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その2 第一章


 私立明峰学園は基本的に幼等部から大学院までのエスカレータ式だが、他にも各種専門学校や語学学校なども揃っている。あまりに敷地が広大なために商店街や美容院や公園、病院や地下鉄なども点在しており、地方出身者が棲む高層マンションまで建っていた。ささやかながら遊園地まで所持し、自動車が敷地内を走行するために専用道路が八方に伸びている。ここはすでにひとつの街といっても過言ではない。

 明峰学園は高等部に通う生徒だけでも一万人を越えている。

 一クラスが五○人ほどの割り当てなので、一学年だけでも七○クラス近くにのぼる計算だった。男女の比率は五分五分。校舎は五階建てのものが巨大な団地群のように建ち並び、A棟からは一階と三階が、B棟からは二階と四階という具合に、交互に連絡通路が繋がっている。

 東京ドームほどの大きさを誇るグラウンドと体育館がふたつあるにも関わらず、サッカー競技場や野球場や陸上競技場など、運動部はそれぞれ専用の場を保有していた。演劇部や軽音部や吹奏楽部などの文化系の部にはそれぞれ部室の他に舞台があてがわれ、本に関する部には図書館を、美術に関する部は美術館と作業場を、映画に関係する部は制作部と愛好会が共同で映画館を使用している。元々――学生が信念と情熱を持ち己の自由な思想と嗜好に忠実であれるよう、学園は彼等に最適な環境を供給することを約束していた。徹底して自己を尊重する明峰学園に憧れて、地方から入学を希望する者も多い。

 衣服や調理系の部は、許可を申請した後にそれらを校内で販売することが許されている。生徒会の認可があれば、名目が何であれ、金銭的な利益を目的とした部を発足させることも可能だった。中には、まだ公認されていない部も存在している。

 フェクト・レス。

 それはパーフェクト・レスキューの略称であり、今春、密かに発足された。学園に関わる人間からの依頼を受け、解決に導くことで報酬を得ることを目的とした組織である。報酬の金額は依頼人との交渉で決定されるが、この学園に良家子女が多く通っていることから高額な報酬を要求することがほとんどだ。フェクト・レスは僅か三名で構成され、みんな一年生だ。

 今は倉庫と成り果てた旧校舎の名残に、フェクト・レスは部室を構えていた。生徒会から正式な認可を受けていないので、もちろん無断で使用している。

 普通教室の半分ほどの面積だが、南に大きな窓がはめられているので陽当たりはよい。冷暖房は完備されている。窓際に部長専用の机と椅子が置かれ、右側面にはソファが陣取り、左側面は備えつけの書架が埋め込まれていた。

 放課後――フェクト・レスの部長を務める理闘は、自分の机に向かい数日前に発行された新聞を眺めて苦悩していた。大きすぎる瞳を見開き、何度も何度も食い入るように新聞を読み返す。内容はとっくに暗記しているし、文字が小さいので目が疲れてきたが、それでも見落としがないか入念に文字を追ってゆく。

 夏休みを終えたばかりの学園は安寧すぎて仕事がないだろうと、理闘は危惧していた。夏休み中、ずっとそれが気懸かりで半ば諦めてもいた。適当な教師を選んで罠にかけ、依頼が来るよう自作自演しようかと対処策まで考えてあった。

 だが心配は杞憂に終わり、登校してすぐに事件が舞い込んできた。事の起こりは学園の新聞部が発行した号外にある。夏休みの間に、学園に出向いた女子生徒二名が謎の失踪を遂げたというのだ。ふたりの名前は細川伊織と高橋夏実。警察に捜索願は届けられているらしいが、まだ進展はない。誘拐されたとも、何らかの事件に関わって逃亡しているとも、単なる家出だとも噂されているが、生徒からのそれらしい証言や目撃情報は一切なかった。

 フェクト・レスに正式な依頼があった訳ではない。だが、新聞には父兄から多額の懸賞金が出ることが記載されてある。懸賞金は百万円。理闘にとって魅惑的な数字だった。

 二学期に入ってから他にも依頼はあったが、

「更衣室が汚れているので掃除をしてくれ」という見当違いなものや、

「嫌な先生をどうにかしてくれ」という曖昧なものだった。後者は成功すれば報酬が二万円なので考慮はしておくが、掃除は当然のこと無視した。

 姿を消したふたりは共に弓道部に所属しており、共に八月十五日に消息を絶っている。ちょうどその日はお盆なので、学園に来ていた人間も普段より格段に少ない。日本でいうお盆という行事は実家で過ごす者が大半なので、遠方からの入学者はたいてい帰省するからだ。

 理闘も八月十五日は珍しく実家に帰省していた。実家からの要請で、強制的に帰省させられたという方が正しいかもしれない。

 ふたりの失踪は偶発的なものか、計画的なものか。それを判断する材料が圧倒的に足りないので、気持ちばかりがあせった。誰かが先にふたりを発見したり、またはふたりが家出に飽きてしまえば、せっかくの懸賞金が水の泡になってしまう。新聞を読み返しては、関連していそうな記事を探す。だが有力な情報はどこにも転がっていなかった。早く捜索活動に移したいのに、なかなか動き出せないのがもどかしい。

 学園内で発行される新聞だが、一面には他国の内戦が大々的に報道されている。今日本中が注目している東南アジアにある小国の内紛だが、数週間分の内容が凝縮された簡略な記事が文字を躍らせていた。軍備を整えた政府側と反政府軍の内戦。同じ国に生まれ育った者同士が銃を手に、弾薬の隙間を走り抜けて戦っている。その事件に際して、日本は金銭的な援助をする方針を決定した。どこから飛び火したものか、日本でも自国軍を持つべきか否かで国会が揉めており、討議が日夜繰り返されている。

 日本が自衛隊を放棄し、軍隊を持つ。もしこれが可決されればアジア諸国からの批判が飛び交い、歴史が塗り替えられる一瞬となるはずだ。

 新聞の二面には「日本には死刑制度が必要か否か」と仰々しい明朝体で書かれてある。

 この議題も、日本中の評論家が声高に論じているものだった。発行元である新聞部の連中が仮名を用いて、対談形式を取り、独自の論理を展開している。理闘の個人的な意見としては、死刑制度が人権を侵害しているとは思っていない。死刑判決を受ける人間は、死刑に値する罪を犯しているはずだ。死刑は必要である。撤廃する理由はない。そう思う。

 理闘は新聞を丁寧に折り畳むと、頭の上で組んだ両手を高く伸ばして、大きくのびをした。

 一五○センチに満たない小柄な姿からは欠片も想像もできないが、理闘は武術と呼ばれる大半をたしなんでいた。免許皆伝には届かずとも、その腕前は相当な実力だといえる。肩口で切り揃えた黒髪を指でいじり、歯をきりきりと噛みしめながら低く唸る。鬱憤を晴らすように大声をあげて気合いを入れ直すと、理闘はふたたび机に向かって新聞を広げた。



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