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サンドライダー  作者: 耀雪メイカ
夕暮れ色の出会い編
1/4

1話・少女との出会い

燦々と降り注ぐ太陽の光、その輝きに照らされて俺の眼前に何処までも広がるのは果てしない砂漠だ。

その色合いは何処か神秘的な美しさを湛えるブルー。

まるで空の青の写し鏡のようなそれは、地平線の境界をも曖昧にさせる。


そんな中で天と地の差を意識させるのは、風に乗って悠々と流れ行く白雲だけ。

陽光を浴び彩られる白と影のコントラストが、天と地を分かつものとして確かな実感を与えてくれる。


爽やかな風に乗って空には無数の渡り鳥達の勇姿。

そんな砂漠に吹く心地良い微風は、俺の心をも和ませる。


この砂漠の正体は、星砂と呼ばれる太古の昔大地に降り注いだ星屑達の成れの果て。

果てしなく続く青き砂漠をただ一人、俺は波乗りのサーフボードの如く白いライドシールドに乗り疾走する。

次の街へと荷物を届ける為に。


ライドシールド……それは思念に呼応し魔力を糧に星砂を掻き分け推進出来る機構を持つ、俺達砂乗りことサンドライダーの相棒。

サイズと仕様によって輸送量特化タイプと速度特化タイプと大きく二つに分けられる、乗用の大盾だ。

個人による速達便で生計を立てている身故に、その後者……ただひたすらに速度を追求したモデルを愛用している。


長く尖ったライドシールドの底に紅く刻まれた推進紋章が、俺の供給する魔力に反応。

星砂を掻き分けて生み出された推力が、この身を加速感と共に前へと推し進める。

その余波で飛んだ砂塵が辿った軌跡を彩り美しい。


星砂は陽光による熱を吸収する性質があるらしく、日差しの割にギラつく照り返しは無くただひたすらに涼しい。

正に適温という心地良い風土に現を抜かす事無く旅路を急ぐ。


やがて眼前には少し小高い砂丘が見えて来た。

意を決して重心を落とし、荷物の詰まった肩掛け式の耐衝撃バッグを握り締める。

同時に両足で慎重にバランスを取りながら、シールド越しに星砂の感触を確かめつつ青き砂漠を高速度で疾走。


目的地へはこの砂丘を飛び越えるのが手っ取り早い、大ジャンプに備え姿勢を低くし力を貯める。

上がる速度で金色の前髪が靡き視界から消え去って、自慢の髪飾りが金属音と共に騒ぎ出す。

そして頬をより一層疾風が荒く撫でつけた。


徐々に傾斜が付き勾配が上がりゆく砂丘を駆け、タイミングを見計らいその頂点で一気にジャンプ。

空を駆けると同時に生じた、まるで全身を包み込むかのような風と無重力感のフルコースに酔い痴れる。


「……ヒャッホー!」

思わず歓声を上げてしまう程の快感、これは常日頃危険に配達期限とスリルと隣り合わせな砂乗りにのみ許された特権だ。

分厚い大気の壁を掻き分けて滑空、体勢を再度整えて着地に備える。

やがてふわりとした感触と共に星砂の海へとソフトランディング。


ライドシールドの具合はすこぶる良好。

意のままに動く相棒に改めて爽快感と信頼感を抱きつつ、より一層イメージを鋭利にしシールドを加速させた。


愛用のライドシールドが出せる速度は極めて速く、猛禽にさえ肉薄出来る程の加速力とスピードを併せ持ちこの砂漠を誰よりも疾く駆けられる。

離れた街の間……その交易を支えてきたのは、選ばれた者のみに扱える盾を駆る俺達サンドライダーだ。

その誇りと共に頬に風を感じ、同時に掻き分けた砂のサラリとした音色を愉しみながら視線を手元に落とした。


「もうそろそろか……」

ベストから取り出し手にした地図を読み解きながら呟く、確認したのは目的地への距離だ。

恐らくこのペースならば正午過ぎにはまず辿り着けるだろう。

だが問題が一つある、それは旅路の脅威となる魔物の存在。


この荒涼とした……それでいて美しい砂漠には、サーペントと呼ばれる魔物が無数に棲んでいる。

『星屑と共に星座の蛇が夜空から落ちて来た』という伝承を持つサーペントは、極めて硬い甲殻と馬鹿げた巨体を誇るヘビ型の難敵。


特に刃も矢も生半可な魔法さえも弾く重厚なる甲殻の存在は、人類側にしてみれば脅威以外の何物でもない。

罠さえ容易く食い破るパワーに、猛追許さぬ恐るべきスピードをも併せ持つ。

更に家一軒を容易く丸呑みに出来る程の大きな口は、今まで多くの砂乗り達の命を奪って来た。

各街のギルド共同で時折討伐を試みるも、その成功例は極めて稀だ。


加えて彼らは数が多く遭遇は中々避けられない。

人との共存を拒む凶暴性に、圧巻の巨体は正に砂漠の支配者と言っていい。


そんなサーペントの領域を行き交うが故に、否応無しに緊張感が高まる。

今までの航路は順調……だが今まで重ねて来た経験がこう囁くのだ。

間もなく大蛇がやって来る頃合いだと。


若輩ながらこれまで多くの荷物を届けつつ、修羅場を切り抜け自他共に腕利きの砂乗りだと認められるまでになった。

だが何時だって彼らとの遭遇には細心の注意を払っている。


サーペントの強大さと恐ろしさは、この五臓六腑に染み入っているからだ。

敵を甘く見た者から倒れ逝くこの過酷な砂漠の上で、慎重さと冷静さは如何なる状況に於いても欠いてはならない。

静かに意識を研ぎ澄まし集中力を高めて万一に備える、そして遂に敵を捉えた。


「この感じ……恐らく一匹」

疼いた勘通りにシールドに乗る俺の足裏越しに感じたのは、とても微弱な振動。

自分に言い聞かせるようにしてそう呟くと同時に、姿勢を低くし臨戦態勢に移行。

これはサーペントが獲物を感知し、星砂掻き分け地中から出て来る確かな兆候だ。


奴等はこの果てしない青き砂漠を我が物顔で遊泳している。

普段地中に潜む奴等が顔を出すのは、決まって獲物を狩る時だけ。

つまりサーペントは俺を標的としてはっきり認識し、牙を剥かんとしているのだ。


足裏から伝わって来る振動が徐々に大きくなっていく、比例して心臓の鼓動も加速。

俺は焦りに囚われぬよう神経を研ぎ澄まし、確かな敵意と共に迫り来るプレッシャーの源へと集中する。

そして遂に位置を捉えた。


敵は間違い無く後ろからやって来ている。

地中から襲い来る敵に対し、頼りになるのは聴覚と触覚。

奴の先手を見切るべく砂の音と足元から伝わる振動の具合に注意し、その瞬間に備え身構えた。


サーペントの初手は概ね体当たりか飲み込みに二分される。

何故なら砂の抵抗がある為、極端に派手なアクションが出来ないからだ。

何れも地中より密かに接近しての一撃……そんな厄介な初撃を躱すには、ギリギリまで引き付けてからが定石。

蛇に気取られぬよう、そのタイミングが重要となる。


僅かでも読み違えれば即座に命取り……その緊張の最中、足元から伝わる振動が一際大きくなる。

まるで星砂が怯えているかのよう。

そして、分厚い砂越しに剥き出しの殺意がこの全身を包んだ。


「今だ!」

その瞬間、叫ぶと同時に重心を斜め後ろへと傾けて一気に減速。

するとライドシールドが鋭い機動で応えターンを始める。

その刹那……巨大な黒いサーペントが大口を開け、天をも穿ち呑み込まんとする勢いで砂中より飛び出して来た。

開けた口にはビッシリと鋭利な牙が生え揃い、その大きな眼と俺の視線がクロスする。


タイミングはジャスト、奴はこの急制動に対応出来ず初撃は空振り。

だが躍動する巨体の掻き分ける莫大な量の星砂が轟爆音を奏で、肌身を突き刺すはその熾烈極まる余波。

躱したものの余裕など欠片も無い。


避けられた事を口惜しいと言わんばかりに、サーペントは吠えた。

更なる殺気と共に甲高くも雄々しい大蛇の叫びが轟雷の如き勢いで放たれ、大気が大きくうねり震える。

その威圧感に押し潰され気勢を削がれぬよう、俺は全身に闘志漲らせて必死に抗った。


闇夜に似た漆黒の甲殻が陽光に照らされ、大きな砂漠の主がその身を以って盛大なアーチを描く。

その迫力たるや凄まじく、青い星砂を巻き上げながら描かれる弧はまるで黒い虹のよう。


これでも今まで見た中では比較的小型の個体、だがそう言って油断すれば必ず痛い目を見る。

急ぎライドシールドへ一気に魔力を注ぎ込み、最大加速を開始。

盾越しに魔力が推進紋章に働き掛け加速力が飛躍的に増加し、体の芯に響く強烈なスピードを発揮する。

この感触はまるで砂漠を切り裂く矢になった気分だ。


そして奴が初撃を外した今こそ振り切る最大のチャンス。

交易で生計を立てる砂乗りにとって何より重要なのは、目的地へと荷物を無事届ける事。

故に無用な戦闘はご法度。

荷物に損害を出すのは論外だし、一切のタイムロスも許されない。

だからこそ俺はこのまま突破する事を選択した。


笹がれる魔力に応じ、強襲飛翔する猛禽のようにシールドは超加速を続行する。

壮大なスケールの蛇のアーチを潜り、風を切りながら疾走。

サーペントの巨体は確かに脅威ではあるが、裏を返せば小回りが効き辛くそこに付け入る隙がある。

それを如何に巧みに突けるかが、砂乗りの腕の見せ所だ。


鋭い風切り音に全身が包まれ、背後にはサーペントが再度砂中に潜る轟爆音が振動と共に響いて来る。

奴は恐らく諦めては居ない、だが砂中を進む蛇よりも最大速度を発揮し砂上を行く砂乗りの方が断然速い。

サーペントの追撃に焦る事無く、愛用のシールドへと魔力を供給し続ける。

すると全身に響く程の加速感と共に、シールドが砂を掻き分けその速度を飛躍的に増した。


だが最大速力の発揮は大きく魔力を消耗する。

魔力もスタミナ同様無尽蔵じゃないからこそ、巡航速度と最大速度を切り替える見極めが重要。

砂漠で魔力切れを起こして立ち止まってしまったら、ただ蛇の餌食となるだけなのだから。

だからこそ魔力管理とその節約が欠かせない。


暫く走り続け最早この耳に入るのは、ただ風の唸り声だけ。

やがて互いの速度差に追い付けないと悟ったか、サーペントの気配が途絶えた。

恐らくは届かぬ相手を追うよりも、次なる獲物を捉える為に待ち伏せに入ったと見るべきだろう。

確かに敵は凶暴だが、同時に合理的な面も併せ持つのだから。


目下の脅威は消えた。

ライドシールドへの魔力供給を緩めて最大速力を徐々に落とし、巡航速度へと移行。

飛ばしたお陰で街は近い、だが油断は禁物だ。

また何時蛇に出会すかも知れないのだから。


依然として高い緊張状態による自らの心音・鼓動を強く感じながら、砂を掻き分けて真っ直ぐに目的地へと進み続けた。


ーー


日は高く登り、日差し柔らかな昼下がりに差し掛かった。

サーペントに対する警戒は幸いにも空振りに終わり、目指す街の外郭が遂に見えて来る。

青き星砂が徐々に途絶え、白き建物と木々が立ち並ぶ緑豊かな町並み。

その様は例えるならば砂漠の中のオアシスだ。


街はその周囲を囲うように星砂を円状に固着させる循環式土魔法で維持され、堅牢な岩盤と化している。

だからこそ星砂を泳ぎ根城とするサーペントは街へと侵入出来ない。

ここまでくればもう安心だ。


砂漠に生ける人々の暮らしを支える魔法。

しかしこの循環式魔法は維持する為の魔力消費が非常に大きく、腕利きの魔法使いが数多く必要だ。

更に円による出力のみに限定される為、街と街とを繋ぐ事が出来ない。


美味しい作物が取れる街に織物に秀でる街、交易の拠点となる街に金属加工を得手とする街と各地に散らばる街はどれも特色を持つ事で発展してきた。

過酷な砂漠の環境下、自ずと街を作れる場所も限られ互いに離れて点在せざるを得ない状況だ。

そんな街同士のやりとりには、物品のみならず手紙だって必要。


だからこそリスクと隣合わせでも離れた街の間を繋ぐ砂乗りの出番となる。

街の間の移動は文字通り命懸け。

けれど、人々が生きて行く為には交易は必要不可欠なのだ。


そう考えている内に青き星砂が途絶え、街を支える黒き岩盤の大地に到達。

その色合いは深く、何処か宇宙の闇にも似ている。

ライドシールドから降り小脇にシールドを抱えて歩いて行くと、遠く街中に見えるはこちらに手を振る老人の姿。


立派な黒いスーツに身を包んだ彼は、この街の議事を束ねる代表。

そして彼には届けるべき大切な荷物がある。

俺はシールドを脇に抱えたまま小走りで彼の元へと急いだ。


「お待たせしました代表、貴方宛の荷物です」

肩掛けのバッグから小包を取り出し、待ち兼ねていた彼へと手渡しするとその表情が静かに綻ぶ。


「何時も有難う、スハイル君。君のお陰で本当に助かる」

彼は暖かくそう言って感謝の意と共に笑顔で労ってくれた。

依頼を無事達成した瞬間、何物にも代え難い充実感を覚える瞬間だ。


彼はその場で素早く小包を紐解く、きっと待ち切れないのだろう。

そこから出てきた中身は、丁寧且つ几帳面に記された手紙と医薬品の数々。

しかしそんな高そうな医薬品群には一切目もくれず、手紙にさっと目を通す代表……だがその表情が次第に曇っていく。


「おお、何と言う事だ……」

彼は深く落胆した様子でそう呟く。

そして膝から静かに崩れ落ちた、これは只事では無い。


「代表!」

俺は失意の淵に在る代表の身体を受け止め、肩を揺すりながらそう声を掛けた。

すると、彼は顔面蒼白のままにくたびれた眼で俺を見据える。


「すまん、スハイル君……望みが断たれてな。いや、だが君ならば或いは……成し遂げられるやもしれん」

呼びかけに応えた彼は、絶望から一転藁にも縋るかのような切迫した表情で言葉を紡ぐ。

何か頼みたい事があるのだろうか。

彼は僅かな思巡の末に、こう切り出した。


「若く優秀な砂乗りの君に、無茶を承知でお願いしたい事がある。まずは私の自宅へ来てくれ、そこで話をしたい」

代表の眼差しと言葉に覚悟が宿る、彼は俺の力を信じてくれているのだ。

だからこそ無茶を承知で頼みたい事がある……それはいち砂乗りとして何より名誉な事。

彼の気持ちに応えるようにして静かに頷く。


「分かりました代表、俺に出来る事であれば」

彼の不安を和らげるように笑顔と共にそう答えた。

その返答に安堵した彼は、俺を導くようにして歩き出す。

賑やかな街の喧騒と人の波を乗り越えて、真っ直ぐに彼の自宅へ向かった。



ーーー



街の外れ、穏やかな郊外に建つ立派な屋敷。

それは白い外壁に緑の蔦が這うお洒落な豪邸だ。

噴水擁する庭はとても広く、草木の手入れもしっかりと行き届いている。

ここは代表の自宅、彼の頼みを聞く為に俺は招待された。


この街へは依頼で度々訪れてはいる、だが代表の自宅へ招かれた事は初めてだ。

彼に導かれるままに、豪華なシャンデリア擁する玄関を通り二階へと足を運ぶ。

赤い絨毯の敷かれた通路を真っ直ぐ歩き、向かうは奥の部屋。

代表は目的であろう部屋の前へ歩み寄り静かに扉をノックする。


「メイサ、邪魔するぞ」

彼はそう言って静かに扉を開けた。

俺も彼に続いて部屋の中へ。


すると視界に飛び込むのは天蓋を持つ白いベッドと大きく開かれた窓だ。

その窓の奥には遠く青い砂漠が見えて、白尽くめの部屋とのコントラストが素晴らしい。

部屋には甘く優しい柑橘系の香が満ちていて、居るだけでも心身共に癒やされる。

白樺で出来た立派な本棚も備えており寛ぐには実に良い部屋だ。

そんな部屋の窓際に鎮座する白いベッド上には、同じ年位の清楚で可憐な少女が居た。


色白の肌にまるで星のように煌めく長い銀の髪、その瞳は深みのあるバイオレット。

まだ幼さ残る顔立ちは端正で、疑う事を知らない純真無垢な表情は見る者全てを虜にする程の魅力を放つ。

唇は瑞々しく艶のある菫色のリップクリームをしていて、爪も手入れが行き届いている。

そして彼女の身体の輪郭はまるで女神のように抜群のスタイルに恵まれ美しい。

俺はそんな浮世離れした彼女の佇まいに呑まれ思わず惹かれてしまっていた。


だが、着慣れた様子のパジャマと彼女の傍らに置かれた薬の数々がその神々しい美にうっすらと影を落とす。

代表の元へと届けられる薬品の数々は、きっと彼女の為の物なのだろう。


「お祖父様、薬が届いたのですね。……そちらの方は?」

そんな彼女の澄んだ声が心地良く部屋に響く。

初対面となる俺を見つめながら。


「こちらはスハイル・ワズン君、何時もメイサの為の薬を運んで下さる腕利きの砂乗りだ。改めて紹介しましょう、こちらは私の孫娘のメイサです」

彼女の疑問に答えるべく、代表は俺の名と砂乗りである事実を告げる。


「やぁ初めましてメイサ、俺はスハイル。フリーのサンドライダーだ、どうか宜しく」

彼の言葉に続いてさっと自己紹介をしたが、すっかり彼女に魅了されドギマギする心を押し殺すように平静を装った言葉。

けれどその内心はきっと隠し切れず、表情に出てしまったに違いない。

明らかに何時もの俺の語り口じゃなく何処か気取ったようで、自分でも不自然さを感じる。

バツの悪い顔も出来ず気恥ずかしさに悶えていると、彼女も静かに口を開いた。


「まぁ、貴方があの有名な……。は、初めまして……私はメイサと申します。御免なさい、家族以外の男の人とお話する機会が無くて何だか舞い上がってしまいました。スハイルさん噂通りにとても格好良くて素敵な殿方ですから、つい……」

頬を染め恥じらいながら、彼女は少し熱を帯びた口調で自己紹介をした。

メイサの透き通る澄んだ声が次第にしどろもどろになり、その視線は宙を泳ぎもじもじしている。

きっと長い療養暮らしで、男に対する免疫が全く無いのだろう。

真っ赤な頬に手を当てて恥ずかしがるその仕草すら可憐でいじらしい。

同時に彼女に褒められて思わず舞い上がりそうになる。


「ありがとう、君にそう言って貰えて光栄だよ。砂乗りは身嗜みも大事なんだ、信用商売柄ね」

高鳴る鼓動を必死に抑えつつ、俺は彼女にそう言って笑顔で答えた。

メイサにすっかり心奪われ、思考さえも精彩とバランスを欠く有り様。

けれど余りこういう情けない様を代表に見せていたら、折角の信用を無くしてしまうかも知れない。

そう思い咄嗟に話題を変える。


「所で代表、依頼の内容とは?」

自己紹介し合った俺と彼女の間に流れる浮ついた空気を払拭すべく、単刀直入に本題に入った。

彼が無茶を承知でお願いする事だ、きっと重大な事に違い無いだろう。


「うむ、実は次の薬の納入目処が立たないとの知らせがあってな。加えて手紙にはメイサを一度精密検査をしたいとの申し出があった……この所体調は安定しているのだが、予定していた薬能による回復軌道に乗れておらず余り芳しくないらしい」

実に初々しい俺達を和やかな目で見守っていた代表は、その言葉と共に表情を険しくする。

彼にとって大事な大事な孫娘。

そんな彼女の為の薬が途絶える事、その絶望感は計り知れない。

加えて、薬の効き目が想定より低いという事実が彼の胸を締め付けているのだ。


「優秀な砂乗りの君ならば知ってるだろう、厄介なサーペントの群れが複数地点で出没したと。その影響で薬が思うように届けられないらしい」

代表が語る言葉に静かに頷く。

彼が言う通り、サーペントの群れの出現で交易に重大な支障が発生しているのだ。


通常であればサーペントは単体で出没する、一匹だけならば大抵の砂乗りはフルスピードで猛追を振り切れる可能性がありその脅威度は比較的低い。

だが群れで出現するとなると事情は異なる。

奴等は群れで行動する場合は恐ろしく狡猾になり、多彩な連携攻撃で襲い掛かって来る。


そうなっては如何にスピード自慢の砂乗りであろうともひとたまりもない。

巧妙な奴等の罠に嵌まれば、漏れ無くその獰猛なる牙の餌食だ。

砂乗り仲間達の間で要警戒として話に上がっていた情報、それは広く周知されていてこの耳にも入っていた。


「群れが複数である以上、恐らく次の配達までには相当の時間がかかるだろう。薬に深く依存するメイサの身体は恐らくそれまで持ち堪えられない、加えて彼女の為の薬は製薬の匠の手による物で市場に無い物だ……代換出来ん以上届かなければどうにもならん。それに検査に行かねばならない事情もある」

「成程……」

極めて深刻な表情で語る代表に、相槌を打つ。

現状討伐さえもままならない厄介な相手。

そんな群れが複数出没するとなると、通常砂乗りは迂闊に交易に出る事も出来ない。


配達は無事荷物を期限内に届けてこそ完全な達成報酬が支払われる。

だから多大なリスクを抱えてまで進んで配達しようとする者は稀有だ。

それはつまり薬の供給が実質的に断たれてしまう事を意味し、それは彼女の命に関わる事態に直結する。


「解決策は一つだけ……あの薬の原料は然程日持ちしない上に、大商都セギンにしか生息していない。更に検査もそこで行う予定となっている。つまり薬を要するメイサの命を繋ぐ為には、どうしても彼女をセギンへ連れて行くより他は無いんだ」

代表は意を決してたった一つだけ残された解決策を提示した。

今日の配達で届けた薬には厳重に機密処理と乾燥剤による除湿が徹底されていて、分量は辛うじて一週間分のみ。

彼女の為の薬はどうやら鮮度も重要で保存も効かないようだ、そして精密検査の件も有る。

サーペントの群れが出ている現状、待つという選択は余りにも心許ない。


ならばいっそ危険を承知で、検査が出来て薬が途切れる事無く安定した療養が出来るセギンへという考えだ。

だが背負うリスクの大きさは重く、極めて重大な覚悟を伴う物。

その意を改めて代表に伝える。


「ですが代表、知っての通り砂漠の渡航は極めて危険です。その涼しさがメイサさんの身体に差し障る可能性もありますし、群れに出会す危険も十分有り得ます」

そう……涼しい砂漠は療養中の彼女の身体に差し障る可能性があり、体調急変を招く恐れがある。

加えてサーペントの群れが出没している以上、万一遭遇したら俺は彼女を守りながら切り抜けねばならない。

更に不安要素もある。


一人ならまだしも二人乗りでの移動となると、如何に速度自慢のライドシールドとはいえ加速力と機動性の低下は免れない。

普段速達をメインとしている俺は人を移送する経験が少なく、彼女のカバーにも相当気を使わねばならないだろう。


そうなれば通常ならば振り切れる一匹のサーペントすら脅威へと転じる。

ましてや群れの出現情報がある今、二人乗りのリスクは相乗的に跳ね上がってしまう。

正直腕利きを自負するこの力を以ってしてもどうなるかは未知数だ。


「元より大商都であるセギンであれば、治療院も充実していてここで療養するよりは良い。サーペントの群れの出没情報があり薬の供給再開の目処が立たぬ今、メイサの命を繋ぐ為には危険は承知の上で行くしか無いのだ。命懸けの無茶な頼みをどうか許して欲しい、これは腕利きである君にしか出来ない事だから」

鋼の覚悟を載せた代表の真摯な言葉、それに心衝き動かされて静かに頷いた。

困った人を助けるという事、その尊さは身に沁みている。

何故ならば俺もまた一人の砂乗りによって救われたのだから。


物心付く前、捨て子だった俺を引き取って育ててくれた女砂乗り。

彼女によって救われ、こうして生きて行けている。

あの人の望みは立派な砂乗りになって欲しいという願いだ。

同時にその願いは俺の夢でもある。


彼女の後を継ぎ立派なサンドライダーになると誓った以上、この依頼はある意味天啓。

きっと避けて通れない物だろうから。

これは確かに困難な依頼、だが俺にはあの人が残してくれた取って置きの切り札がある。

彼女の命を救いその未来を守る為強く決意し、口を開く。


「分かりました代表、その依頼引き受けました。そして、全身全霊を賭してメイサさんを護り抜いてみせます」

万感の思いと共に俺はそう宣言した、彼女を護り抜くと。

その言葉を聞いて代表の顔に一筋の涙が流れる。


「すまんスハイル君、恩に着る。体調優れぬ最中に突然で悪いが、メイサも了承してくれるか?」

彼は深い感謝の言葉と共にこの手を取り、固く握手を交わす。

そして、最愛の孫娘へその身を案じながら優しい眼差しを向けた。


「お祖父様、私の身を案じて下さり本当に有り難うございます。私は大丈夫です、スハイルさん……どうか宜しくお願いしますね。外へ行くのは久し振り……でも恐れはありません、私もっと見てみたい景色があるんです」

彼女は可憐な笑顔と共に健気にそう答えた。

幸いにもメイサは外の世界に興味津々の様子、長い療養生活で窓越しに見る景色に飽きていたのだろう。

彼女の意向も沿うのならば正に願ったり叶ったり。

だが道中で体調を損ねぬようくれぐれも気を付けねばならない、その道程は決して容易くはないのだから。


「すまぬメイサ、セギンの有名な治療院に私の古い友人の娘で非常に優秀な女医が居る。彼女を頼るといい、検査もやってくれる筈だ」

代表はそう言うと一つの地図と書簡を差し出す。

早速それを受け取り目を通すと、そこに記されていたのは他の街にもその名が知られる有名な治療院の名。

そして、書簡の宛名はそこに勤めているであろう代表の友人の物。

確かにここならば安心出来そうだ。


「では早速準備に入ります、日没前には辿り着きたいですから明日一番に出発しましょう。最短ルートを行けば夕暮れには到達出来る筈ですが、過酷な砂漠を乗り切る為には道具含めて万全の準備が欠かせません」

俺は準備の旨を二人に伝えた。

この街からセギンへは明日一番に出て最短ルートを辿れば、日没前辺りには何とか辿り着ける。

だが問題は砂漠の温度だ。


彼女の健康を守る為には風除けのマントと、滋養薬も色々と必要になるだろう。

水に食料も欠かせないし、前準備は念入りにしなければならない。

その旨を聞いた代表は静かに頷く。


「成程な、君の言う事は尤もだ。ならば直ちに手配しよう」

一通り提示した道具を聞いて、彼はうら若きメイド達を呼び急ぎ荷造りと準備が始まった。

静寂に包まれていた屋敷が一転して活気付き、まるで祭りの前夜祭のような様相を呈する。


彼女達の邪魔をしないように、俺は代表と共に部屋を出てリビングで打ち合わせを続行。

全ては問題や懸念を一つ一つ潰して、決してミス出来ない明日の旅を万全の体勢で遂行する為。

互いに言葉交わす度に時が流れ日が傾いていく。


幸い今夜は特別に代表の屋敷に泊めて貰える事となったので、時間は気にしなくていい。

消耗した魔力と体力を癒やす時間も十二分。

代表と共に段取りを確認し、着々と準備を進めた。

幸いにも成功報酬も弾んで貰えるようで、士気も高揚する。


打ち合わせで刻々と時は流れ、遂に日は没し夜。

煌々と照らされる月明かりの下で、俺は豪勢な夜食を頂き風呂を浴びた後にメイサの部屋へと訪れた。

支度が一段落し、いよいよ明日旅立ちを迎える彼女の様子を見る為だ。


身体が弱く、日頃家を出る事の無い彼女にとって恐らく初となる砂漠の旅路。

きっと不安もあるに違いない。

砂乗りとしてその不安を拭う為、会話しておきたいと思ったからだ。

ライドシールドに二人乗りする場合特に大事なのはバランスの確保。


二人の呼吸が合わないと、唯でさえ一人乗りの時に比べて機動性が落ちるのに加えバランス崩壊の危険を伴う。

もし蛇との遭遇で彼女がパニックになりバランスを崩した場合、最悪反撃も離脱もままならず共倒れする可能性があるのだ。

安全を確保する上でそれだけはどうしても避けなくてはならない。


万一サーペントに遭遇した時に大事なのは互いの信頼関係。

例え明日までの短い時間でも、しっかりと培っておくべき大切な物だ。

一人ベッドで佇むメイサへと静かにこう切り出した。


「やぁメイサ、準備は一段落して後は明日を迎えるだけ。何か心配とか無いかな? 何かあれば遠慮無く言って、俺が話し相手になるから」

その言葉を聞いたメイサは、目を爛々とさせながら笑顔を浮かべた。

彼女の表情には欠片も不安の影は無く、一先ずほっと安堵する。


「今は心配よりも、期待の方が大きいです。だって窓から見られる景色だけでは退屈ですし、ここにある本は全て読んでしまいました。私はもっと新しい景色を見たいんです」

そう言って彼女は本棚を一瞥した。

立派な本棚に収められた無数にある本を、彼女は読破し切ったらしい。

背表紙には有名な冒険小説や実用書に歴史書、更に恋愛小説や魔導書と選り取り見取り。

まるで図書館めいたこの蔵書を読み切るというのは、素人目に見ても俄には信じ難い事だ。


「凄い、読書家なんだねメイサは。これだけの量、俺じゃあとても読破出来そうもない。新しい景色を見たい、か……その気持ち凄く良く解るよ」

深く感嘆しながら彼女に敬意と共感の意を送ると、メイサは頬を染めて照れる仕草をする。

そんな純情可憐な彼女に思わず心を鷲掴みにされ、思わず言葉が詰まってしまう。

戸惑う内心を知らずに彼女は口を開いた。


「外出出来ない分、冒険小説を読むのに嵌ってしまって。ここではない、どこかへ。遠く思いを馳せるのが大好きなんです。それに……」

彼女は真っ直ぐ俺の両目を見据えて、優しく言葉を続ける。


「とっても素敵なスハイルさんと一緒に旅出来るんですから。女の子は誰しも手を引いて退屈から連れ出してくれる白馬の王子様に憧れるんですもの、私の心中にはかつて無い程の期待に満ち溢れているんです」

揺るぎ無いメイサの本心、同時に彼女の無自覚に放つ好意と色香に惑わされ思わず頭がクラ付く。

美人の彼女に見つめられ、ストレートな好意篭った言葉を贈られてはたまらない。

弛む思考に活を入れ何か気の利いた言葉を探す。


「俺の方こそ、飛び抜けて美人なメイサと一緒に旅出来て光栄だよ。砂漠はとても過酷だけれど、君を必ず護り抜くから。どうか頼って、そして信じて欲しい」

共に旅をする事になる大切なメイサへ、嘘偽りの無い本心を伝えた。

それは彼女を護り抜くという宣誓。

一人の砂乗りとして、何より男としての誓いだ。


「はい、心から貴方を信頼していますスハイルさん。私を優しく気遣ってくれて、本当に有難う」

その言葉を聞いた彼女は表情を綻ばせ、感謝の気持と共にそう告げた。

幸せそうな表情のメイサはやはり可憐だ。

そんな彼女の表情も未来も曇らせたくないと、決意をより強くする。

何より包み隠さぬ彼女の気持ちが聞けて安心すると同時に嬉しさを覚えた。


月光に照らされた夜に静かに流れる時間、彼女と共に他愛の無い話を続ける。

ここではない、どこかへ。

長い療養生活を続ける中で、そんな遠くへの憧れを彼女はずっと抱き続けて来た。

そしてその気持ち……まだ見ぬ物への憧れは俺にもある。


サンドライダーになった理由、それはこの不思議に満ちた砂漠の色合いに惹かれたから。

そして誰も見た事が無いという砂漠の果てにある物をいつか見てみたいからだ。

何より俺を育ててくれたあの人のようになりたいという気持ちもそれを強く後押しした。

今はまだ叶わぬ途方もない夢。

けれどその夢の大きさが内なる冒険心と好奇心……何よりチャレンジ精神に火を付けてくれる。


それは困難に屈せず直向きにこの身と心を衝き動かす活力の源。

だからこそ危険に満ち溢れた砂漠に向き合い続け、度重なる危機を乗り越えて来られた。


俺と彼女……まだ見ぬ世界へと強い憧憬を持つ似た者同士、当意即妙で話が弾む。

それは話の止め時を見失う程だ。

気持ちが通じ合って抱いていた懸念は雲散霧消し、改めてメイサを大切に思う気持ちが沸々と湧いて来る。

話に没頭する内に命懸けの砂漠渡航の日々で忘れ掛けていた、掛け替えのない物を彼女から貰った気がした。


小さい頃の話や思い出話……そんな会話に花を咲かせていると、ふとメイサが俺の頭の髪飾りを見つめ尋ねる。


「翼のようで王冠のようなスハイルさんの髪飾り、凄く綺麗ですね。どなたかの贈り物なのですか?」

彼女は俺の頭にある銀色の髪飾りをそう言って褒めてくれた。

これは俺のトレードマークで、飛翔王冠と呼ばれるタイプの大きな五枚羽の髪飾り。

王冠たるクラウンのデザインを鳥の翼のように象った形状で、基部には真紅の宝玉も有りとても美しく目立つ物だ。

女物だから男がするのは通常有り得ない。

やはり一五歳で多感な年頃の少女には、綺麗なアクセサリに興味津々らしい。


「有難うメイサ、これは捨て子だった俺を育ててくれた女砂乗り・ヴェロニカの形見さ。彼女は砂乗りの盟約の元窮地に陥った仲間達を守る為に勇敢に戦い、その命と引き換えに巨大サーペントに一矢報いたんだ。その時はまだ小さかったけれど、今でもその光景覚えてる」

尋ねた彼女に、髪飾りの出自を明かした。

そう、これは俺を育ててくれたヴェロニカが遺したもの。

だから肌身離さず付けている、あの人から受けた恩と遺志を決して忘れない為に。


「まぁ……大変辛い事を思い出させてしまって本当にすみません」

「気にしないで、あの人の遺志はこうしてしっかり受け継いでいるから。さぁ、もうそろそろ休もう。明日を乗り切る為の英気を養わなくちゃ」

しょげる彼女にそう言って励まし優しく慰める。

そして身体に差し障らぬように、彼女に早寝を促した。

明日はとても長い一日になるだろう。

元より身体の弱い彼女にとって、かなり厳しい一日となる筈。

だからこそ休む事が大切だ。


「はい、お休みなさいスハイルさん。有難う……」

「お休みメイサ、また明日」

素直に横になるメイサに笑顔でそう言うと、彼女の部屋を静かに出て客人用の部屋へと戻った。


そう、英気を養わねばならないのは俺も同じ。

急ぎベッドに潜り瞼を閉じ、瞑想しつつ魔力を整える。

身体を巡り満ち満ちていくは気力・体力に魔力。

これは砂乗りに伝わる回復法、長い旅でも乗り切る為に先人達が編み出した術だ。

今日の疲れもこれで綺麗さっぱり取れて、一晩も経てば全快状態になるだろう。


静かに明日を待ち侘びながら、静かに眠りについた。


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