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#23話:魔従術デビュー(済)



「やっぱり、魔従術が成立しちゃってると思うの」


 一通り何があったかの説明を深鷺が終えたところで、クイシェが言った。


「魔従術……って、お昼にもちらっと聞いた気がするけど、クイシェちゃんとキーちゃんの関係だよね?」


 あの場で長居していると、クイシェが巻いた魔力(えさ)に釣られた魔獣がやってくる危険があったため、深鷺が見えないという問題はとりあえず置いておき、全員が村に帰ってきていた。

 帰り道では一度他の魔獣に襲われそうになったものの、狩人数名が待ち伏せして対処した為、深鷺はどんな魔獣が襲ってきたのかも見ていない。最初に目撃した六足狼猿の死体も深鷺は見ていないが、狩人達の背負い袋に狼猿の一部が入っているというところまで聞いて、それ以上聞くのをやめていた。

 村に戻ると【獣払い】用の結界はまだ張り直されていなかった。深鷺の帰り待ちだったようで、深鷺が境界を越えたのが確認されてから張り直された。深鷺は申し訳なさそうにしていたが、クイシェは全部お師匠様が悪い、と言い切った。

 クイシェの家に戻り、すでに日が暮れる時刻だったので夕食を済ませての会話となっていたが、見えない相手との会話は何処を見て良いのか、何処を見られているのかも判らず、変な気分のクイシェだった。


(首がないみたいで怖いし……歪んで見えるし……)


 口には出さないが、クイシェも視界が歪むことは気持ちが悪いと感じていた。それが視界の端にあればまったく気にならない、というか気が付かないような歪みなのだが、その見えない部分に視点を合わせようとすると、見えない部分の端同士を無理矢理繋げたような、有り得ない見え方になるのだ。

 深鷺の話によれば、いまも深鷺の頭の上にいるという黒い毛玉、毛太りしたリスのような生き物らしき魔獣は『見えている部分を見えなくする』今の深鷺と同じような状態で、地面にぐったりと転がっていたらしい。

 そんなモノをどうやって見付けることが出来たのかも不思議だったが、少なくともこの村の住人にとって未知である魔獣を発見し、そのままそうと知らずに使い魔にしてしまった深鷺も不思議だった。


「魔力を含めた血は、繋がりを持たせる力があるんだよ」


 魔従術は魔術を使う存在に自分の血を飲ませて魔力的な繋がりを持ち、その存在に魔術を使わせたり、その存在の特徴・特性を得たりする術である。主に魔獣を従える術である為、魔従術と呼ばれている。


「多くの魔獣にとって、活性化している魔力は美味しいご馳走みたいなものなの」

「活性化って?」

「えーとね……魔力はどこにでもあるの。ここにも」


 目の前の虚空を指すクイシェ。


「このテーブルの中にも、その地面にもあって、でもそれは活性化されてない状態で、魔力は意志ある者の肉体にある時だけ活性化するの」

「ほうほう」


 魔術の話に好奇心が刺激され始めた深鷺は、他人には見えていない顔を縦に振りながらクイシェの説明に聴き入る。


「魔導術を使うときは更に意識的に魔力を活性化させて、魔導書に流したりするんだけど、魔獣は普通の魔力より活性化した魔力の方が美味しく感じるみたい。たまに人間でも美味しいって感じる人もいるらしいんだけど」


 中には魔力だけを摂取して生きている魔獣もいると聞いた深鷺は、この説明もわかりやすく色々と端折ってくれている事に気が付いたが、話の腰を折りかねなかったのでそのまま大人しく聞いていることにした。


「それで、美味しい魔力をくれる人に懐いた魔獣は、魔力の代わりに自分の力を貸してくれるようになるんだけど、それが魔従術ってことなの」


 夕食前、クイシェがキーちゃんの食事に指を向けて何かをしていたのを思い出した深鷺は、あれは魔力を流していたのだと思い至たった。同時に水晶色の髪のことも得心が行く。


「なるほど……それで、その髪の色なんだ?」


 クイシェは自分の水晶色の髪が注目されていると感じ、うつむきがちに答えた。


「うん……変かな?」

「すっごく綺麗だよ!」


 深鷺のニヤニヤした表情は真っ赤なクイシェからは見えていない。


「キーちゃんの能力は【魔晶化】って呼ばれてて、とっても珍しいんだ」

「ましょうか……魔晶、魔晶化、か」


 【言語移植】で得ている脳内辞書で魔晶の文字を調べた深鷺。クイシェはその様子を見て、すこし待ってから先を続ける。


「【魔晶化】で魔晶銀と同じ……あ、え、えーと、魔晶銀っていうのは、魔力を溜めておく事が出来る鉱石なんだけど……」

 

 説明事が不慣れらしいクイシェをたまに落ち着かせながら、深鷺は魔従術について理解を進めていった。

 魔獣を従え、その能力を借り受ける。それは魔術そのものであったり魔術的な体質であったりする。

 クイシェの髪はキーちゃんの【魔晶化】による体質変化。体毛に魔晶銀と同じ特性を持たせることが出来る能力によるもの。それによって普通の人よりも多くの魔力を体内に溜めておけるという。

 そして今深鷺が見えなくなっているのは、自分の姿を他者に見えないようにするという黒毛玉の魔術が働いているからと推測される。


「でも、ずっと見えないって事はずっと魔力を使いっ放しって事だから、魔力が切れたら自然に効果も切れるはずだよ。えーと……ちょっと待ってね?」


 クイシェは目を閉じて集中する。深鷺から感じる違和感が邪魔で他の人ほど簡単に読み取ることが出来ないが、どうにか深鷺の残魔力を計測した。


「うーん……100点くらいあるなあ」

「100点って……多いの?」


 体内に残っている魔力を計ったと知らされた深鷺は、数字の基準が判らずに聞いてみたが、クイシェの答えは意外なものだった。


「100点は、人間の魔力の最大値だよ」


 魔力量は人間が、人間の平均値を100点とし、それを基準に計られるようになったものだ。

 専用の計測器を用いずとも他人の残魔力を把握できるクイシェは、その正確さにもある程度自信がある。

 獣人と人間の違いや個人差で十数点の差はあるものの、深鷺にこの魔術が使われ始めてから既に数時間が経過しているにもかかわらず、ほぼ限界値の魔力が残っていることになる。


「個人差もあるけど……それでも140点くらいが限界だっていわれてるの」

「えーと、それじゃ仮に、わたしの魔力が140だったとして、数時間で40点減ってるのって……どうなの?」

「……術の構造がかなり効率的、かな。ちょっと強めの照明系の術並に軽い消費量かも。しかも小動物サイズじゃなくて人間に適用してるんだから……」


 魔力が切れるまでだいぶかかる。少なくとも今晩中に、というわけには行かないだろうとクイシェは判断した。


「まあ、このまま魔力切れを待ってれば……明日の朝くらいには戻るよね?」

「うん……」


 クイシェとしてはそもそも深鷺の魔力が140点あったという仮説がしっくり来ないでいたので、いまいち歯切れの悪い返事しか返せなかった。


「……あ、そうだ。この子が寝たら魔術の効果も切れるんじゃないかな?」

「魔獣って、寝ながら魔術を維持出来るのも多いから、あんまり期待できないかな……」


 深鷺は自分のステータス欄をイメージすると『ワープ体質』の下に『透明人間』を書き足した。次は何が来るやら、と微妙な気分でいると、姿が見えないにもかかわらずそれが伝わったのか、クイシェがまた慌て始める。


「ご、ごめんね? 出来る限り早く、なんとかするから!」


(あー……またやっちゃった)

 

 クイシェには気を使われてばかりだ。助けられて、優しくされて、気を使われて、出逢ってまだ二日目で、貰ってばかりである。そうでなくても、こちらからも頼りっぱなしだというのに。

 顔も手も見えていないだろうが、深鷺は感謝の意を伝えることにした。


「消えてたりなんなりで、なんかばたばたしてたけど、クイシェちゃんには感謝してもしきれないよ。本当にありがとう。今も色々と考えてくれて、本当に助かってるし、助けに来てくれたの、本当に嬉しかった……」

「えっ……! う、うん……」


 歪んだ視界に消える両手。深鷺の両手に掴まれている自分の、見えなくなった手のあたりを見ながら、硬直したクイシェは言葉を探す。


「え、えと……………とっ」


 クイシェは目を逸らしながら、つい言いかけた言葉を飲み込んだ。


(……と、友達だもの、当然でしょ……って、い、言ってみようかな……だめかな……どうしようかな……)


「……クイシェちゃんー?」


 顔を真っ赤にして、メデューサを見てしまった人のようになっているクイシェ。目の前で見えるように自分の服の袖を掴んで振っても、まったく反応がない。発言内容を思い悩むクイシェが揺れる袖に気が付くのには数秒を要した。


「あ、ご、ごめん! うん、気にしなくていいよぜんぜんっ! ……明日にはちゃんと見えるように戻せると思うから、今日は我慢してね」

「うん、わかった」


 今日の話はここまでということで、二人はそれぞれの部屋に入りベッドに潜り込んだ。


(……いきなり友達だなんて言い切るなんて、やっぱり図々しいよね。そう、研究とおんなじだよ。きっと、もっと、ゆっくり段階を踏んで試行錯誤……)


 クイシェは魔導術で読書用の淡い明かりを浮かばせながら、愛読書である絵物語を読み返しながら夜を過ごした。

 一方、深鷺はとくに読むものも無く、普通に眠りにつこうとしている。他人には見えないらしい


(この状態、見た目だいぶ気持ち悪いみたいだけど……まあ、助かったと言えば助かったかなー?)


 山の中で合流したとき、恐らく泣き腫らしていたであろう自分の顔が見られずに済んだのは幸運だった、などと思っている深鷺だった。








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