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サンドライダー  作者: 耀雪メイカ
夕暮れ色の出会い編
4/4

4話・涙の誓い

砂漠で遭遇したサーペントの群れとの死闘。

深手を負わせた配下のサーペントが、決死の覚悟で攻撃を仕掛けて来た。

ディアデムは全て攻撃に飛ばした為守りは手薄。

加えて虚を突かれ肉薄されてしまった現状、もう巡航速度では間に合わない。

躊躇ったら間違い無くあの蛇の大口に呑まれて殺られる。


「くっ、止むを得ない!」

俺は断腸の思いで最大加速を敢行。

同時にシールドが生み出す加速の衝撃が強かにこの身に圧し掛かった。

星遺物を使っている最中の最大加速は、魔力を一気に消耗する。

決して多用出来ない非常の緊急手段なのだ。


血塗れになりながらも迫るサーペント。

それを猛加速で振り切り、大口に飲まれる寸前……正に紙一重で躱す事に成功。

同時にディアデムをタクトで繰り、再度配下の蛇へとお見舞いした。


紅い軌跡を描きながら五本の光剣が瀕死のサーペントに再度飛翔し殺到。

頭蓋と喉元を深々と抉って、確実にトドメを刺す。

星遺物の刃を前に遂に力尽きた配下の蛇は、ゆっくりと砂漠へと倒れた。

その衝撃で砂塵が天高く舞い上がり、青い砂が降り注ぐ。


決して敵を甘く見ていた訳ではない。

だが恐るべき敵の底力を前に、禁忌の手を使わざるを得なかった。

しかし確実に仕留めた事で残るは隻眼のサーペントだけ。


憎き宿敵、だが最優先なのは一刻も早くセギンへと無事辿り着く事だ。

星遺物を使っていられる時間も残り僅かで心許ない状況。

的確に奴を無力化し、離脱しなければならない。


並のサーペントを凌駕する甲殻を持つ奴に対し、致命打を与えるのは余力を鑑みても無理だろう。

ならば、かつてヴェロニカが抉った傷痕を徹底して攻め立てるまで。


そう決断した俺は、タクトを振り奴の顔左側面を狙う。

あれの視野は右だけ、加えて付けられた傷の多くは左に集中している。

削りを掛ければボロが出ると踏んだのだ。


素早くタクトを振り、ディアデムを左眼の辺りへと殺到させる。

タクトの軌跡をなぞるようにして流星剣が輝きを纏いながら飛翔。

すると奴は素早く頭を振り、続々飛来する剣を弾いてみせた。


「何!」

隻眼の大蛇が見せた思わぬ防御行動に、思わず驚愕の声を上げる。

傷口の痕を抉るべく刺突を狙っていた為、頭を降る事で狙いを絞らせず剣筋が逸らされた格好だ。

傷痕を的確に庇う、これは並のサーペントのする事ではない。

奴は獲物を狩るだけではなく、戦う術をしっかりと心得ているのだ。

改めて隻眼のサーペントが秘める強さを思い知る。


奴の左の視界は効かない、だがまだ耳は生きている。

恐らく聴覚によりディアデムの襲来を捉え、左の顔を庇うべく咄嗟の防御をしたのだろう。

こちらは決着を急がねばならないというのに、奴はここへ来てこんな芸当までもやってのける。

宿敵が見せた戦闘力、その大きさに脳裏に暗雲が漂い出す。


そんな心境見抜いてか、右目を見開き隻眼のサーペントが背後から迫る。

その形相たるや正しく悪鬼そのもの。

大きく開いた口には、醜く歪な舌と鋭利な牙が生え揃い地獄の入り口めいている。


奴は大きくその身をくねらせ、突如爆発的な加速を見せた。

大蛇の巨体が躍動し俺達の足元に大きな影が射す。

隻眼の大蛇が宙を舞う……何とも馬鹿げた信じ難い光景に怯む事無く両足に力を込めた。


「スハイルさん、上!」

メイサは叫んだ、空を覆い尽くさんばかりに上空より襲い来る蛇を眺めながら。


「しっかり捕まって!」

そう彼女に呼び掛けつつ、迅速に左後方へと急制動を掛ける。

ライドシールドが砂塵掻き分けターンし、上空から襲い来る奴の頭を回避。

同時に手にしたアストラルタクトに魔力を注ぎ込み伸ばす、剣を指揮する指揮棒もまた確かな武器だからだ。


「このっ!」

回避しつつ擦れ違い様に奴の頭を手にしたアストラルタクトで切り裂いた。

砂漠に潜らんとした正にその瞬間に叩き込む一撃。

伸長したタクトは奴の左眼の痕を斬り裂き、確かな血飛沫を舞わせる。

手応えはある、だがまだ浅い。


そう思った瞬間、飛翔させていた剣からタクト越しに警鐘が届いた。

捉えたのは音、後方から奴の尻尾が高速で襲い来る。

咄嗟に振り向くと、俺達を背後から強襲するべく物凄い速度で尾が迫って来ていた。

その様は熟練の者が振るう鞭そのもの。

直撃すれば一巻の終わりだ、決して唯では済まないだろう。


まるで地平線毎薙ぎ払わんとする大蛇の尾、その様を見てメイサは両目を見開く。

砂漠を行く砂乗りでは決して避けられない一撃を前に、その表情が凍り付いた。

そんな彼女に力強く宣言する。


「飛ぶよメイサ、気を付けて。ディアデム!」

「えっ!?」

驚いた彼女を抱き締め、無心にタクトを振るう。

すると飛翔していた一つの流星剣が、ライドシールドの底へと潜り足場と化す。

ディアデムの刀身とシールドの推進紋章が反応し、砂漠から空中へと一気に躍り出る。

更に立て続けに飛来する真紅の流星剣が空に点在する足場となり、俺達は飛んだ。

砂の代わりに光の刀身の上を次々に滑りながら。


「わぁ……!」

驚愕の後彼女が見せたのは、歓喜の言葉と表情。

自在に空を飛ぶ術がないこの世界、その例外がこの星遺物の力。

ディアデムの真価は多彩な汎用性にある。

こうして刀身の背を滑り、魔力の許す限り飛ぶ事さえ出来るのだ。

とはいえこれもまた普段より多くの魔力を費やす物、決して多様は出来ない。


敵の繰り出す尾による一撃を、ディアデムの上を滑り飛ぶ事で鮮やかに回避。

足元の遥か下を漆黒の尾が滑って砂塵と衝撃波が舞う。

手応えがまるで無いのを悟ったか、地中に潜っていた隻眼の大蛇が大きく首を突き出そうとする。

砂漠が徐々に大きく隆起し盛り上がった、奴は仕掛けて来る気だ。


サーペントは人を魔力で捉える。

熱を吸収するこの砂漠では、熱で獲物を捕捉出来ない。

蛇に備わる熱探知機能の代わりに獲得したのが、この魔力検知だ。

万人に必ず備わる力……魔力、その源を奴等は執拗に狙う習性がある。


奴等はこれで人間を探知し、毒牙に掛けて来た。

ならばそれを逆手に取るまで。

奴の狙いは空中に居る俺達を丸呑みにするつもりなのだろう。

だがその位置関係こそが武器となる。


ここは空……対して奴は地から天へと顔を突き出す格好だ、相対速度を大きく稼げる。

速度が稼げる故に奴に反応の暇を与えず、今ならば渾身の痛打を浴びせる事が可能。

俺はタクトを握り締め、万感の思いを篭めて剣に指示した。

奴の傷痕を穿てと。


「全剣突撃、行けーっ!」

渾身の叫びと共に放つ、落下の勢いを乗せた一撃。

その刹那遂に奴は顔を出した、砂中から顔を出したばかりの大蛇はもう反応が間に合わない。

足場にしていた剣さえも攻撃に回し、自由落下しながら放った全てのディアデムが奴に殺到する。

狙うは既にタクトで傷付けた部位、流血止まらぬ傷口だ。


既に罅割れた所に突き立てれば、ましてやそれがかつてヴェロニカにより付けられた傷痕ならば。

猛者の大蛇といえど決して唯では済まない。

螺旋の回転加え突撃した剣が二本三本と炸裂し、タクトで付けた傷痕を容赦無く抉って行く。

上空から果敢に降り注ぐ様はまさに流星雨。

激しい一撃により舞い散る鮮血、爆ぜ飛ぶ黒き甲殻。

隻眼の大蛇は大きく口を開いて悲痛な叫び声を上げた。


タクト越しに感じるは確かな手応え。

奴の左目に付けられた深い傷痕を再び抉り、古傷までもが疼いたか隻眼の大蛇は大きく身震いする。

そして無様に巨体をのたうち回らせて、青き砂漠の上で暴れ回った。

激痛が全身走り抜け、最早戦える状態ではないのだろう。


「良し、離脱する!」

俺はそう宣言し、星遺物を回収。

元の髪飾りに戻しながら全力加速を敢行し、振り返った。


そこには徐々に遠くなりゆく隻眼の大蛇の姿。

その姿を目と心に焼き付けながら俺は決意した。

何れ奴とまた出会い、必ず決着を付けると。


「スハイルさん……」

「気にしないでメイサ、この砂漠に俺が挑み続ける限り奴とはまた巡り合う。その時でいい……その時でいいんだ、決着は」

心中を察してか、おずおずと彼女が掛けて来た言葉。

それを遮るように、俺は元気に微笑んだ。

この事でメイサに気に病んで欲しくはなかったから。


最大加速で振り切りつつ、周囲の敵の気配を確認。

流れ行く青い景色と風の中、異常な兆候は見受けられない。

サーペントの気配無しと判断した俺は、巡航速度に切り替える。

彼女を送り届ける目的地・大商都セギンは近い。


残り少ない魔力を気にしながら、俺達は真っ直ぐ前を見て進む。

この果てしない砂漠を。


ーー


気が付けばすっかり日が傾き、優雅なお茶でも楽しむ時間帯に入っていた。

生憎ながらポーチに入れられる荷物に限りがある為、茶や菓子の類は無い。

何かせめて彼女に甘い物でも……と考えた矢先、抱き締めていたメイサの身体が震え出して事に気がついた。


「メイサ……?」

彼女に声を掛けてみるも、返答が無い。

見るからに顔色が悪く、疲労の色が色濃く見えた。


そんな彼女を見て脳裏に一つの可能性が過る。

サーペントのプレッシャーに加え、激しい戦闘機動が身体に障ったに違いない。

数度呼び掛けるも返事が無く、額から流れ落ちるは悪寒によるものと思しき汗。

急いでポーチからタオルを取り出して、流れる汗を拭いつつ滋養薬を探る。

今の必要なのは栄養と水分、だが……。


「これは厳しいか……」

取り出した物を見て思わず呟く。

どれも噛み砕いてから飲む丸薬タイプの物だ。

この砂乗り愛飲の丸薬は固く、悪寒に震える今の彼女には厳しいだろう。

完全に想定が甘かった、これではメイサに滋養薬を与える事が出来ない。


かと言ってこのままではメイサの身が危険だ。

急ぎ決断した俺は、丸薬を口に入れしっかりと噛み砕く。

ゴツゴツした大きい丸薬を咀嚼し、飲み込み易くする。

噛み終えた俺は、深く詫びを入れた。


「メイサ、ごめん」

そう言って彼女の唇を奪う。

そして噛み砕いた丸薬を、口伝いでメイサへ与える。

飲み込んだ彼女に水筒の水を与えて、より体温を与えるべくぎゅっと抱き締めた。

体調回復を切に願いながら。


雲が流れ、過って行く砂丘達。

緊迫感伴い流れる時間の中、遂に彼女が復調した。

顔色に血色が徐々に戻り、震えが止まる。

汗は止まり、一先ず危機を脱した様子だ。


「スハイルさ……ん、ありがとう」

メイサは唇を開いて、素直な感謝の言葉を送る。

そんな健気な彼女を見て少し安心した、だが油断は出来ない。


「無理しないでメイサ、もう少しゆっくりしてて良いから。回復を優先して、ね」

そんな彼女の頭と背を優しく撫でながら、囁く。

するとメイサは少し嬉しそうな表情で頷いた。

体温を共有する為、二人抱き合ったまま砂漠を疾走する。


黙する俺達に変わって、風が静寂を破って音を奏でた。

そんな風の音色を聞く度に大自然の偉大さと豊かさを思い知る。

その風で鳥達は鳴き声と共に大空を舞い、雲がゆっくりと流れていく。


そんな天然自然のオーケストラに包まれながら、太陽は柔らかな日差しという恩恵を与えてくれる。

悠然とした、幸せを噛み締められる瞬間だ。

今の彼女にとって温度は必要、俺はセギンへの進路を取りつつ雲の影を避け続けた。

右へ左へ……メイサの身を気遣いゆっくりなだらかなターン。


変化に乏しい砂漠の地形が流れ、時間は優しく経過していく。

遠く幼少の頃に体験した日溜りに包まれているような感覚を不意に思い出し、懐かしさが溢れ出す。

きっとそれに共感してくれるであろうメイサは、この胸元で休んでいる。

俺を心から信頼してくれているのだ。


そんな彼女の為にターンを重ねて夕暮れを迎えつつある砂漠を進む。

すると、自身の変調に気がついた。

ライドシールドの推力が明らかに落ちて来ていて、景色の変遷が鈍い。

巡航速度を維持していた筈なのに、明らかにスピードが衰えている。


「まさか……まだセギンに辿り着いていないと言うのに!」

沈黙を破り、思わず声を出してしまう。

遂に恐れていた事態である魔力切れを迎えてしまったのだ。


隻眼のサーペント率いる群れとの死闘で、止むに止まれず星遺物を初め余りにも魔力を使い過ぎた。

魔力が切れればライドシールドは使えない、そうなれば唯の板切れ。

そして砂漠で足が止まれば、サーペントに狙われる。


奴等は魔力を生み出す源である命を執拗に狙う、俺が魔力枯渇してもメイサの物を目印に狙いを付けて来るだろう。

更に、魔力無くしては奴等に対抗し得る星遺物も起動出来ない。

そうなれば八方塞がり、あるのは絶望だけ。


最悪の事態を避けるべく、何とか自身の内から魔力を絞り出し進む。

死闘を経て疲労困憊である心と体に鞭打ちながら。

俺は誓ったのだ、彼女を護り抜くと。


その言葉を胸に刻み、少しでも前へ。

だが無常にも速度の減衰が止まらない、砂漠を行く速度がゆるゆると落ちていく。

サーペントの群れの出現情報が出ている今、他の砂乗りに出会う確率は皆無。

救援も望めない。


それでも自身の内にある魔力を懸命に絞り出し、ライドシールドに注ぐ。

衰え行くスピードに抗うように。


「……大丈夫です、スハイルさん」

そんな中、休んでいたメイサはそう優しく呟いた。

同時に彼女は静かに呪文を唱え出す。

それは何処か懐かしい子守唄のようにも聞こえた。


「メイサ?」

不思議に思い彼女の名を呼ぶと、メイサは不意に俺の頬に手を当ててこの唇を奪った。

それはとても献身的で、甘く優しい口付け。

同時に仄かな暖かさが唇を伝って来て、身も心も蕩けてしまいそう。

とても心地良い瞬間。


今の彼女の存在はまるで慈愛に満ち溢れた女神のよう。

同時に感じるのは、メイサから気持ちと力が流れ込んで来るような感覚。

背負っていた物の重さが、寂しさが心に刻んで来た無自覚の傷痕が溶けるように癒やされていく。


その快感が心を満たして、二人の間で通い合う気持ちが確かな愛情へとその形を変えた。

例えこのまま時が止まってしまっても構わない程のひと時。

それを心から名残惜しむよう静かに彼女は唇を離した、その余韻にさえ愛おしさが湧き上がり切なさがこの胸を締め付ける。


けれど余りに咄嗟の出来事で心奪われ混乱していると、周囲に淡い燐光が漂う。

これは魔法が使われた証、恐らくは魔力供与の魔法だったのだろう。

彼女から送られた魔力がこの身に漲り、再びスピードが蘇った。


「これでお相子です、スハイルさん。だからどうか気になさらないで下さい、私は……嬉しかったのですから」

メイサは色っぽく唇に手を当てながらそう囁く、日溜りのような笑顔を浮かべながら。

その頬は朱に染まり、恥じらう仕草が可愛い。

一人の少女が踏み出すには覚悟の居る高い障壁、けれどメイサは乗り越えた。

窮地に陥った俺を助ける為に。

彼女の勇気と可憐さに改めて心惹かれ、多幸感がこの心を埋め尽くす。


「有難うメイサ、本当に助かった。これでセギンへ辿り着ける」

俺はそんな彼女の気持ちに応え感謝の言葉を送る。

不思議と照れは無かった、きっと心を幸せが満たしていたから。


そして改めて助け合う事の大切さを知る。

砂乗り達の鉄の掟である相互扶助精神、それは人が人として生きて行く為の礎。

ヴェロニカはその尊さを貫き、メイサの献身によってこうして俺は助けられた。

あの人が繋いでくれたこの命を、そして今度はメイサとの誓いを守る為に。

俺は自信に出来るベストで応えなくてはならない。

そう考えていると、メイサはもじもじしながら口を開いた。


「魔導書も読んでいた甲斐がありました、スハイルさんのお役に立てて本当に良かった」

そう言いながらメイサは恥じらい、ほんのりと涙を見せた。

きっと溢れる気持ちが流れ出したのだろう。

そんな彼女を優しく抱き締め、髪を撫でて上げていると遠く微かに街が見えて来た。


遠くセギンの横合いには砂漠に沈む夕日。

夕暮れの砂漠の色合いは、メイサの瞳の色に良く似ていた。

その様を見て、彼女に語り掛ける。


「青い星砂は色んな表情があるんだ……雨が降ると反応して青い燐光を放つし、月明かりに照らされると夜空を恋しく思うように光の漣が走るんだ。そしてこうした夕焼けの時には赤と青が綺麗に混ざって、メイサの瞳の色みたいにバイオレットになるんだよ」

その言葉を聞いたメイサは、優しい眼差しで夕暮れを見つめた。

自身の瞳の色と似た、砂漠の世界を。


「まぁ、本当に素敵……」

彼女はうっとりとしながら遠く流れる景色を堪能する。

長きに渡る療養で、止むなく深窓の令嬢として生きて来たメイサ。

彼女が見た事の無い景色なのだろう。


「世界は広い、まだ見ぬ景色はもっと沢山あるんだ……君にそれを見せてあげたい。夢が一つ増えたよ」

「私もです、きっと良くなってみせます。貴方と一緒にその夢を叶える為に」

俺がメイサに語った新たな夢。

それは彼女も同様だったようで、歓喜の微笑み浮かべながら約束してくれた。


確かな夢があるのならば、きっと病に打ち克てる。

遠くバイオレットに染まり、流れ行く砂漠の景色を眺めながら俺はそう信じた。



ーーー


感じる風の中、視界を真っ直ぐ正面に向けると徐々に大商都セギンの輪郭が顕になって来る。

長い渡航と激しい死闘乗り越えて、遂に目指していたサギンへと辿り着いたのだ。

青い砂漠が徐々に途絶え、黒い岩盤へ到着する。

ここは街の出入口、ライドシールドから彼女を下ろし盾を小脇に挟む。


メイサと逸れぬよう、彼女と手を繋いで巨大なゲートを潜った。

その先にあるのは、交易により栄えた煉瓦造りの豊かな町並みだ。

街の規模は俺が行く中では最大で、何かと利便性が良く土地も広大。

充実したギルドに豊富な物資、砂乗りに対する依頼も多くサンドライダーにとって理想の地の一つに数えられる。

奥には小高く緑豊かな丘が有り、そこでメイサ用の薬が作られているらしい。


街には活気に満ち溢れ、商人達は忙しなく行き交う。

代表から受け取った地図に記された治療院は、あの丘の近く。

俺と彼女は二人一緒にその治療院へ向かった。


「ここがセギンなんですね……」

メイサは物珍しそうに町並みを見回していた。

初めて訪れる街、しかし不思議とその表情は少し曇っている。

少女が気を惹かれそうなブティックやフルーツパーラーに全く関心を寄せてない。


それを怪訝に思っていると、彼女の足がふと止まる。

そこは目的の治療院の前。

しかしそこから踏み出そうともしない、メイサは何か躊躇っているようだ。

彼女は涙を流しながら俺に向き直り、意を決して口を開いた。


「ここへ来て未練が心を締め付けるんです、私は……スハイルさんと別れたくありません。私にこの世界の広さと、人の温もりを教えてくれた愛しい人だから……!」

そう言うと彼女は泣きながら俺に抱き付いて来た。

秘めたる気持ちが涙と共に遂に堰を切り溢れ出したのだろう。

普段見せる知的なメイサと全く違う、剥き出しの感情で訴え掛ける彼女。


けれど、その気持ちは俺も全く一緒だった。

だからメイサの肩を優しく抱き、慰めるように語り掛ける。


「心配しないで、君の気持ちは俺も同じ。必ず君を迎えに行く……約束だ。サンドライダーは信用第一、嘘は吐かないからね」

俺は彼女にそう言ってウィンクした。

そう、サンドライダーは信用第一。

交わした誓いは違えないがモットーなのだから。


俺は特定の街にもギルドにも属しない、フリーのサンドライダー。

だから活動拠点をここに移せば、療養するメイサに会いながら依頼をこなし暮らして行く事も不可能じゃない。

それに全く知らぬ街で過ごすよりは、良く知ってる俺が居た方が彼女もきっと安心出来るだろう。

その旨を彼女に伝えると、涙で濡れた顔に笑顔が戻った。


「スハイルさん……」

「誓いは守るよ、メイサ。俺は良い砂乗りになる、だからどうしても砂漠に行かなくちゃならない……。でも君に会いに来るから、必ず!」

その意が通じ不安が晴れたか、彼女と俺は暫く見つめ合う。

これは決して今生の別れじゃないし、させない。


彼女は静かに涙を拭い、療養院の扉を叩いた。

代表の書いた書簡をその手に持って。


これで俺の依頼は完了。

後日代表の元へと吉報を届けに行かねばならないだろう。


心に溢れるは、確かな達成感。

そして同じ価値観と憧れを共有するメイサと旅出来た満足感だ。

こうして彼女を無事送り届ける事が出来て、本当に良かったと実感する。


彼女と交わした唇の温もりを名残惜しみながら、俺は砂漠へと向き直る。

夢を追う一人のサンドライダーとして。

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