風に吹かれて
「あれぇ? ここはどこ?」
気がつけば、わたしは神社にいました。ひんやりとした、平たい石の道の上で倒れていたのです。なんで、そう思ったのかというと、私よりもずっと大きい門のようなものが見えるからです。たしか、お父さんが「トリイ」と言っていた気がします。
それにお金を入れる四角い木の箱や、願いごとをする時にならす丸い鈴がつるされてあったりと、わたしの知っている神社のけしきと同じでした。
「でも、どうして神社にいるんだろう」
それまでの記憶がありません。ただ少し頭が痛いばかりで、少しも思い出せませんでした。
すると、とつぜん。
背中のほうからカツカツという足音が耳の中でひびきました。
「……お嬢さん、初めまして。と、言うべきか」
「え?」
お腹にしみるような低い声へとふり向いてみると、下駄をはいていて白い着物に黒い上着を着たおじさんがこわい顔で立っていました。
「おじさんは、だれ?」
「私はこの神社の者だ」
「え! それじゃあ、おじさんはエラい人なの?」
「偉い……。いや、そんな大それた存在でもないと思うがね。あくまで、私の見解だが」
少しの間どこか遠くを見るかのように目を細めていると、おじさんはそのまま私のほうへと顔を向けながら手をのばしてきました。
「ここに居てもつまらないだろう。お前のような幼子が楽しめる場所なら知っている」
「おさなご?」
「子供、の事だ。行くか?」
楽しめる場所。たしかに、行ってみたい気はします。だけど……。
「お母さんに知らない人について行っちゃダメだって言われて……」
「……お前の母さんには後で知らせる。それに、決して怪しい者ではない。信じてくれるか」
おじさんの顔はやっぱり笑うことは無かったけれども、その糸のような目はウソをついているように思えませんでした。
わたしは男の人にしては白い手をにぎりました。
「わかった! 行こう!」
ニコッと笑顔を見せると、おじさんはわたしから目をはなして、ずんずんと歩きはじめました。空はくもっていて、神社の木の葉はまるで「いってらっしゃい」と言うように、風に吹かれています。