勇者の父上
ロイにリフィーを任せ、書斎の扉をノックする。
中にいる父上から「入れ」と返事が返ってくる。
「失礼いたします」
茶色い髪を後ろに撫でつけにし、精悍な顔を惜しげもなく見せつけるような髪型。
我が父上ながら、惚れ惚れするほどかっこいい。
俺も将来はあの髪型にして、渋い父親になり、子に尊敬されたいものだ。
「バリーか。もう夕食の用意ができたのか? それならばメイド寄越せばいい。さてはこの父の顔が見たくなったな?」
父上は自信過剰なきらいがある。
「はい、それもありますが、実はお話がありまして参りました」
「食卓を囲み話す話題ではないのだな。わかった、ここで聞こう。私の歳を感じさせぬ格好の良さの秘訣か? 妻に愛され愛に溺れさせるコツか? 優秀な息子を育てる……それはまだ早いな」
父上は少々頭のネジが緩い。
これで仕事は完璧にこなし、王からの信頼も厚いのだから不思議だ。
案外ユーモアがあると取られているのかもしれない。
「いえ、実は今、少女を一人我が屋敷に連れてきています。客室にて待っていてもらっているのですが、どうにもこの少女、我が強いと言いますか、意志が強いといいますか、なんとも……」
説明しにくいので本題にたどり着けずに言いよどんでしまうな。
「なんだ、女を連れてくるとは珍しいな。それでメイドの見習いにでもするのか? バリーが選んだ者ならば間違いはあるまい、好きにするといい。何かあれば責任は全て父が取る、安心しろ」
100%以上信頼されている。
そんな信頼に応えられるほど俺は立派な人間ではない。
だが、それに応える努力は常にしているつもりだ。
しかしそうか。メイドとして雇えばいいのか。
流石は父上、俺が迷い彷徨う道に、必ず光明を差し照らしてくださる。
その様はまるで太陽だ。
これからは太陽父上と呼ぼう。
「太陽父上、今までとは少し事情が異なります。その少女、リフィーと申します者を、先ほど三人の暴漢に襲われているところを私が助けたのです」
「太陽? ふふ、悪くないな」
お気に召していただけたようだ。
やはり頭のネジが緩んでいらっしゃる。
「その際、私は暴漢を二人……斬り殺しました。もう一人も腕を斬り飛ばしたので、最悪は既に死んでいるか、いずれ死ぬことになるでしょう」
リフィーの話に繋げなくては。
息が苦しい。リフィーの話以前に言葉が繋げられなくなってしまっている。
「……そうか。バリロック、そこに正義はあったのか?」
「ありました。私は自分の正義に則り、その者達を成敗しました」
どうだろう。相手の話も聞かずに斬りつけたはずだった。
事情も聞かず、感情のままに殺したのではなかったか。
「――申し訳ありません父上。私の正義は私のものであり、殺した者からすれば、私は悪であったかと思います」
一方的な正しさだ。
ベランダにできた蜂の巣を駆除し、襲ってくる蜂を殺すことは人間からすれば正しいだろう。
だが蜂からすればどうか。巣を奪おうとする人間に攻撃する事は正しい行為であり、人間は巣を奪い家族を殺そうとする、悪そのもに映るはずだ。
互いが互いの正義を戦わせ、勝った方が正しいと言われる。
俺はそれに疑問を禁じ得ない。
「成長したな、バリー。父は嬉しいぞ」
息子が人を殺したことを喜ぶのか。
猟奇的な父だ。
暗黒父上と呼ぼう。
「暗黒父上、それは」
「胸を擽る響きだな……」
ぞくぞくと背筋に走るものあるのだろう。
少し震えながら父は悪そうな顔で笑っている。
いや今はそんなことを言っている場合ではない。
父はいつの間にか顔を正していた。
「剣を持った時より、自身の死も覚悟せよ。そう教えたな」
「はい」
「命を奪うということは、奪われることもある。そうだな」
「はい」
「自分の正義は自分で決めるんだ、バリー。俺はお前がどんな正義を心に持とうとも、決してご先祖様方が代々守ってきた、このハーツ家の恥となるような者にはならぬと確信している」
「父上……」
不覚にも涙がでそうである。
「詳しい事情はわからないが、バリー、お前が正しいと思った事を行え。それが正義だ」
この父上を裏切るわけにはいかない。
俺は改めて自分の中の正義と向かい合い、答えを探そうと決めた。
「はい。まだ答えは見つかりません。いずれは自分の正義の在り方を探し出してみせます」
「それでいい。私ですら、未だ答えは見つからず道半ばといたところだ。共に悩み苦しもうではないか」
「父上ですら道半ば……遠い道のりですね」
自分のような小童がそう簡単に答えを見つけられるものではないのだな。
「あ、忘れていた事があります。実はそのリフィーという少女を助けた際、どうやら私は勇者の血が目覚めたようです」
肝心なことを忘れていた。いかんいかん。
「いやそれ滅茶苦茶凄いことだぞ! 最高かよ!」
父上は城に住んでいらっしゃる大爺様の影響を強く受けているので、興奮しすぎると言葉が崩れることがある。愉快な方だ。