#24話:つながりとはなんぞや
翌日。正午を知らせる村の鐘が鳴り、昼食を済ませたミサギは、相変わらず見た目服だけの存在だった。
「これ、魔術じゃなくて、クイシェちゃんの髪みたいにこの子の体質が移ってる……ってわけじゃないんだよね?」
「うん、違うはず。その毛玉ちゃんに消えている時とそうでない時があったなら、それは体質じゃなくて魔術……だと思う」
朝になっても深鷺は見えないままで、しかも魔力量もまったく変化無し、100点のままだった。
自然に解決しないのであれば、行動を起こさなければならない。
深鷺はさっそく魔従術を使いこなす為の訓練を始めた。
そして数時間後。
「ごめん……まったくぜんぜんわからないよ……」
魔従術は最も簡単な魔術とされている。術師は従えた使い魔に魔術を使うよう望むだけで良いからだ。専門知識もほとんど要らず、最も短期間で何も知らない素人から魔術を行使する段階にまで達することが出来る。
魔術が盛んな土地では人間に飼い慣らされた魔獣が飼育され、愛玩動物の延長に近い感覚で取り引きもされているため、従える魔獣を手に入れるのも難しいことではない。
それなりの金額を支払えば狩人に目当ての魔獣を捕獲してもらう事も出来る。野性の魔獣が術者に懐いてくれるかどうか、契約が成立するかどうかは、ある程度相性の問題等があり一筋縄ではいかないところがあるが、深鷺は既に契約自体は成立している。
深鷺がわからないと言っているのは「魔術を使うように望むだけで良い」と説明された部分だった。この場合は魔術を解除するように望む、ということになる。
「繋がり、繋がり、繋がり……」
それが呪文であるかのような、唸るように呟かれる深鷺の言葉。ただ、魔獣との繋がりを意識して願いを伝えるというだけのことが上手く行かない。クイシェにとって自然に、あたりまえに感じられているその『繋がり』とやらが、深鷺にはまったくどんな感覚なのかわからないのだ。
「……えーとさ、例えばこの毛玉が機嫌が悪くて言うことを聞いてくれないから上手く行ってない、とか、そういう可能性はあるのかな?」
「全く無い、とは言い切れないけど……」
「クイシェちゃんだけが、あの不思議な感覚で感じられているもの、っていうわけでもないんだよね?」
「うん、村の外ではどうか知らないけど、わたしが知る限りみんな似たり寄ったりの感覚だって……」
誰もが使え、誰しも似たような感覚を得るものであるというのに自分だけがそれを感じることが出来ない。彼らと自分との違いは何だろうか?
(異世界人だから……っていうのは、安易すぎるかなあ……)
それを理由として認め、あっさり諦めてしまうのは教えてくれているクイシェに申し訳ない。
だが、気合いを入れてみたり瞑想してみたり、自分の額と毛玉の額(と思われる)部分をあわせてみたりと色々やってみても、繋がりとやらは一向に把握出来そうもない。
色々と試しているうちに日が天辺近くにまで昇ってしまったころ。
「ごめん……まったくぜんぜんわからないよ……」
と、諦めてしまった。完全に断念したわけではないのだが、何の糸口も掴めない作業を数時間、根を詰めすぎて疲れてしまったのだ。
「と、とりあえず……お師匠様に相談してみるね……」
クイシェも自分ではうまく教えることが出来ないと、二人だけでの解決を諦めた。そうして結局師匠頼りになってしまう事に若干悔しさを憶えながらも、深鷺の為になるならと昨日の騒ぎの元凶に助けを請うことにする。
昼食を終えた二人が村の広場へ行くと、そこには狩猟縄によるぐるぐる巻き状態で宙吊りにされているギュランダムがいた。
「お師匠さん……なんでそんなことに?」
「わしもそれを考えておるところじゃよ」
「おしおきです」
昨晩深鷺たちが返ってくるよりも前からずっとここに吊されているギュランダムだった。
深鷺には伝わっていない話だが、クオラ村は結界の張り直しまでの間に二度、魔獣の襲撃を受けていた。大した脅威でもないキメラタイプの魔獣だったが、戦闘能力のない村人には充分な脅威でもある。
しかしギュランダムが吊されているのは、くだらないことで村に危険を呼び込んだから――ではなく、浴場を覗いたから、である。実際には覗けていないのだが、皆は聞く耳を持たなかった。
「ん? なんじゃ? 服が……な、なななななななんじゃそれはーっ!?」
吊されていて振り向くことも出来ないギュランダムは、前方に回り込んできたクイシェと深鷺をようやく視界内に納め、そして深鷺の状態に目を見開いて驚愕した。
「ミサギちゃんです……」
「深鷺ですー」
袖が手を振るようにフルフルと揺れている様を見ても、ギュランダムは口を開けたまま、目を剥いたままだ。
(これは……なんと……! こ、こんなところで夢の透明化魔術を見ることが出来るとは……!? 一体何が起きておるんじゃ……? 視界が歪んでおるが……厳密には透明化ではないのか……? いや、いやいや、これはなんであれ、なんとしてもこの術は手に入れなければなるまい……!!)
邪なオーラを漂わせながら深鷺の顔があるあたりを凝視するギュランダム。深鷺からは自分の頭の上を見られているような視線なのだが、とにかくそのまま固まってしまって瞳が乾いてしまいそうなギュランダムに深鷺は声を掛けた。
「あのー……そんなに変ですか? いや、変なのはわかってるんですけど……驚きが」
過ぎるというか、までは言えずに戸惑う深鷺。昨日の狩人達の反応同様気味悪がるのならともかく、そこまで驚愕されるとは思わなかった。お年寄りには刺激が強かっただろうかと、老体を労る心理で心配する。
「い、いや。一体どうなっとるのかと考え込んでしまってな。それは……魔従術かのう?」
「らしいです……」
「この村の誰も知らない、見たことがない魔獣を、ミサギちゃんが見つけたみたいなんです。その様子だとお師匠様も知らないみたいですけど……その魔獣が見えなくなる術を使い続けているみたいで、昨日からずっと、あと数時間でもう丸一日この状態なんですよ」
「……そりゃまた凄まじい効率の良さじゃのう」
「効率の問題ではないかも知れないです……」
「どういう事じゃ?」
「う?」
師匠と深鷺から疑問符を投げられるクイシェ。しかしその問題については、とりあえず深鷺が落ち着けるようになってから言った方が良いと思い直した。
「……あ、いえ、それは今はいいです。とにかくそれで困ってるんです」
「困っているもなにも、その魔獣に術を解くように言えば良かろう」
「それが……わたしの教え方が下手で、ミサギちゃんが魔従術の『繋がっている感』を掴めないみたいなんです……」
「や、クイシェちゃんが悪いわけじゃないと思うよ。わたしほら、他の世界の人だから……」
互いに謝り合う二人。
クイシェは自分が術を使い始めた時のことを思い出せば、繋がりのことを上手く深鷺に伝えられるのではと思い、それを師匠に聞くことにした。
「お師匠様、そもそもわたし、どうやって魔術が使えるようになったんでしたっけ……?」
「……おぬしは、なんか、感覚的になんとなくやってみたら魔術が使えるようになっていたようじゃぞ」
「…………ええと」
「元々魔力を感知する能力に長けておるんじゃから、それをどうすれば操る事が出来るかという点に置いても、ろくに苦労などしておらんかったじゃろうが」
「……つまり、」
「おぬしは人に教えるのは向いとらんということかのう」
「はうう……」
そもそもクイシェは魔従術よりも先に他の術を行使していたらしかった。
現在の所、深鷺がクイシェに抱いているイメージは『天才魔女っ娘天使クイシェちゃん』だ。
「というか、別に魔術を教えんでも術を解除する方法ならあるじゃろうが」
「え、そうなんですか?」
「まあミサギの場合は結界と相性が良く無さそうじゃからこの手は使えんかもしれんが……結界術で魔獣と術者を区切るという手もあるぞ」
魔従術師と魔獣の間にある繋がりがどういう仕組みなのかは解明されていないが、その繋がりがどういった魔力でその魔力をどうすれば阻害できるかは判明している。結界に繋がりを阻む効果を持たせることで一時的に魔従術を強制的に解消することは出来るのだ。
「じゃがクイシェがいるなら話はもっと簡単じゃ。直接術を解くように言えば良かろう」
「や、ですからそれが出来なくて困ってるんです」
「……クイシェ、おぬしは何の為に【言語移植】を開発したんじゃ?」
「…………あ」