表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/45

その39


 古河はショウで鳩を出したばかり奇術師のように両手を広げて、やんわりと微笑む。

「ほらね、ゾンビがひとり増えたよ。さて次は君の番さ。岡本小雪さん」

「いやよ。絶対にいや!」

 小雪の膝が笑うように震えている。小雪は嘆くように手で顔を覆いながら首を振り、床に座り込んだ。身体の硬直が解けたのだろう。

 哀れな少女は儷の変わりに十一番目のゾンビになった。許せない。古河は良心を持っていないのか。彼女は助けを呼んでいた。恐怖を訴えて、必死に助けを求めていたではないか。

 先ほど古河は言ったはずだ。

 彼等は望んでゾンビになると。変わることを願っていたのだと。

 古河の言葉は明らかな欺瞞、矛盾、嘘にすぎない。

 理闘は近くにある古河の胸をドンと突き飛ばした。今度は古河も逃げなかった。

「どうしてこんなことするのよ!」

「不思議なことを聞く子だ。僕だって暇じゃないよ。必要のないことはしないさ」

「彼女が十一番目、小雪さんが十二番目。これは何なの。何なのよ! なんで十二人もゾンビが必要なのよ! 実験ならひとりで充分でしょ!」

「確かにこれは実験さ。必要なことなんだよ。それに、きちんと彼等の了承を得ているしね」

「あんた、頭がおかしいんじゃないの! 見てなかったの? 嫌がってたじゃない。あんなに泣き叫んでたじゃない!」

「まあね」

 古河は興味なさそうに顔を逸らすと、ふたたびぱちんと指を弾いた。

 するとカーテンの奥からゾンビたちが行進してくるではないか。一様にどんよりとした暗い瞳を伏せて、左右に揺れながら緩慢に歩いてきては順に古河の脇に並んでいった。

 見覚えのある顔ばかりだ。実際に相対した顔もあるし、写真で見た者もいるし、記憶にない者もいる。理闘は素早く彼等を数えた。ロミオたちや泣き叫んだ女の子を含む、男女混合のゾンビたちは合計十一人いる。十二になるためにはひとり足りない。十二番目は小雪だ。

 理闘は悪意を込めて、床に唾を吐き捨てた。

「悪趣味にも程があるわ。やっぱり全部あんたの仕業じゃない。もう言い逃れはさせないわ。早く説明しなさい。そして彼等を解放しなさい」

「凛々しいね」

 人を小馬鹿にしたような見下した笑い。古河は細川伊織の元まで足を運ぶと、彼女の肩に気安く手を乗せた。

「彼女は弓道部の細川伊織さん。彼女は心から仲間を欲していた。同じ感動を味わい、同じ話題を語り合えるような真の仲間をね。彼女には今、十人もの仲間ができた。満足だろうね」

 古河は名前を呼んだ順に、その人物について語ってゆく。

「高橋夏実さん。彼女も弓道部さ。彼女は先輩である伊織さんを慕っていた。まあそうだね。彼女の場合はちょうど都合が良かったから伊織さんの一人目の仲間になってもらったんだよ。始まりはどうしても八月十五日でなくてはならなかったんだ。その日に都合のつく人間が他にいなかったのだから仕方ない。運に左右されたというそれだけかな」

 それは理闘も不思議に感じていたことだ。

 なぜ弓道部のふたりだけが、他の事件と大幅に日にちがずれていたのだろうと。

「どうして八月十五日でなきゃならないの。その理由はなに?」

「日本にはお盆という行事があるだろう。だからだよ。お盆には死者が甦るという迷信があるらしいね。ゾンビによく似ていると思わないかい?」

「それだけ……?」

「他に別の理由が欲しいのかな?」

 あまりに素直に問い返してくる古河を前に、理闘はただ驚愕した。その後も古河は淡泊な口調で生徒たちの話を続ける。

 田辺銀閣は、金井教諭を殺害したいと願い、気にいらない人間を傷つけたかった。

 松本すばるは、交際していた恋人に別れを告げたかった。

 岡本仁志紀は、プロレスラーになりたいと願った。

 三村梨恵は、自分をいじめた人間に復讐を果たしたかった。

 井上雅史というサッカー少年は事故によって半身不随に陥ったが、もう一度自分の足でボールを蹴りたかったという。

 そこで古河は足をとめて理闘に向き直った。

「三村梨恵さんの場合は君も候補に含まれていたんだ。けれど、何ぶん君にあっさりと断られてしまったのでね、当初の予定通り三村梨恵さんに協力を願い出た訳さ。そして彼――」

 古河の目が迅晴に向けられる。

「上条迅晴君の術がとけたせいで、少々予定が狂ったんだよ。当初予定にあった少年はすでに帰宅していたので、僕は大いに困った。けれど運良く変わりを見つけたよ。それが彼女さ」

 ゾンビと化した女生徒の眼前で指を弾き、ウインクする。

「彼女は小野純さん。皮肉だけれど、三村梨恵さんをいじめていた主犯格なんだ。贅沢はいえない状況だったから彼女で妥協した。きっと梨恵さんも許してくれるはずさ」

 古河は屈託ない面持ちでくつくつと笑った。

「こちらのロミオは磯野治彦君。ジュリエットは磯野葉月さん。彼等は血の繋がった姉弟なのだけれど、互いに愛し合っていてね。家族にも言えないし、恋人として外を歩くこともできない。互いに本気であればあるほど、人目が気になっていたみたいだ。だから僕が解放してあげた。今なら他人の目も気にならないはずさ」

 意識を奪われているのだから、迅晴が覚醒した時と同じように記憶が抜け落ちているだけに違いない。それを誇らしげに協力したのだと言い張る。望みを叶えたと、解放してやったと。

 理闘は煮えたぎるような怒りに支配された。

「箱に入って貰ったのは森川玲子さん。学園で声をかけたらついてきたんだ。鮎川儷君には断られたから、これも予定変更せざるを得なかった。しかし鮎川儷君は面白い人だね。ミス・ユニバースになりたい男の子を見たのは初めてだよ。君たちも面白いことを望んでいたね。億万長者になりたい。すべての女に触りたい。本当に愉快だ。興味深い人たちだよ」

「うるさい!」

 理闘は拳をまっすぐ突き出した。古河の左頬を狙った拳は、なぜか透明なものを擦り抜けるように空を切る。理闘は忌々しげに舌打ちした。

「なぜ、小雪さんを合わせたこの十二人が選ばれたの。予定が狂ったとか予定が変更したとか言ってたわよね。どういうことなのよ。はっきりと答えなさい!」

「十二人を選んだのには理由があるよ。みんな傷ついていたし、みんな願いを持っていた」

「誰だって傷ついてるし、誰だって夢くらい持ってるわよ」

「確かにね。まあ強いていうなら初級のお遊びというしかないかな。いや、その言葉は適切ではないかもしれない。そうだね。警告というべきか忠告というべきか――」

「警告?」

 理闘は眉間に皺を寄せた。それ以上追求しようと口を開いても、古河は一切を無視した。

 まるで悪びれない足取りで小雪の目前まで淀みなく進んでゆく。頭を抱えて床に座り込む小雪に対し、古河は手を差し出した。その所作は優しく、慈愛に満ち、まるで救いの手を差し伸べているようだった。

「岡本小雪さん。君は特別に方法を選ばせてあげるよ。ゾンビになると思うから恐怖感が生まれるんだ。願いが叶うと思えば楽だろう? 岡本小雪さん。君の過去にまつわる記憶と嫌悪感をすべて抹消してあげよう」

「やめて」

 小雪はがちがちと震えながら、しっかりと耳を塞いだ。

「無駄さ。外耳を押さえても聴覚は役割を果たす。いいかい? ゾンビになる方法は三つだ。裸足になって皮膚から粉末を吸収するか、またはジュリエットのように薬を呑んでもいい。それでも怖ければ僕が直接術をかけてあげよう。心配しないで。彼等でそれぞれ試してあるから絶対に失敗はしないよ。君は安心して僕の支持に従えばいい」

「んなこと、許すわけねえだろ」

 ふたりの前方にいた迅晴が振り向きざまに、ナイフで古河の腕を斬りつけた。十センチに満たない小型のナイフ。いつか田辺銀閣から没収したものだ。

 古河の上腕部に鋭利な切り口が生まれ、傷口から赤い血が染み出した。傷口を庇うでもなく迅晴を睨むでもなく、古河は小雪を見つめたままだ。

「さあ、岡本小雪さん」

「だからやめろって。本当に刺すぞ」

 迅晴は古河の背中にナイフの刃を突き立てた。体重をかけるだけでざっくりと刃が刺さるだろう。迅晴が動ける事実に気づき、理闘は援軍に駆けつけようと足を促した。だが動けない。

 それでも小雪に固執する古河は、迅晴の牽制をものともせずに優しく声をかける。ついには伸ばした手で小雪の腕を掴み、強引に連れ去ろうと目論んだ。

「手を離せ!」

 迅晴はナイフを古河の肩口に振り下ろした。刃物が首筋に深く突き刺さる。ナイフは不自然な形で古河の首から斜めに生えていた。それでも古河は動じない。悲鳴すらあげない。

 古河がにやりと不気味な笑いをみせた。

「無意味なことは嫌いじゃないけれどね」

 古河は刺さったナイフの柄を握ると、力任せにそれを引き抜いた。夥しい噴血が空に突き上がる。古河はナイフを捨てると、何事もなかったように小雪に向き直った。

 理闘は激しく戦慄した。

 少しの動揺もなく、痛みを訴えもしない。まるで衣服のゴミを払うように自然にナイフを引き抜いた。栓を抜いた傷口から大量の血が流れることを恐れず。躊躇なく。

 古河は首に空いた穴を手で塞いだ。白い手が鮮血に染まり、細い指輪についた石が毒々しい色を放つ。しかし数秒後には噴血の勢いが弱まり、いつしか完全に止血されている。

 理闘は茫然と古河の傷口を見つめていた。あまりに異常事態すぎて言葉がでてこない。

「……あんたもゾンビなの?」

「違うよ。僕はゾンビではない。僕はあくまでもゾンビの創造を可能とする者だ。僕とて、君と同じようにかつては人であった者にすぎない」

「嘘だわ。あんた死人なんでしょ!」

 古河は微笑んだ。

 その笑顔にはもう惑わされない。正直に言ってほしかった。このままでは頭がおかしくなりそうだ。古河がゾンビならばゾンビだとして事態を受け止める。死人なら死人でも構わない。

 首にナイフが刺さっても死なず、ナイフを引き抜いて出血しても動じない神経。明らかに普通ではない。尋常ではない。古河が何者なのか、ただ明朗な答えがほしい。

 地団駄を踏みたくなるようなもどかしさの中で、古河はゾンビたちを順に見渡した。愛おしそうな眼差しだった。視線が一周すると、ぴとりと理闘の前で止まり、きっぱりと告げる。

「僕はボコールだよ」

「それは……!」

 理闘は息を呑んだ。

「ブードゥ教において男の祭司はウンガン。女の祭司はマンボと呼ばれる。祭司になるにもいろいろと手順を踏まなくてはならないんだよ。はじめに呪力のある水で頭を洗い、ロアを体内に宿らせる力を持つこと。ロアというのはブードゥ教でいう精霊のことさ。ひとつは至高神の化身であるダンバラ。もうひとつは現世と死後の世界を繋げる道を司るレグバ。儀式の時に司祭はこれらのロアを呼び出さなくてはならないんだ」

 古河は広げた掌で親指を折り、さらに指を折ってゆく。

「次に火の試練を受ける。これはそう難しいことではないよ。三つめの試練は、死者と対話する能力を会得すること。そして――四つめにあの世を見る訓練を受ける。その『目の取得』を通じてようやく『開眼者』たる資格を得るのさ」

 言い終えて、小指だけが立っている手を下ろした。

「ボコールだけがゾンビを使役できる。ゾンビたちはボコールにけして逆らえない。何が起きようともね。例え自分の身に危険が迫っていても、ボコールの指示がなくては動けないんだ。僕は善良だから強制労働もさせないし、比較的自由に動いてもらっているけれど」

「だから何よ!」

 負け惜しみのような口調で反論する。

 古河=ボコールという図式はわかった。しかし疑惑が消せない。古河の熱弁と理闘の質問は噛み合っていないではないか。古河はいとも簡単にナイフの刺傷を塞いだ。人間の持つ自然治癒力を遙かに超越している。常識ではありえない治癒力の高さの理由を聞いているのだ。

「あんた自身が死人で、あんたもゾンビなんでしょ? だから死なないんでしょ?」

 理闘が切実な声音で問いかけると、古河がおどけるように肩を竦めた。

「僕はただの錬金術師さ」

「錬金術……」

 理闘は反射的にサンハクに目を向けた。サンハクは眠っている儷の傍らに寄り添い、こちらを傍観している。解答をせがむ理闘の視線に気づいたサンハクは、ただ頷いた。

「うむ。錬金術師フルカネッリでござる」

「そんな」

 理闘は困惑気味に目を泳がせた。

 サンハクと延々と論議した末に、理闘は錬金術師など架空の存在であると言い張った。

 金を作り出す人間などいるわけがない。都合が良すぎる。錬金術が可能ならば、辛い労働で

肉体を酷使する必要がないではないか。

 理闘は古河――いやフルカネッリを凝視した。確か二十世紀初頭に錬金術の秘密を綴った著書を出版した有名な錬金術師だ。インターネット上でもページが作られるほど名の浸透した人物。理闘の常識では空想上の登場人物にすぎない魔術師が現実に存在する。嘘だ。まさか。フルカネッリの不敵な笑みを眺め、理闘は心の中で葛藤した。

 サンハクが補足する。

「錬金術師は病んだ金属つまり鉛を、健康な金属つまり金に変化させる。フルカネッリの傷が再生したのは、それと全く同じ原理でござる。病んだ細胞を健康な細胞に再生させるのだ。人間の肉体を強化したい人間の場合も同じく、細胞を操作して筋肉を増やしてやれば良い。逆に痩せたければ細胞を縮めるという簡単な理論だ。部長とやら。フルカネッリの指を見るのだ。あの指輪についた石が、再生を可能にする奇蹟をもたらす『賢者の石』でござる」

 フルカネッリは自慢げに手をひらひらと舞わせて指輪を披露した。

 錬金術師は研究を積み、研鑽を重ねて、人智を越えた能力を手に入れる。だからこそ、諸刃の剣も同然だとサンハクは言っていた。なのにフルカネッリはこんなにも堂々と力を悪用している。それが許せない。動けない身体が力の均衡でわなわなと震えた。怒りが込み上げる。理闘は目を吊り上げて、声高にフルカネッリを非難した。

「信じられない。どうしてこんな男が錬金術師なのよ!」

「男ではない。錬金術師は両性具有でござる」

「どっちだっていいわよ! だから顔がぐちゃぐちゃに見えるのね。錬金術師だから男でも女でもないから、顔がぶれて見えるのね。そうなのね」

 サンハクは場違いな感嘆を漏らした。

「ほう。ずいぶんと動体視力が優れておるのだな。ふむ。その通り、フルカネッリは錬金術師としてまだ二百年も生きておらぬ。顔が定まっておらぬのだ」

「うるさいわね。あんたの解説はいらないのよ。大体、あんたは悪党の仲間なのか仲間じゃないのか、はっきりしたらどうなの」

「私は無関係だ」

 サンハクが泰然と胸を張って高慢に答える。

「ただ私は懐かしい友人が目覚めることを願い、待ち続けているにすぎぬ。そのためにここにいるのだ。それ以外に用はない。用はないのだが……私は不公正なものは嫌いなのだ」

 言いながら、サンハクは右手に下げたステッキを一振りした。

 何の作用が働いたのかはわからないが、その瞬間から理闘の身体に自由が戻る。手も動くし足も動く。理闘は狐につままれたような顔でサンハクを見つめた。

「これで公平でござる。フルカネッリよ。錬金術で細胞を支配して動きを規制するとは、術師としてあまりにも情けないではないか」

「まさか、あなたが干渉してくるとはね」

 フルカネッリは顔を引きつらせて苦笑した。サンハクがさらに高慢な態度で鼻を鳴らす。

「無論、私は世の中に起こる事象や物事に干渉せぬ主義だ。だから、今まで口を挟まなかったではないか。互いに、これから存分に戦えば良かろう」

「偉そうな口振りね」

 フルカネッリが錬金術を応用して理闘の細胞を操り、動きを封じていたことは理解できた。

 サンハクも同じような術を使えるらしく、逆に理闘の動きを解放したのだろう。つまりフルカネッリの力は無効化した訳だ。それは切にありがたい。

 しかし、サンハクの態度が横柄すぎる。そして横着すぎる。フルカネッリに対抗できる力を持っているのならば、理闘側に加勢して一緒に悪を討つべきだろう。

 理闘は鼻息も荒く、敢然と腕を組んだ。

「あんたは何者なのよ。神様にでもなったつもり? それとも本当に神だとでも言うの?」

「なんと短絡で無粋な質問なのだ。私は神ではない」

 サンハクが子供のように口唇を尖らせる。

 奴が神などという大層な存在でないことは理闘にだってわかる。ただ――事態のすべてを上から見下しているサンハクが気に喰わない。人が助けを求めていても無関心を装い、多くの人間がゾンビにされても憤らず平常心。そんなものが神であるはずがない。

 理闘は心中で思いきり舌を出した。

「さてと、じゃあ手加減なしね。今すぐ彼等を正気に戻して解放するなら許してあげる。こっちの要求を受け入れなかった場合は――」

「場合は?」

「ぶん殴って跪かせてやる」

 理闘は組んだ指をぽきぽきと鳴らすと、まっすぐフルカネッリを見据えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ