3日目後半
「帰りたい……」
俺は思わずそう呟いていた。
土埃の舞う開けた場所の空き地には、屈強な男たちが汗を流し家づくりに励んでいた。
骨組みは既にできており、木でできた枠組みは豪快ながらも繊細な技術によって、
しっかりと家の形を整えていた。
俺は木材やレンガを運びながら、
現場の男たちが軽々と運んでいたのとは逆の己の非力さを思い知らされることとなった。
「インドア派の男子高校生にこれはきついって……」
なぜこんなことになっているのか、話は昼過ぎに遡る。
俺たち3人、つまり俺とセリカとナミは宿屋で会話が一息つくと、
早速仕事を探しに街に出かけた。
まずは酒場に行くことになったが、冒険者の集まる酒場では討伐だの前の採取だのの、
危険な仕事が多く、それはまだ無謀だという結論になった。
そこで手分けして探すことになり、俺が一人、セリカとナミは二人で行動することになった。
そこまでは良かったのだが。
大きな街とはいえ、見知らぬよそ者に仕事を簡単にくれる人はおらず、
俺は仕方なく街の掲示板に貼ってあった肉体労働の仕事を受けることにしたというわけだ。
俺は照り付ける日差しと、材料の重さを恨みながら、
妹たちは何をしているのかと考えた。
ナミは心配だが、きっとセリカがついているから大丈夫だろう。
そんなことを思いながら、俺は気合で今日一日を乗り切ることに成功した。
日払いの報酬はそこそこ手に入り、所持金は4ケタGにまで増やすことができた。
きつい仕事はやっぱ儲かるんだなぁ…とへとへとになった体を揺らし、
こんだけ頑張ったんだから少しご褒美ぐらいがあってもいいよな……と、
酒場があったことを思い出すと、俺はあの店主のいるはずの扉を開いた。
「いらっしゃいませ!お好きなお席へどうぞ!」
「い、いらっしゃいませ~……」
元気よく迎えてくれた茶髪の女の子と恥ずかしそうな長い黒髪の女の子がいた。
よく見ると、エプロンの下には黒を基調としたワンピースを身に着け、
頭にはフリルつきのカチューシャがついていた、いわゆるメイド服のような恰好だった。
いや、そんなことはどうでもいい。
俺は理解が追いついていなかった、なんとそこにいたのはセリカとナミだったのだ。
「お前ら……なんでここに?それよりその恰好……」
「お兄ちゃん!?やだっ、見ないで!」
「あはは~……なんか流れでこうなっちゃって……」
ひたすら羞恥に悶える妹とは対照的に、
バツの悪そうな顔をしながらも、両手を腰に当てる仁王立ちの幼馴染。
セリカはサイズもぴったりと似合っていたが、ナミは多少一部が窮屈なようだ。
「まさか、働くってここでバイトしてたのか?」
「まあ……ね、他の店はみんな人手が足りてるって話でさ~」
フリルのついた白いエプロンをこれ見よがしに見せつけながら、ナミはそう言った。
店主の親父がこちらをにらんでいる。早く仕事に戻れとのサインだろう。
「あっ、じゃあお兄ちゃん後でね、注文取りに行かなくちゃ」
「セナ君またね~」
そう言うと二人は制服よりは長いが、ある意味で魅力的なスカートをひらめかせながら、
お客の注文を取りに走り去っていった。
「何が起こってるんだ……俺は夢でも見てるのか?」
仕事の疲れも忘れてしまうほどの衝撃で俺はメイド姿の美少女を呆然と見送っていた。
「今日はトビイノシシのドラゴン風ステーキにしよう」
とりあえず、空腹の幻覚だと思い、俺は精の付きそうなものを注文するのだった。
料理を食べ終わると、もう閉店間際の時間だったらしく、
店主は二人に仕事の終了を伝えたようだった。
俺たちは一緒に帰ることにして、暗くなった石畳の大きな路地を進む。
黒く染まった空には月は見えなかったが、星々が輝き、立ち並ぶ家の明かりも道を照らしてくれた。
「しかし驚いたな、俺が工事の仕事をしてる間に、お前らがメイドをやってたなんてな…」
「ウェイトレスだから」
妹はきっぱりそう言った、違いは分かるらしい。
ナミはあっけらかんと小さく笑って、
「でもセナ君、鼻の下伸ばしてたよ、ふっふーん」
まるで俺を挑発するかのように胸を張ったが、
その体は元の魔法使い風の黒いローブに隠されていた。
「その様子だと、俺もセリカとナミも当面の生活費は稼げたっぽいな」
「昼からずっと働かされて、疲れたからね……」
妹は早く休みたい、といった風にげんなりしてみせた。
宿に帰ると、俺たちは部屋のカンテラの明かりで
今日の収入を数え合った。
「5000Gぐらいか…、セリカ、この世界の物価分かるか?」
「詳しくは知らない…けど、酒場の料理とか武器屋さんの値段を見ても、
贅沢しなければ一週間は暮らせると思う。」
「でも贅沢しなければだよね、セナ君とセリカちゃんと私が泊まるには、
もうちょっと大きな部屋じゃないと……」
セリカに続けてナミはそう言い、これからの懸念を口にした。
まあ、女の子だし色々あるよな……
セリカと暮らして着替えに遭遇しそうになった場面もないわけでもないし。
「じゃあ、大きな所を借りる計画は明日考えるとして、
今日はもう寝ようぜ、さすがにくたくただ」
「お兄ちゃんに賛成、飲食店って結構重労働なんだね」
「なんか修学旅行みたいでワクワクするね、えへへ」
セリカが同意し、ナミが能天気なことを言うと、俺たちは宿のベッドに身をうずめ、
おやすみ、とだけお互いに呟き、深い眠りに入るのだった。