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その13


 儷は何もせず無表情のまま傍観している。時には野球観戦する子供のように無責任な拍手さえしている。そもそも儷は戦力外なので、はじめから胡麻つぶほども期待していない。だが不思議と、土人形たちはわざと儷を避けているように見えた。

 敵意のある者にだけ近寄ってくるのだろうか。試しに理闘は腕を下げて無抵抗を示し、土人形に歩み寄った。しかし胴を持ち上げられ、思いきり内臓を締め上げられる。だめだ。理闘は腰を捻りながら、土人形の頭部に敏捷な肘打ちを繰り出した。頭が吹き飛ぶ。理闘の太股くらいありそうな土の腕に、組んだ拳を叩きつけてそこから逃れる。理闘は興奮した馬のように鋭い後ろ蹴りを喰らわせ、素早く身を退いて距離を稼いだ。

 すでに全身が泥だらけだった。

「どうしてなの。なんで儷だけ放っておくのよ」

 不規則になる呼吸を整え、理闘は冷静に頭を働かせた。

 戦闘能力のない儷を敵と見なしていないだけかもしれない。土人形に思考があるなら、そう考えることもできる。だが、あれらが分別をつけているとは思えない。もっと感覚的なものだろうか。土人形と人間の間には、電極のような相性があるのかもしれない。

 迅晴は七体もの敵に取り囲まれていた。

 躊躇せず激戦区に飛び込み、理闘は足を頭上に高く振り上げた。一体目は脳天に、二体目は顔面に踵を落とす。斧で薪を裂くようなつもりで体重をかけるが、身体の基盤がしっかりしていないので潰れた粘土のように拉げた。三体目の顎を蹴り上げ、鎖骨に踵を落とす。これは比較的早くに生まれたのだろう、土砂崩れを起こしたようにあっさりと身体が分解した。

 迅晴の脇に辿り着くと、説明もせずに袖を引いて強制的に輪から引っぱり出した。錯乱している迅晴が闇雲に振り回すヌンチャクが脳天にぶつかる。後で罰金だ。

「儷、こっちに来て!」

「は」

 はしゃいでいた儷が目を止め、散歩するようにのんびりと歩いてくる。土人形たちは、線を引いたように左右に分かれて道をあけた。鈍くて動きが遅れたものは、儷に近すぎたために爆発して吹き飛ぶ。やはり儷が苦手なのだ。そう確信を持つと、迅晴と共に身体を縮めて儷の背後に隠れた。土人形たちは、こちらを見据えてゆらりゆらりと左右に揺れるだけで動かない。困惑しているようだ。立ち向かうべきか留まるべきか、その迷いが強く伝わってきた。

 たまには儷も役に立つらしい。

 どんな法則があるのか、近辺一帯から新たな土人形が生まれてくる気配もなかった。

「……なあ理闘。ひとつ聞いてもいいか?」

「私に聞かないで。わからないけど、きっと理屈じゃないのよ。どうでもいいじゃない。今がチャンスよ。さっさと逃げましょ。本当はすんごく不本意だけどね」

 儷の背中に隠れて逃げ出すなんて、自ら腹を切り裂きたいくらいの恥辱だ。儷は素知らぬ顔で鼻歌など歌っている。やる気のない儷の背中を押しながら、密集する土人形たちの間を抜けて車道を目指す。彼等に目はないが、こちらの動きを追うように首を向けていた。去り際を見届けないと気が済まないのだろうか。群れを過ぎた後も、土人形たちは迷うように一定の距離をあけてついてくる。黙然とついてくるので、不気味だった。罠かもしれないと気を緩めずにいたが、彼等が敵意を見せてくる様子はない。

 歩道が見えてきた頃には完全に陽が落ちていた。夜を意識すると途端に疲労感が倍増するから人体は不思議だ。土人形たちは、それでもまだ追随してきた。原住民に追い立てられる闖入者になった気分だった。

「部長。あれは何だったんですか」

「私だって知らないわよ。こっちが聞きたいくらいだわ。最初にあんたが見つけたんでしょ。本当に面倒ばっかり起こすんだから……ったく。そもそもあんたがトイレに行かなきゃ良かったのよ。これからはトイレくらい我慢しなさい。もう子供じゃないんだから。所構わずなんて礼儀がなさすぎるわよ、本当に」

「部長」

 儷は足を止めて高々と挙手した。

「あれは何だったんですか?」

「知らないって言ったでしょ。ただの土じゃないことは確か。きっと妖怪よ。土地にしがみついた自爆霊よ。祟られてるのよ。あれは悪霊なのよ。わかった? これで満足?」

 手をひらひらと舞わせて適当にあしらうと、儷はぴたりと足を止めた。

 おもむろに後ろを振り返り、胸に垂れ下がった十字架を握りしめる。儷は誇らしげに胸を張りながら、ついてきた土人形たちにそれを差し向けた。

「えい、悪霊退散。えいえい、悪霊退散。退散したまえ」

 プラモデルの飛行機を手で振り回すように、儷はその十字架を空中で泳がせた。馬鹿なことやってんじゃないわよ。毒づこうとした理闘は、その目を見開いて驚愕した。

「な……!」

 目的を失ったリストラ会社員のように悄然とした土人形たちが活発に動き出す。

 丸みを帯びていたはずの形がとつぜん変化した。その姿は見るに耐えないほど醜悪で、例えるなら巨大な爬虫類。それが二本足で立っている。化物だ。理闘は硬直したまま動けない。よく見ると、尻の方に顔がついており、伸びた顎の部分がそのまま尾に繋がっている。

 しかも手足が逆になっていた。後ろ足の部分に手があるのではない。身体を支えているのが右手右足で、上半身についているのが左手左足なのだ。表面は土のままだったが、背中を覆う鱗の部分が突起となって鋭角に尖っている。

「あんた、何やったのよ!」

 理闘はパニックを起こし、激しい怒声を吐き出した。儷は十字架を向けながら、まだ悪霊退散と唱え続けている。頭で理解できない。土人形がとつぜん豹変した。二○体ほど残っていた土人形がどれも同じ姿に変身した。襲いかかる熊のように諸手をあげ、その手からは鉤型の爪が鋭く伸びている。裂けた口からは獣の咆吼が轟いた気がした。

「うわ、臭せえ」

 迅晴は鼻をつまみながら、脱兎のごとく我先に駆け出してゆく。

 体型を変化させただけではなく、土人形たちは凄まじい異臭を放っていた。排泄物と吐瀉物と高級な香水とひどい体臭と生ゴミを混ぜたような死臭がする。正確な匂いはわからない。世界中に溢れるあらゆる悪意を集め、それを発酵させたらこの匂いになるのか。とにかくひどい匂いで、鼻が曲がりそうだ。息をするたびに胃が痙攣して嘔吐しそうになる。

 疲労感など一気に吹き飛んでしまった。たまらず逃げだそうと理闘が足を踏み出した瞬間、隣りにいた儷が背を折り曲げて豪快に嘔吐する。火事場の馬鹿力。理闘は力ずくで儷を脇に抱

えると、息をとめてその場から逃げ出した。

 土人形の正体が何であれ、戦う意志は一挙に萎えた。戦うどころか、その場に留まることが耐え難い苦痛だった。疾風めいた信じられない速さで汚泥地帯を駆け抜け、迅晴を追い越し、一心不乱に車道を目指す。車道につくなり、気絶した儷をコンクリに投げ出した。慌てて後方確認したが、敵はあの場所に留まったままで追って来ない。

 理闘はほうと息をつくと、心おきなく胃の中にあったすべてを吐き出した。




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