上がらせて
「リフィー、そろそろ離れてくれないか……」
「嫌よ」
「でも歩きにくいだろ?」
「落ち着くわ」
「そうかぁ……」
俺は助けた少女、リフィーに腕を絡ませられながら家路についた。
事の発端は俺がこの銀髪黒エルフの少女を助けた事。
「俺が守るって言ったわ。約束を違うの?」
それは確かに言った気がするが、一生だとか、永遠にだとかではない。
あの時に限っての話だ。
「あのさ、ここが俺の家なんだ。君は家に帰らなくていいのか?」
純粋な疑問だ。
「……ないの。もう」
「そうか……」
もうってことは当然前まではあったんだよな。
貧民程酷くはないが、立派な格好とも言い難い服だ。
何か事情があるのだろうか。
「じゃあ上がっていくかい?」
門をくぐり屋敷へと続く道を歩く。
「男の家にほいほいついていく安い女だと思わないで」
「そうか、高い女なんだな」
お高くとまるだけの美貌は認めるよ。
「あなたは女に値段をつけるのね」
キっと睨んでくるが、腕はギュッと強く締められる。
どうすりゃいいんだよ。
まず離れろよ。
こっちはさっきからドキドキしっぱなしなんだぞ。
「いや、そういうわけではないんだけど」
「ではこうしましょう。あなたの家で住まわせてちょうだい」
ほいほいついてこないんじゃないのかよ。
一足飛びに住もうとしてるじゃないか。
「俺の一存では、それは決めかねるかな」
「守ると言ったのは、私をここに連れてくるための罠……?」
連れてきてない。お前が引っ付いてきたんだ。
「面倒なことになったな……。じゃあ当主である父上に聞いてみるから少し待っててくれ」
仕方ない、どうせ断られるが誠意ある対応のため、一応父上には聞いておこう。
「今、面倒で重い女と言ったわね? 訂正なさい。私が重いのは胸だけよ」
「面倒」の部分は訂正しなくてよくて、言ってないはずの「重い」は訂正しないといけないのか。斬新な言いがかりだ。
「悪かったよ。君は軽い女だ」
「尻軽みたいに言わないで。やっぱり男はそういう女が好きなのね。不潔よ」
まぁ確かに失言だったな。
「失言だった。言い方が悪かったよ、許してくれ」
「湿原って、なぜ私が濡れていると気づいたの。そういう器官があなたには備わっているというの?」
しらねーよ。
なんだよその器官。
「じゃあ行ってくるから」
「あ……」
少しだけ乱暴に腕を引きはがすと、リフィーは小さく声を漏らした。
それは悲鳴とも取れる、だが小さな呟きであった。
少し悪いことをしたかと思い、扉を開ける前に一度振り向く。
リフィーはさっきまでの無表情で余裕のある顔ではなく、今にも泣きそうな顔をしていた。
心なしか体も小さくなっているような気がする。
それ程にリフィーは何かに怯えていたのだ。
「婦女子を外で待たせるのは紳士として間違った行いだった。中で待っててくれるか」
リフィーは何も言わずまた俺の腕を抱いた。
「守ってください……」
一言そういうと、顔を俯かせ、何も言わなくなってしまった。
メイド見習いとして働いている7歳前後の少女が玄関まで迎えに来てくれる。
「おかえりなさいませ、バリロックおぼっちゃまさま」
まだ言葉が拙いが、それはご愛嬌だろう。
本来は貴族の娘などがやる仕事だ。言葉もろくに知らない貧民街の娘が半年や一年で身につくものではない。
「ただいま。父上は書斎かな?」
「はい、ご主人様はただいましょさいにて、にて、にて……」
なんだ。にて、なんだ。
気になるところで止めるのはやめろ。
「えーっと、執務かな?」
「はい! いつむ中です!」
しつむ、な。
「わかった、ありがとう。ロイを呼んできてくれ。この子を客室へ案内してほしいんだ」
また腕が締められる。
「かしこまりました。ただいまお呼びしてまいります」
リフィーは俯いていた顔をあげ、こちらを不安そうに見ている。
「大丈夫だよ、ロイは信頼できる従者だ。リフィーに何かをしたりはしないよ。というか、この屋敷の人間は君に害を与えようとはしないから安心してくれ」
リフィーは不安そうな顔を元に戻し、無表情になった。
「そう言って安心させ、眠り薬を食事に盛るのね」
あ、最低でも食事していくことは確定したんだね。
「しないよ……俺を何だと思っているんだ」
「童貞」
そうですけども。
「そんな言葉を女の子が使っちゃいけません」
「女として私を見ているのね、そのケダモノのような目で。心では舌なめずりをしているのでしょうね。この瑞々しい肉体をどう料理してやろうかと」
おかしい、至極真っ当な事を言ったはずなんだが。
「お待たせしましたお坊ちゃま」
ロイが来てくれた。
助かった。
ロイは俺の赤い髪と対を為すような真っ青な髪色をしている。
貴族でもここまで綺麗な青色の髪を持つものはいまい。
「お坊ちゃまはやめてくれ。バリーでいいよ、ロイ」
「バリー」
なぜかリフィーが言う。
それにいつの間にか俺の背に回っている。
「話しは窺っております。そちらのお嬢様が、バリー様についた悪い虫ですね。客室までご案内いたします」
さらっと酷いことを織り交ぜたな。悪い虫って。
「リフィーよ。悪い虫ではないわ」
「失礼いたしました。善い虫のリフィー様、こちらへ」
リフィーとロイの視線がぶつかり火花が散っている気がする。
「ロイ、お客様だ。丁重に持て成すこと」
「はい、バリー様の仰せの通りに」
本当にわかってんのかなー。
でもリフィーの緊張も少しほぐれたみたいだ。
案外わざとやっているのかもしれないな。
「こちらですムシー様」
わざと悪意を出しているな。