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三月十四日の五十センチメートル

作者: 高木直貴

 高山グループの謀

「作戦会議を始めましょう」

 我らがリーダー高山のぞみは得意気にそう言った。秋の研修の時の作戦が上手くいってから自分のやってることに自信を持てているらしい。

「まずは学年末考査にバレンタインと色々お疲れ様。みんなのおかげで何ごともなく二つのイベントを終えることが出来ました。さて、今回のテーマは大方予想はついていると思うけど三月の研究発表会に関する諸々なんだけど、その中でも最も重要なのが班分け。正直これが上手くいくかどうかが決め手と言ってもいいくらい」

 研究発表会とは、各班の五六人の生徒が集まり話し合いで決めたテーマについて協力して調べたことを発表するイベントのことだ。準備期間中午後の授業が丸々グループ研究の時間として使われる。一応生徒の社会への関心を高めるためってことになってるけど、学年末テスト終了後から春期講習の間に先生達が休みたいからやってるんじゃないかと思っている。

「で、私達としては朝井さんを甘やかすであろう伊東グループから引き離すことを目的として動いていきます」

「つまり朝井さんの居る班に伊東グループが一人も居ないようにするってこと?」

「出来ればそうしたいけど、それじゃ朝井さんを独占したい奴らと同じだから伊東グループの割合を半分以下にするくらいで成功とします」

 赤い縁の眼鏡の奥でたれ目を一生懸命吊り上げながら話す姿は愛らしく見えるのだけど、もう少しだけ見た目に気を使うべきだと思う。まあ、あの子は朝井さん一筋だから男が寄らなくても良いと思ってるだろうから何も言わないけど。

 私の所属している高山グループは朝井さんを取り巻く派閥の中のひとつで、主な目的は朝井さんに普通の学校生活を提供することである。他に大きな派閥といえば反朝井派とも言われる浪本グループと朝井さんとただ仲良くなりたい伊東グループがある。といっても伊東グループの中心である伊東涼はそこまで頭がいいわけでもなければ自分が中心だという自覚もないので伊東グループというのは一枚岩ではない。中には朝井さんとの交流をステータスとしている子も中には居る。その点でこの高山グループ、もといリーダーである高山のぞみはよくまとめている。それにこうしてきちんと会議を開いてメンバーの意思疏通を図ったり、作戦を立てて独断での行動を制限したり、対立が起きないように色々気を回したりと色々苦労しているらしい。

「ねえ」

 私が高山に声をかけると微妙に空気が変わった。元々後から入ってきた私に対してこのグループの子達はいい印象を持っていない上、予想外に高山に気に入られてしまったのでなおさら恨みを買っている。

 私が高山グループの作戦会議に参加し始めたのは去年の六月、体育祭での失敗のせいでグループ全体が落ち込んでいた頃だった。今でこそこんなに自信満々の高山だけど当時は覇気もなく、この会議もただ傷を舐めあうだけの場になっていた。

「優子、どうしたの?」

 そんな空気を感じ取っているのかいないのか分からないが、リーダーは可愛らしく小首をかしげた。

「今回浪本は気にしなくて良いの?」

 浪本絵美、朝井さんに対抗意識を燃やすもう一人のクラスの中心人物。朝井さんが象徴的な中心であるなら、浪本はイベント等で指揮を執り実質的なクラスの運営をしている。彼女は自分のグループで実行委員を独占することで体育祭でも球技大会でも文化祭でも朝井さんを排除してきた。その手口は巧妙にして悪辣、時には伊東グループの善意を利用して朝井さんをクラスの輪から外したりもする。それどころか元々伊東グループだった人を自分の陣営に引き込んだりととにかく人を操るのが上手い。でも何より恐ろしいのは朝井さんに対して反発しているという臭いをさせなかったことだ。特に何かするわけでもないけどそれなりに頭の切れる高山グループの面々ですら伊東グループの無意識な迫害への彼女の関与に気付けなかった。高山グループが体育祭のあとも朝井さんを守れなかったのはそもそもの原因を間違えていたからだ。

 リーダーの高山が意気消沈している時に突然現れて、浪本の関与を指摘しあの子に新たな目的を与えて立ち上がらせたからこそ私は信頼されてるんだけど、何も出来なかった子達からは逆恨みされてる。

「何言ってんの? 朝井さんを嫌ってる奴らが同じ班になるわけないじゃん」

 山本は厚ぼったい唇を尖らせて反論してきた。でもそれに対して反論はしない。私が相手しているのはあんたじゃなくて我らがリーダーなんだ。高山は流石に私の言わんとしていることが分かったようでたれ目の割にきりっとした眉の間に深い皺を作って考え込んでいる。険しい顔をすればするほど可愛らしい顔立ちが強調されていく。せめてあともう少しだけ身長があれば威厳があったかも。

「確かに浪本グループが朝井さんと同じ班になるとは考えづらい」

 山本や布川が勝ち誇ったようにキャンキャンわめき出した。

「でも、外側から伊東グループを煽って朝井さんに何もさせないようにする、みたいな手は今までも使ってきたし」

「うん。班の中だけじゃなくて、外も警戒した方がいいと思う」

「佐山さん心配しすぎじゃない?」

 山本は私に主導権があるのが余程気に食わないらしい。でもどんなことを言われようが意見を曲げる気はない。油断して寝首をかかれるよりは気にしすぎであっても用心しておくに越したことはないんだから。

「確かに優子の言う通り絶対に安全ってことはない。でもそれは班のメンバーが決まってからでも問題ないよね」

「班を組む前に浪本が伊東グループを誘導する可能性は?」

「それは、考慮に入れる必要はあるか」

 うつむいて腕組みをしたまま一時停止してしまった。他のメンバーも黙って様子を見守っている。こうなってしまえば簡単に押し切れる。他の子には悪いけど今回は私のわがままのために利用させてもらう。

「伊東グループからも遠くて、かつ浪本から声をかけられる心配もない人物といえば岐部くんが適切だと思う。あくまで私の意見だけど」

 高山は黙ったまま深く頷いた。どうやら納得したみたいだ。それに岐部くんと同じ班になるなら朝井さんも異論はないはず。

「推薦したからには私も班のメンバーに加わってサポートするつもりだし、もし何か変なことがあったら責任もとるつもり」

 誰も口を開かない。ただリーダーの決断を待っている。これも想定の範囲内。彼女らはいつもこんな調子だ。もしかしたらこのグループも高山以外は浪本に利用されている可能性もあるし、浪本グループのスパイとして高山を意図的に暴走させてるのかもしれない。

「そこまで言うなら、わたしも反対する理由はない、かな」

 頭の了承は得られた。あとは朝井さんと岐部くんの了承を得られれば私の目的は達成される。他は酒井と菅でも誘えば問題ないだろう。でも動き出す前にひとつ確認しなきゃいけないことがある。

「例えば朝井さんが伊東グループと研究することを望んでるとしたらどうする?」

「そんなのダメに決まってるじゃん。朝井さんは普通の女の子なんだから普通の学校生活を送る権利があるんだよ」

 やっぱりそう言うと思った。じゃあもうここに用はない。作戦を進めよう。


 幕間・朝井ミカの公式ブログ

 二月二十日「遅ればせながら」

 アイのすけとバレンタインチョコの交換をしたよ。私はチョコを溶かして型に入れただけの簡単なやつだったけどアイのすけは本格的なやつをくれた。お菓子にうといからなんていう名前かは分かんないけど美味しかった(笑)

 チョコの交換だけじゃなくて、ご飯も一緒に食べた。二人で仕事のこととか、学校のこととか、色んな話をした。アイのすけは年は近いけど芸能界では大先輩だから色々相談に乗ってくれて、意外と頼りがいのある姉貴分って感じで接してくれる。

 でもアイのすけの方が背は小さいのに胸はあっちの方が大きいからって偉そうにしてくるのは納得いかないな。アイのすけ、もしこれを見てたら今度から胸が大きくなった自慢はやめてね(笑)


 略奪者・浪本絵美の接近

「奇遇じゃん」

 嘘だ。岐部が朝のホームルームのあとにこの自販機にコーヒーを買いに来ることは事前に調べた上で待ち伏せしてた。

「いつものメンバーは一緒ちゃうん?」

 岐部が言ってるのはきっと少し前までつるんでた恵子や香織のことだと思う。あの子らも悪くは無かったけどちょっと頭が足りなかったなあ。だったらまだ高山と組む方がマシだと思う。

「自販機にわざわざ連れてこないでしょ」

 岐部は「確かに」と言っておどおどし始めた。会話の流れでどいてって言おうと思ったのに会話が切れちゃって言うに言えなくなった感じか。

「で、何買うの?」

 どかないでからかうのも悪くないけど今回の目的は岐部に好印象を持ってもらうことだし素直にどいてあげることにした。

「なんで?」

「聞いちゃダメだった?」

「いやダメなことないけど、別に聞いてもおもんないで。コーヒーだけやし」

 目が泳いでる。あたしと話すことに緊張してるらしい。まあこんなナリだし脅えられるのは馴れてるけど、これじゃあ今後の関係に支障を来すから少しでも愛想よくしておくべきかな。

「どれがおすすめ?」

「カフェオレ」

 岐部はホットのブラックコーヒーを買いながら答えてくれた。天然なのかそれともボケなのか分からないけどあべこべな振る舞いに吹き出してしまった。

「じゃあ僕教室戻るから」

 まだ本題に入ってもいないのに岐部は逃げるように去っていった。そんなにあたしって怖いのかな。ちょっと傷付く。顔の美醜だけで人を区別したらあたしは明らかに綺麗な部類に入っていると思う。それは主観的に見てもそうだし今までの経験を踏まえて考えても間違いないと思う。少なくともこの学校に入るまではクラス一とか学年一の美人として扱われてきたし、告白だって沢山両手の指じゃ足りないくらいされてきた。確かに性格はキツそうで口調が荒っぽいのはあたし的にも認めざるを得ないけど、そこまで怖がらせるようなことはしてないはず。

 もしかしてあたしが次に言いたかったことが分かってたから逃げたのかも。だったら良いのにな。そんなに察しが良いんなら益々気になっちゃう。お勉強的な頭の良さはちょっと頑張れば身に付くけど、人の考えを見通す察しの良さみたいなのを鍛えるのは時間がかかるから、そういうのは最初っから持っててもらえるとすごく助かる。よく考えると岐部ってなんだかんだ自分の振る舞いが原因で恨みを買ったりしてないし危機回避能力は高いのかも。そうなんだとしたらもしかして完璧にあたしの理想と一致してるのって案外あいつなのかも。

 考え事をしてるうちにチャイムが鳴ってしまった。急いで教室に帰らなきゃ。今日のところは初っ端から失敗したし、ここであんまり積極的になると引かれる可能性があるから断念してまた明日ここで待ち伏せするとしよう。あいつがおすすめしてくれたカフェオレを飲みながらっていうのも中々洒落てるかも。それを見た岐部がどんな反応をしてくれるか今日から楽しみだ。

 授業をまともに受ける気はなかった。やんなくてもそれなりに出来るし、そもそもこれからの時期テストはない。だから今日一日だけ将来役に立つかも分からないお勉強よりも明日岐部にどう接するかを考える方を優先する。

 そもそもあたしは岐部のことをどの程度知っているんだろうか、朝井ミカの隣の席なのに浮かれるでもなく何考えてるか分かんない仏頂面してて、休み時間の度に教室の外に出いく友達のいない奴。あ、でも昼は菅と酒井と一緒に食堂で食べてるから居ないことはないみたい。それで大体カツ丼とか焼鳥丼とか食べてて、ラーメンとか中華系はあんまり食べないみたい。あと関西弁、東京のど真ん中ならまだしもぱっとしないこんな町の、しかも大して偏差値も高くない公立高校にわざわざ近畿から出てきて通う理由がない。あるとすれば親の転勤で仕方無くこっちに来ましたって感じか。

 でもこれはあくまで外から見た印象であって岐部の中身ではない。岐部が好きなもの嫌いなもの、落ち着く場所怖い場所、心を許せる人緊張する人、起きて始めにすること眠る前にすること、あと眠る時の格好と体勢も知らない。あたしのことをどう思っているのかすらあたしには分からない。たまたま朝井ミカの横の席になっただけでクラスメイトから白い目で見られているこの状況に不満を持ってないか、見かけは平気そうだけど心の奥では救いを求めているんじゃないか、そう考えると自然に目で追ってしまう。もっと岐部のことを深く知らなきゃ。そうじゃないとあたしのことを好きになってくれないもんね。

 授業が終わると岐部は隣の席に女子が集まるより早く教室の外に出た。最近は席の主が居なくても伊東グループのたまり場になりつつあるから毎日気を使ってる。そうやって避けちゃうから益々あいつらが調子に乗るんじゃないかな。まあ中々どかないで恨みを買うよりはマシだって考えもあるだろうけど。

 いつもなら教室から出るのを遠巻きに見送ったあとそのまま放置しておくけど、今日は気が向いたから岐部をつけてみることにした。もちろん岐部とか他の生徒にもバレないように一定の距離を保ちつつ、なるべく本人を見ないようにしてあくまで普通に用事があるから出てきましたよっていう雰囲気で。にしても後ろから見るとメチャクチャ不機嫌そう。いつもの仏頂面の方がマシに見えるって一体どんだけいかつい雰囲気出してんの? それとも今日は特別嫌なことでもあったの? あ、トイレに入ったってことはトイレを我慢してたからイライラしてただけかな。

 昼休み、弁当を持ってやってきた恵子と香織の誘いを断り、食堂に行くであろう女子のグループを見つけて声をかける。もちろん岐部とついでに菅と酒井を追うためだ。白で揃えられたテーブルと対照的に色んな種類がごちゃ混ぜになってる椅子がトータルでちょっとお洒落な雰囲気になってると話題の食堂は岐部達が来るまで何故かウォーターサーバーに一番近いテーブルが空いている。他と比べて特別汚れてるってこともなく、むしろ水を飲むならそこが一番楽なのに誰もが避けている。気になってお母さんに訊いてみたら昔はあの席に座ると浪人すると言われていたから皆座らなくなったらしい。根拠もないし、今ではすっかり風化した都市伝説になり在校生全員が座ってはいけない理由が知らなくてもその席に座らないっていう習慣だけが残ってるのはちょっと面白い。でもこの習慣自体も続けるのは多分あたし達の代で最後かも。ま、いつも空いてるならラッキーって考えるのが普通だし、岐部達がしなくてもそうする奴らは出てきたと思う。

 当たり前だけど食堂のメニューにパスタはない。そのほとんど肉と揚げ物とラーメンで構成されている。食券の自動販売機で唐揚げ定食を注文してカウンターにある数字の書かれたクリップにとめて置く。あとはおばちゃんに呼ばれるのを待つだけなんだけど、その間に岐部達の観察。まあ一緒に来た女子と話さないのもおかしいし、適当に話題を提供したらあたし以外で盛り上がってくれるだろう。

「そいえばあんたらはいつもここで食べんの?」

「うん、絵美ちゃんはいつもはお弁当?」

「コンビニのパン」

「そうなんだ。でも今日は何で食堂?」

「買うの忘れたから」

 ま、嘘だけどね。本当は岐部達のグループに混ざるつもりだったんだけど、朝はあんな感じで逃げられちゃったし、予定は狂ったけどいきなり突撃するよりはまず相手を知ってからの方が成功確率は上がるじゃん?

「あたし水持ってくんね」

 これも岐部達の近くに行く口実。それにあたしが居ない間に会話が盛り上がってくれれば一番いい。

「グループ研究どうする?」

「菅的にはどうなの?」

「まーこの三人プラス二人か三人って感じが一番楽なんだけど」

「や、一番楽なんはこの三人だけでやることやろ」

 グループ研究の班のことを話し合ってる。岐部って菅にはこんなに容赦なく言うんだ。ちょっとびっくりした。

「それ人数足りてねえじゃん」

「分かっとるわ」

 やっぱ菅には容赦ない。あたしにはあんなにおどおどしてたのに。心を開いてくれたらこんな感じに接してくるのかな。あのいかつい顔でこんなぶっきらぼうに接してたらちょっと怖い。

「でも実際二つのグループがくっついたらややこしいよな。身内のノリ出せないしあっちも気を使うだろうし、結局お互いのグループ同士でしか話さなくなるよな」

「それは菅と酒井がうまくやってくれるやろ」

「自分で歩み寄る気ゼロかよ」

「ほら僕人見知りやから」

 なるほど、人見知りだから今朝はあんなにオドオドしてたんだ。朝井ミカとは親しげに話してるからそんなことないと思ってた。ならいきなり話しかけたのは失敗だったかなあ。

「関西人の癖に人見知りなわけねーだろ」

「なんやその偏見。仮にそうやとしても僕生まれは埼玉やし」

「マジで?」

 つられてびっくりしちゃった。関西弁で話してるしてっきり生まれも育ちも関西の方だと思ってた。

「お前、知らなかったのか」

「なんでコイツには言って俺には言わねえんだよ」

「いやむしろ僕は酒井が知っとることが驚きなんやけど」

 これ以上ここに居ると岐部だけじゃなくてテーブルに残した奴らもあやしむだろうからそろそろ戻らないと。

「絵美ちゃんありがとー」

「いいよ別に、お礼とか」

「ところで絵美ちゃんってさ。彼氏とか居る?」

 またこれか、女子高生は何時だって恋愛トークを始めたがる。よくもまあ飽きないもんだ。ひとつのおもちゃでずっと遊べる物持ちの良さは少しだけ尊敬できる。

「居ないし、これから作る気もない」

「可愛いからその気になればすぐ作れると思うよ」

 あたしだって自分が人並み以上に可愛いのは理解してるし、言い寄ってくる男子だって多い。けど彼氏持ちっていうちっぽけなステータスのためだけに恋愛という面倒なことをする気はない。

「だってめんどいじゃん。勝手に理想を押し付けられたり、あとセックスも。それにもし束縛とかされたら最悪じゃん」

「考えすぎだよ、もっと楽に考えようよ」

「そうだよ。彼氏彼女の関係ってもっと素敵なものだと思うよ」

 このグループを選んだのは失敗だったかな。ここまでガッツリ質問してきて、その上ここまで恋愛脳だとは思わなかった。何から何まで今のあたしにとっては邪魔でしかない。

「ま、いい人と付き合えればそうなのかもしれないけどね」

「そうそう、運命の相手って言葉もあるし絵美ちゃんも頑張って彼氏作ろ?」

 何が運命の相手だ。あたしは今そんなものよりもっと大きな獲物を追いかけるので忙しいし、そもそもそんなものが居るなんて信じてない。

「ま、機会があればね」

 でも彼氏彼女の関係か、そうなったら一緒に居る口実にもなるし、今まで考えたことも無かったけど案外アリかもしれない。適当に選んだグループだったけど中々役に立つじゃない。ただその恋愛脳はやめた方が良いけど、一応感謝しとくね。

 そうと決まればあとは行動あるのみ。最高のサプライズを上げるから楽しみにしててね。

 岐部侑樹の受難前編

「で、そっちの用件っていうのはなんですか?」

 ここ最近僕の心の安寧は崩されている。具体例を挙げるならクラスメイトとの接触を避けるために自販機に行くとクラスメイトが待ち構えている。名前は浪本絵美、朝井さんがクラスの話題や関心の中心だとするなら浪本さんは人の中心だと思う。そんな奴がクラスに居場所のない僕と積極的に関わりを持とうとするなんてどうしても納得出来ない。もしかしたらクラスメイトは皆仲良くしたいとか思ってのことかもしれないけど、それにしては行動が遅いし、失礼だけど浪本さんがそういうことを考えているとは思えない。

「何の用って、東京行くついでに久々に顔でも見たろ、せやったらついでに飯でも食おうと思うただけや」

 そしてもうひとつ、昨日関西からやってきた鶴岡の姉ちゃん。流石に受験期には金髪にギャル風のメイクはまずいと判断したのか髪を黒く染めてメイクも薄くしている。まあ元の顔が割と派手だし田舎のヤンキーから都会のギャルになった程度で近寄りがたい雰囲気はプンプンである。僕と並ぶと尚更威圧感がある。

「あ、あと親の金で来てるから奢ったりはせえへんからな。それに高い店も禁止な。ファミレスとかでええから」

「それなら僕も助かります」

「なんかキショいな」

「何がですか?」

「なんかそのよそよそしい感じが」

 人が丁寧に接してるのにキショいとは随分な物言いだ。というか、このなんかいかにもな口調といかにもな会話が小っ恥ずかしい。地元ならそうでもないけどこの大都会東京でそんな話をするのは正直違和感がある。

「そりゃもう高校生ですから鶴岡先輩にもちゃんと敬語使おう思たんです」

「なんかこそばゆい呼び方やな。昔みたいに呼べばええやん」

「鶴岡の姉ちゃんって呼んだらええんですか?」

「あーそう呼ばれても昔みたいな可愛いげがないな。むしろ腹立つわ」

 相変わらず自分から言ったくせに色々注文をつけてくるなあ。昔からこの人に言われたことをきちんとやっても誉められたことがない。故に鶴岡も僕も何を頼まれてもいい加減にやることにした。

「なんなんすか可愛げって、じゃあなんて呼んだらええんですか。実空姉ちゃんとかですか?」

「なんかバカにされてる感じもあるからイヤや。実空姉の方がほんのちょびっとだけマシやな。ほれ、呼んでみ」

「実空姉」

 あ、まずい。これは非常にまずい。かなり恥ずかしいやつだ。カップルのワケわかんないノリみたいな感じがしてすごく気持ち悪い。

「キショ」

 ただでさえ怖い目元に普段より深い眉間の皺を作りながらそう言った。

「呼ばせておいてそれはないですわ」

「んじゃこれから呼ぶ時はそれで頼むわ」

「なんでやねん。キショい言うとったやないですか」

「キショいけど言ってる時の微妙な顔がおもろいから我慢したる」

 なんといういじめっ子理論。僕が苦しんでるのがそんなに見たいのか。きっとこの人は人の形をした悪魔なんだろう。鶴岡家の誰とも似てないのがその証拠だ。

「そこにあるファミレスでええやん。向こうでも見たことあるし」

 僕が心の中で彼女の正体に関する重要な考察をしている間に鶴岡の姉ちゃん改め実空姉は今日の夕食を決めたらしい。最早マイペースとかそういう次元じゃない。一種の独裁者だ。

「二人、禁煙で」

 とか思ってる間にファミレスに入ってるし、普通二人で夕飯を食べるならちょっとくらい相談するものじゃないか? たとえそれが「ここでいいよ」という回答しか許されていないものだとしても一応訪ねるべきじゃないか?

「はよ来いや、もーどんくさい」

「なんで勝手に決めるんすか。ほんまマイペースな人ですね」

 店員さんに案内されて窓からも入り口からも一番遠い席に案内された。周りはガラガラで、ちょっと隔離されてる気分にもなる。

「実空姉から決めてください。ていうか僕は同じもんしか頼まへんからメニュー見なくてもええです」

「最後のを言えへんかったら気ぃ利くなあって言えたんやけどなあ」

 散々悩んだ挙げ句鶴岡先輩改め実空姉はイタリアンハンバーグのAセットを頼んだ。僕はいつもと同じデミグラスハンバーグのAセットにした。

「ところで自分、いやお前学校はどうなん?」

「別に普通ですけど。てか何で言い直したんですか? 別に自分って言うてもええでしょ」

「自分って言うたらコテコテ過ぎて恥ずいやんか」

 今まで散々コテコテっぽい会話をしてきておいたのに二人称程度で照れるとは。まあでも人並み以下だとしてもこの人にも恥じらいがあったようで良かった。

「んでも関西人やからってバカにされたりしてへんのやったらええわ」

「いつの時代の話ですか。今は関西人に対しても結構寛容な世の中になってるんですよ」

「ほんまダウンタウン様様やな」

 その理由はよくわからないがどうやら納得したようで、腕組みをしながら何度も頷いている。

「ところであー、えっと実空姉の方はどうなんですか?」

「アバウト過ぎて答えられへんわ」

 自分だってアバウトに訊いてきたくせにえらく不満そうだ。頬杖をついて睨みながらこちらを見ている。

「受験とか、家族とか、あっあと恋愛とかについて聞きたいなーって思たんです」

「あん? 恋愛ぃ、自分喧嘩売ってんのか?」

 どうやら先輩の機嫌は最悪まで落ち込んだらしい。あと五秒もすれば手か足が出る。

「人に言う前に自分はどうなんや、東京でアイドルと恋愛したい言うとったやんけ」

 大阪から出てくる時に僕は確かにそう言った。アイドルと恋愛したいから東京に来たと言うのは本心だ。いや本心も含まれていた。流石に中学三年でそんなことを本気で思ってたりはしなかったけど、でももしかして万が一くらいにはあるんじゃないかと期待していた。

「アイドルと恋愛出来たんか」

「あー、いやアイドルはそもそも身近に居れへんし、無理な話ですわ」

 実際は女優の隣の席で毎日辛い思いをしてるわけなんだが、それをわざわざ言う必要もないだろう。それに、その方が朝井さんのためにもなる。

「ま、現実なんてそんなもんや」

 実空姉は僕の恋愛がうまくいっていないことを知るやいなや急激に機嫌が直ったらしく何故か満足げに頷いていた。情緒不安定なんだろうか。鶴岡も弟なんだから病院くらい連れていってやれよ。

 そんな話をしているうちに注文した料理がやってきた。ここのデミグラスハンバーグはその名の通り鉄板の上のハンバーグに茸の入ったデミグラスソースがかけられて、その周りに付け合わせの野菜がいくつかあるというメニューである。味はコクのあるデミグラスソースが食べ進めるごとにハンバーグの肉汁が合わさって飽きさせず、食べごたえのある食感もご飯が進むと好評である。

「そういえば松井って覚えてる? お前の一個下の奴なんやけど」

「部活の後輩やから覚えてますよ。あいつ殺人事件でも起こしたんですか?」

「ちゃうわアホ。松井の兄ちゃんがうちらの一個上なんやけど、それが一浪して東大入ったらしいで。あーもう先にインパクトデカいこと言うからかすんでもうたやん。素人か!」

 素人です。と言いたかったけど言うと面倒なことになりそうなのでやめた。それにしても今日の先輩はよく喋る。まあ関西のギャルだし無口ってほどではなかったけど鶴岡の家に遊びに行ってもこんなに長いこと話したことはない。というか今日はどことなく嬉しそうだ。

「そういえばウチのアホめっちゃゲーム下手やろ、せやから試しにマリオ1やらせてみたんやけどあいつ注意力ないからすぐぶつかったり落ちたりすんねん。よう考えたらあのアホ昔転んで骨とか折っとったけどあれ体弱いんやなくて足下よう見てへんかっただけやったんや。ほんまアホやわ」

「確かに体弱いとか言う割に普通に野球とかしてましたわ」

 考えてみれば何度か骨は折ってたけど風邪をひいたりインフルエンザになったのは見たことがない。そうか、あいつ体弱いんじゃなかったのか。これから虚弱って言うのはやめておこう。

「最近なんかあったんか?」

 急にシリアスな顔になったかと思うとそんなことを訊いてきた。やっぱり長い付き合いだとそういう細かいとこも気付くものなんだろうか。出会って四年くらいしか経ってないけど。

「なんでですか?」

「飯を全然食うてへんから」

 期待した僕がバカだった。いや無論ひとつのバロメーターではあるけれど、今回の場合食べてないのはあっちが話しかけてくるからだ。

「何もないですよ。強いて言えば地元からやっかいな人が会いに来たくらいですわ」

「あ?」

「何も言ってないっすよ」

 言葉と同時に足を踏まれた。めっちゃ痛いしめっちゃ怖い、見えないとこで目立たないとこに攻撃するの手慣れてる感じがして本当にヤンキーなんだなって改めて思い知らされた。

「でもマジでなんかあるんやろ? 人に怯えてる感じするもん」

「あ、そうですか」

 こういうのがズルい。なんやかんやとムチャクチャやっといて最後の最後にはちゃんと締める。そういうのがうまい。だから僕らはこの人を心から嫌えないでいる。足はめっちゃ痛いけどなんか許してしまう。

「まあ、なんていうんですかね。女子に付きまとわれてるっていうんですか? なんかやたら構われるんですよね」

「なんやそれ自慢か?」

 呆れたようなイラついたような顔になった。相変わらずの百面相だ。

「自慢ちゃいますよ。ほんまに困ってるんすよ」

「嘘つけモテ自慢やんけ」

「いや、なんかあっちも僕のこと別に好きって感じでもないんですよ」

「でも急に近寄ってきたってことは恋愛絡み云々やなくても何かしらの目的があるはずやから、警戒するに越したことはないわな」

 急に普通のアドバイスをされてしまうとこっちが困る。どういう顔をすればいいんだ。

「お、そろそろ帰らんとおっちゃんに心配されてまうわ。ほんじゃ今日は楽しかったで、また時間あったら飯でも行こな。受験勉強中は友達もみーんな黙っとったから久々にこんだけ話せてうちもすーっとしたわ。自分も遅ならんうちに帰りや」

 僕が何も言えずに戸惑っていると鶴岡の姉ちゃんは自分でも恥ずかしくなったのか大阪のおばはん的な台詞を捲し立て、自分の分のお代をテーブルに置いてさっさと出ていった。本当になんだったんだろう。いやあの人はなんなんだろう? 僕が悩んでいることを分かっていたかのようなタイミングでやってきて、エスパーなのかもしれない。


 朝井ミカの焦燥

「ミカちゃんなら絶対似合うよ!」

「そんなことないよ、誉めすぎだって」

 登校した直後に伊東さん達に囲まれることも、女子高生特有の中身のない会話をすることももう慣れっこだ。最初はやっぱり普通に静かに暮らしたいと思ったけど一年間くらいこうしてちやほやされるのも味わっておくべきだと思う。

「あ、そういえば知ってる? 浪本さんと岐部くんのやつ」

「あー、最近仲良いんだっけ?」

「そうそう、二人とも身長高いから結構威圧感あってさー」

 ファッション雑誌を広げてわたしに似合う似合わないの話が終わったと思ったら今度はわたしを無視して噂話を始めた。しかもそれが岐部くんのこととは、まったく人の気も知らないで。

「でもなんかお似合いじゃない。二人とも単体だと近寄りがたいけど二人で並ぶと浪本さんはクールで岐部くんはワイルドって感じに見えてお互いにプラスになってるじゃん」

「奇数と奇数を足すと偶数になるみたいな?」

「そうそう」

 過程はどうであれクラスメイトの間で岐部くんの評価が良くなってきたのは良いことだと思う、ここにきてやっとって感じではあるけど。

「結局二人って付き合ってんのかな」

「別に一緒に帰ってるとか学校の外で見たとかは聞かないし付き合ってないんじゃない?」

「ただ学校で話してるだけだもんね」

「朝井さんはどう思う?」

 どうもこうもわたしはさっきその噂を知ったばかりだから何も言えないんだけどなあ。でもそれを素直に言うのもなんか無愛想な感じで悪いし。

「わたしも付き合ってないと思うな。本当にそうなら二人も何か言うと思うし」

「でも本当にそうだから否定しないとも言えない?」

 宮本さんの言うことも分かる。岐部くんはともかく浪本さんは以前もそういう噂が立った時にすぐ否定していたから、今回も事実無根の噂ならすぐ否定するはずだ。浪本さんが否定しないってことは噂じゃなくて事実っていう可能性が高い。

「あんたら男と女が喋ってたら付き合ってるとか高校生にしてはちょっと幼稚じゃない?」

 教室の後ろのドアから浪本さん本人がやってきた。確かに手でも繋いでれば確実な証拠になり得るけど、まだ二人で話していただけだ。そして本人よる否定の言葉も貰ったしこれでこの噂は完全にただの噂だと証明されたわけだ。

「あと、そこコイツの席だからどいてくんない?」

「あ、いやそんな気ぃ使わんでもええって」

 後から来た岐部くんのことをコイツって呼んだり、岐部くんの反応からして付き合ってないとしてもかなり親しいのは分かる。

「んじゃ。そういう噂ってあんまされて嬉しくないからやめてよね」

 やわらかい言い回しだけど雰囲気は冷たい。

「いい子にしてるのはいいけど、ちゃんと手綱は握っときなよ」

 皮肉めいた言葉とは裏腹に余裕に満ちた顔で言うとそのまま岐部くんを連れて浪本さんの席に向かった。

「イヤミ、言われた?」

「うん、多分」

 渡辺さんの問いの意味をきちんと理解して答える余裕はない。浪本さんのあの言葉が、あの表情が、岐部くんと並んで遠くなる後ろ姿がわたしから全てを奪っていくように思えて仕方ない。そうならないためにわたしは何をすべきなのか。いや、何が出来るのか。


 幕間・朝井ミカの公式ブログ

 三月四日「二年目の目標」

 皆さんの周りに嫌な子供だなーと思う子供って居ると思うんですけど、私は自分の子供の頃を思い出すと正に「嫌な子供」だったなーと思います。このブログでも何度か書いてますけど、私は小学校時代道徳の時間が何より嫌いでした。理由は美談を読まされて綺麗事を言わされるだけの科目だと思ってたからです。その他にも魔女っ子の変身グッズをねだる時は両親じゃなくて祖父母に頼んだり、自分は先生にバレないようにサボって、つられてはしゃぎ過ぎた男子が怒られてるのを横目で見てバカにしたりしてました。我ながら可愛くない子供です。せめてもう少しお洒落だったり、恋愛に興味を持ってたりしたらおませな女の子って言えたかもしれないですけど、残念ながらそんなことはなくて親に選んでもらった服を着て男友達とスマブラをして遊んでました。

 そんな「嫌な子供」だっただけに女優として活動を始めてからも怒られないように要領よく「いい子」だと思われるように振る舞っていました。でも女優の世界で「ただのいい子」で居ては怒られもしませんが仕事も貰えません。それがいい意味だろうが悪い意味だろうが何かしらの引っかかりがないといけないんだと思います。でも私は世の中に対して斜に構えていた分何かに熱中した経験がないから同世代に比べても情緒が幼くて、表現力もありません。それに、ついつい上手くやろうとして小さくまとまってしまう傾向がありますし、それで落ち込むこともあります。それでもせっかく「いい子」でいても評価されない世界に一年間身を置いてきたんだから今までの「いい子」っていう殻を破りたいです。そしてゆくゆくは皆さんに「朝井ミカって何か変だけどついつい見ちゃうよね」と言われるような女優になりたいです。それが私の女優二年目に向けての目標です。


 岐部侑樹の受難後編

「なんでやねん。と言わざるを得ないわ」

 なんで僕が知らない間に研究発表会の班のメンバーが決まってるんだ。いやまあそれはそれで楽だったし朝井さんも居るからまだいい。でも、なんで、あれほど警戒していた浪本さんがそれもライバル視してると噂の朝井さんが居る僕らの班に居るんだ。

「ごめんね岐部くん。色々女子のグループ間でもやりとりがあってね、朝井さんと君を一緒の班にするにはこうせざるを得なかったんだよ」

 佐山さん、そうは言ってもこれは流石にいやがらせとしか思えない。

「大体、浪本さんが朝井さんのことをライバル視してるって言うたんは佐山さんやろ。それが何をどうしたらこうなんねん。僕のこと追い詰めて楽しんでる?」

「いやー、それはないよ。私は岐部くんの味方だもん」

 いつもそう言うけど今のところその恩恵を感じたことはない。もしかしたらこうして何もなく過ごせているのが一番の恩恵なのかもしれない。それもありがたいけど出来ればもっと目に見える恩恵が欲しい。

「過ぎたことやししゃあないか」

「岐部くんならそう言ってくれると思った」

 人懐っこい笑顔でそう言うけど僕の方の心労はたまったもんじゃない。妙な信頼を寄せられてるみたいだけど根拠の分からない信頼をされても中々不気味だ。

「んで、今日はなんなん? ただでさえ他の高校が休みなのに登校させられてはよ帰りたいんやけど」

「んー、とりあえず顔合わせでもしとこうかなーって思ってね。とりあえず私達以外はもう待ってるから行こ?」

 佐山さんに先導されて廊下を歩く。こんなに人目を気にせず歩くのは久々かもしれない。有名人の朝井さんと歩くときはそもそも人を避けるし、浪本さんと歩くときも美人が横に居るせいで人の目を引くから落ち着かない。まあ佐山さんも可愛いは可愛いんだけどそこまで派手な感じじゃないから二人ほど目立ったりしない。

「でもそんなことして大丈夫なん?」

「朝井さんと浪本さんなら別に敵対してるわけじゃないから大丈夫だよ。あと二人とも女子らしい性格だし」

 最後の一言の意味は分かんないけどとにかくすごく納得した。二人とも正面からぶつかって雰囲気を悪くしようなんて思わないだろうし、何より対人スキルが僕とは段違いだ。

「随分変わったよね」

「そうやな。でも春休みまでやろ。クラスが変わったらどうせ何もなかったみたいになるて」

 そして朝井さんともなにごともなかったかのように関わりのない生活をするんだろう。

「ま、なにごともなければね」

 前を行く佐山さんの表情は読み取れないけどなんとなく含みのある言い方だ。確信はないけれどきっと何かしでかすつもりだと思う。

「あーうちのクラスなんや。せやったら一回外に出る必要なかったやん」

「急に発表された方が良かった?」

「佐山さんおおきに、一回ちゃんと説明してくれて」

「分かれば良いんだよ」

 小動物みたいな雰囲気と天真爛漫な性格でどのグループでも可愛がられる存在なのにこういう抜け目のないところがあなどれない。というか、接してみて分かったけど全然天真爛漫じゃなくて、むしろ計算高くてリアリストだ。

 佐山さんは教室の後ろのドアを開けると「ごめんね、遅れちゃった」と可愛らしく言って頭を下げた。僕も彼女に続いて軽く頭を下げながら聞こえるか聞こえないかの声で「ごめんな」と言って教室に入った。改めて班のメンバーの顔を見回す。浪本さん、菅、酒井、そして朝井さん。僕が見たとき朝井さんが目をそらした気がする。やっぱり浪本さんと一緒なのは少しやりづらいのかもしれない。

「まあ、今回は顔合わせだから特に何かすることも決めてないんだけど、どうする? 連絡先交換だけでもしとく?」

「そんなんで良いんじゃね?」

「わたしもそれでいいと思う」

 連絡先か、そういえば朝井さんの連絡先って知らないな。伊東さんとかは知ってるのかな? でも休みの日に出かけたとかそういう話は聞かないし、誰も知らなかったりして。

「じゃあグループ作るからそっから各々承認する感じでオッケー?」

 そっか、昔みたいにわざわざ赤外線とか使わなくて良いんだ。あんまり連絡先を交換する機会がないからついつい忘れがちだけど、大人数の連絡先を交換するならその方が手っ取り早い。

「私は朝井さんと岐部くんと絵美ちゃんの連絡先は知ってるから、男子二人は岐部くんが招待してもらっていい?」

「ええよ」

「ありがと。じゃあ、待たせておいてなんだけど今日はこれで解散ってことで」

「テーマとか決めなくて良いの?」

 浪本さんの言うことはもっともなんだけど、きっとこの場にテーマを用意してやってきた人は居ないだろう。特に酒井なんかは絶対用意してない。完全に取り乱してるのにそれを隠そうとして変な顔になってる。目配せして僕に何か訴えかけてるようだけど、残念ながら浪本さんを止められるのはこの中で佐山さんだけだからそんなことしても無駄だ。

「あー、でも今日テーマ決めるって言ってないしみんな用意してないだろうからそれは帰ってからグループで話そ?」

「でも良いんだけどさ、それだと話し合いがスムーズじゃないじゃん。読むタイミングも意見を出すタイミングもバラバラになるんだったら今決めちゃった方が楽じゃない?」

 対面でのコミュニケーションに長けた浪本さんとしてはここで全員を上手く丸め込みたいんだろう。

「うーん、確かにそれはあるけど今勢いで決めちゃってもそれはそれで問題じゃない?」

 佐山さんはそれを寸前でかわす。ギリギリの攻防。もしかしたら僕の考えすぎで二人の性格の違いなのかもしれない。だとしたら尚更この班は不安だ。

「あのわたし明日も空いてるから明日までに全員が考えてくるってことでいいんじゃない?」

 ピリつき始めた空気を察してか朝井さんがそんなことを言い出した。酒井は晴れやかな顔になり、菅は気にせずぼーっとしている。僕も特に異論はないんだけど何故か佐山さんだけ苦虫を噛み潰したような顔をしている。ああ、そうか浪本さんにしてみればライバル視してる朝井さんの意見が通るのが気に入らないはずだし、浪本さんがより頑なになるかもしれないって思ってるんだ。

「そ、じゃあそうよっか。明日までにみんな考えてきてね」

 理由は分からないけど浪本さんが折れてくれて良かった。大きな事件もなく今日が終えられて本当に良かった。でもまだ佐山さんは浮かない顔をしている。

「岐部くん最悪だよ」

 いつの間にか教室には僕と佐山さんしか居なくなっていて、その佐山さんも普段の佐山さんとは違う方の佐山さんになっていた。

「僕にはうまくいった様に見えたけど、浪本さんの得意なフィールドを提供してしまったってことでええの?」

「それも確かにそうなんだけど、それよりも朝井さんは浪本さん寄りの意見を提案して、最終的に決定したのが浪本だったことの方が問題なの。きっとこれから私達以外の三人は何かの判断をする時に浪本の機嫌を伺うようになると思う。それはつまりこの班の主導権が浪本絵美にあるっていうこと」

「僕らが知らんうちに、主導権が浪本さんに移ってもうたんやな」

 浪本さんは自分のイメージが悪くなろうと関係無いんだ。グループが出来たなら自分を中心に動くように効率的にはたらきかける。今までもそうやってきたんだから僕らが急に抑えようと思ったところで当然難しいはずだ。

「ま、でも大丈夫だよ岐部くん。私一人なら無理だけど岐部くんが居るならきっとなんとかなるよ」

 佐山さんは僕をとても信頼してくれているみたいだけど、根拠を示してくれないと僕も何をしていいか分からない。自分がどういう動きを期待されているのか分かれば僕だって努力のしようがあるけど、それもないんじゃどうしようもない。

 その日は結局グループにも動きがなく、本当に何もないまま一日が過ぎていった。


 それぞれの野望・佐山優子の計画

 岐部くんを見送ってひとつため息。普段はクラスメイトに警戒されないように少し抜けた女の子という仮面をつけて顔色をうかがい、高山に信用され易く更に岐部くんと朝井さんに警戒心を持ってもらうために作った冷徹な策士という仮面にボロが出ないように振る舞っているから人前では集中して作戦を立てられない。故にこうしてようやく佐山優子一人で思考に没頭出来る時間が来たことに安堵する。

 この二週間ちょっとは今までにないくらい多忙だった。まず高山グループの目を朝井さんから逸らしたり、浪本の動きを見て対策を練ったり、伊東グループのややこしい奴らを説得して朝井さんがうちの班に入ることを了承させたり、本題の研究発表会についても色々準備したりして正直ヘトヘトだ。まあハードなスケジュールになるのは覚悟の上だったけどこんなに疲れるのは予想外だった。

 何より浪本の動きがあまりに突飛過ぎた。まさか岐部くんに接近するとは誰も予想していなかっただろう。というか私でさえ予想出来なかったのに他の子が分かるはずがない。そもそもどんな目的があって岐部くんをターゲットにしたんだろう? 朝井さんが岐部くんのことを好きだから奪って優越感に浸る為なのか、あるいは岐部くんを朝井さんの被害者として利用するためなのか、普通に好みのタイプだから付き合いたいのかと色々仮説は立てられるけどどれもしっくりこない。何故なら浪本絵美という女の子は朝井さんへの嫉妬や恋愛感情を原動力に動くタイプの人間というわけではないから。これは私も最近気付いたんだけどあの子が行事の時に朝井さんがハブられるように仕向けてきたのは単に自分が指揮を執るのに邪魔だったというだけで、そこに嫉妬や僻みのような雑念はない。朝井さんを妬んで貶めたり、逆に利用して自分が中心になろうとしたりしないというその心意気はとても立派だとは思うけど、あの子のしてきたやり方は最悪だ。しかも今回は朝井さんにとって最悪なだけじゃなくて私にとっても一番嫌なやられ方だ。その上動機も分からないから対策が難しい。

 でもこっちだってやられっぱなしってわけじゃない。浪本にとっても私が表に出てくるのは予想外だっただろうし、岐部くんの警戒心が思ったよりも強いことに戸惑ってるはず。一応岐部くんと朝井さんの関係に私が割り込めませるための伏線をしいておいて良かった。じゃなきゃここまで岐部くんと連携もとれなかったし、朝井さんの心のケアも出来なかっただろうし、岐部くんと朝井さんが常に相手のことを考える様に仕向けるのも不可能だったと思う。何よりも岐部くんを私の味方に出来たのが大きい。岐部くんさえこちらに居れば浪本の目的達成されることはないはず。いや何がなんでも岐部くんと朝井さんの関係だけは壊させるわけにはいかない。


 それぞれの野望・岐部侑樹の迷い

 朝井さんの連絡先を知ったということはいつでも連絡が出来るようになったということだ。だけどそれをするにはかなりの勇気が必要だ。朝井さんは言うまでもなく多忙だし、仕事だけじゃなくて色んな付き合いがあるだろうし宿題もある。僕なんかが連絡したところで無視されるのが関の山だ。まして個人的に会う約束なんて出来るわけがない。

 でも朝井さんからのバレンタインチョコのお返しはしなきゃいけないし、その為の約束はすべきだと思う。だからこれは必要な連絡であって、僕の思い上がりだとかそういうのじゃない。貰ったからにはお返しするっていう人間として当たり前の行為なんだ。それに連絡先を交換したら「これからもよろしく」的な言葉をかわすのは別におかしなことじゃない。要するにこのタイミングで連絡するのはまったくもって普通のことであって決して浮かれている訳ではない。そのついでにバレンタインのお返しがしたいって言っても何ら問題がないはずだ。

 だけど、その前に諸々の問題を片付けるのが先か。と言っても僕が何かするわけじゃないしただ佐山さんが解決してくれるのを待つだけ。申し訳無いとは思うけど僕にはあれほどの頭のキレはないので足を引っ張らないように余計なことをしないのが一番だと思う。

 佐山さんと初めて話したのはいつだったか覚えてない。いつからか菅と酒井と僕が話している時に違和感なく入ってくるようになった。二人だけで話すようになったのは夏休み明けからのはず。それも何かきっかけがあったわけじゃなくごく自然に昔ながらの友達みたいな感じで話せるようになった。バカな話も真面目な相談もセクハラギリギリの下ネタだって受け止めて返してくる引き出しの多さか、それとも人懐っこい雰囲気のおかげかは分からないけどあんな風に自然に打ち解けられるのは一種の才能なんだろう。

 僕の周りには僕に足りないものを持っている人が多すぎると思う。朝井さんや浪本さんの人の関心を集める華やかさとか、佐山さんの頭のキレとか、酒井の協調性とか、菅の軽薄な感じですら接しやすさと考えれば僕には足りないものだ。もし仮に鶴岡の姉ちゃんの忠告もなく、佐山さんのサポートもなかったら僕は浪本さんの雰囲気に圧倒され、抵抗もせずにただ彼女に従っていたかもしれない。その結果が客観的に見て今より良いものだとしても僕はそこでも居づらさみたいなものを感じていたと思う。だから今のままでいるのと気持ち的には変わらないし、だったら無理して浪本さんの作戦に付き合う理由もない。だからこのままでいいんだ。

 ひとつ心の問題が片付くとまた朝井さんにメッセージを送るか悩んでしまう。送るっていうのはさっき決めたんだからもう迷う必要はない、と自分に言い聞かせてアプリを起動する。しかし文面は決まっていない。どうやら今夜は長い戦いになりそうだ。


 それぞれの野望 朝井ミカ公式ブログ

 三月十日「お待たせしました」

 皆さんから貰ったバレンタインのプレゼントのお返しを今日発送しました。どこに住んでてもちゃんと当日に届くようになってます。今回は急遽作ったからメッセージカードだけだったけど、これから先オリジナルグッズとかも作ってお返し出来るといいなって思ってます。そのためには女優の仕事も勿論だけどバラエティの仕事とかで名前を売るのも大事だから、これからはもっともっとテレビに出られるように頑張っていきたいと思います。

 さて、今回何故急遽メッセージカードを作ったかと言いますと、それは皆さんの応援がちゃんと届いてますよ、励みになってますよ、とちゃんと言いたかったからなんです。予定にないことを提案したばっかりに仕事を増やしてしまった事務所の皆さんには申し訳ありません。でも皆さん(事務所の人も含めて)のおかげで朝井ミカがここに居られるんだって改めて思えて良かったと思います。だからこれからはホワイトデー以外でも皆さんに何か還元出来るようにしていきたいです。あ、でもこれは私が勝手に思ってるだけなので事務所の人が嫌って言ったら無理です(笑)


 それぞれの野望 浪本絵美の突撃

「待ってたよ」

 右手に持っていたいつも買う缶コーヒーを岐部に渡すと何も言わずに開けて飲み出した。あたしは逆の手に持っている岐部がおすすめしてくれたカフェオレを飲む。ただならぬ気配を察知したのか岐部も何も言わずにいつもの仏頂面でコーヒー飲んでいる。嫌いなのに無理して飲んでるように見えるからやめればいいのに。

「今日はたまたま来たんちゃうの?」

「うん、二人きりになれる場所ってここぐらいしかないでしょ?」

「僕シリアスは苦手なんやけど」

 岐部は笑顔になったけど、あの表情はもう笑う以外に穏便に済ませる方法が思い付かないって感じの笑顔だ。

「そんなに緊張する必要ないよ。今日の班の話し合いで岐部が何を言うのか聞きたいなーって思ってね」

 嘘だ。これは相手の警戒心を解くためのフェイクの理由。本当の目的は別にある。

「なんで?」

「聞いちゃダメだった?」

 一番最初と同じ会話。岐部的にはこれが定番のやりとりなの?

「ダメではないけど、ベタに町の歴史とか人口の推移とかにしようと思てたから聞いてもおもんないで」

「テーマに面白いもクソもないじゃん」

 質問には面白く返さなきゃいけないっていうその強迫観念はどこからきてるんだろう? やっぱ関西人だから?

「んじゃ、僕教室に戻るから」

 一番大事な話をする前に帰っちゃうのも最初に話した時と同じだ。岐部って同じことを繰り返すのが好きなの? あ、これがもしかして天丼ってやつ?

「ちょっと待って」

 思わず手を握っちゃった。だって掴むとこがなかったんだもん。

「えっと、まだ何かあるん?」

 あたしの顔、繋いだ手、一旦胸元、また顔、胸を経由して左右に目を泳がせてる。

「ちょっとね」

「さっきも言うたけど、僕シリアスは苦手やねん。それに、教室にも帰らなあかんからさ」

「教室にあんたの居場所なんてないでしょ」

 岐部は何も言わない。ただ同じように瞳を左右に往復させている。

「確かに居場所はないかもしらんけど、そんでも授業の準備はせなあかんし」

「伊東達のせいで自分の席にも座れないのに準備なんて出来っこないでしょ」

「そうやけど」

 最近あたしを警戒して避けてるみたいだけど今回は絶対逃がさない。どんな手を使っても岐部を手に入れる。

「ならあたしが居場所をあげる。朝井ミカの隣に座ってようが朝井ミカと日直をしてようがそれで誰かに文句を言われることのないようにしてあげる。伊東達に席を占領されてもあたしのとこに来ればいい、休み時間にわざわざトイレに籠らずにあたしのところに来ればいい。そうなったら今よりずっとマシでしょ? だから、あんたにはあたしの隣に居て欲しい」

「つまり、どういうこと?」

 本当に察しが悪いのかそれとも理解出来ない振りをしてあたしを幻滅させたいのか分からないけど、そんなので今日のあたしは止まらない。分からないならもっと直接的に言うまでだ。

「単刀直入に言うと、あたしと付き合って欲しい」

「なるほど、やっぱそういう意味やったんや。そっか、申し訳無いんやけどそれは無理やわ」

 一度断られることくらい予想してる。そもそもあたしに好意を持ってないことだって分かってる。でも岐部だって人間なんだから自分の居場所は欲しいはず。

「どうして? クラスに居場所も用意してあげるし、奪われないように守ってあげるとも言ってんだよ。これ以上の条件なんてないじゃん」

「付き合うってそういう打算で始まるもんとちゃう気がするし」

 岐部もそっち側か。そういうロマンチックなことを考えちゃってるのか。なら、いい。付き合わなくたっていいからとにかくあたしの隣に置いておけばいい。そうすればあとは勝手に周りが勘違いして噂してくれる。付き合っているという噂が出れば男子は今まで見下してきた岐部に彼女が出来たということで気が気じゃないはずだし、女子の中にも岐部の幸せを望まない奴だって居るはず。要するに「朝井ミカの隣の席」だから疎まれてきた岐部が「浪本絵美と付き合っている」から疎まれることになる。それはつまり生徒の関心を集めるのがあたしだってこと。岐部さえ手に入れればあたしは朝井ミカをあそこから引きずり下ろせる。

「なら、せめてあんたの居場所だけでも用意させてよ。あたしの隣に居ればクラスでハブられることもないし」

「もう遅いわ」

「え?」

 聞いたこともない低い声で岐部は話を続ける。

「そういうの今更やられてもどうしようもないやん。それに僕はな、別にクラスに居場所がないとは思ってないねん。ただその居場所の名前がクラスの憎まれ役っちゅうだけで、僕もちゃんとクラスの輪の中に居るんやと思てる。せやから、もうこうなってもうた以上浪本さんの隣に居ったってどうせ皆からなんか言われるやろし、もし仮に浪本さん以外のどこの誰と付き合うたって今の状況はもう変わらんと思う」

 声とは裏腹に岐部の表情は何かを悟ったような、何かを諦めたような穏やかな笑顔だった。

「まあ、仮に僕がこんな役割から解放されるんやったらもっと先に行動を起こしとくのが一番大事なんやろな。どうせ今からなにしてもやっかみ言われるんやったら慣れてない場所より今のまま朝井さんの隣に居たいわ」

 そっか、今の役割を変える方法が分からないんでもなければ、察しが良いから直接的な被害を受けないよう立ち回ってるんでもなくて、憎まれ役を変えられないことも理解した上で、被害を最小にする為にあえてハブにされるっていう役割に居るんだ。根本的に勘違いしてた、こいつは望んでもいなければ嫌がってもいるけど、それでも抜け出す道がないことを知ってるから仕方無く現状を受け入れているんだ。これじゃあ口説けない。岐部が今の状況を変えたいと思ってるっていう前提で進めてきた今回の作戦は諦めざるを得ない。

「何度も言うて申し訳無いけど、僕は浪本さんとは付き合う気はないし、新しい居場所も要らへん」

「そう、なんだ。でもこれからも友達では居てくれんだよね? 流石に同じ班なのに避けられたらあたしも辛いし」

「善処するわ。悪いけどもう行くで、ほんまに教室に行かなあかんねん」

 あたしが黙ったまま頷くと、申し訳なさそうな顔をしてしばらく迷ったあとに岐部は教室の方に走っていった。あたしはとりあえず残ってたカフェオレを飲み干して岐部の今後について考える。

 朝井ミカの隣の席で居られるのもあと二週間くらい。そのあとあいつはどうするんだろう? やっぱ話す口実が無くなって自然消滅かな。それに朝井ミカと違うクラスになったら皆から疎まれる理由も無くなるし、ただ何となく岐部をハブにする空気だけが残って、理由もなく学校で浮いた存在になるだろうし。岐部、あたしはあんたを利用して朝井ミカを引きずり下ろすのが目的だったけど、ちょっとは真面目にあんたの身も案じてあげてんだよ。

 でもまあ、その辺は佐山がうまくやるのか。岐部と朝井ミカの仲を応援してるみたいだけど、あたしにはそうする意味が分かんない。近所の世話焼きなおばちゃんみたいな気分でちょっかいをかけてんのか、それとも少女漫画気分で二人の恋愛模様を楽しんでんのか知らないけど、あいつの方がよっぽど怖い。実はこうでした、とか裏でこんなことしてました、とかばっかりで何をやっても先回りされてる気分になる。岐部達もそのうち佐山の操り人形になっちゃうんじゃないの? そんなの今のあたしには関係無いけどね。とりあえず進級してクラスが分かるまではゆっくり休もう。次も朝井ミカと同じクラスだったら、絶対にあいつを二番にしてやる。


 三月十四日の五十センチメートル

 ホワイトデー当日は入試の採点の為に学校が休みなので僕はわざわざ隣町の図書館まで朝井さんを呼び出して勉強している。理由は単純に朝井さんが住んでるとこから一番近いのがここだから。春休みに行われる春期講習の予習っていうことで呼び出したから向かい合って勉強してるんだけどこれが中々どうして近い。普段の六十センチという距離も十分近いんだけど、向い合わせは違う。特に膝なんか五十センチくらいしか離れてない。足を伸ばしたら朝井さんの膝小僧を蹴っちゃうくらいの距離だ。

「そろそろ出よっか」

 さて問題です現在時刻は一体何時でしょうか? ヒントは集合時間は午後一時。時間切れです、正解は午後五時三十分でした。つまり僕は午後一時から約四時間半に渡って時間を無駄にしてきたというわけだ。

「もう閉まる時間やし、そうしよか」

 といっても全く勝算がないわけじゃない。朝井さんからはバレンタインにチョコを貰ってるわけだし、今日の意味を彼女が知らないはずはない。そんな日に僕と会う約束をしたってことは当然お返しを期待してるってことだ。それに最近は研究発表会の為とはいえ前より話してるし、立派に雑談だって出来てる。

「でも岐部くんのおかげで助かった。一人じゃ予習なんかする気起きないし、ついでに出てない授業の補習みたいなこともやってくれたし、これで今年の勉強はバッチリだよ」

 ここで新たに明らかになった真実。実は春期講習の予習なんてさっさと終わってホワイトデーのお返しを渡せたのにビビって渡せなくて出てない授業の解説してまで時間を引き伸ばしてました。

 と自虐的に考えている間にも時間と朝井さんの足はズンズン進んでいき、気が付けば図書館の外。でも何故か裏口。いや、意味は分かってる。人目を避けたいんだ。有名人はやっぱり大変だ。

「あのね、岐部くん。今日ってホワイトデーじゃん」

「ん、ああ」

 ついつい間抜けな声を出してしまった。そんな僕のアホな姿を気にせず朝井さんは続ける。

「だからさ、まあなんていうか期待しすぎって思われるかもしれないけど、今岐部くんが持ってるのってお返しってことで良いのかな?」

「うん」

 僕はアホだ。ビビってお返しを渡せないだけじゃなくそれを女の子に察してもらって渡しやすいように誘導してもらってるなんて。

「で、勿論お返しを用意してくれたのは嬉しいんだけど」

 あ、もしかしてもう持ってるとかか。確かバレンタインにファンからプレゼントを送られたみたいだし、被ったっておかしくない。だったらやっぱり慣れてなくても被る心配のない手作りのお菓子にしておくべきだったかな。

「それを貰う前にさ。バレンタインに言った『今後ともよろしく』っていうのの答えを聞きたいんだけど」

 確かに朝井さんからチョコを貰う時にそう言われた。その時はなんとも思わなかったけど今思えばあの時点でさえこれから進級しても一緒のクラスになる保証はないわけだし、これからもよろしくって言うには不自然な気がする。つまり、あのチョコはクラスが別になっても仲良くしてねということだったのか。なら僕の答えは決まってるたったひとつの単純な答え。

「朝井さん、一回しか言わんからよう聞いてや」

 静かに頷く朝井さん。相手の意思を確認した。これでやっと、言える。

「バレンタインのチョコ有り難う。そんで今日も忙しいのに来てくれてほんまに有り難う。僕の方こそ、新学期にクラス変わってもよろしく」

 これが僕の今の精一杯。とりあえず進級しても朝井さんとの関係が続けばいいなっていう期待を確実にするための言葉。それ以上は、僕には言えない。

「ちゃんと答えてくれてありがとう。じゃあわたしからも言うけど、クラスが変わってもよろしくね、岐部くん!」

 今までで一番明るい朝井ミカの笑顔。学校の誰にも、テレビの撮影でも見せない等身大の女の子の笑顔。出来ればそれが恋する少女の見せる表情ならいいな、っていうのはあんまりにも都合が良すぎるか。

一週間遅れのホワイトデーネタですってよ先輩!

それにしても二か月もかかってしまいました。群像劇を目指して書いたこの作品ですが最後の方は完成を急ぐばかりに描写を削ったり、駆け足に展開を進めたりと色々雑になってしまい申し訳ないです。本当は浪本と岐部くんのイチャイチャとか実空姉の可愛いとことか一杯書きたかったんですけどそれをやると投稿が来月になりそうなのでやめました。

話は変わりますが、語り部となることは殆ど無かった朝井さんですが僕は個人的に今回の主役は彼女だと思っています。というより岐部くんがヒロインっぽいんですよね。高校生男子だから女々しいのは仕方ないにしてもなんだか可愛く見えます。自分の子だからでしょうか?

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