にある花屋は、今日も活気付いていた。


 彼の娘はここの屋根の上にある風見鶏が好きだった。ブリキの鶏は、いつもピカピカに磨かれており、風車の回転も滑らかだった。

「コッコさん コッコさん」とはしゃいで駆ける姿を幻視する。


 それを追いかけようとして数歩ふらふらとして思いとどまり、立ち止まって空を仰ぐ。


 無駄なことをしようとしている。

 ……もう、あまりここには立ち寄らない方がいいのかも知れない。


 そう考え、見納めのように一度風見鶏を見た、ちょうどその瞬間だった。

 それが、激しい打撃音と共に弾け飛んだのだ。


 見ていたのは真名瀬一人だけだっただろうが、音は雷鳴のように響いたので誰だって気がつく。

 辺りは一瞬、騒然となった。


 街の住人達は「銃声」というものをよく知っている者が多い。

 幾人かは直ぐに地面に伏せ、他は第二撃があれば直ぐ駆け出せるよう身構えた。


 しかし、数十秒経っても何も起こらない為、人々はお互いの顔を見合わせ、イタズラか何かと思ったのか、直ぐにまためいめいに、各々の目的に戻っていった。

 慣れっこなのだ。


 弾着の瞬間をしっかりと見ていた真名瀬には、それが銃弾によるものではない事は分かっていた。


 狙撃に使うライフルの弾丸は容易に音速を超えるが、先ほどのは肉眼でも充分に軌道を追える程度であった。


 おそらくはもっと原始的な構造のもの、いしゆみなどで射たらああいった状況になるのではなかろうか?


 真名瀬は弾け飛んだ風見鶏の破片を摘まみ上げる。

 この時代に誰がそんな物を持ち出して運用しているのか、にわかに気になった。


 最近自分が関わっている「とある概念」に関係しているかもしれない。


 射角は水平に近かった。

 この辺りにはあまり背の高い建物はない。

 つまり、それなりの遠距離からの投擲。

 弩はそれなりに大掛かりな物であると推測される。

 娘との思い出を破壊したモノの正体をはっきりさせてやろうと、真名瀬はそちらに向かって歩き出した。


 ***


 ……。


 …………。


 目を覚ますと、らいかは自分が真っ白なシーツのベッドで、ふわふわの羽毛布団にくるまっている事に気が付いた。


 あ、死んだな。と彼女は思う。


 ここは天国かな?

 悪い子じゃないから行くならそっちだろう。


 視線を横に動かすと、姿見が立て掛けてあった。自分の姿がそこに映る。


 ベッドから管が二本飛び出していた。

 一つは腕のあたり。もう一つは足元だ。

 布団から左腕を出して確認すると、その管は手首に繋がっていた。


 元を辿ると、頭上に透明なパックがぶら下がっており、その中身が彼女の中に注入されているようだった。

 パックには「PPN」と書かれていたが、異国の言葉は読めないので何かは不明だ。

 ……ちなみにPPNとは、血管へと投与する高カロリーの液体で、末梢静脈栄養輸液の略称である。


 もう一本の行方も探り、右手をもぞもぞさせたらいかは途端に顔面蒼白になった。


 管は股間に刺さっていた。


 しかも深々と刺さっていた!


 どうやらここは天国ではないという結論に達する。

 もしかしたら自分は知らぬ間に地球外生命体に拉致アブダクトされたのかもしれない。

 で、デリケートな秘密の部分を調査されているのかもしれない。

 えっちである。


 だけど、兎にも角にも生きてはいる。それは喜ぶべきところだ。

 彼女は楽天的だった。鬼婆の所にいるよりはマシというのは確かであるが。


 とりあえず周囲を探索するべきだろう。

 ここはUFOの中かも知れない。

 らいかは身を起こし、自由になるために腕についた管をむしり取る。

 股間から管を引き抜く時「んっ」とやや艶めかしい声が出た。


 そうして拘束を解いたらいかは布団を跳ね除けて、颯爽と立ち上がるのだ。


 らいか、大地に立つ。

 そう自分で銘打ってみたが、実際はそれには失敗して、床にべちゃりと這いつくばる形になった。


 ???


 何故か立ち上がれない。

 そこまで身体の使い方を忘れてしまったわけではないだろう。

 そこで、怪我をしていた左足が綺麗さっぱりしている事を確認した。


 スネから先辺りが存在しない。

 右足と見比べてみる。

 うん、無い。


 えっ?

 無い?


 混乱していると、そこに人がやってきた。

 おじさんの姿をしている。そういう宇宙人もいるのだろうか?


「目ぇ覚めたか」

「それ、何とかしてやりたかったが、ほとんど傷んだ漬物みたいな状態でな。取っちまう以外にできる事がなかった」


 男はらいかを見ながらそう言った。

 その視線を追うと、無くなってしまった左足に行き着く。

 処置が完璧ではなかった事を詫びているのだ。

 なるほど。


 つまり、自分が意識を失う前に求めた助けが通じ、この人によって治療が行われたという事らしい。

 なら宇宙人ではない。


 らいかは自分の事が好きで、身体のどこかしらに不満があったりはしなかった。愛着があった。

 だからその一部を欠損した事を、もっと取り乱すかと思っていた。

 でも、案外凪いだ海のように自然と「無くなってしまったんだなぁ」と他人事のように思うのだ。

 ……もしかしたら、後々後悔に苛まれるのかも知れなかったが。


 抱きかかえられてベッドに戻されたらいかは、ふと思った疑問を口にした。

 どうして助けてくれたの? と。


 真名瀬はすこし照れ臭そうにして頭を掻きながら、「娘に少し似ていたんだ」と答えた。


 ベッド脇の姿見には、未だ顔をパンパンに腫らした自分の姿が映っている。


「あなたの娘さん、あまり可愛くなかったのね」


 不満げにらいかがそう言うと真名瀬は、生意気な事言いやがって。と笑った。


 ***


 大切なものを失ったとき、人はどうするだろう?

 怒って、悲しんで、恨んで、嘆いて。


 そうして時を過ごして、ある日想いが薄れてきた事に絶望するかも知れない。

 それでもいつか、また大切なものを見つけて歩んでいくのである。


 二人もこの日より、紆余曲折を隔てつつ、かりそめとは言え親子の絆を紡いでいくのだが、前途は明るいばかりではない。


 施設、「ジャコウエンドウの温室」へ身を寄せてから、「彼ら」と出会ってから物語は大きく動き始める。

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