1日目
異世界生活1日目。
「なんだ……なにが起こったんだ?」
眩い光を放ったPCは目の前に無く、あるのは人、家、人、家。
レンガ作りの家が立ち並び、赤い屋根や青い屋根を眺めることができる。
どうやらここは街の大通りらしかった。
気づくと隣には妹のセリカが立っていた。
「ちょっと……なんなの一体……」
セリカの姿を見ると、あることに気づいた。
薄着なのは変わらないが、さっきまで来ていた部屋着ではなく、
ゲームによく出てくる女盗賊のような、上下に分かれた動きやすい軽装に変わっていた。
するとセリカが俺に気づき、
「ちょっとお兄ちゃん……何その恰好……ぷっあははっ」
吹き出すのをこらえきれないといった風に俺を見るので、俺は自分の体を見てみると
これまたファンタジー世界に出てきそうなかけだしの勇者か剣士といった姿に服装が変わっていた。
「なんだよこれ……ゲームみたいな服になってる……」
「それより見て、あの看板」
セリカが指した方向を見ると、並ぶ家の看板には"武器取り扱ってます"や"回復薬はこちらでどうぞ"
などの看板が掲げられていて、現実世界ではあまり見ない文言が書いてあるらしかった。
「ちょっと待ってくれ……頭が混乱してる
俺たちは確か家でゲームのディスクを起動して……」
「それでパソコンが光り出したんだよね」
セリカが相槌を打つ、確かにそうだ。
俺たちは確かに家にいたはず……なのに今は中世風ファンタジー世界の大地を踏みしめている。
石で舗装された道路、並んでいるのはビルではなくレンガの家、果物や雑貨を売るバザール。
今ここにいる俺たち兄妹が違和感なく溶け込めているのは服装のおかげで、
俺とセリカの意識はむしろこの世界に驚きを隠せないままだった。
セリカはおもむろに呟く、
「ここって……ゲームの中なのかな?」
「そんな馬鹿な、こんな技術聞いたことないぞ」
確かに近年ヴァーチャル・リアリティ(VR)の技術が向上し
最近ではあるメーカーがVR用の端末を開発したが、それは疑似的に視界に投影するもので
ここまで精密に世界を描く技術があるなどとは聞いたことがない。
「だって……じゃあどうしてあたしたちはここにいるのよ?」
「それは……分からない」
黒髪ロングの盗賊衣装という不釣り合いな恰好でありながら、
赤のへそ出しタンクトップ短パン装備がよく似合う妹は腕を組みながら不満を表現した。
「ゲームの中だとしたら、戻る方法があるんじゃない?」
「そうだよな、えーと説明書…そんなものどこにあるんだ」
「知らないわよ……」
セリカは一人ノリツッコミにあきれ顔だ。
俺は最悪の想定をしてしまった。
「まさか俺たち、異世界に飛ばされたんじゃ……」
「異世界?」
疑問形の質問を投げかけるセリカに、俺は説明した。
俺の読んでいる小説では、ある日突然異世界に召喚される展開があること、
そこで主人公はなんやかんやチート的な能力を手に入れて、異世界で無双するのだ。
俺はまるで自分がそうなるかのように、熱弁した。
「つまり、あたしたちは異世界っていう中世ファンタジー的な世界に飛ばされて、
これから魔王を倒しちゃったりするわけなの?」
「お、おう……」
「でも何も起こらないよ?日も暮れてきたし……」
「おう……」
青い軽鎧を身に着けた俺は肩を落としうなだれた。
どうするんだよ、これ……元の世界に帰る方法も分からないし
お腹もすいてきたし……
「ねえ、お兄ちゃん……やっぱあのディスクが原因だよね」
「そうとしか考えられないもんな……」
「とりあえず休める所探そうよ」
「そうだな……」
どうやら妹もこの不可解な現象に心労気味のようだった。
"宿屋"と書いてある一軒家に入ることにした。
「いらっしゃい!宿泊かい?」
エプロンと頭巾をかけて、いかにもおばちゃんといった感じの恰幅のいい女主人が受付から出てきた。
「あ、2名で……ってこの世界って円は使えるのか?そもそも金持ってきてたっけ……」
「あたしもないわ、その軽鎧売ればいいじゃない」
ひどいことを言う妹だ。
「なんだい、金がないのかい?しょうがないね、ツケにしておいてあげるよ」
異世界で初めて触れたおばちゃんの優しさに涙しながら、俺はなんとか宿を確保することができた。
「あんた!名前はなんて言うんだい、宿帳に書いておくよ」
「妹尾セナです」
「ここいらじゃあんまり見ない名前だね……あいよ!」
受付を済ませ、俺はセリカとともに宿屋2階の個室へと入った。
ベッドは2つあるので安心した。
「ねえ……お兄ちゃん、これからどうするの?」
「どうするも、何も情報が無いからな……明日は一緒に酒場にでも行くか」
「うん、そうだね……なんだか疲れちゃった、お母さんたち心配してるかな……」
現実世界はどうなっているのだろうか、俺たちが急にいなくなって心配しているだろうか。
それより先に解決しなくてはいけないのは俺たちが元の世界に帰る方法だ。
妹尾セナは、なんでこんなことになってしまったんだと思いつつも、
今はまどろみに身を任せるのだった。
まだ続く(予定)