離れたくない
リフィーと共に広間へと向かう。
ロイは使用人なので別に仕事があるため、部屋を出てから別れることに。
ロイがいなくなるとリフィーを抑える者がいなくなるため、ロイの後姿を名残惜しく見送る。
「ねぇバリー、本当に私を犯してくれるの?」
「犯しません」
「間違えたは、置いてくれるの? そう言いたかったのよ」
嘘をつけ、そんな間違え方があってたまるか。
リフィーは俺で遊んでいるのだ。俺をおもちゃか何かと勘違いしているに違いない。
「父上が決めたことは絶対だ、例え国王陛下が異を唱えようとも覆りはしない。大爺様なら話は別だがな」
「そう……ありがとう」
先程までの厚かましさが嘘のようにしおらしくなるリフィー。
静かにしていれば薄幸の美少女なのだが、口が達者なせいで台無しである。
幸が薄いよりはいいのかもしれないが。
「俺じゃない、父上が決めたことだ、感謝をするならば父上にしてくれ」
「でもあなたがいなかったら叶わなかったわ。ねぇ、今の『あなた』っていうの、夫婦みたいじゃなかったかしら?」
「……はぁ」
元に戻ったか。
しおらしくなると、素直に美しいと思えるのだが、口を開けば途端鬱陶しくなる。
「そんなわけがないだろ。リフィーはこれからはメイドとして雇われるんだ、夫婦などでは断じてない」
「つまり朝は上の口でご奉仕、夜は下の……」
「リフィー、勘弁してくれないか……他の者の目と耳があるんだぞ」
「あら、私は気にしないわよ?」
「俺は気にするんだ」
「まさか私というものがありながら、他の淫乱売女に懸想しているの?」
淫乱売女って。
この屋敷にそんな者はいないし、そもそも私がいながらとはどういう意味だ。リフィーとは出会ったばかりではないか。
「そうじゃない、そういうわけじゃないんだ」
などと話していると、目的地である広間へと到着する。
自分の住む屋敷ながら、この屋敷は広すぎると思う。移動するにも一苦労だ。
「あー、適当な椅子にかけてくれ。リフィーはまだ客人だ、もてなすよ。何か欲しいものがあったら言ってくれ」
「じゃあその下を脱いでもらえるかしら、私はその上に座るわ。これで席も欲しいものも両方手に入る、天才ね私は」
馬鹿か。
天才ではなく変態の間違いだろう。
しかしやられてばかりでは面白くない、ここは一つやり返してやろう。
「なんなら俺が乗ってもいいんだぞ?」
「えっ……そうね、いいわよ、上に乗ってちょうだい。初めてはキスをして抱き締められながら失いたいわ、でも乱暴にはしないでね。乱暴にするのは慣れてからだったらいいわよ」
何故か寝転ぶリフィーを目で追う。
こいつは何を考えているのだ。多くの孤児の面倒を見てきたが、広間で寝転がるやつはリフィーが初めてだ。
「はぁ……」
「ねぇ、本気でため息をつくのはやめて」
「なら本気のため息をはかせる馬鹿な真似をしないでくれ」
「私、こう見えて繊細なの、今の台詞は大いに傷ついたわ。女を傷物にしたのだから責任はとってもらうわよ」
寝転がったまま両手をひろげるリフィー。
来いということなのだろうが、行くわけがない。
「ふふ、仲の良いことですね」
リフィーに遊ばれていると、メイド長のエツコさんが現れる。
背の低い白髪の老女で、今も現役でハーツ家のために働いてくれている、この屋敷にはなくてはならぬ存在。
猫人族の血を引いており、白い耳をピンと立たせ、笑顔でリフィーを見つめている。
「ですが、ハーツ家の名に傷をつけるような真似はいけませんよお嬢さん」
笑顔ではあるが、エツコさんからはただならぬ気迫を感じる。
俺も子供の頃はこの迫力に気圧され、子供らしい悪戯など一つもすることはできなかった。
「申し訳ございませんでした」
「驚いたな……」
立ち上がり素直に謝るリフィー。
何か屁理屈の一つでもこねるかと思っていたので意外である。
「あら素直な良い子ね。ふふ、これは期待が持てるわね」
エツコさんはそう言って、笑いながらリフィーの服についた埃をはたいてやっていた。
――――
食後、自室へと戻り一息つく。
机の引き出しから、大爺様に抱かれた俺の写真を取り出し眺める。
これは俺の宝物だ。
最強の魔法使いに抱かれた幼き日の記憶は、今も鮮明に残っている。
カメラなどと言う、未知の道具を作った大爺様が、完成の記念にと俺を抱きながら一枚撮ってくださったのだ。
「何よこの頭の先から股間の根元まで舐めたくなる美少年は」
「勘弁してくれ……」
リフィーが何故俺の自室にいるのか。
「あら、昔の自分に嫉妬してるの? 器用なことね、でも今のバリーの方がずっと素敵よ、たくましさが違うもの」
「そういうことを言っているんじゃないんだが」
食事の席、リフィーが父上に何か失礼な事を言わないかと肝を冷やしていたが、存外に器量の良さを見せ、父上からもエツコさんからも気に入られた。
特にその礼儀作法などは堂に入っており、舌を巻くほど優雅なものであった。
だが人の目がなくなればこの通りだ。
「食事中も、そうやってずっと私を見ていたわね。わかっているわ、食事の後の口直しに私を食べるつもりだったんでしょ……いいわよ、覚悟は出来ているから。さぁ、泣きながらやめてと懇願する私を無理矢理に犯しなさい」
「無理矢理という設定なのに、なんでリフィーが自分から服を脱いでいるんだ……おいっ本気で脱ぐなって!」
着ていたブラウスのボタンを外しはじめるリフィー。頭のネジも外れているようだ。
こいつの頭の中はそれしかないのか。
「バリー様、失礼します」
と、そこにロイが現れる。
「ちっ!」
見事な舌打ちがリフィーの口元から聴こえる。
俺はこれほどまでに洗練された完璧な舌打ちは初めて聞いたぞ。
「どうしたロイ」
「お察しよロイ、食後の隙を狙ってバリーを襲いに来たのね」
それはお前がしようとしていた事だ。
「黙れ黒エルフ」
「私の名はリフィーよ。次ぎ黒エルフと呼んだらバリーの童貞がどうなっても知らないわよ」
「くっ卑怯者め……早速旦那様やエツコさんに取り入って気に入られたらしいな、小憎たらしい奴め」
何故俺の童貞をリフィーが好きにできるかのような前提で話を進めているのだろう。
それを受け入れないでくれロイ。
「リフィー、ロイ、喧嘩をするな」
「聞いたかしらロイ、私が先に呼ばれたわ」
「……っ」
よくそんなことに気付いたな。
ロイもロイで悔しそうな顔をするな、呼んだ順番に特別な意味などない。
「はぁ……で、なんの用だ」
「は、はい、明日の港町視察の件で提案がありまして――」
それは大したものではなかった。
だが「大したことではない」、ただの予定を話せるのは、ロイが俺にとっての友人だからでもある。
俺はそれが喜ばしく、嬉しくてたまらないのだ。
ハーツ家の名を持つということは、産まれながらにして人の上に立つ存在であることを義務付けられるものである。
故に俺に配下はいても、友人はいない。
しかしロイは使用人という立場でありながら、友人としても俺を慕ってくれている。
仲が良いことを持ち出して、エツコさんには小言を言われることもあるが、それもあくまで注意の範疇。
俺が友人としてロイを好いていることを理解してくれているのだろう。
「そうだな、ロイの言う通り、まずは港を見る前に町の散策といこうか」
「はい!」
「……」
何でもない話をする俺たちを、リフィーが無表情に眺めている。
大方善からぬことを考えているのだろう。
リフィーが何かを言おうと口を開けようとしたとき、突然扉が開かれ、一同扉へと意識が集中する。
ロイは小刀を構え、リフィーは俺にくっついている。
しかし、扉の先にいたのは小柄な少女だった。
「ロラか、びっくりさせないでくれ」
メイドのロラが花の様な笑顔でこちらを見ている。
「お風呂の支度ができています!」
「ロラ、その前に作法の話だ」
ロラがノックも無しに部屋へと入ってきたことをロイが咎めた。
ロラははにかみながら、「失礼しましたと」お辞儀をし、外に出てノックをしている。
「何よあの可愛い生き物は……まだノックしてるわよ」
「あぁ、ロラはこの屋敷の宝だ」
「ふぅーん……バリーはそういう趣味なのね」
「ど、どういう趣味だ。勘違いしないでくれ、俺は――」
「幼児愛好趣味がないというならば、私とお風呂に入りなさいな。ということで私はバリーと入るわね」
「え!? じゃああたしもいいですか!?」
ノックを続けていたロラが弾ける様な笑顔でこちらを見ている。
早速ロラに悪い影響を与えてしまったか。
「リフィー、ロラは純心な子なんだ、悪い影響を与えるようなことを言わないでくれ」
「あら、私だって処女よ? 確かめてみる?」
「馬鹿か」
思わず汚い言葉を口にしてしまう。
どうもリフィーと一緒にいると心を乱されてしまう。
「ふぅ……罵られるのも存外悪くないわね」
先ほどまで自分は繊細だといっていたはずだったが、本当に罵られることが満更ではなかったようで、顔を赤らめながら自分の体を抱いて震えている。
「俺ではリフィーには敵わないのかもしれない……」
「どうかしら、夜はまだ自信がないのよ」
「はぁ……」
その後、当然俺は男性用の浴場へ、リフィーは女性用の浴場へと別れて入浴した。
風呂上り、また俺の自室へと訪れたリフィーからは、石鹸の甘い香りが漂い、俺の動揺を大いに誘う。
だがベッドへと入り込み服を脱ぎはじめたところで、リフィーはエツコさんに見つかり客室へと連れて行かることとなった。
小一時間ばかり一緒の部屋で寝たいとごねたリフィーだが、「同衾は許可できません」とはっきりと言われ泣き出してしまう。
そんなリフィーの意外な一面を見て皆唖然としたが、エツコさんがリフィーを抱きしめ、自身の部屋で一緒に寝ることを提案。リフィーはそれに素直に従い部屋をあとにしたのであった。
「明日は港町の視察だ、今日はもう寝よう」
リフィーの体温が僅かに残るベッドの中、甘い香りにもやもやとした気持ちを抱えたまま、睡魔に誘われる様に瞼を閉じた。
――翌朝、いつの間にかベッドに潜り込んでいたリフィーが起き抜けに、「一夜を共にしたのだから責任をとりなさい」と迫ってくる。
当然俺は何もしていない。された覚えもない。
「愛妾でもいいのよ?」
こいつはなんなのだ。