表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮)  作者: 園田 敬
1/2

一枚の花 前編

今回の話は主人公はどのような人で、この星、世界観がどのようなものかを簡単に説明してある話です。キャラクターの心情なども書かれていますので、ぜひ出てくるキャラクターの気持ちを味わってお楽しみください。

 大樹が高々と背伸びをし、風と共になびく。静寂の中唯一の音は、風と葉のすれ違う音や、風のみが奏でる音。気温は春、夏、秋、冬、どれにも当てはまらないような人にはちょうどいい温度であり、まるで作られた空間のような場所だった。

 一枚の葉が風に揺られ、落ちていった先には一人の青年が横たわっていた。これから起こる出来事を暗示するかのように風は轟音を響かせ、静寂を消していく......。



 一人の青年はある夢を見た。それは単なる夢なのか、昔の記憶なのかはわからないが、ひどくぼやけていておぼろげなもの。

 青年と...背の高い大人だ。大人は鎧をつけて彼に背を向けている...騎士のような風貌をしている。青年は何かから逃げるように一心不乱に走っていた。彼の眼からは止まらぬ涙が空を切り、騎士

の姿が見えなくなっても走り続けた。悲しい...悔しい...憎い...寂しい...怖い...あらゆる感情が青年を覆い、彼の意識を戻した。


 ここは...? 目が覚めた青年、九柴くしば れんはコンクリートより柔らかく、しかしベッドより硬いものの上で突っ伏していた。それは土のようだが、彼にはそれを土と呼んでいいのかわからない。

「ああ、思い出してきた...」

 蓮は自分でも驚くほど冷静で現在の状況を整理していく。確か...そうだ..俺はさらわれたんだ。しかも、相手は同じ人間ではない。地球外生命体といってもいいはずだ。見た目は地球では見たこと

もなく、かといって爬虫類など小さく珍しいものでもなかった。やつらは、人間と同じ二つの腕に二つの脚、がたいはよかったが人間のそれとは違い筋肉があるのかどうかは不明だった。

 蓮は体を起こし、自分の体の状況を確認した。外傷はなし。特に変わったことはないはずだが、どことなく違和感は感じる。

 辺りを見渡し、さらわれる直前持っていた大きなバックを見つけ、拾い上げる。中には食べ物、本、電子機器、服、小物、サイドにはギターがかかっている。

 これからどうするか..とりあえず荷物を持ち、どこか座れて、見晴らしのいいところを探すことにする。パキ、パキと枝の折れる音がし、葉っぱが落ち際に彼をよけていき、先ほどまで音を出してい

た風は今度はきっぱりと静まり、彼の行動を見届けているようだった。

 見た感じは...木に葉、枝に...土かな。彼は周りにあるものの確認を行いつつ、速度を落とすことなく歩く。

 見渡す限りに木...大樹がたくさんあり、延々と続く海のような広さを思わせた。座れる場所や、岩などがなさそうだと判断した蓮は、手ごろで上りやすそうな木を探し、かなりの高さの木から生えてる大きな枝に座り、彼は何があったのかもう一度思い返していった。


 蓮が思い出してるのは、彼が透明な檻のようなものに入れられているところだ。檻と表現したのは、そこがまさしく牢屋と同じような設備をしていたからである。ひどく狭苦しい小さな部屋にトイレが一つあるだけ、同じような部屋が何部屋も隣接していて、その部屋ごとに『何か』が必ず入っていた。

 蓮は自分がさらわれ監禁されているのは理解していて、しかもそれが地球外生命体なのも何の焦りもなくわかっていた。なぜなら、彼は多くの地球外生命体をこの目で見てきたからだ。といっても地球で見たわけでもなく、先ほどから各部屋にはいってる『何か』が、地球外生命体であり、さらったであろう奴らに連れていかれていく。一つの部屋に連れてかれ、時間が立つと、また元の部屋に戻される。それを順番に繰り返され、蓮の順番。

 黄色いガスのようなものが噴射されると、彼は気分が悪くなり、めまいがして、そのまま意識を失う。何をされたかは覚えておらず気づいたら大広間のようなところにいた。そこには、まるで子供が書いたような怪物や、歴史上の空想のモンスターとされる生物も集まっていた。どれも強そうで好戦的ではあったがおとなしく、中には震えている者もいる。

「失礼する。おぬし、もしや地球という星の者では?」

 蓮は不意に声をかけられ、ビクッと身体が跳ねる。見知らぬ奴ら、しかも自分の住んでた星のやつらでもないのに声をかけるということに蓮は感心しつつ、声の方向を向いてみる。

 蓮が想像していたモンスターのような生命体とは違って、人間にとても近く、もはや人間ではないかと思わされるほど似ていた。しかし、外見はどちらかといえば映画に出てくるキャラクターで現実、地球ではこのような人はいないと考えた結果、地球人ではないとも蓮は思う。

 初老の男性、とても威厳のあるような外見とは裏腹に声は実にやさしく、蓮自身の心に安堵をもたらしていく。

「えっと、そうですけど、あなたは...?」

 と言いかけたところで蓮は普通に会話をしていることに驚いた。それは蓮が普通に会話できるほどの度胸があることに...ではなく、言葉が通じるというころに。いくら、外見が似ているからと言って言葉が同じはずがないし、同じ地球人同士ですら、言葉の違いがある。彼の心を読んだかのように老人は話す。

「おっと、これは失敬。私はバクテルと申す。地球人ではないが、私個人としては地球の人を好いている。...どうやら会話ができるようにわしらは何らかの改造をされたようだ。こうして話せるのはわしはいいんじゃがな」

 口を少し開け、「ほっほ」と笑う老人。蓮は今の話の中でいろいろなことを考えたが、バクテルは話を続ける。

「わしは別の星に住んでおり、地球のことも文献を読んで知った。わしの祖父も地球人が好きだと申していた」

 蓮はどういうわけかやけに友好的な老人の話をただ黙って聞き続けるほかなかった。

 さて...と一息つき、老人は真剣な顔つきで本題に入る。

「おぬしは今の状況を理解しているようだが......。その上、何か企んでおるのでは?」

 蓮は内心ドキッとした。確かに彼は状況を分析していたし、企むというほどのことではないが、何かをやらかすつもりではあった。彼の性格上、やられっぱなしは嫌いだし、一矢報いてみたいとずっと考えていたのだ。

「ほっほ、図星かな?。実はわしも奴らに一矢報いてやりたいと考えておった。何かをやられっぱなしだとどうも気に食わんでな。そこで、おぬしに声をかけたわけじゃ」

 老人は古き友人に話すかのように心のうちを話していった。

「確かに俺もそう考えてましたが、俺にはあいつらに勝てるとは思えない。第一、俺は非力な地球人で

すよ?」

 蓮は相手が何を言いたいのか分かったうえで、言った。おそらくは老人に協力して、一緒にやり返そ

う的なのだろうな。

「まぁ、確かに相手の母船でこの数で勝てるとは思っていない。だから今すぐというわけではない。機会を待ち、チャンスがあれば協力するというわけじゃ」

 蓮は口を手で覆い少し考えてみる。自分の命を大切にしてこの話を断るか、命の危険を承知の上でこの話に乗り、自分の気持ちを優先するか...。彼は答えを出し、老人に言う。

「いいですよ、その話、乗ります」

 蓮は命よりなにより面白いかどうかで判断する性格だ。老人はニッと笑い、手を差し出してきたので、蓮も手をだし、握手を交わしていた。握手は銀河系でも共通なのかとぽつりと考えていた。


 それからは老人と作戦を立てる。武器はある、しかし効くのかはわからないし、どこをどう攻撃すればいいのかもわからない。ほとんど無理な話ではあったが、蓮の心の中は少し踊っていた。

 チャンスを見つけるのはバクテルで、行動を最初に起こすのもバクテルだった。蓮はそれに便乗する形で、行動を起こす。ほとんど意味のない計画だが、どんな場所でどんな状況の時に、機会がくるかわからないので仕方がない。

 広間で待機をしていると大きなモニターが出現し、古代文明みたいな文字が映し出されていった。しかし、体、脳も改造された蓮やほかの生物にはどんなことが書いてあるかわかってしまう。


 生還方法、生き残ること。宇宙一の戦闘種族を決める。

 我々、メルシア、戦闘種族。

 非戦闘種族、生還チャンスあり、それは............。


 長ったらしい文を読み、蓮とバクテルはお互いの情報を交換をした。聞く限りではバクテルはかなり強く、戦闘種族と語っているやつらとの一対一は余裕で勝てると言っている。そんなバクテルでさえ、今すぐ行動を起こすのは危険だと言っているから、蓮一人では到底相手にならなかっただろう。

 どうも話を聞く限り、ほかの星の生命体同士は交流があったり、敵対したりと、お互いの存在を知っているようだ。地球だけ星の内部と連絡できず、交流もできなかったらしい。つまり、地球上で見てきたそれらしきもの(ユーマ)は、本当に地球外の物だったということだ。おそらくは事故か何かで地球に着陸したのだろう...。何はともあれ他の星があることすらしらなかった蓮はかなり不利な状況なのは間違いない。

 モニターに文字が映し出されて数十分経った頃、広間の真ん中で何か言い争いをしていることに気づく。蓮と同等に弱そうなその星の生命は、例の戦闘種族に抗議をしていた。

「なんでこんなことをする?戦いは好きだが、俺は殺し合いは大っ嫌いだ!!」

 その人間型(一つの頭、二つの腕と足)の生物は臆することなく、言い続けている。体型は蓮とそんなに変わらないが、一つ大きな武器を手に持っている。厳つく、神々しいガンソードのようなものだ。

 見た目に反しておそらくかなり強いんだろうと蓮が考えた矢先、そのガンソードはガタンと大きな音をたて、床に落ちた。続いてゴトという音とともに、少し四角い何かが蓮とバクテルの前に落ちた。これはおそらく......頭だ。

 その頭の持ち主を見てみると、先ほど言った人間型とはかけ離れていた。頭はなくなり、腕と足はもがれ胴体だけのトルソーと化した。メルシアはそれを無造作に拾い上げ、ダストシュートのような暗い穴に投げ入れ捨てていく。

 蓮はかなり驚いたが恐怖は感じていなかった。彼はバクテルはどうかとチラッと確認する。すると、蓮は再び驚く。

 先ほどのやさしく温厚な老人と同じとは思えないほどの鬼の形相を浮かべ、怒りに震え、手に持った剣をギュッと握る音が蓮を奮い立たせた。

「......バクテルさん?」 

 少し躊躇しながらも蓮はその怒りの老人の名を呼ぶ。そして、バクテルの怒りの対象をじっと見つめた。

「彼は...わしらの星と友好関係の星の種族だ......。彼とは何回か会い、一緒に飯を共にしたこともあった。なにより、彼らはどんな嫌いな種族でも戦った相手には敬意をしめす、志をもつ良い種族だった......!!」

 蓮は大体の事情を理解する。彼らはすごく親しかった。彼らの存在を称賛するほど。仲間思いであろうバクテルには一番堪える仕打ちだっただろう、と考察をしている蓮にボソッとバクテルは言った。

「すまぬ。わしは今すぐ奴らを制裁しないと、腹の虫がおさまらん。本来はおぬしと行う予定だった作戦もなしにしてくれ。まことに勝手で稚拙な行為を許して願いたい。おぬしはおとなしくしといてくれ」

 蓮にはバクテルが何を考えて、何をするか予測できた。彼はここで死んでも、敵を討つつもりだ。

「地球の方よ、まだ名前を聞いてなかったな」

「蓮です。九柴 蓮。」

 バクテルは最初に見せた笑顔を一瞬蓮に向け、地面を踏み込む。

 あまりの速さに目が追いつけず、向かった先をみると、メルシアの体はきれいに二つに分かれていた。広間の隅にいた、おそらく監視役であろうメルシア達は腕についてる装置をいじりはじめる。途端に船全体に警告音が鳴り、十秒もしないうちに多くのメルシア達が広間にきて、銃のようなものをバクテルに向けた。一対三十数体、どう考えても勝ち目のない戦いにバクテルは笑っている...。

「群れを作るのは単体で何もできないと言っているようなものだ。戦闘種族が聞いて飽きれる!」

 彼は一言発し、剣を構えた。メルシア達は一斉に射撃を開始する。多くの射撃が行われ、広間にいたいくつかの生命体は隅に避難し、いくつかは弾を受け、いくつかはものともしないかのように弾を流した。弾というより、物質的にはレーザーに近く、外れた弾は壁に当たり、焼けたような跡を作った。

 勝ち目のないはずの戦いはバクテルたった一人によって、勝ち目のある戦いに変わっていく。バクテルは一発も被弾せずに、華麗によけ、斬り、避けて、斬り、の繰り返し。着実にメルシアの数を減らしていった。

 不意に蓮の隣に一人のメルシアが現れ、少し変わった銃のようなものを構え、狙いを定め始めた。バシュと小さな音を立て、銃から一つの光が発せられた。その光は、動き回るバクテルをとらえ、彼の左腕を貫く。

「ぐっっ!!」

 バクテルは剣を落とし、少し後退した。自動追尾銃(だと思われる)を持っているメルシアは再度構える。銃口もう片方の腕を狙っている。右腕をつぶし、剣を持たせないようにするつもりだろう。

 ここで行動し、反乱をしても、援軍が来て結果的に負けて、殺されるだろう...。蓮は目を閉じ、今後のことを考えた。殺されるときはさっきのガンソードのやつのように腕とかもがれるのかな...。痛そうだな......。


 バクテルは状況を打開する方法を考えていた。まだ今右腕は使える、剣は持つことはできるがこっちの腕をつぶされたら終わりだ。まずはあの自動追尾銃をどうにかしないと...。しかし、近づいて奴を殺すまでの間に一発は撃たれるだろう。くっ、どうする......!!

 バクテルが考えてるいると束の間、そのメルシアの背中からやりのようなものが突き刺さった。あのやりには見覚えがあり、一人の男の名前が浮かぶ......。

 ...蓮か!!

 メルシアが倒れた後ろから、槍を突き刺した男、蓮の姿がみえた。十数人いるメルシア達は蓮に銃の矛先を変え、射撃をする。バクテルはすかさず剣を拾い、蓮の前に立ち、見事に弾をすべて剣で去なしていく。

「...蓮殿。いったいなぜ...?これでは道連れにしてしまう。殺されてしまうのだぞ!」

 バクテルは戸惑いを覚えつつも、少し強い口調で蓮に言いつける。蓮はバクテルとメルシア達を交互にみて、言った。

「俺は命より面白いかどうかで判断するから。」

 彼はメルシアに刺さってる槍を抜き、落ちてる銃を拾い、にやりと笑った。


「まったく...年寄りの言うことは聞くものだぞ......!」

 大広間では派手な銃撃戦...とは言えず、バクテルと蓮による一方的な制圧が行われていた。もともとバクテル一人でも十分勝てる戦いではあった、その上、自動追尾銃をもった戦士一人が加わり、制圧というのにふさわしい状況へと変化してしまった。

 メルシアはバクテルには弾が当たらないので蓮を狙うが、その隙につけ狙われバクテルに一人、また一人とやられていく。そうして、蓮には一発も発砲することができずに、三十数匹、広間いたメルシアたちは、すべて肉塊と化し、地面にまばらに散らかっていった。

 敵がいなくなったことに気づいた蓮とバクテルはこぶしを合わせ勝利の合図を交わす。彼らは無事、反乱に成功したと思われた...が不意にバクテルの横から何かが飛んできて、彼の脇を貫通した。

 ......は?

 唖然としている蓮は後ろからメルシアに手を縛られ、拘束させられた。バクテルは銃の発射方向を見て、血を吐き倒れた。そこには、ほかのメルシア達と比べると少々武装が違っていて、他のメルシア達よりも一回り大きいメルシアが三体いた。

 うぅ...とうめき声をあげてるバクテル、拘束させられ何もできない蓮、幹部のような少し特殊なメルシア、現れたたった三体のメルシアによって蓮とバクテルは危機的状況に陥ってしまった。

「なるほど...、先ほどのメルシア達を囮に使ったということか...」

 バクテルは脇を抑え膝をつきながら確証を持って言う。

 囮か...。確かに俺とバクテルは一部隊のメルシア達を全員倒したときは、少し気を緩めてたな...。

そのすきを狙われたということか......。にしても奴らはどこから現れたんだ?

 気を緩めてたのは事実だが、ここが敵の母船であることは理解していたし、周囲への警戒も怠ってはいなかった。メルシアらしきやつらがいないことを確認の上だった。

 蓮が何を考えているのかわかっているかの様に、三体のうちの一人のメルシアは胸についている装置を操作した...途端にそこにいたはずのメルシアは消えてしまった。数秒後、バチバチという音とともに電気をまとったメルシアが同じ場所に現れた。そのメルシアは瞬間移動のようなものではなく、単に透明になっていただけだったのだ。

 バシュッ、バシュッと先ほどから聞き覚えのある銃の発射音が聞こえ、そばにいたバクテルの腹と足に一発ずつ、確実に弾は貫通する。

「ぐああああぁぁ!」

 彼が悲鳴をあげた、次の瞬間には彼はもう動かなくなっていた。彼の死体にはもう一発、頭に打ち込まれていた。

 あぁ...反乱は失敗した..まぁ勝算はもともとそれほど高くなかったしな、俺も彼みたいに殺されるのかな...だったら......!

 蓮は後ろにいた幹部のメルシアに咄嗟に足をかけ、体勢を崩したメルシアの首に噛みつく。蓮はメルシアに噛みついたまま、首を後ろに引き、肉のような、内臓のようなものをメルシアの体から食いちぎった。途端にメルシアの体から青色と緑色の混ざった色の液体が発散し、メルシアは動かなくなっていく。

 二秒もたたないうちに、蓮は顔と腹に大きな衝撃を受け、意識を奪われそのまま倒れこんだ。



 ここまでが蓮の覚えている記憶だった。

 それにしても、俺、殺されなかったんだな...。バクテルはすぐ殺されたというのに...。あぁ、俺はそこまで脅威ではないからかな。正直バクテルがいなければ、通常のメルシア一人すら倒せたか倒せてないかってとこだったからなぁ。

 彼はふぅと一息つき、枝にひっかけてあるバッグから大きな上着をとり羽織る。

 さてどうするか...。蓮は自分が何をすべきなのか考えなければいけないのだ。彼は一般的な地球人であり、アスリート並みの筋肉や学者並みの頭脳もなく、あるのは何事にも恐れない度胸ぐらいだった。高度な武器もなく、体格も大きいとは言えない地球人一人がこの銀河系に住む得体のしれない生物と戦って勝てるのだろうか。

「考えててもしょうがないよなぁ...」

 蓮は独りつぶやき、荷物をまとめ、武器を片手に歩き回ることを決意した。彼が持っているバッグはそこらの小さいバッグではなく、バックパックで多くの物が入っていた。又、彼が持っている武器は銃や刀などの戦闘において使える代物ではなく、相手に一時的に電流を流し、マヒに陥らせるスタンガンと刃わたち十五センチにも満たない小さなナイフのみだった。

 これじゃあな、彼はスタンガンを見つめて、自嘲気味に笑った。もっと殺傷能力があり、なおかつこの場で作れるものは...と蓮は辺りを見回し、そして自分の持ち物を確認し、一つの武器を作ることを決め、早速作業に取り掛かった。

 彼の頭上にある高い木、のさらに上にある太陽は休むことなく、地球と同じようにこの星に対しても、そのまぶしい光を放っていた。その太陽下にはすでに多くの星の種族が戦闘をおこし、血を流し、殺し合いを始めていた.........。


 よし!蓮は我ながら上出来だと思うほどの、見事綺麗な形をした弓と矢が作っていた。原始時代の時から使われていて、なおかつ今の時代にも残っているほど優れた武器を彼は手にした。弓を番えて、彼は一つの木に標準をあわす。効き目で狙いを定め、足でしっかりと固定し腕に力を入れ...手を放した。

 ヒュッ、ドンと少し重い音がして、矢はしっかりと狙った場所に刺さっていた。その上、矢の先端は木を貫通し飛び出していた。蓮は満足そうに矢を引き抜き、バッグの横のポケットにひっかけると歩き始めた。

 体感で長時間歩き続けただろう、蓮は目的地もなくただ、ただ、重い弓とバッグを持ち歩き続けた。気づけば空は少し暗みを帯びており、気のせいか気温も少しばかり低くなっているようだ。驚くほど静かなその場所は、まるで深海のなかを漂っているかのように思わせる。虫もいなければ風もなく、自分以外動くものが一つもないのだ。これも一種の死後の世界なのかと考えてしまうほどに。

 体力を消耗した状態で戦闘が起きては勝てないと判断した蓮は、あたりを見渡し、大きな木を見つけ、頂上近くの大きな枝で宿をとることにした。

 蓮はバッグから折り畳み式の少し不格好なハンモックを取り出し、枝と枝にかけた。彼はハンモックに横になり、今後のことについてあれこれ考えているのだ。

 護衛のため武器をつくっておいた。しかし、その武器を見て、好戦的だと思われないだろうか。そもそも友好的で非好戦的の種族なんかいるのだろうか...。考えてもしょうがないと割り切って彼は目を閉じる。見たくもないあの夢を観ることになってしまう。

 翌朝...朝なのかわからないが、光が差し込まれ、あたりも見やすくなったこの時間帯彼は再度、探索の準備をした。今日こそ何か収穫が欲しい。欲をいってしまえば、彼は拠点がほしかった。何かを作るにしても寝るにしてもその場その場で作るのは、あまりに不便だ。

 蓮はバッグと武器を取り、木から降りた。地面に足をつけ、パキと枝の折れた音がした......しかし、枝の折れる音は、蓮が動かなくなってもやまなかった。蓮は目を閉じ、耳に意識を集中させ、音のする方向を探した。

 ...何が来るかな......

 次第に音は近づき、うごめくものが近づいてくる感覚を覚えた。蓮の右側の横幅一メートルぐらいの木の後ろに何かいる。蓮はそれが敵であって、奇襲を仕掛けられることを警戒し、弓をつがえた。グググという弦の張る音が静かな空間に音を与えた。

「出てこい。来なければこのまま射る。体に穴が開いてもいいならそこでじっとしてろ。」

 蓮は落ち着いた声で自分にとって優勢な状況を言葉によって作ろうとしていた。木を超えて身体に穴をあけるというのはブラフだが、もし、相手がこちらの武器を知らなければ、このブラフもかなり効くはずだ。

「あのっ、ちょっと待ってください!」

 弦の張る音と混じって、男性より高い声が聞こえる。姿を現したのは蓮がこの前まで過ごしてきた星と同じ種族、しかし蓮とは異なる...女性の地球人だった。

「...えっと...地球の方...ですよね...?」

 彼女は半身を見せ、少しおびえた声で、質問をしてきた。

「...ああ、お前も...?」

 蓮の声はいたって冷静だったが、内心は少し驚いていた。もし、各星の種族を集めて戦わせるなら、一人で十分のはずだと思い、地球人は自分だけだろ考えていたからだ。

「私以外にもいたんですね..。なんか少し安心しました。」

 彼女は蓮と同じく驚いていたが、安心感が不安を上回っているように見える。

 全身を出し、現れた一人の高校生ぐらいの女の人は、私服姿で服も極めて綺麗だった。綺麗と言っても豪華とか、高級でお嬢様のような服装というわけではなく、ただ泥や汚れが見当たらないだけだ。

 蓮は警戒はしつつも、弓をさげ敵意がないことを表した。彼女もそれをみて安心したのか近づいてきて

おもむろにしゃべりだす。

 彼女の名前は高槙たかまき 一奈いちな、蓮と同じ日本人で塾から帰っている最中にさらわれたらしい。目が覚めたら、牢屋のようなところ、次に目が覚めたら、広間のようなところにいたという。

「広間?じゃあ、あの時の戦闘をみてたってことか?」

 蓮は不思議に思い、質問をした。もし、同じ広間にいたならあの戦闘を知らないはずがない、ましてや俺も戦ってたんだから俺のことを知らないはずもない。

 蓮は一奈が嘘をついていて、なにか策略があり近づいてきたのかもと勘ぐってしまう。彼もあの戦闘でメルシアを何人...何体も殺したのだ。メルシア達に遠巻きに狙われる可能性もそう低くない。もっとも簡単かつ単純な作戦としては、ボーナス(星に帰らせる)などを餌に俺を殺すということだ。知能の高い種族で攫われ、追い込まれた状況なら千載一遇のチャンスを逃すはずがない。

「戦闘...?ん~知らないなあ。私のいた広間はそういう雰囲気がまったくなかったよ」

 蓮は少し考え、警戒されないよう言葉を選びながら言った。

「そうか。てことは広間はいくつかあり、別々の場所にいたってことかな」

 彼女に嘘を吐く理由が特に見当たらない。仮に戦闘を見ていたからと言って、これと言ったデメリットはないはずだ。別に俺にはバクテルのような強さはないわけだし、俺が警戒していても銃などで簡単に殺せるし...。疑心暗鬼になるのはこの星で生きていくにはあまりよくないかもしれないな。仲間や協力者はお互いに欠かせないはずだし...。

 蓮があれこれ考え、疑っているのも知らず、一奈はぺらぺらとしゃべっている。彼女にとって同じ地球の人と話すことは、彼女なりに気を紛らわし、落ち着かせる手段だった。

「ねえ、君のことも教えてよ」

 一奈は自分のことを話すのをやめ、不意に蓮に質問した。咄嗟のことで、蓮は反応できずにえっ、と聞きかえしてしまう。

「だから、君のこと。私まだ名前も知らないし、地球人だってことしかわかってないんだから」

「あぁ、九柴 蓮。十八」

 .........沈黙が続く。

「えっ!終わり!?私あんなに長くしゃべったのに」

 それは勝手にそっちが喋ってただけで別にそこまでちゃんと聞いてないし。ていうか、こんな辺境の星でしかも敵がたくさんいる場でよくそんなに気楽にしゃべってられるな、警戒もしないで。

 蓮は半ばあきれつつ、一奈に現状を伝えることにした。

「聞かれたら必要なことだけ答える。それ以上は話さないし、そんな余裕もないんだ。わかってるだろ?俺たちが住んでた星とは状況が全く違うんだ」

 一奈は納得のいかないような、それでいて少し怒ったように言う。

「状況が違うのはわかってるよ!でも、不安だし、怖いんだからしょうがないじゃん。ちょっとは付き合ってよ!」

 彼は相手が人だということを再認識する。自分ではなにもできない状況、恐怖と不安にまとわりつかれている状態で十八の女の子が平常でいられるはずがない。嫌なことがあったら何かに打ち込むように、彼女はそれを会話で紛らわしているんだ。自分が普通ではないのだ。

「......なぁ...」

 蓮は真剣な顔つきで何かの覚悟をしたように言った。

「お前は何があっても地球に帰りたいか?」

「えっ、そりゃぁ...」

 一奈は言いかけたところでやめた。何があっても...。もしかしたら、自分が大けがをするかも、腕や足がなくなったり、眼や耳が機能しなくなるかも、もちろん自分が無傷で帰れるのが理想だが、このような雰囲気の星ではそうはいかない。何があってもか......。

 私にはそれほど固執するほどの物はあっただろうか。今の生活が楽しくないわけではない。学校で友達としゃべって、帰りにどっかよって一緒になにかを食べる。本を読むのも好きだし、映画も好きだ。彼氏...はいないけど、好きな人はいるしそれなりに恋愛もしたいと思っている。けど、それは今の私の心境であり、地球に帰った時には状況が変わってるかもしれない。目や耳、腕や脚が機能しなくなった場合、今まで通りの生活は送れるのだろうか。周りもいつも通りに接してくれるだろうか...。彼女は相手を待たせているのも気にしないぐらい長考をしていた。


 やはり、確認しておいてよかったかな。蓮は頭を抱えて悩んでいる一奈をみて考える。彼女になにがあるのか知らないし、興味もないが、ここにいるということは俺と同じ状況に当たる。目的が同じなら協力しあうことも可能だし、その方がメリットがある。しかし、メリットがあるということはデメリットも存在している。彼女に裏切られたりしたら、有利な状況も一変する。その可能性をできる限り低くするためにもあいつには覚悟をしておいてもらう必要がある。あいつのせいで俺まで死ぬのはごめんだ。

 蓮は一奈を人として見つめてはいたが、同時に道具のようにも見ていた。人と道具では大きく異なる点があるがそれは、人には考えるということができ、感情というものがあるということだ。道具はどちらも所有していないので裏切られる可能性はない。彼は一奈と協力、もとい道具としてできる限り使うことを考慮している。

「私は............」

 一奈はいまだ答えられずにいる。蓮を待たせていることに気づき、とりあえず口を開いたが、まだ答えはでていなかったのだ。

「質問しておいてなんだが、とりあえず場所を移動しないか?ここだと敵に見つかるし、狙われる可能性もある」

 そうだね、と一奈の同意をもらい蓮は昨日たどった道をもどり、最初の寝床の場所に移動をする。


「ほら」

 蓮は木に登り、下にいる一奈に手を伸ばした。彼女は蓮の手をつかみひっぱりあげられた。それを繰り返しなんとか頂上にたどり着いた。一奈は最初は抵抗があったものの、蓮による軽い脅迫と説得により、しぶしぶ高いところで休憩することにした。

 蓮は木から降りて、下で矢をたくさん作っている。荷物になるものの、弾の不足は戦闘において死を意味するからである。

「....にしても、これは木なのか...?」

 彼は矢をさすりながら、疑問に独り言ちる。見た目やいくつかの性質は木に近いが、地球の木とは違い弾力があり、矢としては十分だった。弓を作るにおいてもこの性質は蓮にとっては助かることだ。肝心の弓に弾力がなければ、弦はしっかり張れないし、強い矢を放つこともできない。それに、彼は自分でも知らないうちにこの木の性質を知っていたのだ。彼はその方が疑問に思った。

 俺はなんでこんなこと知ってるんだ...?

 疑問を解決する答えを探していると上から声が聞こえる。

「おーい。なんか暗くなってきてな~い?」

 暗く..?確かに暗いが時間的にはまだ早いはずだが...。まぁ、他の星では地球の常識は通用しないか。

 彼は矢をポーチにしまい、木を登る。一奈には上で寝る準備をしておいてもらった。ハンモックは一奈が使うことにし蓮は綱を自分と木に巻き、木を背もたれにして寝ることにした。その提案に一奈は「紳士だねぇ」と茶化してきたが、別にそういうわけではない。逆を想像すると一奈が文句を言いそうでめんどくさいからだ。

「なんか暗くなるの早いね」

「自転が早いんじゃないか?そもそも自転があることに驚きだが」

 軽い会話。長く続く沈黙。おそらくはどちらも同じことを考えているだろう。

「...明日の朝聞くよ。返事は。今日は寝た方がいいよ」

「うん...。」

 一奈は静かに返事をして、そのまま寝てしまった。蓮も寝ることにしたが、万が一のことを考えてすぐに武器を取り出せるようにしておいた。

「あ~よく寝たあ」

 一奈は彼女が予想していたよりもずっと深く眠っていたようだ。状況が状況だから眠りが浅かったり、寝れなかったりするんじゃないかと思ったが、ハンモックのおかげか、いや、人がいる安心感のおかげだろうぐっすり寝ていた。

 彼女は体を起こし、あたりを見渡す、といっても高い木にいるので見えるのは木のてっぺんと空だけだったので下を見てみる、と凍り付くような高さの先に蓮が見えた。

 蓮の方はあまり寝付けず、というより彼はもともと眠りが浅く睡眠時間は少ない暮らしをしていたので、この場においても同じだった。それは蓮にとっては都合がよく、あの嫌な夢を長く見なくて済むのが助かった。

「おはよー。何してんの?」

 蓮の頭上から能天気な声が聞こえてきた。彼女は枝を両手でしっかりつかみ恐る恐る降りてくる。彼女の陽気な声と反対に蓮は深刻な顔をして、一点をみつめていた。

「どうしたの?」

 一奈は蓮の肩の上からひょいっと顔を出し、それを見た。彼女の顔は途端に凍り付いてしまう。

 足跡だ。

 しかも、人間の形をしていないと一目でわかる。靴を履いているわけでもないだろう。鳥の足のような形をしている。しかし、大きさは鳥の何倍もあり、人間の成人男性の足よりも三つ分は大きかった。足跡は一歩ごとに四つずづおかれており、それは昨日蓮と一奈が出会った方向へ向かっていた。

「こ、これなに...。鳥...?」

 一奈は困惑と恐怖の混ざった声色で蓮に聞く。彼がわかるはずもないのに。

「正体はわからない。鳥のような足跡...。しかも、それらしき音はしなかった。数も不明だが...一つわかるのは俺らよりも巨大な何かだ。」

「数が不明って足跡四つだから二人いたんでしょ!それに音がしなかったって、なんでわかるのよ!!」

 一奈はまだ恐怖に襲われている。正体不明のなにか、しかもそれが自分を殺すかもしれない得体のしれないもの、敵を目で確認していない彼ら人にとってはそれは恐怖以外なにも植えつけない。

「足跡が四つでも二人とは限らない。そもそも二つの足なのか?もしかしたら、足一本で四人いたかも、足四本で一匹かもな。音に関しては...俺は眠りが浅いし、そこそこの音がしたら気づく。それすら気づかなかったからだ」

 足音がするほどの質量ではないのか...?。それとも、暗殺などのために足音を消していたか。もしくは、音を消すことのできる装置などを身に着けていたか...。そもそもこれは足跡であっているのか?

 答えの出ない問題を抱えた蓮は一奈とは対照的に少し興味を持っていた。彼の性格上、恐怖や不安などほぼ無いに等しい。

「......追ってみるか」

 蓮が足音の方角をみながら言うと、一奈は声を荒げて抗議した。

「追う!?何考えてんの!どう考えても追わない方がいいに決まってんじゃん!わざわざ殺されるような事するとか頭おかしいんじゃないの?」

 一奈はやり場のない感情の矛先を蓮にむけた。彼女にはいつものような言葉を選ぶ気づかい、明るくふるまう余裕がなかった。冷静でいたかったが、いられなかった。怒りなど争いを生むだけということもわかっていた。彼女は頭がいいがゆえに、制御できなく、感情的になる自分が嫌いになった。それでも、彼女は今、理性より本能のほうが上回ってしまっている。 恐怖に支配されてしまっているんだ。

「ん~じゃあ、どうすんの?」

「決まってんじゃん!逃げるのよ!この場所から、あの足跡の方角と離れた位置に移動する!」

「ああ、そう......」

 一奈はいまだに感情を整理できず、ただただこの感情から逃れたかった。だから知性の伴わない本能に従ってしまった。

 一方蓮は黙って腕を組み、一奈を見ていた。彼女が何を言おうと彼はなにも答えず、話さず、沈黙を守っている。

「ちょっと、何とか言ってよ!ねえ、聞いてるの!?」

 一奈は次第に苛つき始めた。どうして黙っているの。なぜ何もしないの!?彼女には彼が何を考えているのかわからなかった。

 不意に蓮が荷物をもち、足跡をなぞるように一人あるきだした。咄嗟のことで一奈はただ見ているだけだ。数秒後、彼女は蓮を追いかけ彼の後ろを追いかけながら問いただしていく。

「なんのつもり!?私の意見はまったく無視するわけ?」

「......」

「いい加減にしてよ。返事もしなければ、案もださない、おまけに一人で勝手に行くとか信じられない!」

「それなら...。」

 ようやく開いた蓮の口からは一奈にとって少なからず衝撃を受ける言葉が発せられた。

「それなら、一人で逆方向に行けばいいんじゃないか?別についてこいとも言ってないし、ついてこなきゃいけないわけでもない。俺と意見がかみ合わなければ一緒にいなくてもいいんだよ。俺は自分に従って追いかける」

 蓮の冷酷で情がなく、彼女の心を助けようともしない言葉は一奈を一気に元に戻した。

 一人で行け?せっかくあった仲間になんてことを言うの?多少感情は揺さぶられたが、彼女の理性が打ち勝つ。一人で行っても生きる確率はゼロに等しいじゃない!。それなら、それならこのよくわからない男についていった方がいい...気がする...。何か策があるかもしれないし、めちゃくちゃ強いかもしれない。

 彼女は生きる可能性を天秤にかけ、蓮についていく方がいいと結論付けた。もちろん、地球でこんな事を言われれば彼女は感情に従って、一人で行動していただろう。しかし、ここにおいて感情的になる=死を意味すると気づいている。感情的になって死んだら馬鹿だ。彼女は馬鹿ではなかった。ゆえに遠回しに俺に従えと言われているような気がしてならなかった。

「そうね。私は少し感情的になりすぎてた。認めるわ。あなたに従うし、ついていく。一人で行動するなんでありえない」

 それを聞くと蓮はニヤッと笑い、別に従えとも言ってないんだけどな~、と言いいじわるそうな顔をする。...むかつく。なんだか全部お見通しだったみたい。一奈は彼に苛立ちを覚えながらも、同時に彼の心理を読む能力に少しばかりだが感銘を覚えた。


 二人は周囲に警戒しながら、足跡をたどる。一奈は表では強気の姿勢を見せているが内心はびくついている。蓮は反対に早く会いたいといわんばかりに、遠慮なく進む。しかし、彼の手には弓矢があり、いつ戦闘が起きてもいいようにしていた。

「あれ...?」

 突然、蓮は立ち止まり、一奈は彼のバッグとご対面してしまう。痛ったぁ、とおでこをさすりながら一奈は蓮の後ろから顔をのぞかせる。

 そこには飛んで消えたかのようなきっぱりと途切れた足跡がある。

「足跡が...」

 一奈は内心ほっとしたような、どこにいるかわからなくなった不安のような声でいう。

「飛んだのか?でも、なんでここで...」

 蓮は疑問に思い。考える。翼があるならなぜ最初から飛ばなかったんだ?空に天敵がいて、飛べなかったのか?それでもなれない地上をあるくのはそれはそれで危険だと思うが...。もしかして......。

 一奈は蓮のように深くとらえず、蓮に声をかけながら彼より先に進んでいく。

「歩き疲れたとかじゃないかな。ま、飛ばれると私たちも追跡は無理だね」

 彼女は少し上機嫌でいい、足跡の先の地面に足を入れようとする。

「一奈っ!!!」

 蓮が叫びながら、ぐいっと一奈を引っ張る。咄嗟のことで彼女は体制を保つことができずしりもちをついてしまう。

「ちょ、危な...」

 彼女が言い終わる前に、彼女の目の先で何かが動いている。それも激しく、刃物同士がこすりあった音や鈍器で何かをなぐったおとなど、えげつない音が連続して続く。

 彼らの先に地面から生えたような銀色の先のがった針が無数に飛び出し、その針の隙間を埋めるかのよにギロチンが木々を行き来している。上空には木と同じ色をした硬い何かが飛び交っている。そして...彼女の前からは地面が折りたたむようにして彼女を潰しにかかる。

 これ、死ん......

 一奈が死を決めたとき、腕を思いっきり引っ張られ、それをよける。腕をつかんでいる蓮は大声で一奈に言った。

「立て!行くぞ!さっきの場所まで引き返す!!」

 蓮はそういうと一奈を引っ張り上げ、走り出す。一奈もそれについていくように走り出す。後ろからは工場の機械のように順番に地面の折り畳みが行われている。彼は走りながらもバッグから一つの装置のようなものを取りだした。彼は装置を上に向けると装置からワイヤーとアンカーが飛び出し木のてっぺん近くの枝にぐさっとささる。装置を腰につけ一奈をつかんでボタンをおす、ぎゅるるるるというワイヤーのまかれる音と共に蓮と一奈は上に跳ぶ。

 一奈は何がなんだか全く理解できずにいる。先ほどまでいた地面を見ると、折りたたまれた地面はないものの、無数の針が地面からでていた。もし、木の上に跳ばずにあのまま進んでいたら、串刺しになっていた。その姿を想像してしまい、一奈の顔は文字通り蒼白になる。

「ここなら安全だな」

 蓮はワイヤーを巻き終わり一奈を木に下すと、装置の回収を行った。まさかとは思ったがやはり罠だったか...思考が少しでも遅れていたら、終わってたな。

 二人の息遣いが荒く、声を出すことなく無言で息を整えていた。


 もうわけわかんない!、彼女は口には出さず心のなかで一人叫んでいる。なんであんなに殺しに来るの?てかなんで蓮は冷静に対処できたの?つーか、その装置なによ!。彼女は色々考えはしたが、口にだすことはなかった。先ほどの一件で学び感情的になり声を出しても、なんのメリットがないとわかったからだ。とにかく、自分は生きてる、それがわかればとりあえずいい...。

「えっと、いろいろ思うところあるけど順番に聞いていい?」

 一奈は冷静を繕いながら、情報を求めた。彼がすべて知っているわけないのは想像できる。

「まあ、俺のわかる範囲なら」

「じゃあまず、その装置から...」

「これか...。これは自作の装置だから名前とかはない。使い方は...まあさっきやった通りだな。他にもなにかを引っ張ることもできる。俺の生活上、必要になるかもと思って作っておいたやつだ」

 どんな生活だよ!。一奈は心の中でツッコミを入れる。え、ていうか何気にすごくない?自作?こんなん作れんの?なんか...めちゃくちゃ怪しいんだけど...。まぁでも実際これのおかげで命拾いしたんだけど......。そして次の質問へ。

「どうしてあんなにすぐ対処できたの?」

 蓮は少し考えてから何かを決めたかのようにいった。

「...そうだな...例えば、俺たちが得体のしれない何かを見かけるとしよう。そいつは寝ているようだ。その上、敵であることは間違えない、そういう時はどうする?」

「そりゃあ、その、あんまやりたくないけど、殺す...かな」

「ふむ...でも、相手は未知の生物だぞ。寝ているように見えて起きてたり、近づいてきたやつを自動で殺すような特徴を持ってるかもしれないぞ?」

 一奈には何が言いたいのかさっぱりわからなかった。つまり、どういうこと?

 蓮は彼女の考えを見抜いたのかわかりやすいように言葉をつづける。

「相手の情報はないんだ。一対一で勝てるかわからない。そういう時は自分の有利な戦況に持ってく。そうすれば多少なりとも勝率は上がる。」

 それでもわからない、「つまり...?」と聞き返す一奈。

「先手を打つ。これが戦闘において常識であり、勝つための戦法でもある。俺らの敵にとってその先手とは罠を張ることだ。餌をまき、誘導し、有利な場所、地形におびき出し倒す。」

「それって...」

 一奈はようやく理解したようで、蓮もそれを感じ取り、なぞるように説明を続ける。

「そう、今回の俺らは標的であり、足跡は餌、そしてさっきの罠で殺すことを作戦にしたんだろ。うまいことに罠の張り方が秀逸だった。目の前で罠が発動すれば当然さっきまでいた安全な場所に引き返す。それを逆手にとって行きの時はあらかじめ罠を発動させずにいたんだ」

「そっか。だから行きの時は罠が発動せず、帰ってきたときには発動したんだ...」

「そう、安全だと思って帰ってきたところにとっておきをお見舞いしてやれば、多くの生物はそれを喰らうだろうな」

 一奈は仕組みを理解したとき、不安と疑問が襲ってきて蓮に問いただす。

「でもさ、罠を仕掛けて私たちのことも認識してるってことは今もどっかでみてるってことじゃない?そしたら、やばいでしょ?あんな罠仕掛けられるぐらい文明も知能も高いし...」

「確かにそこまで俺たちのことを殺したい奴なら今が一番のチャンスだろうな。でも、相手は寝込みを襲わないほど慎重な奴だ。追撃を仕掛けるという事は考えにくいし、そんなリスクを冒さないだろう。仮に見ていたとしても俺たちはそいつの仕掛けた罠を回避した。それだけで俺たちは相手に一つの考えを生ませることができた」

「考え...って?」

 一奈は蓮の言い分に同意をしつつ、最後の言葉を聞き返す。

「俺たちの知能、反応、はあいつより上ってことだ。」

 そうか、もし私が考えた渾身の罠をすべて回避されたら、なすすべがない。それでも尚、立ち向かってくる確率は低いわけか。一奈が安堵仕掛けたところに蓮は追加で言ってくる。

「あくまで俺の予想であり可能性の話だけどな」

 一奈は少しイラッとした。一言余計なんだよ、わざわざ不安になるようなこと言わないでよ。彼女は根本的なことを思い出した。

「ていうか、その餌につられたのってあんたじゃん!!」

 そう、こいつのせいで死にかけたのだ。何どや顔で話してるの!超むかつく!。

「あはは。まぁ、あの足跡の正体より俺たちのほうが勝るってわかったしいいじゃん」

 蓮は能天気にいう。実際問題彼は少しでも情報が欲しかった。相手がもし自分たちより知能も文明も力も上ならば、この星で生きていくことは極めて難解になってくる。今回の収穫は蓮にとっては大きかったといえる。隣で一奈が「ったく、」とブツブツ文句を言うのが聞こえてきていた。

 それにしても...、と彼は針などの仕掛けを見ながら思う。針が地面から生えてくる仕組み、あの木みたいな物質、限りがあるとは思えない針の数、どう考えても文明は相手の方が上なんだろう。それに知恵が付いたらかなり厄介になるな...例えば、頭いいのと手を組んでくるとか...。

 彼は一つの問題は抱えたがそれを一奈に言うことはなかった。言ったところで彼女を不安にさせるだけだとわかっているからだ。

 二人は先ほど隣接した木の枝を使って移動し、木から降りる。

「これからどうするの?」

 一奈は蓮に問う。足跡で何か進展があるかもと思ったがそれが罠とわかると何をすればいいのかわからない。

「そうだなぁ。とりあえず風の吹く方角へ歩いてみるか」

 蓮も具体的な案はないがとりあえずの案はあった。風が吹くということは遮断物がないということだ。つまり平地など平らな場所や、もしくは高いところに続いている。そこなら地形を知れるし、敵がきてもすぐ見つけられる。

 一奈も蓮の考えを察して、歩いていく。ただひたすらになにがあるのかすらわからない道のりを一人の男を信じてついていく。こんなこと地球にいたころは絶対あり得ないな、と思いつつ自分がすでに変わってしまっているのではないかと考えさせられる。


 先導する男は歩きながらも考えるをやめない。やるべきことはたくさんある。まずは情報集めが先か?それを言ったらきりがなくなってしまう。そこらにある木、葉、土などたくさんあるしそもそも性質とかの確かめようがない。勝手な認識で性質などを決めつけてしまうのは危険すぎる。いざというとに情報と異なった性質を持ってたらそれこそ死を招く。今、俺がやるべきことはなんだ...。情報を集める?武器を作る?自分を鍛える...?こうして何をするか考えている時間は不必要なんだろうな。

 彼は自嘲気味に考えを進める。彼ほど冷静に考えることのできる人は多いとは言えない。それこそまさに一番の幸運なのかもしれない。この場において必要なのは知識でも力強さでもなく、知恵なのだ。彼にはそれが一番秀でているのだ。彼は今あらゆることに視点を置いている。そして一つの疑問がまた浮かんだ。

 なんか...違和感がある...。正体はわからないけど、どこかがおかしい。しかも、それは周りのことや一奈のことではなく俺自身だ。どうも地球にいるときと変わっているようだ。でも、どこが......。

「なんか...驚くほどなにもないね」

 一奈は陽気な声でつぶやいた。確かに先ほどの一件を除けばそれらしき物事は起きていない。

「確かに...」

 彼は一奈の何気ない一言に考えさせられる。これが違和感の正体か...?確かにあれ以来、生物を見てないし、それらしき痕跡もなかった。俺の推測が正しければ相当数の生き物がここに連れてこられたはずだが...。

「そういえば...」

 一奈は先ほどとは打って変わって深刻な表情を見せ、恐る恐る蓮に聞く。

「私たちってここに来てから体感で、何時間ぐらい経ってる?」

「時間?そうだな、俺が来てから約一日以上は経ってると思うけど...」

「なんかさ、お腹とか空かなくない?あと、トイレも...」

 少し恥ずかし気に一奈は言ったが、蓮は気にすることもなく考察していく。

「なるほど。言われてみれば空腹や排泄とか気にしてなかったな」

 彼が同意すると「排泄て...」一奈が軽くツッコミを入れる。気にすることなく蓮は続ける。

「知ってるかわからないけど、俺たちはあいつら、メルシアによってなにか体に異変を与えられた。俺が知ってる限りではどの星の生物でも言語のやり取りができるようになったということだ。もしかしたら、その時に俺たちの体も都合のいいように改造したかもな...」

 蓮は腕などを見て言った。一奈も続いて自分の腕や脚を見ている。

「都合のいいようにってご飯食べないことがなにがあいつらにとって都合良いの?」

 彼女はまったく理解できず、質問をする。蓮の言ってることが真実かどうかは置いといて、予想でもいいから知っておきたかったから。

「そもそもの話、あいつらが俺らを集めた理由って戦わせて宇宙一強い奴を決めることだろ?仮に俺らがめちゃくちゃ強くても食べ物がなければ生きていけない。そんな死に方されたら戦闘以前の話になる。あいつらはあくまで戦わせたいんだ。殺すならもっと手っ取り早いしな」

「なるほど...。どういう仕組みにしたんだろう」

 一奈は蓮が思っていたほど取り乱さずに少しばかり興味を持っているようだった。

「仕組みはわからんが、まぁ必要な栄養を自動で作ってくれるような装置か器官でも入れられてるんじゃないか?どちらにせよ相手の文明は極めて高度なことに変わりはないよ」

 一奈は自分の体の中になにか得体のしれないものが入っていると考えると嫌な気持ちになった...え、てことはもうおいしい物とか食べられないってこと?あれ?でも食べたらどうなるんだろ。死んだりするのかな。舌とかちゃんと機能してるのかな。ていうか排泄もできないなら、何も食べちゃダメじゃん?ほ

んとに体の仕組みどうなってんの???

 彼女は意味もないことにあれこれ頭を悩ませた。そして、答えがわからないと気づくと考えるのをやめる。今あれこれ考えるより、まず生き残る。生き残らなければ考えた意味すらなくなる。一奈はそのことを常に頭に置いとくように心がけた。

 蓮はいまだに違和感と戦い続けている。もしかして、違和感の正体はこれだったのか?普段は毎日行っていることを突然やらなくなって体が異変を察したとか...?

 蓮にとって食事や排泄のことはどうでもよかった。むしろ、この戦いにおいてそれらは不要であり、彼にとっても都合のいいことだった。

「今はとりあえず生き抜くことだな。細かく調べるのはその後でいいんじゃないか」

「そうだね」

 珍しく意見が一致した二人はまた静寂と一緒に時間を過ごす。正確に言えば彼らが踏む葉や枝が音をたてている。変わらない景色、変わらない匂い、なんの変化もないまま彼らはただやみくもに歩き続ける。多少、会話はするもののほとんど一方的に一奈が話しかけている感じだ。しかし、一奈も蓮もそれでよかった。

「ねえ、疲れたから休憩しない?」

 一奈は蓮の顔を覗き込み、言った。

「そうだな、無理するのは得策とは言えないし、この辺で休むか」

 蓮自身に疲れはないが、彼には落ち着く時間が必要だった。彼は歩き続けてる時も、一奈に話しかけられているときも、常に気を張り続けて警戒を怠らなかった。その緊迫した状態を飽和することも彼には必要不可欠である。

「本当になにもないね。生き物も見ないし、木と葉と土ばっかり。地形も変わってる気がしないしなぁ」

 一奈は不満を漏らしつつ、不思議に思いながらつぶやく。彼女は少し退屈を感じていた。こんな状況で退屈を感じるのは変だと思われるが、人は何も変化のない状況に嫌気がする。たとえそれに恐怖の前例があったとしても、記憶に残りつつも体は忘れてしまい新たな刺激を欲する。彼女もまたそうだった。

「でもまあ、戦いたいわけではないんだけど、友好的な人たちに会いたいなぁって感じなんだけどね」

 蓮は無言だったが先ほどから彼はあまり会話に積極的ではなかったため、一奈は何の疑問も感じず、かまわずしゃべり続ける。

「もしかしたら、みんなで同盟とか組んでるかもね!そしたら、あのメルシアとかいうやつらも倒せそうじゃない?あ!それとも......」

「......はぁ......」

 会話を遮り、溜息のようなものが聞こえる。もしかして、うるさすぎたのかなと考え少しビクッとしたが、彼女の予想とは反して蓮は下を向いている。それにどうも様子が変だった。そしてそれは溜息ではなく息使いであることをしった。

「なんか...めまいがする...」

「......蓮?」

 彼女は恐る恐る蓮に近づく。彼の顔色を窺うためだ。一奈が近づいても蓮は顔を上げない。彼女は蓮の顔を見た瞬間、声を大にして言う。

「蓮!?大丈夫!?蓮!!」

 蓮は汗だくで、顔色は優れず、眼の焦点が定まっていなかった。彼女はなにがどうなったのかわからず、とりあえずあたりを見渡す。突然、蓮は大きな声で悲鳴をあげる。

「ぐっ...!!!痛い...身体が......!!!!」

 彼の全身に激痛が走る。それこそ、頭の上から爪の先まであらゆるところに痛みを感じていた。彼は反射的に手で胸や腕をつかむ。それでも激痛はおさまらずに続いている。

 一奈は非常の事態に対処ができなかった。なにが起きているのか理解できず、何をすればいいのかもわからずにいた。ただ、声をかけることしかできなかった。

「れ、蓮!どうしよう、どうすれば...」

 一奈からみた蓮は正直、かなり見るに堪えなかった。あの強気な蓮が悲鳴をあげつづけいる程の激痛、めまいがしていて眼の焦点もあっていない、痛さや苦しさのあまり地面を這えずりまわっている。

 不意に彼の声が聞こえなくなった。地面を這いずる音も。蓮は急に静かになり、動かなくなっていた。

「蓮...?ちょっと、蓮......?蓮!?」

 彼女は蓮の安否を確認した。もしかしたら死んでしまったかも...。彼の口に手を当て息をしているか確かめる。息はしている。大丈夫...生きてる...。蓮はあまりの痛みに失神をしてしまっているんだ。こういうときってどうすればいいの?。横に倒した方がいいのかな?それとも椅子に座る姿勢のほうがいいのかな、うつ伏せ?仰向け?。

 彼女は蓮の持っているバッグの中を探り、毛布を取り出した。それを何重にもたたみ、ある程度の高さをほこった枕にして蓮の頭のしたにおいた。彼を仰向けにし、もう一枚毛布をとりだして、彼にかける。現状で一奈ができることはこれぐらいだった。介護や応急処置の資格もないので、気休め程度にしかならないが彼女はなにかしたかった。

 と、とりあえずは一段落かな...。蓮見たく冷静に...冷静に...。まずは状況を整理しきゃ、蓮がいないんだから私がやらないといけない。えっと、これはたぶんだけど誰かからの攻撃とかじゃないはず。私が普通なんだから攻撃ではなく、蓮自身になにかあったんだよね。それがわかるだけでも十分だ。後は、蓮の症状についてだけど...。

 一奈はあらゆる可能性を考えた。何も起きていない自分と蓮の違いを考えた。男と女だとか、しゃべってたとかしゃべってないとか、先頭を歩いてくれてたからとか...。しかし、あまりにも候補が多く、彼女には原因が断定できずにいた。さらに、彼女は自分の置かれている状況下に気づく。

 これ、今敵がきたらまずい。私は戦えないし、今戦ったとしても蓮を狙い撃ちされるのは間違いない。敵が来れば間違いなくゲームオーバーだ。

 彼女は途端に緊迫した。周りの静寂が敵の存在を表しているかのように彼女に襲い掛かる。葉が風にゆられカサっと音を立てる。一奈の額に汗がにじみ出ている。彼女は恐怖と向き合いつつも今やるべきことを考えた。蓮のバッグから先ほど使った、ワイヤーとアンカーの装置をとりだし体に装着する。簡易ロッククライミングベルトのようなものだが、彼女は装着するのに手こずってしまう。装置にはアンカーとフックの二式で彼女はアンカーのほうを木の頂上に向け、狙いを定める。バシュという軽い音と共にアンカーが発射される...が案の定外れてしまう。再度ボタンを押し、アンカーをしまいもういちど挑戦する。しかし、一奈の思っているより難しく、銃のようにスコープなどもないため完全に肉眼で狙いを定めなければいけない。二度目も失敗に終わる。こうして彼女は何度も繰り返し、十八回目でようやくささった。

 この時点で割と折れかけている一奈ではあるが本当にきついのはこれからである。一人の男性をかかえ、ワイヤーがまき終わるまで持ち続けなければいけない。蓮の体重に加えて上に向かうので、重力も幾分か伴う。女性がやるのはかなり難しいことだ。

 彼女は覚悟をきめ、気合を入れなおして蓮を持つ。重い...。落としたら死んじゃうかな。死ななくてもかなり痛そうだし、骨とかおれちゃうかも。でも、やらなきゃ...。

 どうしてもネガティブな発想をしてしまう一奈。バッグも背負っている。彼女は蓮のぎゅっと握りしめ、ボタンをおす。ギュルルルという音が聞こえ体が引っ張られる。バランスがうまく取れない、高いし、ベルトがしまって苦しい。怖いけど、声がでないし、何よりめちゃくちゃ重い。それでも彼女は根気で放さなかった。

 突然の重力の開放で蓮を落としそうになったが、なんとか無事に持っていた。一奈は足場をみつけてそこに立ち、蓮をおろす。彼が落ちないか心配だったが、今は彼女自身も不安定だった。アンカーを外し、装置を回収してバッグに戻す。バッグを枝にかけて置く。バッグの横にあった綱を蓮に巻き付ける。これで落ちる心配はなくなる。

 彼女はやっと一段落したと思い、ふぅ、という溜息をもらす。たった今やった一連の動作のおかげで色々考えさせられてしまう。この星の木や枝が太くてよかったとか、あんなに簡単そうに見えたのに実際はすごく難しかったり、その難しいものを簡単にやってのけた蓮のすごさ、とか。

 なんか...。すごく疲れた......。蓮のことは心配だし、私の無力さも思い知ったし...。蓮...起きるよね。不愛想ではあるけど、たぶん、周囲の警戒とかしてくれてるんだろうな。蓮は地球にいたころはどんなだったんだろう...。

 一奈は蓮という人間について見つめ直してみた。彼女の客観的な彼に対しての印象は年齢の割にすごく冷静でいて正直、謎の多い人物だった。ただ、それはこの現状においての蓮であり、普段がどんななのかは想像していなかった。一奈は初めて一人間に人としての興味をもった。


 硬い。それに寝返りを打つこともできない...。なにかで...縛られている...?そういえば、俺、なんで倒れたんだっけ?確か...歩き続けて休憩したんだったかな。それで目眩がして、身体に激痛がはしって......。そうだ!そのまま倒れたんだ!ってことはまずい!一奈は...!

 彼は目を開け、今、がどういう状態か確かめようとした、が彼の予想をいい方に裏切り、目の前に一奈が座って本を読んでいた。あたりを見渡すと木の上辺ばかり見える。下をみて、彼はどこにいるか理解した。そして、目の前にいる彼女に声をかける。

「一奈...」

 彼女は驚いたような表情を見せ、こっちを向いた。そして安心したような表情に変わり、笑って言った。

「蓮...!目覚めたんだ...。よかった...」

「ああ。無事でよかった」

 一奈は蓮が何気なく言った言葉に少し驚きをみせた。無事でよかった、などと蓮が口に出して言うのは一奈には想像できなかったからだ。彼女は蓮の知らない部分を見れたような気がして少し笑みがこぼれた。

「俺は...お前に助けられたんだな...」

 蓮は何があったかおおよそ想像はついていた。下にいるより上にいるほうが安全だと思って一奈が俺を上まで運んでくれたんだろうな...。多分、あの装置を使って...。

 そして、沈黙が始まる。別に話すことがないわけではなく、何を話すかをお互い悩んでいた。そして、一奈はいけないことを聞いているかのように、静かに聞く。

「その...なにがあったの?」

 蓮もそのことを考えていた。しかし、彼にもなにがあったかわからず、一奈の半ば予想通りであり、半ば期待外れのような答えが返ってきた。

「俺もわからないんだ。俺自身、今まで重い病気とかにかかったことはないし、持病ももちろんない。しかも、あの症状は地球の物ではない気がする。」

 一奈は病気と聞き、一瞬嫌な考えがよぎったが蓮はそれを見透かしたかのように続ける。

「でも、こっちのウイルスとかではないはずだ。そういう戦闘に害をなすようなものはないはずだ。あいつらが検査済みのはずだしな。」

 蓮はだいぶ省略して話してしまっていたが一奈が理解しているかわからないから、念のため続ける。

「以前も言ったがメルシア達は純粋に宇宙一の戦闘種族を決めたいはずなのに水をさすようなウイルスなどあれば、彼らもなにかしらの対処はするはずだ。地球人だからかかったとかいうのもおそらくないだろう。俺らをさらう前に事前に調査とかをするはずだからな。ま、それぐらいにこのゲームのようなものは管理されているってことだ」

 起きたばかりだからといって、蓮の思考は衰えていない。しかし、彼には再度あの違和感が、しかも今度はより強く感じている。思考は変わっていない...身体の違和感である。

「身体は大丈夫?」

 一奈に声をかけられ、蓮は少し迷う。この違和感を言うべきか...。言えば心配をかけてしまうだろう。

「ああ、ただどうも変な感じだ...。別に今に始まったことではないんだが...」

「え?」

 今に始まったことではない、これを聞き一奈は思わず聞き返す。

「実は俺らが歩いていた時も感じてたんだ。特に痛みはなかったから言わなかったけど。今はその感じが強くなった気がする。」

 蓮の予想通り、一奈は心配そうにする。彼はさすがに悪いと思い補足する。

「まぁ、動きにくいとかないし良いんだけどな。個人的には非常事態においての一奈の行動力を知れたことのほうがでかいかな」

 彼は一奈をほめつつうまく話をそらしていく。一奈もそれに気づかず、照れたようにいう。

「でしょ!私も冷静だったんだよ!やっぱり戸惑いはしたんだけどさあ......」

 彼女はいつもの彼女に戻る。陽気な声で一方的に話す。その様子を見ている蓮は彼の想像通りの展開に持っていくように動く。

「へぇ~。あんなに慌てふためいていた人と同じとは思えないなぁ」

 ニヤッと意地悪いように笑う蓮。それは足跡を見た直後の時のことを言っている。

「あ、あれは別に...。ていうかあんたが意地悪してきたんじゃん」

 アハハと笑ってごまかす。できるだけさっきの話から遠ざけようと世間話を始める。

「そういえば一奈ってなんか趣味あるの?」

「何?急に。ナンパ?」

「いやいや、純粋に知りたいだけだよ」

 一奈は少し考えてから言った。

「趣味か~。特にないかもしれないなぁ。何かに特化したものとかないし。色々試したんだけどね。私、料理とか裁縫とか苦手なんだよね。」

「あぁ...うん。それはまぁ、想像できる」

「ちょっと!どういう意味よ!」

「そのまんまの意味です、はい。まぁ聞く必要ないとは思うけど、彼氏もいたことないだろ」

「そ、そんなの...!いた..わよ......!」

 一奈は彼氏はいなかったが、蓮のにやけた顔を見ると思わず嘘を言ってしまう。

「へーー」

 蓮は変わらずにやけていた。思いっきりばれている。

「あ、あんたはどうなの?どうせ、彼女いたことないんでしょ!」

 一奈はすごく下手くそな話のそらし方をしてくる。からかいがいのある彼女に蓮は言葉で遊ぶ。

「えーっと、真美と風香と瑠衣と...」

 蓮は数を数えるしぐさをして、名前を挙げていく。もちろん嘘だが、その仕草と現実味のある名前のおかげで一奈が信じ込んでしまう。

「こ、この遊び人!!」

 二人はこの後も幾分か談笑した。一奈は終始、蓮に振り回されっぱなしだったが久しぶりに楽しく、気楽に会話ができた気がした。もちろん卑猥な話とかもあったが、蓮とこんなに話すのは初めてで特に気にしていなかった。彼女は蓮のたくみなトークによって、心配事をきれいに払拭していた。会話を続けている内に蓮がふと言う。

「ここ、本当に暗くなるの早いな」

 一奈も言われてあたりを見渡し、同意した。

「ほんとだね。この星どうなってるんだろうね」

 彼らは昨日と同じようハンモックを取り出したり、弓を備えたりして寝る準備をした。彼らの間には夜は行動をしないという暗黙の了解があった。未知の生物の前に慣れていない暗闇で戦うのは不利だと二人ともわかっていたからだ。

「ちょっと!寝込み襲ったりしたら殴るからね!」

 昨日はそんな心配をされなかった蓮だが、先ほどの会話のせいでやけに警戒されている。一奈も無用の心配だとはわかってはいるが、一応...。

 彼らはそれぞれ寝る体制に入り、目をつぶる。瞼の裏は黒とは表現できない色をしている。それこそ、考えているものを映像で映し出すスクリーンのような感じだ。そのスクリーンにはそれぞれ思うところがあり、みんな違う視点で違う映像を見る。

 蓮もまた映像を見ようとしていたが、暗闇から声が聞こえた。

「明日もまた...何も起こらないのかな...」

 何も起こらない...これは安心と心配の二つの意味でとれる。何も起こらなければ危険にさらされることはない。しかし、何も進展しないということでもある。蓮はそれを汲み取り、慎重に彼なりに考えて、返事をする。

「そうだな...。俺には...わからない...」

 そう、俺にはわからない。これは映画や舞台じゃないんだ。なにがあるかなど予測できない。無責任なことは言わない。

「そうだよね...。変なこと言っちゃった。おやすみ!」

 一奈の声は蓮には少し寂しそうに聞こえた。彼女はなぐさめを言ってほしかったのだろうか。気休めでもいいからなにかを言ってもらいたかったのだろうか。表情の読み取れない蓮はそのことを試行錯誤しながら夢に落ちる。


 まだ光が顔を見せず、暗闇が支配している時間。彼は目が覚める。さきほどまで気を失っていたから、正直に言って眠りにつくことができないのだ。彼は暗闇で埋まっている手を握っては開き、握っては開きと繰り返し行っている。どうにも府に落ちない。全身をつんざくような痛み。何かを失い、手に入れたような違和感。疑問を放っておくのは彼の性に合わず、どうしても考えてしまう。

 明日、何も起こらなければ少し本格的に戦う準備をしないとな...。ここにいるやつら全員が全員、友好的だとは限らないし少なくとも罠を仕掛けたやつは殺る気はあるってことだろう。武器の調達、使い方、そして作戦だな。一奈には言わないがこの弓矢は正直言ってかなり無力だ。矢の数の制限、威力、速度、どれも人間相手に調整させられたものであり、人間ですらこの矢を交わすことは可能だ。今のところ、最大の武器と言えば......。

 蓮が真摯に考えていると光が彼を照らす。日の出か、と彼は太陽に目を移す。太陽は依然として丸く、どこから見ても同じ色、形をしている。それにしても、太陽の光に直接あたっているのに暑さを感じないな。これは俺たちの体が改造されたせいなのか、この星には暑さを相殺する何かがあるのか......、ほんと、わかんないことだらけだなぁ。

 意味もないことをポツポツと考える、この思考が...性格が今の俺を作ってしまったんだろうか...。

 彼は考えるのが嫌になり、あたりを見渡しやることがないか探す。矢でも作っておくか。やることがみつからず、仕方がなく作業にかかる。時間も素材もあるし作れるときは作る...ってなんか貧乏性だな俺。

 彼は黙々と作業をする、木の上では一奈が目を覚ましていた。蓮は...いない。多分下でなんかやってるんだろうな、とすでに慣れてしまっている自分がいる。普通、ここはあわてふためくんじゃないかな。今日で何日目だろう。ママとパパ、心配してるだろうなぁ。そうだ。まだアレ、やってなかったな。いつ

かやらないとな...。

 一奈は体を起こし、ハンモックから降りる。下にいる蓮に声をかけながら木を降りていく。

「おはよう。また矢作ってるの?」

 彼女はあくびをしながら蓮に聞く。蓮はこっちを振り向きいう。

「おはよう、矢はいくらあってもいいからな」

 ふ~ん、と生返事をする一奈。降りてくる際にバッグとハンモックを忘れたことに気づく。彼女はめんどくさそうに木を登り、ハンモックをしまいバッグを持つ。これ、相変わらず重いな。何が入ってるんだろう。あの装置みたいなのが入ってたら、ちょっと興味あるかも...。

「さて、準備はいいか?今日も移動を続けるぞ」

「はいよ~」

 彼女はすこし弱弱しく返事をした。寝起きは相当弱いんだろう、と蓮にも伝わる。

「じゃあ、昨日と同じ方角を......」

 蓮が言いかけたとき、ズシンという何か大きなものを地面に下した音がする。しかも、彼らがいる位置からそう遠くない。久しぶりに自然以外の音を聞く。謎の音は一定の間をあけてなっているようだ。一回一回に木が揺れ、葉が落ちる。地面をつたって彼らの足に振動を与える。振動は徐々に大きくなっていくのを彼らは身体で感じ取っていた...。

 何か近づいてくる...。一奈をそれを勘付くが体が動かせない。恐怖は心だけではなく身体にも充満してしまっているようだ。「怖い...」。その言葉が彼女の口からこぼれ落ちそうになる。

「一奈......、バッグを持って木に登ってろ。あの装置を使えば、他の木に移ることもできる。木の上でじっとしてろ」

 蓮は今までにないくらいに真剣な表情で冷たい声で一奈に言う。彼女は思うところはあるがそれに従うしかなかった。バリという木の皮が捲れていく音と共に一奈は木を登る。同時に蓮は弓矢、ナイフを持ち、一奈のいる木から離れて歩く。彼は目を音の方角から離さず、足だけが進行方向に向いている。

 さっきまで寝ていた場所に着くと、彼女は装置をつけていつでも移動のできるように備えて置く...蓮、どうするの...。大丈夫...?。彼女は不安に駆られている。いくら彼が運動神経がよくても所詮は人間の範囲内。もし相手が......と悲観的な考えをやめる。もう彼を信じるしかない!!。

 蓮は矢の数を確かめて、ナイフを取り出しやすいところにしまう。弓は持っているものの矢はしまっている。下手に攻撃的な面を見せない方がいいと判断したのだ。

 音は次第に大きくなっていき、そして止まる。彼は辺りを見渡す。...どこだ、どこにいる...。しかしそれらしき物は見当たらない。不意にパキパキと多くの枝が折れる音が響く。それも波の数ではない。

 ......まさか!!

 彼は上空を見上げた。そこには大きな何かがあり、跳んでいるようだった。それ、は蓮の前に今までで一番激しい衝撃を与え、彼は数メートル吹き飛ばされる。急いで体制を立て直し、相手を見た。

 顔の上あごは恐竜のような強靭な刃があり、下あごはわにのようで長く、牙が三本抜きんでていて蓮を威嚇しているようだった。胴体は薄茶色の毛皮で覆われ、二足二腕の人間型、しかし足も手も指が四つしかない。二つずつの指で捉まれているものは大きなハンマーのようなもので、しかし先端の槌は機械的だった。その生物はゆっくりと顔をあげ、蓮を鋭い眼光でにらむ。

 蓮は目をそらすことなくにらみつけている。そして、とても人間的と言える行動をとる。

「えっと、言葉が通じますよね...。俺に敵意はありませんよ。戦う気もないです」

 冷静に人としての行いを彼は忘れない。感情は高ぶらない、彼は人間ではあり、知的でもあるためその衝動的行動はここで危険であることはわかっていた。矢をできる限り隠しながら、彼は話を進める。

「もし、あなたにも敵意がないのならその武器のようなものをおろしていただけませんか?」

 と彼がいうとその獣はなにもいわず腕を動かす...が腕は下にではなく横に動く。次の瞬間、獣は身体をひねらせ巨大ハンマーを大振りした。数多の木が折れ、なぎ倒されていく。幸い一奈のいる木には当たらなかった。

 蓮は間一髪のところで伏せてよけている。上辺では彼は友好的であったが、警戒を一切緩めなかった。それでも、間一髪で避けれるといった状態であるのは彼自身一番よく分かっている。

 正直、やりあいたくないが...やるしかないか。作戦はあるし、相手を見た時からどこを狙うかは決めていたが、それを狙う隙を作らないとな.........っ!!?

 彼がかがんで考えていたところ、目の前に大きな手、拳が見える。蓮はとっさに下がったが、間に合わずものすごい衝撃を受けると同時に彼はかなりの距離を飛ばされる。奥にある木に受け止められ、彼は地面に倒れこむ。

 く..そが...!!痛ってぇ。でも、俺が考えてたより強くない...かな...。骨とかも折れてなさそうだし..案外見掛け倒しかもな............やべっ!!?

 彼が体制を立て直そうとしたところ、前方からさっき折られたであろう木々が飛んでくる。それも雑に投げられておらず、槍投げのように一直線にこっちに向かってくる。蓮はかろうじてよけてはいるが追撃は止まない。弓矢はどこだ...?。彼は辺りを見渡す。遠く、敵がいるすぐそばに落ちている。あれがなければ何もできない。降りかかる木々を俊敏な動きでかわしていく、いける!。慣れてしまえばゲーム感覚だな...。

 折れた木がなくなったのか、蓮が向かってくるのを知ってか、敵は投げるのをやめ巨大な武器をもち、蓮の方向に歩き進んでいく。蓮もおかまなしに真っ直ぐ走って進む。あと二十メートル、十五、十...。避ける準備はできてる。手の動きさえ追って入れば避けることはできるはず........来た!

 彼の予想は見事に外れた。獣は武器も手も使わずに、足でローキックのように蓮に蹴りを入れる。

 ......あ...

 彼は頭では避けれないことを悟っていた。しかし、身体は反射的に動き、相手の蹴りをひらりと上に躱す。その高さ、約四メートル。蓮は一瞬戸惑ったが、戦闘中だと認識し頭を切り替える。着地点にある弓矢を取り、距離をとるため走る。しかし、またもや前方から何かを振りかざしてくる。巨大ハンマーだが空を切り蓮を狙っていた。

 おんなじ行動に蓮の頭と身体は慣れ、スライディングでかわし、くるりと振り返り弓を構える。

 敵は動かずこちらをじっとみていた。諦めたのか、蓮の武器を脅威とみてないのか、はたまた作戦なのか。蓮は矢を力いっぱい引っ張り狙いをさだめ...放つ。木をも貫通した威力の矢は敵の胸のあたりに向かって飛んでいく。しかし、毛が想像以上に硬いためか、毛皮が分厚いためか、獣にダメージはない。

 獣は矢を数秒見た後、何事もなかったかのように蓮に向かって歩く。彼は二発目を準備する。構え、狙いを定める。獣は気にすることなく進んでくる。獣は蓮では自分を倒せないと思っていたのだ。あの小さく、弱い武器では......。

 獣のような生物からすれば蓮は小さく哀れな一つの生物でしかない。この虫けらのようなものには俺は殺せない。踏みつぶすか、叩き潰して終わりにしてやろうと考えていた。しかし思いもよらぬ事態になる。

 獣の視界が不意に暗くなる。同時に痛みが襲い掛かる。

 蓮は勝利を確定したかのように小さく息をつく。ふぅ...、とりあえずは成功かな。うまくいかなかったら勝ち目はなかったな。

 彼の作戦は至って単純なものだ。まず、一発目の矢を相手の胴体のどこかにあてる。これが効かないのは想定済みだった。敵もその一発でこちらの武器を判断したのだろう。そして負けることがないとも判断したのだろう。完璧に油断していた。そこを狙い、本命である目を討つ。これも効くかどうかは一か八かだったが成功した。敵の目を潰す、そして次にとっておきをお見舞いする。蓮は目を狙うのは狩りでも戦闘でも有効だと知っていたのだ。彼は一奈のいる木まで行き、一奈に言う。

「バッグ、投げてくれ。まだそこにいろよ」

 彼女は言われるがままにバッグを投げじっとしている。蓮はバッグから一つ、あの装置とは別のをとりだす。そして、なにやらカチャカチャやっていると思えば、今度は落ちてる少し大きめの木を削りだした。一奈は悠長に作業している蓮をみて不安になる。敵がこないか、もっといえば眼を失ったことで暴れださないか心配だ。しかし、敵はまだ悶え苦しんでいる。もしかして蓮はそれも見越してたの...?彼がどこまで計算していたのかはわからないが今、彼が優勢なのは私でもわかる。

「......よし」

 作業を終えた蓮は満足げに言って今、作ったものを凝視している。あれは...槍...?

 一奈が槍と称するものは人間が一般的に使っていたものよりもっと質素だった。木の先端をとがらせるだけ。あとは後尻にはなにかをひっかけるようなくぼみが作られている。それを見て、彼女は蓮がなにをするのかわかった。簡易式バリスタだ。それならあの頑丈な巨体を倒すことができる...んだけど...。

 彼女は考えてしまう。本当に殺していいのだろうか...。私たちに命を奪う権利はあるのだろうか...。

 一奈こそ一般的な人、と言えるだろう。人は自分が優位な状況に立ち、相手を殺す直前にはこのような考えを持つ。いわゆる「情」と「道徳」というやつだろう。他の生物には持ちえない、人間の象徴ともいえる部分だ。彼は...蓮は何を想っているの?。

 蓮は一奈を見る。あいつが何を考えているのかは大体理解できる、人の考えは大体...わかってしまう。フッと彼は何か見下したように笑う。そして、バリスタをセットする。削られた木を矢にして、装置の力も使い思いっきり引っ張る。そして最後に『敵』であった生物に言った。

「さきに拒んだのはそっちだ」

 彼が手を放した途端に矢は大きなにも関わらずものすごい速度で飛んでいき、敵、を貫通する。獣はなにも声を上げず少しよろめいた後、前に向かって倒れた。

 一奈は戦いが終わったことを理解し、木を降りて蓮のところに向かう。彼は死体を見ていた。その表情は冷たいというのが相応しい顔だった。一奈は蓮の顔を見つめている。命を奪うことに何かを感じているのかもしれない...。蓮は一奈が来たことに気づき、いつもの不愛想だが少し暖かい表情に戻る。

 彼は何を想っているのだろう。何を考え、何を感じているのだろう。一奈には蓮という一人の人間がわからなくなってしまったようだった。


 その日、彼らはほとんど会話を交わさなかった。ただ、ひたすらに歩いている。別に喧嘩をしたとか、悪いことをしたわけではないはずだが彼らは言葉を発しなかった。それぞれ思うところがある。しかしそれはおそらく、蓮と一奈では理解し合えないことだろ二人ともわかってしまったのだろう。

 一奈にとってはそれはとてもつらく悲しい。これから何日も一緒にいる人との考えが違うから悲しい...わけではなく、一奈が今まで生きてきた人生のなかでこのタイプの人間はいなかった。ゆえに彼という人間を理解できないことにひどく悲しみを覚えてしまっている。悲しいから辛い...。

 そしてもう一つ、初めて会う未知の生物が攻撃的であったこと。なにか進展があればと思っていた。しかし、その「進展」には良い面しか入っておらず、相手が友好的という妄想を膨らませていただけだった。昔、私が親と呼べる人に言われた、現実は甘くない、という言葉が脳内でフラッシュバックする。わかっている...わかってはいるけど......。

 一奈はかろうじて平静を保っている状態だ。コップいっぱいに注ぎ込まれたように、土台が一つだけのジェンガの木のように少し揺らしてしまえば崩れてしまう。かなり危険な状態なのだ。

「人間っていうのは感情を持っている。まぁ脳の機能だな」

 突然、彼は言った。

「それは...いいことばかりではない。辛いことでもある。そのおかげで人間でいられるんだろうな......」

 一奈は彼の言っていることが理解できなかった。感情があるから人間でいられる...?どういうことだろう...?彼女は深く考えてみる。しかし、彼はいつもと同じ口調で話しかける。

「目的は変わらない。風の吹く方角へ歩いて平野と高台を探す。それでいいな?」

 うん、と返事をする。これでいい。彼と行動していればそのうち彼のこともわかるだろう。少なくとも生きている間は。まずは生きることを優先しなきゃ。一奈はパンと顔をたたき気合を入れなおす。

 そのころ彼は思考を巡らせていた。それは一奈とはまた違ったことについてだった。彼は先ほどの一件により多くの情報を得た。頭のいい彼はそれだけで莫大な数の事を考えなければいけないとわかる。頭がショートしてしまいそうだ。それでも、やらなくてはいけない。これは俺が生きるためだ。

 まずやらないといけないのは一奈のことかな...。今ここで崩れられると、今後、俺にも支障をきたすだろうし...。

「一奈」

 名前を呼ばれた彼女は無言でこちらを向く。

「一応、ないとは思うけど、弓の使い方教えておくぞ」

 そう、弓を使えれば多少は有利になるはず。彼女はわかった、と答える。短絡的な考えだが、今はこれでいい...。

「まずは弓の仕組みだが...」

 二人は歩くのをやめ、その場で弓矢の練習をすることにした。一、二時間後には彼女もある程度の実力はついていた。練習を止めたときに蓮は何かをするそぶりを見せる。

「それと...一応見せておく」

 と彼はバッグからなにやら取り出した。彼の手にはぐしゃぐしゃに丸められた紙のような形をした、銀色の光沢を帯びたなにかがある。

「これは...あいつの持っていたハンマーだ」

 一奈は驚きを隠せず、真っ先に疑問を口に出していた。

「え、それが!?大きさも形も全然違うじゃん!」

「そう。でも...」

 と彼はくしゃくしゃになっている物の両端の角のようなものをつかみひっぱる。すると、空気を入れた風船のように『それ』は広がりそしてハンマーを形成する。蓮はハンマーをドアをノックするかのようにコンコンとたたく。それは先ほどの柔らかさを忘れさせられるほどの硬さを含んでいた。大きさは蓮が引っ張った場所までの大きさであり、おそらく調節ができるのだろうと一奈は推測する。

「この大きさなら俺たちにも扱える。おまけにこのハンマー自体すごく軽いんだ。」

 彼はハンマーを一奈に渡してみる。さっき見た通り軽い。質量の法則などまったく無視している。

「仕組みはわからないし、確信はないけどそのハンマーの中心に青くて丸いのあるだろ?それがコアみたいな物なんだろうな。まぁコアっていうのはあくまで俺の表現だけど」

 一奈は言われてよくみる。外装の銀で見えにくいが、確かに中心に青みを帯びている丸いのがある。

「さっきしまうときに、それより小さくできなかったんだ。できる限り小さくしたら丸くなったからな。多分それが丸いせいだろう」

 一奈はまるで聞いておらず、未知の物質に子供のように興味津々だった。蓮は少し呆れてたが続ける。

「それも武器として使えるからな、工夫次第ではかなり強いはずだ。まずは少しでもそれについて知っておくべきだと思う。というわけで......」

 と彼話の途中でハンマーをくしゃっとつぶす。そして再度端にある角をもつ。

「一つ持ってくれ」

 蓮はもう片方の角を一奈に渡すと、グイッとひっぱる。左右対称ではなく、蓮が引っ張っても一奈の方は大きくならなかった。

「どこまで伸ばせるか試すからそっちも引っ張ってくれ」

 一奈は後ろに引っ張っていく。何がどうなっているのかわからないが「おーい」という声に蓮が結講遠くにいることに気づき、負けじと一奈も引っ張る。引っ張って引っ張って引っ張ると不意にがくんと引き止められる感覚がする。これ以上引っ張れないことを悟った一奈は蓮に向かって大きくばつのポーズを作り彼に伝えた。相当遠くにいる彼に伝わっただろうか...彼は巨大なハンマーの外周をぐるっと回り、一奈のところに来た。

「直径五十メートル...相当でかいな」

「五十メートルって使う機会あるかなあ」

 一奈は少し笑い気味に言う。

「ないことを願っとこう」

 彼は能天気に答える。

「ほんじゃ、俺さっきの場所まで行ってくる。今度は押してくれ」

 彼は一奈の返事も聞かずに行ってしまう。どうにも...彼女はいつも通りにふるまえない。冗談も言えない。彼は気を使っているのか、いつも通りにふるまってくれてるはず...。そう考えると自分がなさけなく感じてくる。

 一奈は角を押してみる。すると紙のように柔く、どんどん小さくなっていく。本当にすごいな、と感心しながら押し進めていく。そして、先ほどの丸めた紙のような形に戻った。

「これは俺が持っておく。時間があるときにでも改造してみるよ」

 蓮はハンマーをバッグにしまいながら言った。そして再度二人とも歩き出す。訪れる静寂。蓮は前をむいているが、一奈は下を向いている。彼女は何かを考えているのは一目瞭然だった。俺の言葉一つ一つに真剣に考えてくれているのだろう。それはとてもありがたいのだけど...。余計なことを言ってしまったかな...。

 蓮を助けるかのようにあたりの状況が変わっていく。気づくとあんなにたくさんあった木々はある一定の場所からバッタリと消えていて、緑の平原と呼べる大地が広がっていた。緑と言ったが草があるわけではなく地面の色そのものが緑色なのだ。蓮は平原に一番近い森の断片にある木に登り、上から見渡す。

 見る限り地平線が続いている、と思ったが右側は少し地形が変わっている。でこぼこしているようだが特に問題ないと判断した彼はここに宿をとることを決心する。

「おし、ここの木の上でねるか」

 一奈は不満そうに反抗する。

「え~また木の上?もうそろそろ地面で寝たいよ」

「まあそれでもいいんだけど、上からのほうが見渡しはいいし、敵に見つかりにくいだろ?」

「でも、平地でも見渡しやすいんでしょ?それにさっきの奴みたいに木を使ってくることとかもないし」

 獣が蓮に木を投げていた場面を思い返し一奈はいう。そう、元々はそれが目的で平地を探していたわけだから。

「そうだな、確かにその通りだ。でも、さっき言った通り上からのほうが見渡せる。それに平地から俺たちがいる木を見つけるのは至難の業たと思う。これだけ木があるんだしなあ」

 彼はそう言いながらあたりを見渡す。確かに隠れるならここは最適であった。彼は続ける。

「それに戦闘においてだけど、もし平地で戦うとなるとパワー勝負になってしまう」

 パワー勝負?何?一奈は蓮に聞く。

「どういうこと?」

「周りになにもないからな。さっきのやつみたいなのと戦うとがたいがある相手が有利だろう。俺らに人間にとっての唯一の武器は頭を使った奇襲作戦と地形を使う攻撃だからな」

「あー...」と一奈はようやく納得する。大きさ、力、文明の技術、どれをとっても私たち人間に勝てるものはない気がする。となるとほとんど頭脳戦ってことかな。

「ま、そういうわけで今日も木で寝る。俺は少し武器とか作っておくよ。一奈は寝てもいいし、俺のバッグに入ってる本を読んでてもいいよ」

「じゃあそうする」

 彼女は木で寝るのに不満なのか少しふてくされたように言った。蓮もやれやれといったように溜息をつく。お互い精神的にも疲労がたまっているのだ。いつ衝突を起こっても不思議ではない。

 蓮は蓮で木の下で作業することんした。ハンマーを活かした武器の作り方、装置のメンテナンス、それらを組みあわせてあらたな装置を作る。俺が作る装置は特殊なものだ。どれも市販で売っているわけないし、そもそも売っていない。俺が自作で作って、訓練して...それこそ大変だったな。彼は昔のことを想起する。......今は俺のやるべきことをやらないとな。前回は相手がバリスタで勝てる程度でよかった。でも、バリスタも効かないとしたら...?それこそ例えば鎧を着ていたり、木を消し飛ばしたり...。きりがない想像をする。少しでも対策をするために、少しでも生き延びるために彼は頭を悩ませる......。

 彼女は本を開く。しかし、意識はそっぽを向いてしまう。文字に集中したくても他のことを考えてしまうのはどうしても蓮があの獣を殺すシーンが浮かび上がってしまう。どうしてこんなに...。もしかしたら私は無意識のうちに彼に対して恐怖を抱いているのではないか。生き物を殺すことに立ち会ったのはあれが初めてだった。それでも相手が相手だから、それといった実感がない。表面では実感がなくても、潜在意識では恐怖しているのか。......違う。怖くない。彼は私を、私たちを助けてくれたんだ。生きるためだ。暗示をかけるように自分に言い聞かせている。不意に蓮の一つの言葉を思い出した。

 ―――先に拒んだのはそっちだ―――

 そうだ。蓮は友好的だった。話ができるゆえに無暗な殺生を避けようとしたんだ。それでも相手は攻撃してきた。彼は間違っていない。...大丈夫...大丈夫。

 一奈は恐怖心を擬装するかのように蓮を正当化する。擬装とは何かを隠し、騙すことである。彼女もまた、自分自身をだましているのである。しかし、それは反対に恐怖心があると認めているということだ。一奈にとってはこの星で起きた出来事一つ一つに懊悩していた。

 辺りが暗くなる。暗闇が空を、色を、空気を徐々に侵食していく。夜は生き物に安心感をもたらす、しかし同時に不安ももたらす。だが、蓮にとっては不安よりは安心感の方が強かった。

 彼は考えている、空想上の生き物をいくら想像しても仕方がない。それなら人間と同じ機能を持つ生物を考える。となると人間は夜での戦闘は向いておらず、夜間に攻めてくる可能性は極めて低くなってくる。彼は荷物をまとめて、木の上に登ろうとする。だが、現実は彼の予想を上回る。上にいる一奈が声を上げる。

「れ、蓮。向こうからなにか見えるんだけど...」

 一奈はそう言いながら平原の方角を指さす。蓮は指先の方を見つめると何か小さい影が視界に入った。

「一奈、そこで隠れてろ」

 彼は弓を手に持ち『何か』を待つ。次第に近づいてきた姿が明確になってくる。それは格別大きいといったわけでもなく、人間大、しかも人間のような風貌だった。しかし、顔は人間と

は言えず、眼が顔を囲むようにたくさんある。鼻はなく、口は一つだけ、背中には何かの機械のようなものを背負っている。そして、蓮の前に来ると立ち止まる。攻撃はしてこないが、なにもしゃべらない。お互い何もしない時間が続いていた...しかし、突然声を聴いた。

「あなたも参加者ですか?」

 多目の生物は蓮に質問をする。蓮も動揺することなく、少し考えてから答える。

「ええ、あなたもですね?」

「はい、友好的な方で良いです」

 友好的...つまり敵対的なやつが今までもいたということか。こいつはその時どうしたんだろうか。逃げたのか?あるいは......。

「私はシアンテ、商人です」

「...商人?」

 彼は訝しげな顔をして聞き返す。この星に...?いや、なんの不思議もないか、無差別に連れてこられてるしな。

「はい。商人です。宇宙の星々を行き交いしていました。なので商品の機能や使い勝手の問題はないです。あなたはどこの星の者ですか?」

 宇宙に商人がいたのか。蓮は少し感心して、彼の話に興味を持つ。地球は外界とのコミュニティを一切とっていなかったんだな。もしくは取れなかったか。彼は言葉を選びながら答える。

「地球という星です。商人とおっしゃりましたけど、星間でも文明の差があるでしょう?具体的にどのようなことをしていたんですか?」

「はい。相手が高度な文明なら、買取を。低度なら売却を。他星の知識がない方でも良いようにしてます」

 蓮は自分のことを言われたと思ってしまう。心を見透かされたような求めていた回答が返ってきたからだ。さてと......

「そうでしたか。しかし残念ながら俺は通貨のようなものはもっていません。商談はできないかと」

「結構です。ここにいる多くの方は通貨を持ち合わせておりません。普段から交流のある種族には取引はしませんが、地球という星の方は初めてです。サービスです」

 サービスというとつまりは無償ということか...。どうにも怪しさは満点だけど、もし普通に商人ならこれを逃す手はない。警戒しながらやり取りすることにした。

「もちろん、すべて無償ではありません。数量は決めます。どうしますか?」

「その前に一つお聞きしたいのですが、この取引によるあなたへのメリットはなんでしょうか?」

 彼は単刀直入に聞く。そう、メリットなしの商人などいるはずがない。なにか裏があるかもしれないし、聞くに越したことはないはずだ。嘘を吐かれても嘘にも情報はある。

「...なるほど。単に欲に従うだけの種族ではないのですね。ふむ、メリットですか...」

 商人は少し考えて続ける。

「強いて言うならば私のことを知ってもらえることですかね。商人ですからね。多くの方が売買しに来てくれるのは良いことですし、知るということは得策でしょう」

「それだけですか...?」

「ええ、初星の方に知ってもらえれば次回もご贔屓にしてもらえると思いますので。ご不満でしょうか?」

「いえ、十分です。ありがとうございます」

「そうですか、それでは商談に参りましょう...」

 蓮と商人は会話を交わしながら、商品を扱っていく。お互い争いが起こることなく穏便に済ませようとしていた。蓮にとってそれは助かるし、有意義と言える時間であった。彼らは長時間話しをして、無事に取引は終了した。

「本当にそれで良いのですね?」

「はい。結構です」

「そうですか、それではまたどこかでお会いしましょう。次回はサービスはありませんよ」

 商人はそう言い残すと背中の機会を背負い、森の中に歩いていく。しかし、不意に足が止まりつぶやくように言う。

「ああ、それと...」

途中で止まり商人は顔だけ振り返り言い放った。

「...私は...逃げたことはありませんよ」

 途端にたくさんの眼が一斉に蓮を捉える。あたりの空気が冷たくなり、蓮は寒気を感じた。そして彼は口元を少し笑わせ「なるほど..」と言い、睨み返す。商人はまた前を向き闇の森の中に消えていく...。


 一奈は彼らのやり取りの一部始終を見ていたが、時折会話が理解できなかった。彼らにわかり、自分にはわからないということに無力感を覚えつつ少し寂しくもあった。彼女は終始息をひそめ、ばれないように隠れていた。蓮が自分の名前を呼んだので、もう大丈夫だと考える。

「蓮、その..どうだった...?」

 どうだった、という聞き方は少しおかしいが彼女にはそのようにしか聞けなかった。蓮はそれでも意図を汲み取ってくれて答えてくれる。

「良いか悪いかで言うと、良い..かな...。まず、彼が商人ということはかなり良い。タイミングも内容も文句はなかったかな」

「そっか」

 一奈は安心しきる。しかし、蓮はそれを壊すように続ける。

「でも、悪い点もあった。それは相手が俺たちより何もかも勝っていたことだ。これは結果からみて悪い点と言える」

「...ん?どういう意味?」

「ん~じゃあまずあいつが主催者側ということについてから考えよう。商人、って聞いたときはまずメルシア達のグルじゃないかと疑った。ゲームを面白くするなら武器を使わせるっていう可能性もなくはないからな。でも単に戦闘を楽しむなら、自分たちが扱う武器同士が戦うのではなく、星特有の武器で戦った方が面白いと思うし......」

「えっと、もうちょっと簡潔に...」

 蓮はふうとため息をつく。一奈はそれが馬鹿にされたと思いすこしむっとする。

「例えばあいつがメルシア達の商人だとしよう。売ってるものは当然、メルシア達が扱っている物だろう。商人が商品について詳しく説明できなかったら、変だしな。メルシア達は戦闘を楽しみたいんだろう。それも宇宙中の生物を集めてな。それなのに使ってる武器がいつも自分たちが使ってる武器と同じだとおもしろくないだろう。仮にそれでもいいとするともっと手っ取り早くすることもでる。例えば俺たちをさらった時に持ち物を全て回収して決められた武器を渡す、とかな...」

 一奈はうなずく。確かに私たちはみんな持ち物はそのままだった。星々の文明同士で戦わせようとしているのだろう。蓮は一奈が頷くのを見て続けた。

「となるとメルシアの回し者の確率は極めて低くなる。それは良いことではある。ただ、もう一つ...」

 蓮は少し間を置いてからしゃべった。

「あいつがただ単に本当の商人ならよかったんだが、俺たちより文明も頭も、おそらくは戦闘もかなり上だろう。商人なら本来戦わないはずだが、あいつは非戦闘種族ではないようだ」

「え、そう?結構友好的だった気がするよ?」

「まあそうだな。あいつが言ってたこと覚えているか?『友好的な方で良いです』だ。つまり、今までに敵対的な奴と会ったことがあるということだ。そうなると会話は意味をなさないだろう。逃げるか戦うかってことだ。もう一つ、あいつがいってたこと覚えてるか?」

「あっ......」

 一奈もようやく気付く。蓮は確認するように話す。

「『私は逃げたことはありませんよ』。つまり戦った、そして生き残っているってことは戦闘を起こしたあいつは非戦闘ではなくなる...ここまではいいな?」

 ここまで聞いて一奈は大幅理解していた。蓮が何を言いたかったのか。

「あいつの文明は、まあ見ての通りだろう。知能は、最後のあの一言を聞く限り俺が考えていたことは概ね読まれていたということだろうな。それに加えて敵対的な奴は殺す。俺たちがあいつと意見の食い違いがあったりしたら俺たちの脅威になりうる存在というわけだ」

 蓮は大方しゃべり終える。ふうという少し疲れたような溜息をつく。

「それだと良いか悪いか、だと悪いほうじゃない?その脅威になる存在がいるわけだし...」

「それも間違ってないが...。あいつも言ってただろう?知るということは得策だと、俺たちはあいつのことを知っている。無暗に攻撃したりしない方がいいと知った。これだけでも俺たちは命一つ繋いだことにはなるだろ」

 あ~と一奈は納得する。それにしてもあの会話とあの時間だけでそこまで考えていけるって、蓮もなかなかすごい奴だけどね、と彼女は頭の中で考える。その秀才君がもらったものはなにかな?。

「それで結局何もらったの?」

 一奈は興味津々で聞く。何か面白いものを与えられる子供のようだった。反対に蓮は期待を裏切っているように冷めた表情をしている。

「......本...」

「えっ...!?」

 一奈は思わず大声で聞き返す。本...?ってあの地球にもあるやつ!?あれもらったの!?

「本!??なんで本なんか」

「商品外の物だったけどもらえた」

「ん!!???」

 本当に蓮のことが分からなくなる。彼の思考も感覚も。私より頭がいいのか悪いのかわからなくなってしまう。

「あいつが腰につけてて使ってそうだったものをもらってきた。これは図鑑でもあるかな。その分数量の約束をこれ一つでパアにしたけどな」

「なんで本なんか...!」

 一奈が言いかけたところで蓮はおもむろに説明を始める。

「もし...一定のお金を集めると勝ち、というゲームがあったとしよう。自分の所有物を売ってお金にすることも可能だ。そのゲーム中に商売をするのに大切な物を無償で渡してくる奴がいる。お前はそいつを信頼できるか?」

 これでけで一奈には察しがついた。つまり、蓮はあの商人のことを商人としてまるっきり信じていなかったんだろう。

「そう、敵になるかもしれないやつに有利になるようなものを売りつけることはまずないだろうしな。だからどうも信用ならなかった。そこで商品という物の外にある物をもらった。あいつが商品にしていない、なおかつ使っていたものだ。それなら疑いようがないからな。ま、それも罠かも...とか考えるときりがないけどな」

 蓮が言いたいのは、あの商品と呼ばれた物が全て罠かもしれないということだ。それを考えて商談をしていたということか...。一奈は再度蓮に対して感心する。それでも相手が何の悪意もなく単純な商人だったらもったいないとも考えてしまう。蓮に心を読まれてしまったように彼は言う。

「まぁもったいなかったかもしれないけどな。それでも安全に確実に行くということだ。それにこの本だって悪くないぞ。情報がたくさん入っている」

 蓮はそう言い本の表紙を見渡す。少し古臭い感じだがよく使われている印象を受ける。内容は一応確認しておいたし星々の種族の特徴とかが書いてあった。これについては明日話すか...。時間はいっぱいあるし、一奈にもやるべきことはあるし...。

「今日はもう寝よう。詳しい話は明日で」

 彼はそう言い残すと木に登り始める。一奈もそれに同意して寝ることにした。やはり未知の生物と会うと気を張ってしまうために疲れてしまう。今夜もぐっすり寝れそうだなと一奈が考えている矢先に彼女は眠りに落ちる。

 蓮は目を閉じて先ほど言ったことについて考えている。安全に確実にか...。俺が一人ならこの選択肢はなかっただろうな。あの時だって安全じゃないのに行動したし...ふっ...笑えるな......。

 彼はバクテルとの事を思い返していた。あの出来事は確実な安全とはかけ離れていた。

 パラパラと本のページをめくっていく。これは何か意図的な行為ではなく、なんとなくやってしまう。一通りめくり終わると最初のページに戻り、紙の一枚一枚を眺めて、圧倒的な集中力を発揮し暗記を始めた。

 翌朝の早朝、彼らはいつも通りの朝を迎える。相変わらずの光が彼らを映す。一奈は支度の準備を始めていたが、蓮は本に夢中になっている。早起きして起きたのか、昨日の夜から読んでいたのかわからないが、現状において睡眠をとらないという致命的なことは彼はやらないだろうなと一奈は思う。それにしても、蓮は本が好きなのだろう。食い入るように見ている。もしくは、本の内容が蓮にとって関心を示すものだったのか。かくいう彼女もその本について興味がないわけではなかった。

「どんなことが書いてあるの?」

 彼女はバッグにハンモックをしまいながら声をかける。蓮は顔も動かさずぶっきらぼうに答える。

「異星人の特徴とか、星の事とか、交流関係とか、かな」

「ふ~ん」とさもつまらなさそうに返事をする一奈だが内心では興味が絶えない。しかし、蓮から奪い取って読み取るほど彼女の性格は荒れておらず、弓と矢を持ち出し練習を始める。技量はたくさんあっても困らない、練習するに越したことはないのだ。蓮に教わった通り弓と矢を番え、手を放す。狙った場所からそれてはしまったものの、誤差三十センチといったところで、この前教わったにしては筋が良かったと自分では思う...。ヒュッ、バシュという乾いた音が繰り返し流れ、時は何事もなく過ぎていく。休憩を入れつつも彼女は練習をやめず、蓮は本を凝視している。

 かれこれ一時間が経過したところで蓮が本を閉じる。パタンという音に一奈は耳を立てる。蓮は彼女の練習を五分ほど見たのち、バッグを取り一奈に言う。

「きりがいいところで終わらせてくれ。こっちは準備できたから」

 蓮はそれだけ言うと木を背もたれにして座った。一奈は蓮が見ているというプレッシャーからか、あまりうまくいかなくなってしまった。彼女は見切りをつけ、的に刺さった矢を抜き、蓮に声をかける。蓮はバッグを背負い、緑の地面にかがみこむ。そのままナイフを取り出し、何かを書いているようだ。

「これは単なる目印みたいなものだ。これからこの森と平野の境界線を辿っていく。もし、森がそこまで大きくなく、円形ならここに戻ってくるはずだからな」

 彼はそれだけ言うと一奈の返事も聞かずに歩き出す。一奈も小走りで蓮に追いつく。

「ところでさ、その本どこまで読んだの?」

 一奈はバッグのサイドにしまわれている本を指さす。蓮は歩くのを止めずに顔だけ振り返りバッグを見ながらつぶやく。

「あー一応、全部......」

「全部!?」

 彼女は驚きを隠せない様子だった。朝から読んだとしてもとても三、四時間で読めるほど薄くはなかった。流し読みをしたか、彼の読むスピードが単に早いか。それも気になったがもう一つの方を聞いてみる。

「でもこれ図鑑だよね?別に今読まなくてもよくない?誰かにあったときとかにすれば...」

「まあそうなんだけど、一応目を通しておきたくてな」

 彼女は『あ~』と何度か首を縦に振る。同意をするというよりは理解した、という方が近いだろう。

「そういえばこれ、メルシアのことも俺たちのことも書いてあったぞ」

 彼は不意に告げる。さらっといったが一奈にとってはそれがすごく重要なことに聞こえてならない。メルシアのことは当然、私たち地球人が異星人にどのように見られ認識されるかということは単純な好奇心というだけではなかった。戦闘が起きていく際に前情報と違うことを見せつければ相手を惑わす大きな一打になると瞬時に理解したのだ。一奈はやや興奮気味に蓮に質問を投げかける。

「どこ!?なんて書かれてた!?」

 蓮は予想通りの一奈の反応にどこかほっとしたところがあった。彼女の頭ならそのことに気づくということは予想できたし、そのうえで発言したのだ。今後のことについて考えると彼女にも役に立ってもらわなければいけない。蓮はバッグを下して本を取り出そうとする。しかし、彼の手は本に届くことなく彼の

頭にたどり着く。

「...あっ、ぐっっっ!!!!」

 突然蓮は頭を抱えながら横に倒れる。ひどい激痛が走り、彼にはこれがなんなのかも知っている。正確には覚えていて、知っているわけではない。一奈も大幅な状況は理解したが混乱は免れない。

 この症状は前回、蓮が気絶して倒れた時と同じだ。ただ、今回は頭だけであり全く同じというわけではなかった。又、周りの状況は依然として静かだった。ゆえに彼らは敵の攻撃ではないと理解をしたわけだが、理解したからと言って対処の仕方を知っているわけではない。前回と同じくただただ、流れゆく時間に従うしかなかった。

 二度目にしろ一奈はやはり戸惑ってしまう。死の心配が全くないわけではない。加えて蓮が絶句するほどの痛み。これらが重なり合い、彼女の心に再度、恐怖という感情にめぐらされる。そして、やはり彼は気絶してしまう。前回と同じ行動を起こすことにして、あたりを見回し、木の上に移り、彼に休み床を作った。なんとも彼女はやるせない気持ちになってしまった。そして時間が過ぎるのを傍観するしかなかった。


 夢、というのはその人の心理や考えをコンセプトとして作られる舞台の一つである。舞台の上にはいつも自分がいる。また、小説のように場面が変わり、第三者視点で見ることもある。それが何を示唆するのかは彼にはわからないが、彼もまた役者の一人だった。

 始まりはいつも同じ、騎士の背中。それから逃げるように彼は走る。渦巻く感情と共に足が地面をけっていく。彼はその夢に嫌悪感を持ち、しかしどこか郷愁を感じさせる。後ろを振り返らず、前を見るというよりは下を見続け一心不乱に走る。やらなくてはという強迫観念に駆られてしまう。走る。走る。走りつづけた先にどこか狂気てきな仮面をかぶっている男の人と見られる人物がいた。彼は依存のある声で蓮に語り掛けていた。内容は覚えていないが、彼の負の感情を拭い去ってくれているように感じた......。

 シーンが変わり暗転する。今、彼が見ている物は瞼の裏だけであり、頭ではなく目が機能している。夢は終わったんだ。彼の舞台は幕引きになった。目を覚まし一、二秒は戸惑ったが、状況を把握してから何とも言えない溜息をつく。変わらず木の上、落ちないように縛られている体、眼前には本をめくる一奈、どれもあまり前とは変わっていない。彼はいきなり声をかけ驚かせないように軽く腕を動かす。彼女は動きが目に入り、そのまま蓮が起きたことに気づいた。

「蓮、本当に大丈夫?」

 一奈は心配そうに尋ねた。「本当に」という言葉が入っているのはこれが二度目だからだ。一度目であれば何かの事故、もしくは偶然だと考えられるが二度目となるとそうはいかない。あきらかに蓮の体に異変を来しているのだ。それでも彼自身、何が起きているのか理解はできないのは知っている、故にこのような彼の精神状態への心配の声掛けしかできない。

「ああ、なんか...どうも頭が変な気分だな」

 蓮は膝とひじを合わせ、手を頭につけて答える。前は他愛もない会話をしてその場を流していたが今回はそうもいかない。一奈も深刻にとらえてえいるため、話題をそらすことは不可能だろう。しかし、お互い何が起きているのかわからないため、沈黙が続いてしまう。

「まぁ、大丈夫そうならいいんだけどね」

 意外なことに一奈の方から話題を切ってきた。蓮が思っている一奈の性格上、もう少し突き止めるかと思っていたからだ。おそらくは彼女なりに気を使ってくれているのだろうと蓮は考えた。彼もその意図を組み取って会話を始める。

「そういえば、いつも何の本を読んでるんだ?」

 やべ...、蓮は自分が喋ったことに少し焦りを感じた。「いつも」という表現は今の現状と以前の一回目の事を表している。話題を変えるための会話が全く変えられていない。しかし、一奈は気づいてか気づいてないのかのんきに答えてくれた。

「ああ、これ?蓮のバッグに入ってたやつ。いっぱい本があったし借りてるよ」

 一奈は「水面の鏡の火」というタイトルが記されている本をかざし、彼女は続ける。

「これ、結構面白いね。まだ途中だけど...」

「あ~それか...」

「...え、なんか微妙な反応...面白くないの?」

「いや、まあ...うん。面白いんじゃない?」

「なんで疑問文!?」

 本の口論を数分間繰り広げる。内容はどうであれ二人はいつも...というよりは普通の会話をしていた。

「そうだ。その図鑑みたいなのに地球人はなんて書いてあったの?」

 一奈はパンと手をたたき何かをひらめいたように言う。楽しそうな心情は蓮にも読み取れる。対象に蓮の表情は少しばかり渋くなる。一奈は何か嫌なことが書いてあるのかと身構えてしまうったが、彼女が想像していた内容に比べるとはるかに淡白な回答が返ってくる。

「んー、あんま聞かない方がいい気がするけどなぁ...」

「そんなひどいの?」

「いや、ひどくはないんだけど...」

 そういいながら蓮はバッグの横にある図鑑を取り出す。一瞬、再度頭痛が来るのではないかと懸念したが蓮の意思に反しすんなりと図鑑を手に取ることができた。パラパラとページをめくる、紙の捲れる音は何と無しに一奈の心を落ち着かせた。

「あったんだけど、ほんとに聞く?」

 蓮が尋ねると彼女は無言でうなずく。確認するや否や顔を下にある本に向け読み上げていく。

「地球人、内向的な性格により、外界との通信を否む。知能レベルは中の下、身体レベルは下の上、彼らの存在意義や本質は子孫繁栄であり、長きにわたり生息している......」

「......それだけ...?」

「それだけ」

 この場面で彼らの考えは一致しているといってもいいだろう。二人が望んでいる程の情報や情報量が書かれておらず、思惑はずれだったこと。一奈にとっても同じで現況を覆す一手が書かれているのではないかと期待していた。彼女にとってはその希望こそが切り札であり、窮余の一策でもあった。殴り合いで勝てないのは理解している、頭脳戦で戦うのもわかっている、しかし、相手の方が知能が上ならば奇襲もたやすく対処されてしまうだろう。とはいえ誰もが情報を頼りに戦っているのは確かだ。その情報を欺き先手を取る、これこそ唯一、安全に勝てる策である。

 彼女自身ショックはあったものの、絶望するほどではなかった。それは蓮の落ち着きぶりのおかげでもあった。一奈は蓮という人を知っている。理解、まではできていないが知っている。彼自身がそこまで動揺してない様から、なにか策があるのではないかと勘ぐってしまっていた。

「まぁ、何考えてるか大体は察してるけど...」

 彼女は一瞬ドキッとしてしまう。彼の顔を見ると何とも言えない微妙な表情を作っていて、思考を読み取られたうえでその表情をしていると考えるとイラッとする。

「まぁそういうわけだ」

 どういうわけだよ、彼女は心の中で突っ込む。......これ、生きて帰れるのかな。自分でも驚くほど冷静でなおかつ他人事のように感じてしまう。危険な状況でも人って案外落ち着いてられるんだな...、それとも自分がまだ心の底から危険だと感じていないか...。彼は私よりはるか先のことを考えているのだろうか。彼に目をやる。本をしまい、弓の弦の張りを確認し

ている。そういえば、弓を作れたりとか変な装置とか持ってるけどどんな生活してたんだろ。一奈は不謹慎に感じるが彼の過去が気になってしまう。聞いてもいいのか、彼から話さないならやはり話したくないことなのか。彼女が慮っていると、不意に蓮が言う。

「.........あれ......」

 そういうと彼の目線だけどこか遠くに向けている。一奈も目をやる。彼らの眼先には、「鬼」と呼んでもおかしくない地球にあった空想上だけのはずの生き物がいる。鬼の外

観は空想と何ら変わりなく、二本の角、棍棒を肩に掲げている。以前対峙した獣ほどではないにしろかなり筋肉質な体つきで服は下半身だけ身に着けている。しかし一点、大きな違い、また大きな類似点を上げればその肉体の色は赤く染まっているのだ。とはいっても全身が染まっているのではなく、棍棒、身体のところどころにまばらに赤がついており、元来の色は黒のようだ。その猛々しい佇まいの生物はこちらを凝視しながら静止している。

「あれ...鬼だよね...?」

「まあ地球人の言い方ではな」

 彼はすんなり答えるがいまだに目を離さない。

「...鬼って地獄にいるんじゃないの?ここ地獄!?」

「ある意味......」

 冗談を言う余裕はあるように見えるが一奈にはわからなかった。何をそんなに余裕でいられるのか。彼女は今畏れている。未知の生き物との対峙はいつなんどきでも嫌なものだ。加えて鬼の眼光によって圧をかけられていた。

「逃げようよ、めちゃくちゃ強そうじゃん」

 それでも一奈は声を荒げない。荒げる必要性や無意味さを知っているからだ。畏れてはいるが狼狽はしていなかった。「強そう」という言葉を使ったのは以前の戦いを思い出させるためだ。あれは運よく勝てたが今度はわからない。苦戦以前に殺されるかもよ、という意味も含めている。しかし、蓮の返事は一奈が予想してたより真逆の答えが返ってくる。

「...戦っても勝てるんじゃないかな.........」

「どういう...!」

 一奈が尋ねる前に彼はその生き物に近づいていく。片手にあのハンマーを持ち、迷うことなく進む。彼が鬼の前に立つと大きさの差が際立つ。蓮の身長の二倍はある。彼女はどうすることもなく、ただただ平和を祈るだけだった。


 勝てる...この根拠はわからない。勝てるというのは語弊を生むかもしれない。負ける気がしないといったほうがいいんだろうな。俺の経験ではこう感じたときは間違いなく当たる。そう身体が感じている。それでも頭では勝てないと考えてしまう自分がいてなんだかおかしいなと自嘲する。

「鬼」の目の前に立つ。まずは変わらず話し合いをするつもりだ。それでも無理そうならやむを得ないが。

「えっと、言葉通じますよね。こちらとしては友好的にしたいのですが...」

 俺が本当にそう思っているのかはこの際置いておこう。それより、「鬼」が喋る方が幾分か驚いた。

「フン。友好的とはよく言ったものだ。その武器、血の匂い、敵を見つめる眼、お前自身を敵意と呼んでも間違いはないぞ」

 彼はあははと乾いた笑いを返す。

「この武器は念のためですよ。匂いだって止むをえませんでしたし。目つきが悪いのは生まれつきです」

 彼は自嘲を入れつつ、友達に冗談を言うような感じで答える。正直言って武器のことは聞かれると思っていた。当然だ、友好的なら武器は持ってないのが普通だもんな。

「そちらの事情などどうでもいい...こちらからのお前への認識を言っただけだ。見たところ地球人のようだが何が目的なんだ?」

「そうですね、簡単に話しますね。俺たちは戦いをさせるために捕らわれた、主催者の目的でね。それで俺たちはただ単に戦闘を起こさければ主催者の思惑通りにならないだろうと考えてます。まぁ小さな反抗ですね。その一環としてこうやって友好的に話をしているんですよ。協力してもらえないかと......」

 多少挑発的な言葉が入っているが概ね伝えやすいように説明できたつもりだ。本来は帰ることを優先するがその前に殺されたら意味がないのだ。そのため死なないように協力者は必要だと思う、生き延びるために利用するため。「鬼」は少し何かを考えてから言った。

「...それはお前の本心ではないだろう。その反抗自体に意味があるとは思えないし、感情に従って逆らうならお前自身、直接やり返せばいいはずだ。もしその力がないのならここで生き延びていくのは不可能とわかるだろう、そして『帰る』ことを目的とするはずだ。今のところは後者の方が固そうだがな」

 なるほど、ただの脳筋というわけではないわけだな。さて厄介だな。確かに反抗をしたところであまり意味はないし、死にに行くようなものだ。それでも手伝ってくれというともはや心中してくれと言ってるようなものだ。しかし、また帰るということを認めてしまえば協力してくれる線は薄いだろう。それなら知らん奴を手伝って帰すより、自分たちが帰る方が断然いいしな。どうしたものか...。

 蓮が悩んでいると少し意外なことを言われる。

「後者であれば協力する義理はないな。それに前者だとしてもおそらく無理だろう」

「...無理...というと?」

「私が今まであった奴らはどういつもこいつも好戦的だった。まぁ中には恐怖故に戦ってるやつや主催者の魂胆にのせられて戦ってるやつもいたと思うが、それでも友好的な奴などいなかったぞ」

「...ふむ......」

 蓮は考えるそぶりをとる。予想はしていた、しかし確信に変える根拠、証拠がなかったからだ。彼がそう予想した理由はある。まず、メルシア達がさらって種族の過半数は戦闘大好きっこなんだろうな。じゃなきゃ過半数を超える数の非戦闘種族があつまると戦闘が起きなくなってしまう。ここまでは予想で済むが、俺たちが今まであったのは二種類の生物だけだった。しかも戦闘種族と商人だ。根拠にするにはあまりに判断材料が少なかった。しかし今の話で確信に近づいたな。『鬼』はたくさんの生物にあってきたのだろう、それこそ自身の体が真っ赤に染まるほど...。その血の分だけ敵対的なものがいたということか。おそらくは『鬼』もそれを気づかせるために言ったのだろう。

「そういうわけだ。そちの要件は飲めん。今回は殺しはしないが次に会った時は容赦せんぞ」

 これもまた蓮の予想内である。話をしていて『鬼』の性格を読み取った。そのうえでなにが必要かいい、何が安全なのかもわかっていた。とりあえずはもういいかな。蓮は見切りをつけた。

「わかりました。会話をしていただいてありがとうございます。次、がないように気を付けますね。それでは...」

 蓮はかつく会釈をして一奈のもとに戻っていく。もちろん背中を見せたからといって警戒を怠っているわけではない。情報が手に入っただけでも十分だ。進展ありかな...。一奈はそうは思わなさそうだけど。


 彼がこっちに向かって歩いてくる。今回は無事に会話できたらしいが、常に気を張らなくてはいけない。こんなのが続くと考えると少し気が滅入る。ネガティブな思考は危険だとわかっている。だから彼女もそれ以上は考えなかった。未知の生物とのコミュニケーションに成功した一人の青年を待ち、声をかける。

「何話してたの?」

 蓮は鬼のいた方向へ首を向け、さもめんどくさそうに答える。

「まぁ今後の方針にかかわることかな」

 彼は内容をぼかして話す。彼が言いたいのはそれぐらい重要だから場所を変えて話そうということだ。一奈もそれを感じ取り支度をする。蓮はバッグにハンマーをしまい、弓を片手に森の中に歩く。彼女も何も言わずについていく。

 それから何分か歩くと森の中に奇妙にたたずんでいる、人間大の大きさの岩を見つけた。周りは作られたような円形の地面の模様が見られる。まるでこの星自身に剥離されてしまったかのようだ。蓮も一奈も息休めのちょうどいい場所と認識し、バッグを横に置き岩に腰を掛ける。二人とも息は乱れてはいないが疲れているため、軽く伸びたりしてリラックスする。...三十秒程の空白を経て蓮が口を開いた。

「俺が話したのは他の生き物についてかな。友好的にやっていきたかったんだけどね、どうも他の方たちはそうは思ってないらしいんだよ。みんながみんな牙をむいて殺伐としている感じらしい。今までみたいに話し合いでもしようとかしてると頭と胴体が離れちゃうかもね」

 蓮は冗談くさく言ったが、一奈には「そうなる」と言われている気がしてならない。一奈は詳細を求めるため追及する。

「そんなにみんな敵対的だったの?あの鬼がただ殺しまわってただけじゃなくて?」

 鬼が信じられない彼女はこの発言に少し抵抗を覚えていた。あの鬼はまだ生きている、このような発言を聞かれると反感を買う恐れがあるだろう。どこかで聞いているのではという不安を抱きながら質問をした。

「そこまで暴悪ならば会話に時間を割かないだろう。その上有益な情報すら与えてこないだろうな。あの...血は確かに不気味ではあったが......」

 彼は少し思いつめたような表情を見せてから、一奈の眼を見てつづける。

「俺たちだって...、俺だって殺しただろ。あれみたいなものだ」

 一奈も少し甚い表情をする。彼らにはそれはあまり良いとは言えない出来事であったからだ。しかし、彼女はすぐにいつもの顔に戻り閃きをしたような口調で聞く。

「そういえばさ、友好的にって具体的にどうするつもりだったの?特に話し合わなかったけど、考えてたんだよね?」

 彼もそれを聞くといつもの表情に変わり、会話を繋ぐ。

「ん、とりあえずは戦闘を起こしたくないのは変わりないからな。適当に嘘を言っといた。なんだっけな...みんなで反乱しようみたいなやつだったかな...」

「...アドリブ...?」

「うん」

 一奈は素直に感心する。そういえば今更だけど、友好的に何をするかは決めてなかった。それはおそらく蓮も同じで聞かれた時は少し焦ったのではないかと思ってしまう。彼女が感心してる間に蓮はしゃべっていく。

「どうせ嘘をつくなら、有益な情報を引き出せるほうがいいじゃん?だから、その目的に軽く背馳するような文章をいれておいた。そのおかげでいくつかわかったことはあったしね」

 彼はそこまで考えていた、いや、考えられるのかと一奈は驚愕する。私なら恐怖と不安で言葉も出せないのだが...。

「結果、あの鬼はさっき話したような暴悪な奴じゃないってわかったよ。それに落ち着きがあり、異星人との会話にも慣れているように思えた。言葉一つ一つを冷静に考えてくる奴って結構厄介なんだよなあ」

 彼は笑いながら話す。この蓮のずば抜けた洞察力と思考力はいったい何なのだろう。一奈は話の内容よりそっちに気がいってしまう。彼の過去、性格、価値観、そして心、それらのすべてに興味を持ち始めてしまう。一奈自身がここまで人に興味を示すのは初めてだった。今まではそれとなくやってきていたが、必ず一線はあり、そこを超えると相手のプライバシーに入り込むとわかっていたのだ。なので彼女はその一線の一歩手前からいつも人と接していた。しかし、蓮という人間は興味が尽きない。天文学者が未明の星を発見したような感覚だろう。

「ま、そんなこんなで俺は無事に戻りましたとさ」

 彼女は無言でうなずくが考えていることは彼についてだった。何日か共に過ごしたからか、死線を共にくぐりぬけてきたからか、彼が作っているかはわからないが今の口調は出会った当初では考えられない物だった、と彼女が考えていると不意に蓮によって放たれた言葉で現実に戻される。

「なーんか考えてるだろ......」

 彼は少しニヤッと笑いこちらの眼を見つめる。蓮の眼は威圧のようなものはなく、むしろこちらとしても受け入れやすいような優しい視線だった。しかし、裏を返せば受け入れてすべて見透かされているような鋭い感覚も感じられる。一奈は心を読まれていると錯覚してしまう。そんな一奈の予想に反し、蓮は別のことを言う。

「あれかな、今後、殺し合いとかになるのやだなとか考えているんだろ」

 思いがけない言葉を聞き、一奈は少し冷静になる。心は読まれてないんだね。とりあえずごまかしとかないと。

「う、うん。殺すってことに抵抗があって...」

「まぁそれいったら俺もあるけど...」

 と彼は続ける。危なかった。いつも考え出すと夢中になって周りが見えなくなっちゃうんだよね。とにかくいまは蓮の言うことに従わないと...。

「...やっぱりやるしかないかな......」

 彼は聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさでつぶやく。「やる」つまり殺し合いをするということだ。その決意をするのはなかなか難しい。先に進んでしまえばもう後戻りはできない。そこからはエスカレーターのように進んでいくだろう。私はまだ......決めれそうにない.......。

「それと...さっきからなにかいる...」

「...えっ!」

 一奈は辺りを見回す。なにか...、私には感じないが動物的な勘で判断するなら、蓮の方が数段上だろう。こんなところで安っぽい冗談を言うような彼ではないと思うから、おそらく本気なのだろう。先ほどまでしゃべっていた温厚な彼はいなくなり、触れれば破裂してしまいそうに敏感で神経を研ぎ澄ましている彼がいた。私も周りを見続ける。しかし、やはりなにもいない。蓮の勘違いなのだろうか。

「......一奈!」

 蓮が私の名前を呼ぶと同時に服の首根っこをつかまれ、彼の方へと引っ張られ体勢を崩してしまう。すかさず先ほどまで私の顔があった場所に何かが通り過ぎる。その『何か』はそのまま、いくつかの木を貫いていく。威力が衰え木に刺さったかと思うと、ぐぐという音を発し、破裂する。しかし、不思議なことに周りには何の断片も水分もなく折れた木と葉、土しかなかった。

 一奈が意識を取り戻し、体勢を整えたのは破裂の五秒後ぐらいであった。彼女は蓮の方を振り向く。

「...蓮......!いま...」

 一奈が彼の方に振り向き言葉を発した時は、蓮はすでに弓を構えどこか遠くを狙っている。一秒もたたずに彼の手から矢が離れる。矢は木々を駆け抜け一奈には見えないぐらい遠くに消えていく。

「一奈行くぞ...!!」

 彼は叫び、私の腕をつかむ。私もそこでようやく、どうすればいいか理解して、自分の足で駆け抜ける。ひたすらに蓮についていく。少し走ると彼は止まり、一奈の方に振り返り言った。

「ここにかくれてろ。弓矢は渡しておく。いいか、何があっても動くなよ...敵の死体を見るまで...だ」

 彼はそのまま弓矢を一奈に渡し、いくつか武器をバッグから取りだす。一奈の返事の有無にかかわらず走り出していった。先ほど私を引っ張てた時とは比べ物にならない迅速さで彼はすぐに一奈の視界から消えてしまう。

 私は怖いのだろう。膝が笑っていて木にがっしりと背中をつけて座っている。こんな武器を持ったところで勝てるとは到底思えない。蓮の不在を改めて認識させられ彼の存在意義がどれだけでかいかもあらためて見つめなおさせられる。彼は人間とは思えないほどの動きをいくつかしてきた。何メートルもの跳躍、先ほどの予測、行動力、そして今の敏捷さどれも普通の人間ではまずできない。私は彼にそれを聞くのが怖かった...。彼のことを知りたいが、同時に聞くのが怖かったとはふざけている。それでも、いてくれるだけでも私の心の安心は保たれていた。だが、今は違う。私は一人で、敵もいる。...怖い......。

 しかし、一奈の不安はすぐに解消されることになった。彼は木の枝をつたって一奈のもとに向かってきた。一奈の目の前に降り立ち、彼は刺々しく言う。

「行くぞ...。敵はもう倒した...」

「どんなやつだった?」

 彼女は尋ねる。彼はめんどくさそうに溜息を吐いてから言った。

「緑色で俺たちとおんなじ形だったよ。武器を持ってた」

 一奈はどことなく不信感を持つ。いつもより説明が雑な気がする。私の思い過ごしかもしくは何かあったのだろうか。言いたくないようなことなどあるのか、などと頭の中で模索をしていると彼はいらだつ様子で言ってくる。

「もういいだろ...!早くいくぞ!」

「......えっ...!!」

 私がそう言ったとき、彼の横から何かが飛んできて命中する。ガァンという鈍い音を放ち、地面に何度も当たりながら転がっていく蓮。新しい敵か...、まだ死んでなかったのか...........死ぬ...?一奈はここに違和感を覚える。蓮は最後に死体を見るまで動くなと言っていた。なのに死体の有無も確認させずに行こうとしていた。これって一体......。

 一奈がここまで考えついた途端、上から何かが下りてきた。..蓮だった...。彼は先ほど吹っ飛んだはずでは、いや、たぶん...。

「まさか、本当に変身できるとはな...」

 目の前の蓮は先ほど飛んで行った蓮の方を向きながら言う。私もそっちを見たが蓮の姿はなく、代わりに人間型で緑色の...グロテスクな何かが横たわっている。変身...ね...。それを予期して蓮はああやって言ったのだろうか。だとしたらすごいを通り越して何か怖い。彼はさっき殴ったであろうハンマーを収縮し、適度な大きなのハンマーに戻す。

「これをでかくしてあいつを殴った。なかなか効いたと思うけど...」

 ポンポンと二回ほど手に打ち付ける。今度は一奈の方へ振り向き、彼女に話しかける。

「よくついていかなかったな。偉い偉い」

「何その言い方、子供に言いつけるときみたい。ていうか聞いてたんだ...」

「ん、ハンマーでかくするのにちょい時間かかってね。木の上で見てた」

 蓮はニコッと微笑むが、一歩間違えれば私の首が飛んでいたのでは...いや、本当に......。

「さてさて、あいつどうなったかな...?」

 あいつ、緑色で蓮に変身してて私に話しかけてきたあいつ。いまだに横たわっていて、片手には剣のようで普通の剣ではないものがある。扇のように持ち手から刃が広がっており、一つ一つの剣の色、形、大きさはまばらだった。蓮もそれに関心を抱き、緑色の生物に話しかけるように言った。

「珍しい武器もってるな。言ったらほとんどのやつの武器がめずらしいけど...」

 そういいながら彼は足を進めていく。先ほどの一撃で倒したとは思えないが瀕死にさせるほどの威力はあったと思う。蓮はその生き物の目の前に立つ。そして、悲し気に無気力に零す。

「...これで俺は後に引けないな」

 そういいながら蓮はハンマーの先を引っ張り、できる限り大きくした。そのサイズは緑の生物すら叩き潰せるほどであった。

 次の瞬間、蓮の頭上に掲げられていたものは力いっぱい振り下ろされた。ぐちゃぁという不快な音だけがこの広き森に響き渡る。ハンマーの下には先ほどまで個体だった、又、生き物だったものが液体へと変わり地面にしみこむ。一奈はそれを一部始終、瞬きすることなくみていた。

 吐き気がする、が胃には何も入っておらっず、嗚咽だけが出る。私はわかっていた。こうせざるを得ないことも、彼が私に変わってやってくれているということもわかっていたはず...。いや、わかっている気がしてただけだ。現実でそれが起きるとどうしようもない絶望感に襲われてしまう。さまざまな思考と感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ってしまう。これは、私がやらないから?私のせいで彼が汚れた?例え自分が殺されそうになっても生き物の命を奪うことが正しいの?...彼は...もう.........後には戻れないの...?

 一奈は疲れと思考のショートのせいで意識を保つことができなくなる。彼女には今血なまぐさい匂いや先ほどの不快な音、生きていた緑色の生物、そして悲し気に見つめてくる彼だけが残っていた。


 少し暗い照明におしゃれに飾られている絵、多くの人の声、適度な温度に調節されている室内、コーヒーやケーキの混ざり合った匂い、私はテーブルに友達と座っている。これはいつもの光景、他愛もない会話をして写真を撮ったり見せ合ったり、携帯のアプリをしながらコーヒーを飲む。

「一奈ってさあ、なんか頭良さそうじゃない?」

「え、そう?」

「まっぁ見た目だけなんだけどねぇ」

「ひど!」

 私はクラスメイトと遊んでいるので、私の成績は大体みんな知っている。それでもこうやって言ってくるのは他にも意味があるからだろう。頭がいいとは...?学業の成績?模範生徒のようなふるまい?将来のために計画を立てること?。いや、他人との付き合いがうまいことなのかな。嫌われず、されど好まれすぎず、程よい距離感を保つことは私にはあまり苦ではなかった。

「そういえば、これみてよ!」

 私の思考を遮るように言ってくる。私は見て、冗談言い、笑う。楽しくないわけではなかった。むしろ楽しいとは思えたのかもしれない。けれど、今の私には何をやっても楽しくないのだろう。心の奥底になにかが残っている。それがなんなのか明確にはわからないが今の私は悲壮感漂っている。

「一奈...大丈夫...?」

「なんか、ボーっとしてるね」

 私は大丈夫と答える。

「なんかいい夢でも見た?」

 友達は冗談をいう。夢...夢...そうか...。これは夢なのか。私が望んでいることなのだ。すべてに合点がいった。楽しい記憶に交じりこむ悲しい気持ち。現実と夢のはざま。別次元への入り口。

 私がこれを夢だと認識した途端、景色がゆがむ。輪郭がぼやけ、色が揺れて、音は消える。残ったのは暗闇だけだった。今のはいったい何を示したのだろう。何をすればいいのだろう。私は普段は信じない神という存在に傲慢にも問いかけた。


 真っ暗な空間、生き物の気配すら感じさせない静寂、人には適した温度、木々や枯葉が放つ自然の匂い、私は...地面に座っている。先の夢とは対照的な無に近い場所。そこにはいつも彼の姿がある。現実に戻された。又、厳しい世界が待っている。それでも気を取り直していかないと、寝たおかげか冷静で感情もリセットされたようだ

 私は体を起こし、あたりを見渡す。かすかに木々の配置が違うので場所を変えたのだろう。腕を伸ばし、背伸びをして体全体を伸ばす。蓮は弓を練習していた。彼に対する感情は一つに絞ってみた。感謝、これだけでいい。彼に近づき声をかけようとする。

「具合は?」

 私が声をかける前に蓮に声をかけられる。いつの間に気づいたのだろう。私は大丈夫だよとだけ言い、彼のそばによる。練習を止め、寝る支度を始める蓮。心配してくれたのかなと思うと、口角が上がる。どことなく不器用な気がする彼のことをわかってきた気がする。今見た夢とは違った夢を見るようにしようと私はポジティブな考えを持ちながら目を瞑ってまた夢へと落ちる。

 相変わらずの朝。今更だけど、地球とは全く違う生活をしている。もうご飯を食べないということに慣れてしまっているし、トイレを行かないことも慣れた。今日も変える方法を探し求めて歩き続けるのだ。ん?あれ?帰る方法って...。

「そういえば、帰る方法ってどうするの?」

 すでに起床していた蓮は本を読んでいた。彼が本を読む姿を見るのは二回目かな...。彼は本を閉じることなく、目もページに向けたまま答える。

「説明してただろう?戦えない人でも帰る方法はある。えっと........」

「......」

 答えを待つ一奈。展開はしたくないけど予想できてしまった。

「....なんだっけな...」

「だめじゃん!!」

 人任せにしておきながらダメ出しをする自分の方がだめだろ、と言葉とは正反対に心の中で思う。と結構とんでもないことを話しているが、一奈にはそこまで落胆するようなことではなかった。というよりは帰れないとあまり実感がなかったのだ。

「それにしても、思ったより出会わないな...」

 彼は弓のメンテナンスをしながらつぶやく。出会うということは、おそらく他の生物にだろう。確かに私もそれは感じている。どれだけ多くの生き物が連れてこられたかは、広場でみていたからわかる。何日も経過していて出会ったのは四体。みんな隠れているのだろうか...、それとも...と先を考えないようにしたとき、彼がその先を言ってしまう。

「大方、どっかのどいつが殺し回ってるんだろうな。俺たちは今のところは会わずに済んだわけだが」

 そう。数が少ないのはその分殺されているからなのだろう。それでもこのサドンデスに参加するのであれば、いずれは戦うかもしくは、そいつを殺したもっと強いのと戦うことになるかだ。

 彼は無言で場を離れる準備をする。私も何も言わずにそれを手伝う。木の昇り降りはもう慣れてしまい、最初の頃より格段に楽に早くできる。私たちは今日も途方のない旅をし続ける......はずだった。

「...待った。一奈、上に戻ってろ...」

「...え?」

 私はすぐに理解をする。彼の顔つきが変わり、いつもの戦闘態勢に入っている。しかし、私には視認も聴取もできておらず、少しうろたえてしまう。しかし、以前の事例があるため蓮の直感は間違っていないのだろう。私は必要のなさそうな荷物を持ち、木の上で隠伏する。

 辺りには静寂が漂っており、蓮すら景色の一環のように思える。彼は一点を見つめ、凝視し続ける。向こうから来るのだろうか。私にはまだ何も見えていない。しかし、彼の五感は驚くほどに研ぎ澄まされているようだった。

 徐々に大きな、何か大きなものが地面を鳴らしている音が聴こえる。それと同時にバキバキとい木々の折れる音が混ざり合い、一奈の頭に一つの記憶が再現される。あの獣との戦いの一部始終を彼女は早送りで見せられている。

 不意に何か大きなものが視界に入る。丸く、一色のそれは目も鼻も、顔らしいものはついておらずましてや手や足なども付いていない。それ、は完全なる無機な岩である。しかし、その下にはそれを持ち上げている...とは表現できるかわからないが茶色の肌をしたの腕がなく足は二つの生物が、それを、浮かべている、しかも手も使わず触れてもいないのに...。又、その横には鬼よりは小さいが鬼と同じくらい筋肉質な肉体を持った、二足四腕の生き物がいる。二体の生物は争うことなく一直線に蓮の方へ向かっていた。

 このままでは二対一になってしまうのではないかと考えるが、私が入っても結局足手まといになり二対一に変わりはないのではとも思う。そんなことを思ってるのも束の間、二足四腕の生き物が蓮の方へ走ってきた。

「ちょっっ...!!」

 彼は突然のことで思わず声を上げて上半身をのけぞる。相手のパンチを躱すと、すぐに会話をする猶予がないことを悟り、構える。敵は特別、武器を使うわけでもなく地球のボクサーなどに似ている戦闘スタイルだった。しかし、地球のそれとは違い、四つの腕、二つの足を流暢に使いこなす。片方から二つの腕が飛んできたかと思うと、逆側からは足が飛んでくる。巧みに体をひねり、休ませる暇を与えない。

 しかし、蓮も地球のボクサーの躱しなど目じゃないほど俊敏に動く。一つの手で一つの手をさばいたかと思うと、そのまま肘を動かし二つ目の腕を流す、もう片方の腕で相手の蹴りを止め、蓮が前蹴りを決めた。私にはこれぐらいしかわからないが、その後は目が追いつかないほどの攻防が行われている。

 数秒のうちに数多の攻めが行われていた中、蓮が仕掛ける。さりげなく足に枝を乗せ、それを足で投げて顔へ飛ばす。咄嗟のことで相手は四つの腕全てで防いでしまう、そこにすかさずハンマーを取り出し、力いっぱい振る。相手はそれをもろに腹に喰らい、地面と平行に飛んでいく。木に叩きつけられ、地面に足がつく。少しよろめいているがまだ戦えるようだ。この間、少し猶予ができたので蓮は話しかける。

「レリ・ア・レル、二足四腕の戦闘種族だな。俺が持ってる情報では知的な生物だと伝えられてるが..?」

 会話もせず、ひたすらに殺し合うのは知的ではないと暗にいう。彼の情報はおそらく、図鑑に書かれていたものだろう。レリ・ア・レルとはすごい名前だなと思うが地球人、というのもどことなくダサい気がする。自身の情報を口にされ、敵も口を開く。

「それは力なきものの論理だろう。私たちは戦うと決めた上でこのように行動をする。こっちからしたら、サドンデスともいえる状況において戦おうとしない方が阿呆だろう」

 一見、彼の言うことは一理あると思うが、あれはただの力あるものの屁理屈、いいわけでもある。力の有無に限らず、自身の正当化は一般的によく行われる。それは自らの過ちを認めたくないという自尊心でもあるのだ...。

「そうかな...?。生まれ持っての戦闘種族ならわからないかもな...」

 蓮はそう言いながら、そばにあった細長い袋から一つの剣を出す。その件は前回の戦いで相手が持っていたものに似ている。しかし、扇のように枝分かれしておらず、ただの剣のように一本だけだった。

 彼が剣を持ち、相手の方を向いた途端、先ほどまで浮かんでいた大きな丸い、岩が飛びながら蓮に襲い掛かる。

「は!?おいおい...!!?」

 彼は為す術なく剣をしまい、逃げる。その岩は地面に着かないまま、空を飛んで蓮を追いかける。蓮は走りながら、ハンマーの持ち手を何やらいじくっている。そのあとハンマーの角に装置をつける。装置は木にくっつき、蓮はその木から離れる。それにより蓮が離れれば離れるほどハンマーは大きくなっていく。加えてハンマーは左右対称に広がる。

 あれ?あれって左右対称だったっけ?彼女がそう思った直後、キィンという金属と金属がぶつかり合った音が轟く。大きなハンマーと蓮を追いかけていた巨大な岩が衝突する。次の瞬間、蓮のハンマーは殴った衝撃と反動を喰らう。続いて蓮も後ずさる。巨大な岩は後退ができないため、その場で砕け散るはめになった。

「......ほぅ...。」

 岩を操っていたであろう腕無の生き物はかすかに小さな声で感心の声を上げる。蓮は大きくなったハンマーを小さくしようとしていた。しかし、休む間もなく、レリ・ア・レル、二足四脚の生物が攻撃に転じる。

「...ぐっ...!!」

 休む間もなく、攻撃が行われる。これではジり貧だ。私が弓で援護するしかない。

 一奈は弓矢を取り、レリ・ア・レルに標準を定める。しかし、なかなか定まりきらない。木で練習をしたことはあるが、動くものを狙ったことはない。間違えて蓮を射てしまえば、大変なことになる。神経を集中させ、矢を引く。

 しかし、彼女が矢を放たずしてすでに状況は好転していた。蓮は攻撃を受けることなく、すべて避け、代わりに攻撃に専念する。単発の威力は強くないもののダメージはしっかり相手に入っていた。受けは攻撃を喰らってもガードの役割多少は果たしてくれるが、避けは当たれば大打撃になること間違いなしだった。

 細かな攻撃に苛立ちを感じたのか、レリ・ア・レルは激高した。

「ぬぐっっ...!貴様ぁ...!!」

 一奈でもわかるほどに敵の戦闘スタイルは変わっていく。先ほどまでの器用な手数の攻撃とは打って変わり、大ぶりの荒っぽさが際立っている。蓮はいとも簡単にかわし、先ほどよりも強く深く入れる。やけになったか四つの腕を暴れるように振るう。

 彼は見かねたように、息を吐き渾身のけりを喰らわした。首の骨が折れた音が聴こえ、敵は地面に力なく横たわった。これで一人は無事倒したはずだが、安全地帯から見ている一奈には、いくつか謎が浮かぶ。

 まず、相手の仲間がなにもしていないことだった。連携がうまく取れなくとも、援護ぐらいはできるはずだが、それすらやらずただ棒立ちをして静観しれいるだけだった。彼女はどことなく不気味な感覚を覚える。

 そしてもう一つ...、蓮の異様なまでに素早い動きである。目で追うことは一奈にもできる、しかし実際に動くとなるとそうはいかない。彼は当たり前のようにふるまっていたが、どう考えても当たり前ではない。人とは思えない動きだった。しかし、この際となるとそこまで追求するほどのものではなくなる。彼は戦闘種族に対抗できるほどの力がある、この事実だけでいいのだ。

 一奈は再び蓮ともう片方の敵をみる。彼らはにらみ合いをしているが、決して無意味なものというわけではない。これは彼女の一案に過ぎないが、蓮はなるべく早めの決着を望んでいるか体力の回復を待っているはず。体力の消耗を比べれば歴然だろう。片や、戦闘を起こした直後、片や、その戦闘を身動きせずに傍観していたもの。戦いの勢いなどで考えると蓮の方が上だろうが、勢いなど意味がない。

「ふぅ...」

 彼は小さく息をつき、息を整える。そして、再び顔を前へ向け、敵である未知の生き物に目をやる。

「......?」

 敵に動く気配がない。何かあるのではと蓮も警戒するが、何秒経っても何も起こらなかった。

 蓮がしびれをきらして仕掛ける。足で地面を踏みこみ、抜群のダッシュを決める。正面からだが、あまりにも速かったため腕無の敵は避ける動作が取れていない。蓮の手はいつの間にか剣が握られ、敵を切りつける......。

 状況を理解する前は一奈も、蓮も同じヴィジョンを見ていたであろう。しかし、彼らのヴィジョンと現実は違い、刃は敵に届かなかった。代わりに、腕を斬られた、レリ・ア・レルが目の前に立ちはだかっていた。さらに、斬られたことなど気にする様子もなく、蓮を殴り飛ばす。蓮はすぐさま宙で回転をして、着地する。

 一奈は...、おそらく蓮もだが戸惑っているだろう。レリ・ア・レルが味方を献身的にかばったからではなく、なんとも生気を感じられずに動いているからだった。顔は変な方を向き、腕もだらんと垂れ下がっている、立っているといわれればそうではなく足首が横を向き、吊るされているようだった。

「......どういうことだ?」

 彼は何気なくつぶやく。誰に言ったわけでもなく、ただ疑問に思ったので口に出てしまったのだろう。それを敵は拾ってくる。

「ふ......、不思議ですか?なぜ彼が私を守るのか、なぜ動けるのか...が......」

 蓮が考えるそぶりを見せる。可能性で言えばあらゆる可能性があるが、いろんな材料をまとめれば、もっとも考えられるのは......。

「......念力か...」

 念力、念動力、一般的には物を念じるだけで動かす力と伝えられている。しかし、それは物語の上だけの話であり、現実ではありえないとされてきた。それを蓮が口にしたことに驚きはあるが、今やもう何でもありな気がすると一奈はすこし呆れた。敵は答えないが、おおむね間違いではないのだろう。ただ、念じるというほどの物ではなく、いとも簡単にやってのけた気がする。

 二人がこう考える理由としてはごく単純である。ひとつは、生きているとは思えない物が意図的に味方を敵から守ったのだ。他に誰かいるわけでもないし、敵が操ったと考えるのが妥当だろう。

 二つ目は、敵が現れた時に行っていたものである。大きな、とても持ち上げられそうにない岩を頭上に掲げ、蓮を追い回すようにしていた。これは説明の余地がないので、蓮も念力としか考えなかった。

 二足の生き物は何も言わず、相も変わらず微動だにしない。しかし、その前にいるレリ・ア・レルだった者は蓮に襲い掛かった。動きは以前に比べれば雑ではあるがどうにも、痛覚がないので先ほどと戦いが違うようだった。ダメージの蓄積がない。彼は多少混乱を覚え、少し後退する、がレリ・ア・レルは休ませない。体力もないため休む必要がないのだろう。精巧で知的なゾンビと戦っているようなものだろう。もっとも、ゾンビと戦ったことはないのだが...

 蓮は打撃に意味がないと考え、剣で切り付けるが痛みを感じていなのでやはりあまり意味をなさない。策を組もうにも相手は一歩も引かず余裕がない。

 一奈は再度手にあった弓を構える。狙いは本体。私がやる!。手に汗を握る。矢先がかすかに震え、腕に疲れを感じてくる。私がやらないと......!!。

 意を決し、手から矢を放す。ヒュンという風を切る音が鳴り、目標へ向かって飛んでいく。矢は物を貫通し、羽だけが見える。しかし、対象は生きたものではなく、いつも練習の的にしていた木、に刺さった。

 やばっ...、一奈は咄嗟に身を隠す。絶対ばれた。どうしよう...おとなしくしとけばよかった。殺されるのかな。蓮をチラッと見たけど、たぶん助けてくれる余裕がないだろう。終わった......。

 一奈はここまで思考し、覚悟を決める。しかし、彼女の予想に反し、敵は何もしてこない。興味がないのか...はたまた敵として見られていないのか、ばれてないのだろうか。彼女は色々考えたが、とりあえず運が良かったとしか考えなかった。不意に蓮が一奈に向かって叫ぶ。

「一奈......!!」

「はい!?」

 思わず返事をしてしまう。怒られるような気がして礼儀正しく答える。

「もう一度、狙ってくれ!!」

 一瞬、彼女は唖然としたが、すぐに意味を理解し従う。再度、弓を番える。今度は外さない!そして、討つ。狙い通りに真っ直ぐ飛ぶ。やった!...

 ぐちゃという不快でグロテスクな音が響く。彼女は一瞬、当たったと思ったが、狙った先にはレリ・ア・レルがいて、矢は胴体を貫通している。一奈は再度失敗したと思った。しかし、彼女の思惑とは違う事が起きた。

「...クッ.........!!」

 二足の生き物はなぜか声をあげ、少しよろめく。そして、一秒もたたないうちに、彼らの体は上下見事に真っ二つにされる......、蓮が刃だけが長い剣で斬った。

「...ぁ...がっ...!!!」

 声にならない声をあげ、力尽きる。一奈も終わったと思い、荷物を持ち木から降りていった。蓮は敵だった死体を見下げているようだ。一奈は彼のもとへ向かい、声をかける。

「終わった...よね...?」

「あぁ」

 確信しつつ、確認をする。蓮も短く返事をしてそして、短い言葉で続けた。

「...行こう」

 荷物を持ち、敵、に一瞥もしないまま歩き去っていく。砕けた岩の残骸をまたぎ、後ろを振り返ることなく前へ前へと進む。

 一奈にとっては初めて戦闘に参加して、勝った。思うところはある。たくさん...。殺されるかもという恐怖に相手の事を考える余裕などなかった。殺すか殺されるかとしか考えられなかった。心の余裕は戦いの前後にしかないのだ。今まで、無責任にも彼の事を心の中で批難してたのが恥ずかしく感じる。彼女は自分がどれだけ傲慢であったか気づいてしまった。


「それで、どういう作戦だったの?」

 彼女は確信を持ちながら尋ねる。何か策があって、あのようなことを言ったのだと考えている。でなければ、あれは怒られるであろう場面だった。蓮はなぜか溜息を吐き、またもめんどくさそうに答える。っておい......

「作戦っていうほどのものでもなかったんだよな」

 彼はさっきの戦闘を思い出しているのだろう。そして、丁寧に説明していく。

「一奈がさ、本体の方を狙ったときあったじゃん?盛大に外してたけど......」

 蓮は最後に付け加えた。一奈は「うっさい!」と怒り気に反論してその後も「あれは別に...」と言い訳を続けている。蓮は無視して説明を続けた。

「その時に、一瞬だけどレリ・ア・レルが止まったんだよ。まぁびっくりして操るのを止めたっていうのが普通だろうな。問題はその次だが......」

 彼は息を軽く吸い、少し柔らかな表情をして言う。

「一奈がいた場所は十中八九ばれてたんだ。けど攻撃されなかった。考えられるのは、相手が一奈を脅威として見ていないか、場所がばれてないか...もしくは攻撃ができないか...」

 そう。最初の二つは彼女も考えた。しかし、彼が導き出した答えは一奈の出した答えとは違っていた。

「だって一回は命狙われてるんだぜ?普通殺すだろ。それでも放置したのはやはり攻撃ができないからなのでは?俺はそう考えた。あとは...まぁわかるよな」

 彼は最後を省略したが、ここまで言われれば一奈には分かった。あの後、彼女は本体を狙う、一つしか操れない敵は現在動かしていたレリ・ア・レルを盾にするしかない、そしてスキができ......といった具合だろう。

「それにしても......」と彼は少しあきれ気味に言った。

「死体を操るとはなあ」

 一奈は、蓮の言葉よりも気にかかる、というよりも心配するものがあった。気づけば小さな声でつぶやいていた。

「...これからも、殺し合わなきゃいけないのかな......」

 彼女は決心がいまだにできていない。幸い殺したのが蓮だったためそこまで責任は重くないと本能は感じている。しかし、決心をしないまま殺してしまえば彼女は今後一生苦しむことになるだろう。

 一奈の悲痛ともいえる言葉は彼に聞こえていた。聞こえてはいたが、彼は何も言わない。何も答えない。励ましの上辺だけの言葉を言っても意味がないことは、蓮は知っているからだ。やらなければいけない事に優しさをつけ、嘘でかぶせることは善意なのだろうか。蓮は自問を止め、切り替えることにした。

「少しペースを上げる。あまり悠長に休んでられないからな」

 少し気を使い言葉を並べる。彼女がこの現状を嫌うのであれば、脱出、帰還は最優先事項だろう。とはいえ、共に行動をする上ではやはり役には立ってもらう。俺一人でできないことは一奈を使う。これは、会った時から変わらない。一緒にいる限りはこれが条件だ。...言わないけど。

 一奈は「...わかった」とだけ返し、無言で歩く。弓を手にもち、強く握る。木でできた弓は渇きを含み、木独特の柔らかさを持つ。もっともこれでも地球の木とは別だが、一奈はそのことはあまり気にしないでそれを握りしめる。

 休憩をはさみつつ、数時間は歩き続けただろう。森を抜け、野原を抜け、また森に入る。空は完全に黒くそまり、彼らの視界に邪魔をしつつあった。蓮も一奈も理由は違えど、休もうということになった。矢先、一件の小屋を見つける。それは地球での小屋とはなんの違いもなく、木で作られていた。周りには木々が極端になくなっており、小屋に使われたと推測された。あまり大きくはないにしろ、屋根もあり、外を阻む壁があり、と彼らにとっては休むに最適な場所だった。

 当然、彼らは警戒する。なぜこんなところに小屋が?何の目的で?どうやって...?誰が...?。その疑問を持ちつつも、蓮は躊躇なく小屋に入る。一奈は危険だよと言いかけたが、それは蓮も承知の上だろうと思い口を閉じる。どうすればいいのかわからず、とりあえずついていき中に入る。それは小屋の別荘と言えるほどの内装の二階建てで、木で作られた簡易ベッドが三つ並んでいた。他には特に目立ったものはなく、休む目的のためと考えられる。

 蓮は念入りにベッド、小屋を調べる。その間、一奈は荷物を置き、ベッドに腰掛ける。久しぶりにまともな何かに座った気がする。硬くも安定感があるベッドは一奈を休ませる。彼女は気が楽になったのか、これまでの出来事を次々に思い返していた。

 連れ去られて、宇宙船みたいなのに乗せられて、勝手におろされて、蓮に会い、罠で殺されかけ、蓮が倒れ、でかい異星の獣を殺し、シアンテという商人に会い、鬼に会い、また蓮が倒れて、緑の変なのと戦い、二人組の奴らとも戦った。こんなの中学生の妄想だと、頭では考えている。夢だとしても、あまりいいものではないなとも思う。

 彼女が記憶をさかのぼっている内に、蓮は調査を終え、一奈のもとに来る。

「特に変わったものはなさそうだった。辺りも見渡したけど、何も見つからなかった。誰かが作って、そのままなんだろうな。今日は...というか今後はここを拠点にするか......」

 蓮の発言に少しうれしさを感じ、また同時に安直に決めすぎではという不安感にも襲われる。それでも木の上で寝てたりすると、満足には寝れない。この提案は一奈にとってはかなり好提案だった。

 一奈は心を表に出さず、短く「うん」とだけ答える。それを聞き、蓮もベッドに腰を掛ける。そのまま息を吐きながら仰向けになる。腕を目の上に置き、目の前を暗くする。足はベッドの角にかかっている。蓮も疲れてはいるのだろう。当然だ、彼は先導してくれて、考えて、取引して、会話をして、戦闘をする。多くのことをやってもらったのだなと一奈は改めて実感する。

「...警戒は常にしてるから大丈夫」

 体制を変えないまま、口だけ動かす蓮。一奈にとってはそこはそれほど気にしていなかったが、彼の気遣いを汲み取り、短く礼を言う。

「...ありがとう」

 そう言うと、沈黙が広がる。特に話すことがないわけではないが、どちらも同じような心境で話したくないだけなのだろう。どっと今までの疲れを感じ、柔らかく安心ができる寝床を持っている。今までの疲労を少しでも取りたいのだ。蓮はあの体制から動かない。

 一奈も又、疲れを感じた、同時に久しぶりに地球で感じたような眠気に襲われる。彼女は何の抵抗もなく、目を閉じ、夢へと落ちた。

 夢の中は実に心地がいい。だからといって、見たい夢を見れるわけでもない。それでも彼女は悪夢に悩まされることはほとんどない。しかし、今はそうではなかった、過去のシーンを鮮明に、また、余計な部分はカットされながらもその夢を観させられる。

 これは私がまだ九つの時だ、小学校から帰り、いつも通り帰宅する。このころは...今思えば、毎日が花火の様だった。宿題に多少なりとも悩まされたが、それ以外は至って快適、裕福とまではいかないがごく普通の家庭で育てられた。高校の時のように将来に悩むことなく、また人間関係を懸命に保つことなどしなくていい。私はランドセルを置く。いつもなら母が笑顔で迎えてくれてるが、今日は来ない。

 ああ、この先は見たくない......。

 彼女の願いを嘲笑うように場面が進む。この日、夕食の時間を過ぎても、母と父は帰ってこなかった。私は仕方なく、冷凍食品を口に運ぶ。無邪気な私は二人でどこかに出かけているのだとばかり思っていた。時は情もなく進む。九時。私は宿題を済ませ、布団に入る。いつか帰ってくるだろうと安直な考えをして

眠りに入る。......お願い...ここで終わって.........。

 十二時。一奈は人の怒鳴り声により目覚める。母の声だ。彼らの状態など気にかけられなかった私は陽気に階段を下りていく。次第に声は激しくなっていく。さすがに異変を感じ取り、ドアの前で耳を立てる。

「あなたがやったことよ!文句言われる筋合いないわ!!」

「お前には俺の気持ちがわからないだろ!知ったような口をきくな!!」

「わかるわよ!さぞ、楽しいでしょうね、私はすごく楽しかったわ!!!」

「お前の動機は子供がやることとおんなじことだろ!くだらない...」

「浮気をすることが大人だとでもいうの!?あなたのやってることの方がよっぽどくだらなくて......屑よ!」

 当時、小学生の私でも浮気という言葉は知っていた。なんせ今は昼ドラとかあって昔のとはわけが違う。細かい事情はまだわからなかった。それでもこれ以上は聞きたくはなかった。なのに、足が動かない、顔が離れない、手が離れない。私の意思に反して、身体はいうことを聞いてくれない。

「お前みたいな女は一生男の俺の気持ちなんかわかりはしないだろうな!!」 

「あなたは女の気持ちがわかるというの!?あなたみたいな屑の考えなんかわかりたくもないわよ!」

「少なくとも、春香はおまえよりも俺の気持ちを分かってくれてるな」

「浮気を認める女なんかいるわけないでしょ!それならその春香って女と暮らせばいいじゃない!!」

「言われなくてもそうする!お前みたいな女と結婚したのが間違いだった」

 父はそう吐き捨て、ドアに近づいてくる。そこでようやく体がドアから離れる。ドアが開き父の姿が目の前にある。そして言った......

「邪魔だっ!!クソガキ!!!」

 私を押しのけ、消える。私は頭と気持ちの整理ができていないのだろう。それでも次に何が起こるか、直感的にわかってしまった。母が遠くからこちらをみている。それはいつも見ていた母ではなく、父と同じ、醜悪な何か。

「あなたもあの男の血を引いてるのよね、汚らわしい!消えてっ!!!!」

 ある程度成長していれば、これらの文句は実に稚拙で幼稚に考えられるだろう。子供以下の、人間以下の結論だと判断できる程に。しかし、私はまだ九つだ。言われたことを直接受け止める。私は今、いらない物になった。最も信頼して愛していたものが私を妬み、呪い、憎む。それだけは理解できる。

 この時に泣き叫べばよかったのだろうか。怒りをぶつければよかったのだろうか。私はどちらもできず、ただ茫然としている。悲しみ泣く術を知らない、怒り怒鳴り散らす術を知らない。その後はもうほとんど白紙...スクリーンにはノイズがかかっている。後に聞いたことだが、二人はその日一奈を残し、家を出て、後日離婚する。親権は母親が持っていたが、母は失踪。私は孤児院に預けられることになった。

 そして、私の気持ちが落ち着くのをまったか、何年後かに真相を聞かされる。父は浮気をしていた。母はそれを知り、悲しみより怒りがわき、母も浮気を仕返す。そしてその事実を父に突きつける。

 その頃の私は中学生だった。それらの行いがどれだけくだらないことなのか判別できる。そして同時に知る。感情は人を人ではない物へと変えた。あの時、母は浮気の仕返しなどしなければよかったのか?父は何が不満で浮気をしたのか、追求すれば真相を知れるだろうが、もうそんなことはどうだっていい。彼らは人ではない、生き物の底辺に属する何か。そんな物のことを気にかけたってしょうがない。気にしない......どうでもいい......。

 しかし、人の脳は人が思ってるほど便利なものではない。気にしないと思うほど、脳にはこびりつく。私に一生付きまとう、忌々しい記憶、彼らが最後に残した呪い。それは今もなお私にとりついている。そでも私は人一倍努力をした。みんなと同じになる努力。『普通』になるための努力。その努力自体が普通ではないことに気づかないまま。そして...

 そして今に至る。現実は私の妄想と反比例して、『普通』からどんどん遠ざけていく。私はいったいなんなのだろう......。何をしたの?前世で何かした?因果とか?お願いだから、哲学じみた話はやめて、私を納得させてよ......。納得のいく答えなどないと気づいているのに.........。

 目を開ける。ベッドに横たわっている自分に気づき、現実に戻る。先ほどの夢を思い出してしまい、自然と涙がこぼれる。この涙は......?寂しいから...?悲しいから...?怖いから...?。答えはわからないが、蓮がいるのに気が付き涙をふく。平常に、いつも通りに...。

「...おはよう」

 さりげなく言う。彼は本を読んでいる。目を動かさず、口だけで「おはよう」と返してきた。一奈はベッドから降りて、あたりを見渡しながら聞いてみた。

「なんもなかった?ていうかどれくらい寝てた?」

「特に。三、四時間は寝てたんじゃないか?」

 蓮は一つ一つ丁寧に返しくれている。一奈は木で作られた窓を覗きまわる。彼女は今、昔のことを考えるのはやめ、現状について考えることにした。不意にパタンという乾いた音が聴こえる。

「そろそろ探索するか...」

 蓮は本を閉じ身支度をする。一奈も「うん」とだけ返事をして、身支度をする。できるだけ跡を残さず、小屋を出る。帰り道に迷わないよう、さりげなく目印をつけていき、蓮が設置したであろう、サウンドトラップを潜り抜け森へと入っていった。


                                   to be continued


最初は蓮、星、世界観の話でしたが後半などはほとんど一奈の心境を書きました。蓮(一応主人公)の心境や思考の細部は後に掲載される話に乗ることになりますので楽しみにして待っていてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ