#7話:食卓の元気
クオラ村にはクイシェと同世代の子供がいない。
規模の小さい村では有り得ないことでもないのだが、拾われた子供でもあるクイシェは人一倍寂しがりに育った。兄や姉と呼べる様な親しい人は居るのだが、友達はそもそも相手が居ない。村の住人は大人ばかりだったのだ。
村人達は皆優しく、村全体が家族であるかのように接してくれていることはクイシェも有り難いと感じている。小さい頃から遊び相手のいない彼女は、相手をして欲しい一心から村人達の研究を手伝うようになり、その才能を見出されてからはギュランダムに魔導術を教わるようにもなった。
急がしくも充実した日々を送っていたのだが、『友達』と呼べる様な間柄の相手はいないまま。クイシェは、絵物語でしか見た事がない『友達』というものに憧れを抱くようになっていた。
元の性格的なものもあるのか、かなり夢見がちに拡張されていった彼女の友達像は、深鷺との印象的な出会いにより具体性を帯びつつある。
大変な事情を抱えていそうな相手に対して不謹慎と思いながらも、期待が止められない。
そんなクイシェが、昼食をテーブルに並べていると、彼女にとっての初めての『友達』が現れた。ただし人間の、ではない。
「あ、キーちゃん! おはよう!」
足下を見ながら挨拶をするクイシェ。
「お腹が空いてきたの?」
「チゥ!」
エプロンを駆け上がり肩に乗ったネズミが我が意を得たりといった風に返事を返した。
キラキラと輝くネズミの毛は、クイシェの髪と同じ水晶色だ。
クイシェはキーちゃんと呼ばれた鼠の分を専用の小さな皿によそうと、なんの魔導式も使用せずにただ魔力を流し込んだ。
それを美味しそうに舐め始めたキーちゃんの姿を楽しそうに眺めていると。
「いいにおいー……」
黒髪がひょっこりと、扉から覗き込んでいた。
「あっ……ご、ごはん出来たよ。食べる、よね?」
「食べる!」
湯気立つテーブルに目を奪われている深鷺。
2人は席に着き、クイシェは目を閉じ両手の指を組んだ。
「今日の巡りに感謝します」
「……今日の巡りに感謝します」
(食前のお祈り……かな?)
見よう見まねで深鷺も祈りを捧げ、そのまま手を開いて合わせ、いつもの習慣で挨拶をする。
「いただきまーす」
「?」
クイシェは一瞬不思議に思ったものの、彼女の国のお祈りなのだろうと納得した。
ぱくぱくと朝食を味わい始める深鷺を、クイシェは何故か緊張した面持ちで見ている。
(えーと、えーと、なにか、話題……!)
「……お、おいしい?」
「とっても美味しいよ! 五臓六腑に染み渡る感じ! ありがとう! ……えーと……」
(あ、あ、名前だっ!)
「あ、わ、わたしはクイシェ。クイシェ・クオラってい、いいますっ」
「クイシェちゃん、クイシェちゃんかー」
焦ってつっかえている姿をみてやっぱり可愛いなあと思いながら、深鷺は天使の名前欄にクイシェの文字を刻み込んだ。
名前を連呼されてクイシェは戸惑っている。
「クイシェちゃん、ほんとにありがとうっ! わたしはミサギ。コハラ・ミサギです。……ん? ミサギ・コハラ、のほうがいいのかな」
「ええと、コハラが家名、でいいんだよね?」
「うん、わたしの国では苗字が先で名前が後なの……」
カチャ、と。
深鷺は突然食器を置くと、両手を膝に置いて頭を下げた。
「クイシェちゃん、どうもありがとう……!」
「……えっ、はいっ?」
唐突に頭を下げられてしまい、戸惑うクイシェ。
「昨日の夜助けてくれたし、言葉は通じるようにしてくれるし、さっきも寝てる姿見てテンシじゃないかと思ったよっ。美味しいごはんもね! 本当にありがとう!」
「あ、えっ、テンシ? その、いや、そんなに感謝されるほどでは……」
「何言ってるのさ。あのまま凍え死ぬか、クマの餌になるんじゃないかって気が気じゃなかったんだから……」
「だ、大丈夫だよ。このあたりにクマはいないから……」
「じゃあオオカミの餌になるよ!」
餌になりたいのか? と突っ込む者もおらず。
「あの、えっと、ご飯が冷めちゃうよ?」
「あ、ごめんね。食べるから……はうー……あったかーいきかえるー」
勢いに負けそうになったクイシェはとりあえず逃げを打った。話を逸らしはしたものの、幸せそうに食べる姿は調理した側としては嬉しく思う。野菜を煮ただけの至極簡単な料理なのだが。
(あしたは、ちゃんとしたものを作ろう……)
喜んでくれるだろう姿を今から想像しながら、クイシェは深鷺のことを考える。
とにかく、とても元気な女の子だ。最初に見たときの怯えていて判らなかった……というか、あんな状況から一晩経っただけでこんなに元気一杯というのが信じられない。事情がさっぱりわかっていないというのもあるが、いきなり言葉も通じないところへ来て、物怖じすることもなく楽しそうに食事している姿は、まるで自分とは正反対なのではないだろうか。
クイシェは眩しいものでも見る様に、深鷺を見つめる。
(……関係ない。正反対でも)
友達になりたい。
やっと訪れたチャンスなのだから。
「あの、み……」
名前を呼ぶだけのことに、勇気を振り絞るクイシェ。
「み、ミサギちゃん、ミサギちゃんって呼んでもいい?」
「もちろん!」
快諾してくれるのではとは思っていたが、実際にその通りで安心したクイシェ。空になっている手元の皿をみて、もう一言追加。
「ミサギちゃん。よかったら、おかわりあるよ……?」
「おかわり! いただきますっ!」
たったそれだけの会話で、クイシェはだいぶ幸せになっていた。
(ミサギちゃん、ミサギちゃん、ミサギちゃんかあ……♪)
万が一にも忘れたり間違えない様に、頭の中で何度も呼びかける。
「あれ? クイシェちゃんは食べないの?」
「あ、ううん、食べるよっ」
食べ終わるまでの少しの間、料理についての話題で軽く盛り上がる。二人は楽しい昼食を過ごした。
しかし朝食が終わり、食器を片付けた後。
「ごめんね……」
「ええっ? ……あの、ええと、どうしたの? 急に……」
何故か謝られているクイシェ。
「や、なんだかテンション高くなってて、変なこと言って、いきなりテンシとか……いや、テンシだって思ってるのは本当なんだけど、ちょっと落ち着くべきだったというか、恩人に遠慮もなくおかわりとか、なんか、失礼だったかなっていうか、わけわかんなかったんじゃないかって……」
どういう理屈でか深鷺の頭に入っているこの世界の言語知識には『天使』に相当する単語がなかった為、そこだけ日本語発音で喋っていた。つまり、相手には通じてない。
「う、ううん? 全然失礼なんかじゃなかったよ?! 大丈夫! 安心して!」
(たしかによくわからなかったけど、褒めてくれてたのはわかるから……)
「大丈夫! えと、ほら、残さず食べてくれるのは嬉しいことだし、今年は豊作だったから食料にも余裕があるし、あとね、ええと……ほめてくれた、のも嬉しかったし、だから、安心して!」
急に萎れてしまった深鷺を必死に元気づけようとするクイシェ。
あんまり必死にフォローしてくれるクイシェを見て逆に申し訳なくなってしまい、更に謝ってしまう深鷺。
「あ、うん……ごめんね、ありがと」
「大丈夫!」
「……」
「……」
「……」
沈黙してしまう2人。
(……こういうときはどうしたら良いんだろう)
クイシェはとりあえず話題を変えることにした。というか、多分そっちが本来、本題であるはずだと思い出す。
「あ、あの、ミサギちゃん。色々聞きたいことがあるんだけど……ミサギちゃんも聞きたいこととか、あるよね? 何でも答えるから遠慮無く聞いて?」
「あ……うん。そうだ、聞きたいことだらけなんだった!」
深鷺はとりあえずお腹に何か入れて(主に自分が)落ち着いてからの方が良いと思い今まで抑えてきた疑問の数々が、溢れ出し決壊しそうになっている事に気が付いた。
一方、クイシェは少しでも勢いが戻ったことに安心していた。付いていくのが大変だったが、多分この勢いが彼女なんだろうと思いながら。