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幻界創世記  作者: 冬泉
第一章「出会いは唐突に」
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SCENE-07◆「短慮と後悔」

自分の短慮が招いた過ちに翔は・・・

■UNO学院/学部棟/高等部二年/2-A教室


 UNO学院中等部/高等部は、その広い敷地の中央に「本部棟」が有り、そして本部棟を正三角形に取り囲む様に「学部棟」「研究棟」「資料棟」が建っており、それぞれが幾つかの空中回廊で結ばれている。各棟の高さは学部棟が一番高く、次いで研究棟、資料棟、本部棟の順となる。学部棟は14階建てで、2階から13階に各学年の教室があり、最下層は受け付け、最上階は各種会議室となっている。

 因みに、どのクラスがどの階の教室を割り当てられるかは、体育祭に文化祭の獲得点に、年間のクラス成績を加えた総合ポイントで決まる仕組みである。葵のクラスは昨年度総合2位で、一番見晴らしの良い13階の教室をこの一年間確保していた。


 葵と翔は、学部棟の屋上から階段で二階下り、2-Aの教室に来た。既に下校時間も大分過ぎており、教室内には誰も残っていない。葵は、窓際の自分の席に行くと、鞄から大き目のハードカバーを取り出した。


「これ」

「これはなんですか?」

「マニュアル」


 そのA4変形サイズの分厚いハードカバーは全体が黒色で、表紙の上部には黄色の字で『Player's Handbook』、その真下に赤い字で『Advanced Dungeons & Dragons』と書かれていた。表紙の中央には、戦斧を持った屈強な戦士、ローブを着た魔導師、弓矢を持った盗賊が描かれたイラストが載っている。

 このハードカバー、見方によってはファンタシィの原書と思えなくもない。しかし、葵はこれを“マニュアル”と表現した。ファンタシィの原書・・・のはずがない。


「これって・・・なんの本なんですか?」

「ADnD」

「えぃ、でぃ、あんど、でぃ??」

「そうよ」


 差し出されたハードカバーを手に取る翔。パラパラと中を見てみる。二段組でびっしり細かい文字で英語が書かれており、時折イラストや何かの表が入っている。英語が苦手な翔は、見ているだけで頭がくらくらする思いだった。


「これは・・・」


 翔の問いには答えず、葵は静かに言った。


「100ページまで読んで、内容を説明して。期限は来週の今日の放課後。場所は屋上」

「えぇ!!」


 冗談かと思って驚いて葵を見るが、至って真剣な表情が見返してくる。


「それって・・・無理です! 僕の英語力では、こんな文章100ページも読めませんよ!!」

「・・・無理?」

「えぇ、無理です!」

「やってみる前から、どうして無理だって分かるの?」

「え・・・」


 真っ直ぐに見つめられて、翔は言い淀んだ。


「し、しかし・・・」

「・・・判ったわ」


 小さく溜息を付くと、葵は翔の手からハードカバーを取り戻し、鞄にしまった。その一連の動きをまるで白昼夢の様に見ていた翔は、はっと我に返った。


「神和姫先輩っ! ちょっと待って下さい!」

「・・・なに?」

「なにって、教えてくれるんじゃなかったんですか?」

「マニュアルを見せたでしょう?」

「あれが教えてくれる内容だって言うんですか?」

「いいえ、違うわ」

「じゃあ・・・何で・・・」


 訳が判らないという表情の翔に、葵は冷たいとも思える口調で言う。


「あなたは、教わる内容をわたしより良く知っているとでも言うの?」

「そんな訳ないじゃないですか!」

「そう。なら、教え方はわたしに任すのね」

「はぁ・・・」

「不満?」

「いえ、そういう訳じゃ・・・」

「無理しなくてもいいわ。無理にやっても、長続きはしないから」


 椅子を机の下に押し込むと、葵は鞄をとった。


「さようなら」


 葵は静かに立ち去った。黙って見送った翔の心の中には、色々な想いが渦巻いていた。

 去り際の葵の瞳に浮かんだのは何の色なのだろうか? 悲しみの色? 失望の色? 軽蔑の色? 一体、自分のさっきの態度は妥当だったのか? 本当に、100ページもの英文なんて読めないのか? 


「いや・・・違う」


 自信なんて、今は微塵も持てる訳がない。けれども、今行動しないと、この先きっと後悔するだろう・・・そんな想いが翔の心に渦巻いた。


「よし」


 翔は意を決すると、猛然と葵の後を追って走り出した。



 ADnDの単語が初めて登場しました。『Player's Handbook』、プレイヤーを志す人にとって、必須のアイテムです。ここで葵が翔に見せたのは、ADnDの第二版新装版のPlayer's Handbookです。今後、この“マニュアル”が物語にどう絡んで行くのでしょうか。

 加えてもう一点。普遍的な問題の一つですが、「教わる」と「教える」。ニーズが合致して初めて結果が出るのですが、往々にして双方の思惑が食い違うことから、当事者双方にとって満足の行く結果に繋がらないようです。常に双方から歩み寄る姿勢が大切ですね。

 次回は、いよいよ翔が『Player's Handbook』を紐解くくだりになります。英語×(駄目駄目)の翔にとって、その帰趨や如何に? 乞う御期待!

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