#22話:消えるお腹と歩く服
腹に穴を空けられた狼猿はピクリとも動かなくなったが、クイシェはその光景が見える場所にはいない。
「ミサギちゃーん!」
六足狼猿との戦闘が始まってすぐ、クイシェは女狩人の一人ジェネットと村の女医である猫系獣人ミラを連れ、違和感を頼りに深鷺がいる方へと山の中を進んでいった。
やがて爆音が聞こえ、恐らく後方では決着が付いただろう事を知れたころ、ちょうど深鷺の違和感と合流できたのだが……
「クイシェちゃーん!」
「ミサギちゃんっ? ……どこにいるの?」
既に深鷺が見える距離のはずなのだが、声はすれども姿は見えず。
「クイシェちゃんー……?」
ちなみに現在深鷺とそれ以外の面々は、名前以外お互い何を言っているのかわからない状態だ。
クイシェ達は辺りを見回し続けている。足音は聞こえているのに、そこには誰もいない。
「目の前にいるのにー……どういうこと?」
深鷺は探しに来たのが女性だけだと見て安心して近づいてきたのだが、その間誰とも視線が合わず、ついにはこうして目の前に立っていても皆きょろきょろするばかりで誰も深鷺に気が付かない。
「マネキマネドリの仕業……じゃないのかい?」
「ううん、そんなはずは……」
女狩人の疑念をクイシェは否定する。違和感は確かに目の前にあるのだ。
「見えてないのー……?」
目の前で手を振る深鷺。すると目の前の視界が歪んだことに気が付いたクイシェが、手を伸ばしてきた。
「あっ」
伸ばされた手を深鷺が掴むと、クイシェは自分の手が見えなくなってしまった。残りの2人も突然消えた右手に驚き、女医の方はいつのまにか短刀を構えていた。
「ここにいるの?」
「何言ってるのかわかんないけどわたしだよーミサギだよー」
「何言ってるのかわからないから、とりあえず……頭どこかな?」
クイシェが自分の頭の高さを探り始めたので、深鷺は抱きしめられやすいように膝立ちになり、クイシェの胸に頭を埋めた。
(あ、伝わった)
些細な以心伝心を喜びつつ、クイシェは【言語移植】を発動させた。
「どうかな?」
「クイシェちゃんありがとーっ!」
「きゃ」
抱きつかれたクイシェは今回はホールドアップせず、軽く抱きしめ返すことができた。術の発動の為に既に抱きしめていたからさほど迷うこともなかった。
奇っ怪な歪み方をしているクイシェの姿を見て、狩人ジェネットは悲鳴じみた声を上げた。
「な、なんだいそれは! 大丈夫なのかいクイシェ!?」
「なんだか判らないけど大丈夫ですっ!?」
今にも短刀を閃かせてしまいそうなミラを見たクイシェは慌てて無事を主張した。しかし、大丈夫と言われてもとてもそのようには見えない二人だった。胴体が一部消えている。消えた腹のかわりに胸と腰が直接繋がっているように見える。ちょうど深鷺が腕を回している高さの、その腕の分だけ体が消え去り、しかしクイシェの身長がそのぶん縮んでいるということもない。
「ねえ、もしかしてわたしの姿って見えてない?」
「うん、見えない」
「見えないねェ……なんだか景色が歪んでるようには、見えるけど」
「……」
「ミサギちゃん、自分では見えてるの?」
「うん、普通に……くちゅん」
抱き合う暖かさから離れたためかくしゃみをしてしまった深鷺に、とりあえず服を一式渡すクイシェ。受けとった深鷺はいそいそと服を着始める。何もないところに浮かび、部分部分が時折視界から消え去る下着や服を見ていると、ジェネットは頭が痛くなってきそうだった。ミラはいつの間にか短刀を持っていない。
「なんだか気持ち悪いねェ……」
「ジェネさんっ!」
「いや、だってさァ……」
「やー、わたしもそう思います」
ジェネットに同意する深鷺。
「えーと、ちなみにいまは見えてます?」
「服だけ見えてるよ」
「えー……これどうやったら見えるようになるの……?」
「おーい! 見つけたかー? そっち行くぞー!」
着替えも終わったので来ても良い旨を伝える。集まった狩人達は宙に浮いている服を見て一様に気味悪がった。
「それが、ミサギちゃん?」
「何故かそうなんです……」
深鷺は恐らく元凶であろう、今も頭の上に乗っている黒い毛玉を見えないままに紹介し、説明を求めるのだった。