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港町カラシン

 ロイとリフィーを連れて、転移魔方陣を使って港町カラシンの視察へと来た。

 転移魔方陣は魔力を注入することで起動する瞬間移動装置であり、基本的に魔力量の少ない男性は使うことができない。そのため今回はリフィーが魔力を注入し起動してもらう運びとなった。


 当初の予定では馬車を使っての旅であったが、リフィーのお陰で大幅に時間を短縮できたかたちである。


 潮風の香るこの町はシクティスの流通拠点の一つとなっており、外の国から運ばれた積み荷の搬送などのため道幅は広く作られ、搬送の邪魔になるという理由から屋台などの数は少ない。


 大爺様曰く、この町は大昔寂れた退廃的な漁村で男しかおらず、いずれは滅びる運命にあったそうだ。


 しかし大爺様の奥方の一人、プリモール様が発見した新種の薬草によりカラシンは一気に栄えた。

 金があるところに人は集まるもの。噂を聞いた人々はカラシンに集まり、薬草の栽培や流通の管理を任されていたテリクス商会に雇われていった。


 大爺様の口利きでシクティス国営の飲食店とギルドが建てられ、更に人は集まり徐々に村の規模は拡がり今に至ったと仰っていた。

 この町の発展を語る大爺様は活き活きとしていらしたが、テリクス商会のくだりだけは暗い顔で俯いていた。テリクス商会に嫌な思い出でもあるのだろうか。


 ともかく、寂れた村をシクティスの主要海運都市へと発展させた大爺様に倣うため、俺はカラシンへと来たのだ。


「潮の匂いがするわねバリー」


 リフィーが少し顔を上げて海の匂いを嗅いでいる。

 その横顔にほんの一瞬だけ見惚れてしまったのは、リフィーが少しだけ笑ったように見えたからだ。


 口を開けば性交渉に関わる話しかしないリフィーがどういう風の吹き回しなのか、いたって真っ当な話題を俺に振ってくる。

 こんなことで新鮮な気持ちになるとは思わなかったが、これに乗らない手はない。


「ああ、そうだな」


 頭はおかしいがリフィーは綺麗だ。

 美しい女性と語らうことに苦などない、俺は余計なことは言わず素直にその話題に乗ることにする。


「俺はこの潮の香りが好きだ。子供のころ、よく大爺様に抱かれてこの町に来たんだ。あまり自由には遊ばせてもらえなかったがな」


 カラシンに住む人々はシクティスの中でも非常に温厚で、俺がどこの誰とわからずとも優しく接してくれる。

 だが大爺様はそれが危険なのだと、真面目な顔をして言っていたな。


「私も潮を吹くわよ」

「ん? そうなのか?」

「今のはなし、忘れてちょうだい……」


 リフィーは鯨の真似が上手いのだろう。きっと口に含んだ水をかける程度だろうが。


「そういうことは知らないのね……学んだわ」


 親指の爪を噛みながら、一人でぶつぶつと喋るリフィーから視線を外し、街の造りに注視する。


 四角いサイコロ状の石で舗装された石畳の道を歩き、町の細かな部分に目を向けることを心掛ける。

 俺が任されている港町の開発、それの参考にするためだ。


 田舎から来たおのぼりさんだと思われるのは少々癪だが、これもハーツ家の威信の為。父上の顔に泥をぬるわけにはいかないので、つまらない個人的な矜持は捨ててしまう。


「あれ、バリー?」


 向かいから来る、狼人族の子供を連れた女性に声をかけられる。

 この町で俺を知っている者は数えるほどしかいない。

 俺が身分ある人間だと知られれば面倒なことになるからである。


「エルナ……先生、ご無沙汰しております」

「やっぱりバリーだ。大きくなったねー」


 色素の薄い金髪を後ろで一つにまとめ、少しきつめの目を細めて微笑んでいる美しい女性。


 彼女はエルナという名を使い、俺の学問の教育を担当してくれたエルフの女性だ。


 そして大爺様の妻、エルナト様でもある。


 名を隠すのは大爺様との関係が知られると自由に行動ができなくなるためで、これを知っているのは父上と母上、そして俺だけだ。

 隣に連れている子供はフェンリル家から出された小姓だろう。

 フェンリル家は代々ハーツ家に仕える魔族領の貴族であり、この繋がりがシクティスと魔族領を強く結びつけていると言われている。


「こんなところに来たらユノに怒られちゃうんじゃないんだ?」


 俺はこのカラシンに来ることを大爺様に禁じられている。


「実は父上から仕事を頼まれておりまして、それでどうしてもカラシンを見ておかなければならなかったのてす」

「ふーん? まぁ内緒にしておいてあげるけど、テリクス商会には近づいちゃだめだかんねー」


 どうやら見逃してくれるようだ。


 それにテリクス商会には言われずとも近づくつもりはない。大爺様に、「死よりも恐ろしい思いをしたくなければ近づいてはいけない」と常々言われていた場所だ、いったい何があるかはわからないが、スラム街よりもよっぽど恐ろしい場所であると教えられてきた。

 子供のころは悪さをしようものならば、「テリクスさんがさらいに来るぞ」「カトウクンになってしまうぞ」と脅されたものである。これは父上も同じで、特にテリクス商会に関しては、仕事以外の関係は今も一切もたないようにしているそうだ。


「はい、ありがとうございます。ところで先生はどうしてここへ?」

「私はここで学校の教員をやっているからねー」

「以前は王都で教鞭をとっていらしたのでは?」

「二ヒヒ、色んな世界が見てみたいからねー。ユノに頼んで今はここに来させてもらってるんだー」


 エルナト様は大爺様を呼び捨てにする。

 それだけの間柄であるのだから当たり前だが、俺などはその名を耳にするだけですくんでしまう。


 大爺様は名を呼ぶのも恐れ多い偉大な方なのだ。


「ところで隣の可愛いお嬢さんは恋人かな?」


 エルナト様は好奇心が旺盛であり、気になることはとことん追求する癖がある。

 そして今はリフィーが気になるようだ。同じエルフ族なので、思うところがあるのかもしれない。


「私はリフィー、バリーの妻です」

「馬鹿か」


 エルナト様の前だというのに思わず素が出てしまった。


 こいつは即答で何を言うのだ。

 それでは俺が大爺様に婚約者を紹介もせずに娶ったことになる。

 そうなればあの大爺様のことだ、俺が不良になってしまったと間違いなく泣くだろう。


「そうなんだ?」

「いえ、この者はバリロック様にたかる害虫です。申し訳ありまません、すぐに駆除いたします」


 ロイがリフィーを睨みつけているが、リフィーはどこ吹く風よと受け流している。

 一呼吸の間をあけて、リフィーがロイに腕を伸ばして指をさす。


「お邪魔虫はあなたでしょうに、私とバリーの二人っきりの時間を邪魔してるんだから」

「貴様が邪魔した側だろうに!」


 ロイが腰をかがめて短剣に手を伸ばすが、それを抜く前に柄を押さえて止めてやる。


「ロイ、やめるんだ。エルナ先生の前で刃を抜くことの意味がわからないお前じゃないだろう」


 エルナト様に仕える小姓がロイの動きに反応してエルナト様の前に出ている。

 さすがはフェンリル家の者。主を守るためには命を捨てることすら厭わないと言われているが、どうやらそれも本当の事のようだ。


「し、失礼しました」


 怒りで赤くなっていたロイの顔が一息で青くなる。

 エルナト様の正体を知らずとも、自分よりも上位の存在だというのは教えられ、理解しているからだ。


「私は既に身も心もバリロック様のものですから、恋人ではなく妻、或いは性奴隷です」

「お前も落ち着け」

「ごめんなさい、あなた。いえ、性のご主人様」


 空気を読まずにリフィーが余計なことを言い続ける。

 妻と性奴隷では落差がありすぎるのではないか。


「ふーん、まぁユノの血を引いてるんだもんね、バリーも隅にはおけないってことでしょ?」

「あ、いや、これは違うのです」

「いいっていいって、これも内緒にしておいてあげるから。でも正式に婚約するならちゃんとユノに伝えてあげてね?」

「は、はい、必ず」


 これは既成事実というのだろうか。

 リフィーが勝手に決めてしまったが、どうするのだ。


「うふふふ」


 ロイは苦虫を嚙みつぶしたような顔で笑うリフィーを睨んでいるが、エルナト様の前であるためそれ以上のことはできないようであった。



 ――――



 エルナト様と別れ、再び街の散策を続ける。

 特に会話もなくただ歩き続けていると、おもむろにリフィーが口を開く。


「私、この町の海が見てみたいわ」

「貴様は勝手についてきたのだ、行く先を決める権限などない」

「先に私を突いてきたのはバリーよ? 昨夜もすごく激しくて、今も立っているのがやっとなんだから」

「なーっ!?」


 驚きを隠しもせず俺を見るロイ。

 そんな簡単に騙されないでくれ。


「嘘に決まっているだろ、信じるなロイ」

「そ、そうですよね」

「あら、嘘なんて言ってないわよ、これは未来予知だもの」


 もう何でもありだな。


「はぁ……わかった、海を見に行こう。海岸も視察予定の箇所だ、だから二人はもう喧嘩するな」

「溺れたら人工呼吸してちょうだいね」

「海底で魚にでもしてもらうんだな」


 ロイが辛辣な台詞を吐くがリフィーは気にした様子もない。


「リフィーは泳ぐつもりなのか? 泳ぐための支度はしてきていないぞ」


 ここは商業地だ、海岸と言っても海水浴を楽しむ場所ではない。

 泳げる場所はあるにはあるが、そもそも今回は遊びに来たわけではない、水着など持ってきていないのだ。


「泳げなくてもいいわ。私はバリーの愛に溺れたいの、だから人工呼吸は下の口にもしてちょうだいね」


 だめだ、会話が成り立たない。



 ――――



「あそこで跳ねているのは魚かしら、昨夜のバリーの股間のように元気ね」


 リフィーのその言葉を最後に海岸から離れ、街の中央に位置する巨大な壁に囲われたテリクス商会を遠目から眺める。

 大爺様が作った巨大な壁はまさに鉄壁。魔物がいくら叩いたところで傷一つつかず、翼を有した竜人族でもなければ侵入することはできない。


 近付いてはいけないと言われているので壁を眺めながら大きく道を変え、裏路地に入って大衆酒場へと向かった。


「お酒を飲むなんて不良ね。それとも私を酔わせてどうにかするつもりなのかしら……いいわ、望むところよ、へそに酒を注ぎなさい。そして酔った勢いで私を滅茶苦茶に汚すといいわ」

「飲まないし汚さないよ。町の雰囲気を知るために寄っただけだ」


 この酒場はギルドと呼ばれ、仕事の斡旋をする施設でもある。

 仕事は家の掃除から失せ物の捜索、魔物の討伐や要人の警護と様々だ。


 ギルド会員は専用の講習を受け、テストの結果が良ければ免許が発行される。

 一度免許を発行されると、三年に一度の講習会さえ受ければギルド会員として認められ続ける仕組みになっている。


 このギルドの仕組みはシクティスだけの特別なものではない。

 隣国のダンクルオスや、魔族領も同じ制度を取り入れている。


「ここはギルドと呼ばれる、一種の斡旋所なんだ。このあたりの魔物に詳しいギルド会員がいれば話を聞きたかったんだが」


 廃村になりかけていたカラシンが町へと成長したのはプリモール様の薬草のお陰であることは間違いないが、それ以外にも海から現れる魔物の群れが大きな要因となっている。


 冒険者が安定して生計を立てようとすれば、魔物の討伐依頼は切っても切り離せない重要な仕事である。

 それは単純に依頼の報酬額が多いのもあるが、魔物からとれる魔石が高値で取引されるからだ。


「バリーはギルド会員なの?」

「ああ、一応免許は持っている。使ったことはないがな」

「私の免許も発行する?」


 何言ってんだこいつ。


「遠慮しておく」

「そう、無免許で乗り回すつもりなのね」


 どう転んでもへこたれないリフィーを無視し、椅子に座って店員が来るのを待ち、適当な注文をする。


 注文が終わり料理が運ばれてくるのを待っていると、カウンターが騒がしいことに気付く。


「どうかお願いします!」

「申し訳ありませんがお受けできません。お引き取り願います」

「ぐうぅ……ぐっ……金なら、金ならあるんです、だからお願いします!」


 騒いでいる男のただならぬ雰囲気から、何があったのか気になってしまう。

 一つ話でも聞いてみようか。


「バリー様、いけませんよ」


 そんな野次馬根性を見抜かれたのか、ロイに釘を刺された。

 呼び名に様をつけているが、あだ名で呼んでもらえた事が嬉しくてつい笑ってしまう。


「さてはバリー、私の裸を想像して笑っているのね。言ってくれれば見せてあげるのに」

「……ああそうだよ、お前の宝石のように美しい肌を見せてくれないか」

「ふぇっ、あっ……本当に?」


 冗談には冗談で返してやると、リフィーは戸惑いながら出された水を飲んで俯いている。

 まったくわからない女だ。


「冗談だ」

「む。ざ、残念ね……ねぇ、ところであの男の人の雰囲気、穏やかではないわね。この町はいつもこんな感じなの?」

「いや、俺は初めてだな」


 酒場が賑わっているのはいつものことだ。

 だが温厚な者が多いこの町で、ここまで剣呑な雰囲気を感じることは珍しい。


「知っての通り私も初めてよ。初めて同士だから最初は上手くいかないかもしれないけど、何度もすればすぐに慣れるわ」

「俺の言っている初めてと、大きく食い違っていると思うぞ」


 隙あらばそっちに持っていくな。


「娘は不当に殺されたのに、私はギルドを経由して正当な手段で殺そうとしているのですよ! それが何故許されないんですか!」


 男の悲痛な叫びは賑やかだった酒場を静まりかえらせる。


 詳しい話を聞いたわけではないが、男の想いが言葉に乗り、俺の感情を激しく揺さぶる。

 見ず知らずの男を助けてやりたいという気持ちが芽生えてしまうのは、俺に流れる勇者の血のせいか、それとも大爺様に対する憧れからくるものかはわからない。


 数々の伝説を持つ大爺様だが、自身の事を正しく評するならば、それは偽善者だと自嘲気味に笑っていたのを思い出す。

 自己の欲望や欲求を中心にして行動した結果、それが善き運びとなり、そこで得た名声や栄光、人々の好意を拒否も否定せずに受け取っていた。自分がしたいことをしていただけだったと。


「いけませんよバリー様……今日は視察だけです」


 再度釘をさすロイだったが、俺はその忠告を聞き入れようとは思っていない。

 俺も自分がしたいと思うこと、正しいと信じる道を選びたいのだ。


「リフィーの言う通り、穏やかな話では済まなそうだな」

「ええ、今夜は激しく求め合いましょうね」




 まだ続けるのかその話。

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