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勇者さまの「プールポワン」、承ります!  作者: 秋月 忍
イシュタルト・リゼンベルグ編
42/45

夜会 2

いつもありがとうございます。


若干、少なめです。

 アステリオンとアリサが庭園に消えるのを見送ると、俺はエレーナたちに軽く頭を下げ、夜会会場を抜け出す。

 打ち合わせ通りに、俺は使用人用の通路を使い厨房へと入った。

 夜会の料理は作り置きが多いとはいえ、調理人たちは目まぐるしく働いている。食べ物の香りが厨房に充満していた。

「イシュタルト様」

 コックのファルクが俺を手招きした。打ち合わせ通りだ。

「そちらの裏から抜けられます。イシュタルト様の武器は、そちらの棚にお預かりしております」

「すまんな」

 俺は、材料保管庫の大きな棚におかれた木箱を受け取り、鍵を開ける。

 上着とシャツを脱ぎ、アリサの作ったプールポワン一枚を着て、矢筒を肩から掛けた。弓と剣を手にして、俺は庭園へつながる扉をそっと開く。

 しん、と静まりかえったなかに、バラの香りが漂う。

 俺はじっと、闇に目をならしていった。

 等間隔におかれたランタンが足元を照らしているので、けっして何も見えない訳ではない。

 アステリオンとアリサは庭園に造られた滝のそばのベンチでしばらくの間過ごす予定だ。その場所は、死角が多いので狙われやすいが同時に、こちらの伏兵を潜ませることもできる。

 アステリオンの剣の腕はかなりのものだし、アリサは美しいだけの令嬢ではなく、超一流の魔導士だ。簡単にどうにかなるものではないが、たぶん、相手はそうは思っていないだろう。少なくとも、アリサの実力を知るものは、ほとんどいないに違いない。

 俺はひとがあまり通らない通路を選び、持ち場へと急ぐ。シンと静まり返ったその場所は、人工的に作られた滝の滝口に当たる場所で、夜会の客などは入っては来られない場所である。宮廷の外のエリ川から引かれているその取水口は、飲み水としても使用されるため、外部から人が入らないようになっているのだ。

 行き止まりの通路に、鉄の扉がつくられている。

 俺は、鍵を開け鉄の扉を開けた。ここから先は、灯りがない。

 闇に目を凝らしながら、通路の先にある梯子をのぼっていった。

 下から上の様子がわからぬように、滝口の型側には生垣が作られ、反対側は、石垣が組まれている。いずれも大人の胸の辺りくらいの高さだ。

 取水口から流れてくる水は分水されて、サラサラと暗闇に流れていく。

 ざわり。

 人の気配がした。

 ザクリっと、俺の隣の生垣から銀色の刃がのびたそれをかわして俺は、その腕をつかみ、反対の腕で、そいつの頭を肘で殴りつけた。

 ぐぅっ

 呻き声を合図に、俺の頭をめがけて刃が滑る。腰をかがめてやりすごしながら抜刀し、襲撃者を殴りつけた。

 ふう。

 滝口側は、それほど人数を配置していなかったらしい。潜んでいた襲撃者は五名だった。

 気絶したそいつらを縛り上げながら、観察する。

 当たり前のことであるが、身分を証明するようなものを身に着けているものは一人もなさそうだ。

「アリサ、後ろへ!」

 不意にアステリオンの声が闇の中に響いた。

 アリサの呪文を唱える声が聞こえてくる。

 俺は、弓を持ち、水の中へ入る。冷たいことは冷たいが、水量はそれほどないから、水流が気になるほどではない。滝口ならば、遮蔽物はない。見下ろした先に、襲撃者たちと争うアステリオンの姿があった。

「ロバート!」アリサの声が飛ぶ。

「ダメだ! 追えない!」

 ロバートが叫んだとたん、禍々しい瘴気が庭園中に噴き出した。

 圧倒的な重量感を持った黒い塊が、山のように、そこに出現した。

「……我、魔の理を持って命ずる」

 ルクスフィートの呪文の詠唱が聞こえて、闇の中に灯りが灯された。

 山のような大きなテラテラと鈍い鉄色に輝く体躯が浮かび上がる。九つの頭を持つ、巨大な水蛇『ハイドラ』だ。

 大きな水蛇の巨体が、のたうちながら、生垣の上を這ってピシピシと枝を折る音が鳴り響いている。

 体長は二階建ての建物くらいある。九つの鎌首は四方に向けているものの、まっすぐにアステリオン達を目指している。

 外に魔道の光が灯されたことで、『異常事態』がおこったことに気が付いたテラス側で、悲鳴がおこった。

 俺は弓に矢をつがえ、水蛇の頭を狙った。

 ひゅうっと放った矢は、頭のひとつに突き刺さる。

 ぐわっ。

 そいつは苦痛にのたうつものの、致命傷にはならない。

「イシュタルト様!」

 ロバートが俺を見上げる。

「ロバート!」

 俺は弓を構える。

 すべてを心得ているロバートが呪文の詠唱を始めた。

 つがえた矢が、ロバートの魔力を帯びて青白く発光をする。

 ザシュッ。

 先ほどとは違う頭に矢が突き刺さる。さすがにロバートの魔力を帯びた矢尻は強力で、絶叫を上げた。

 飛び散った鮮血が、ジュワッと茨を焼く。

 俺は次々に矢をつがえた。

 彼奴の鮮血や唾液は猛毒で、接近戦は難しい。

 さりとて、矢で致命傷を与えるのも簡単ではない。

 俺たち騎士にできることは、魔導士たちが魔術を行使するための『隙』をつくらねばならない。

「アリサ! 足止めを」

 ロバートの声が響き、アリサの詠唱が続く。

 魔導士たちが詠唱を重ね、魔力が渦巻くようにうねった。

「我、魔の理を持って命ずる。巌となれ!」

 ロバートの詠唱が闇に響き渡った。

 魔力がふくらむ。

 そして。

 ぺきぺきと音を立てながら、のたうつハイドラの身体が徐々に岩へ変化していき、そして、完全に沈黙が訪れた。



 ハイドラが動かなくなったのを確認して、俺は庭園へと戻る。衛兵に襲撃者の後始末を頼み、テラスの傍に陣取った隊長のレヌーダに報告をする。

 夜会会場の中のことは、エレーナとルクスフィートが対応しているらしい。用意周到な二人のことだ。その辺にぬかりはないだろう。

 ふと目をやると、アリサがベンチに腰を下ろしていた。

「どうした? アリサ」

 アリサの顔を覗きこむと、体調が悪いのか、表情がいつも以上に固い。

「いえ。なんだか、嫌な感じが残っていて。はっきりした波動などを感じる訳ではないのですが」

「瘴気に当たったのか? それとも魔力の使い過ぎか……何ならお前は中で休むか?」

 言いながら、俺は、アリサの服装に目をやる。露出の高いその服装は、当然冷えるだろうなあと思う。

「いえ。大丈夫です」

 俺は、食堂から回収してきたシャツをアリサに投げかけた。

「アリサ、それを着ろ」

「あの、寒いわけでは……」

「目の毒だ」

 あまりにセクシーなそのドレスは、衛兵たちの視線を集めてしまう。士気が上がる、という側面も否定はしないが、正直気が気でない。

 アリサは、納得したらしく、素直にシャツを受け取って羽織った。

「イシュタルト」

 俺は、レヌーダに呼ばれたので、本部に戻った。

 レヌーダが、ランタンで照らした、宮廷地図に、朱色の印をついていた。

「ここと、ここに、侵入した形跡があったが……逃げた痕跡はない」

「……つまり、魔導士の逃げた後がないということですか?」

「そうだ」

 剣を持った刺客は、死亡もしくは、捕縛された。少なくとも、襲撃に参加した人間で逃げた様子はない。

 しかし、調べを待たねばならぬがそのなかに、ハイドラを召喚した人間がいるとは思えなかった。

「残滓を探りましょう」

 ロバートが横から口をはさんだ。

「幸い、アリサもおります。アリサはたぶん、魔力を感じることにかけては、この国ではトップクラスですから」

 確かに、森の中から流れてくる微弱な魔力を感じ取ってしまうほどに、アリサは鋭敏だ。

「そうだな、頼めるか?」

「はい」

 レヌーダがそういうと、ロバートは先にアリサの元へと戻っていく。

「ランタンをいくつかお借りします。ハイドラの毒液に触れるとまずいですので」

 俺はそういって、灯りを確保する。

「兵はいるか?」

「いえ、たぶん、レグルスがついてくるでしょうから」

「ほほう」

 レヌーダの目に一瞬、好奇のいろが浮かんだ。

「皇太子殿の評判もよかったようだし、たいへんだな、イシュタルト」

「勤務中に、そういう話はやめてください」

 俺は、本気でレヌーダに抗議した。



 夜中まで調査したものの襲撃者を特定する決め手は見つからなかった。

 調査はいったん打ち切り、近衛隊も一部を除いて、交代で休みを取ることになった。

「結社ミザールだとして、奴らは何が狙いだと思う?」

 俺は、近衛隊の詰所に戻りながらロバートに問いかける。

「本気でレキサクライの王国の再興を願っている可能性も、出てきたと思います」

 ロバートは唸るようにそう言った。

「帝国の魔力バランスを崩すというのは、皇太子暗殺とはまた別次元の発想ではないか、と」

 ふうっとロバートは首を振った。

「そうだな。単純に政権を奪いたいのであれば、魔力バランスを崩して得することなどありはしない」

 魔道に詳しくはないが、崩してしまった陣を修復するのは、費用も時間もかかる。

 たとえそれで、政権を手に入れたとしても、内政安定に影響を与えるのに間違いない。

「イシュタルト様は、アステリオン皇太子さまに、カーラ公女とのご婚姻をおすすめのようですが、僕が余計なことを一言いうなら、カーラ公女のお相手は、イシュタルト様でもよろしいのでは?」

 ロバートが首を振りながらそう言った。

「要はカーラ公女をこちらに引き込んでしまえば、サルガス公爵はアステリオン皇太子につく可能性が高くなります……って。そんなに怖い顔をしないでください」

 俺の顔に何を見たのか、ロバートは首をすくめた。

「それができるなら、とっくにしている。侯爵としての役目は果たせていないとは思うが。俺は自分の気持ちに蓋をすることができない」

 俺が望めば、カーラ公女がリゼンベルグ侯爵家へ降嫁することは可能であろう。サルガス公爵は、娘を溺愛しているし、公爵家にはまだ幼いとはいえ、公子がふたりいる。

「それなら、もっと強気でお攻めになることです。社交界に出てしまった以上、僕が言うのもなんですが、姉は人目を引きます」

「……わかっている」

 ロバートは俺の弱気を見抜いていて、責める。

 唯一の救いは、この姉想いの弟が、俺を姉の相手候補として認めてくれていることだ。ロバートに認められない限り、アリサは絶対手に入らないのは、間違いない。

「ジュドー・アゼルなど問題にならないくらい、やっかいな人物に見初められる可能性だってあります。ま、姉は、美辞麗句を紡がれても、全く気が付かないとは思いますけどね」

「アリサは、なぜ、あそこまで鈍い?」

「職人気質ですからね。外見を褒められるより、作ったものや成し遂げたことで評価されたいのですよ。親父にそんな風に育てられましたから」

 ロバートは誇らしげにそう言った。

 ロバート自身、そういうところがある。

 言われてみれば、アリサとの距離が近くなったのは、俺が顧客として彼女を評価してからだと思う。

「……お前達双子はよく似ているな」

「よしてください」

 俺の言葉に、ロバートは眉をひそめた。

「僕は、もう少し世間を知っています」

 ロバートは不服そうにそう呟いて、詰所の隊員用の仮眠室へと入っていった。

 俺は詰所にある自室に入り、硬いソファに横になった。考えるべきことはたくさんあったが、泥のような睡魔が俺を襲い、俺はそれに身を委ねた。


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