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#20話:巣穴に届く天使の咆吼








「足も捻んなかったし、幸先いいかもね」


 縁があるのかよほど運が良いのか。手の平に乗せた黒い毛玉に話しかけながら、深鷺(みさぎ)がいそいそと体を納めていくのは、一昨日も見たような斜面に空いた穴である。一瞬、まったく同じ場所にたどり着いたのかと深鷺は思った。中に入ってみると高さも奥行きもそっくり同じで、しかし内側から観える外の景色が記憶と明らかに違うことから、一昨日とは違う場所なのだと知る。


「やっぱりあれかなー……何かの巣?」


 ここがなにかの巣なのだとして……と、深鷺はアルマジロのようなまるっこい生き物が、そのまますっぽりとこの穴に収まっている姿を連想した。確か、アルマジロも巣穴を掘って穴生活を送る生き物だったと思い出す。哺乳類だったか爬虫類だったか忘れたが、とりあえず可愛らしい動物だったはず。

 自分がいま正に体を納めているスペースなのであまり奇妙な生物はイメージしたくない深鷺、むしろさらに可愛い獣であれと記憶にあるアルマジロをより丸っこくシンプルにデフォルメしていった。その動物は自分の為にここを用意してくれたのでは……と、無駄に好意的な解釈すらしていく。

 深鷺のイメージでは、その丸まったアルマジロもどきは巣穴にぴったりとはまりすぎていて、最終的にはまるでアンモナイトの化石のような状態になっていた。


「……ぴっ」


 返事らしき鳴き声を発したのは左手に乗っている黒い毛玉だ。この毛玉、最初はぐったりとしていたのが嘘のように元気になっている。立ち姿を見てみると『毛太りしたリス』といった感じの生き物だったが、毛がもこもこしすぎで実際の体がどういう形なのか、いまいちハッキリしない。

 結局置いていくのも忍びないので持ってきてしまったのだが、毛玉はあれ以上噛むことも血を舐めることもしなかった。

 深鷺は話しかける相手がいることでひとりぼっちの寂しさから多少解放されていたりする。


「……裸になって、歩き回って、穴を見つけた。あとはクイシェちゃんが来てくれる、よね?」

「………………ぴっ?」

 

 どことなく疑問系で返されたような気がした深鷺は不満げに毛玉をつついた。しかし毛玉はそれに特に反応せず、穴の外を見ているようだった。


「……どうかしたの……? ……?!」


 洞穴のすぐ前にも草木が生い茂っているが、遠くまで視界が通らないほどではない。その視界の先、小川を挟んで反対側の斜面に、なにか大きな獣が見えた。


(熊?! ……は居ないって、クイシェちゃん言ってた。じゃあ、狼?)


 川の方へ、深鷺のいる方へ向かって、のしのしと歩いている獣。尖った耳と避けた口から覗く牙から狼のような顔をしているが、体はゴリラのように太くずんぐりとした印象だ。六本の足で歩いているその背中が既に深鷺よりも高いだろうことが、遠くから見てもよくわかる。


(六本足って! 六本足って何!? )


 哺乳類はもちろん、爬虫類にだって六本足の動物がいただろうかと頭を回し始め、ここが魔法すら実在する異世界であることを思い出した深鷺。そんなことよりもその獣が明らかに野性的で、肉を食べそうな印象であることの方が重要だ。

 狼の実物は見たことが無い深鷺だが、今見ている生き物が少なくとも見た目通りゴリラ並みか、あるいはそれ以上に大きいことはわかった。そして牙が生えている以上は肉食か、少なくとも雑食だということも。


(狼の餌になるなんて嘘だから! 来ないでー!)


 だいぶ距離はあるものの、見つかってしまえば獣の足から逃げ切れる自信は無い。身近なところで、犬が本気で走れば人間が逃げ切るのは不可能だという実感を思い出す深鷺。あのつぶらな瞳でちんまいチワワですら、常人の全速力よりも軽く速かった気がする。熊だってあのサイズで人間より速い。狼顔のこの獣もきっと人間より速い。

 見つからないようにと念じる一方で、獣の嗅覚ならとっくに見つかっているのではないだろうか、と深鷺は思った。それでも見つからないように、見つかっていませんようにと念じることしかできない。

 狼もどきと目があったような気がした。


(ひー!)


 竦んでしまって動けない深鷺だが、どちらにせよ動くわけにはいかない。

 大丈夫、ここは穴の中。影になってるから中は見えてないはず。


(見えてません見えてません見えてません……見つけないでー!)


 盗聴されないよう、気持ち暗号化したつもりで願っていると、突如天使の声が(とどろ)いた。







() () () () () () ! () () () ! () () () () () () () () ()!』







 魔導術【咆吼】は声真似を得意とする小型の魔獣がその体躯に見合わない大音量で吠える為の魔術だ。人間が使うにあたり多少の改良が加えられているが、喉への負荷を完全に無くすことは出来ていない。

 本日二度目の【咆吼】により少し喉を痛め、咳き込みながら状況を説明するクイシェ。

 それを聞き、各々仕事をやりやすい位置へ移動していく狩人達。

 

「魔獣は、大型1匹が東から、接近中! けほっ……他は……まだかなり距離があるので、とりあえず大丈夫です」

「逃げてる奴もいるんじゃないか?」

「クイシェ本気モードだし」

「トラップを仕掛ける時間は……?」

「無いね。というか六足だったら要らないけど」


 深鷺に魔獣が近づいていることを感知したクイシェは、自分たちが間に合わないと悟るや、自分の持つ人間としては規格外な魔力を誇示しつつ大声で自分の存在を知らしめた。

 魔獣の好物は魔力である。魔獣の種類によっても差があるのだが、種によっては魔力のみを摂取していれば生きていけるようなものも存在している。

 クイシェが活性化させた魔力に釣られ、極上の獲物がいることを知った魔獣達はこの場所にやってくるだろう。逆に、魔力の量に怯えて逃げ出した魔獣もいるはずだった。


「フリネラさん、ごめんなさい」

「いいよー。叫ばなかった方がミサギちゃん危なかったんでしょう?」


 刺した釘を即座に引っこ抜かれた形であるフリネラも、クイシェの判断に異論はなかった。狩人達は優秀だし、自分もそこらの大型魔獣一匹程度にどうこうされるほど弱くはないつもりだ。問題は、クイシェに危険が及ばないかどうかであるが、無防備なミサギの方に危険が迫っていたというなら仕方ない。

 魔獣と戦うことになった狩人達にも不満の影は見当たらない。元々それが仕事であり、あるいは趣味や生き甲斐だ。

 

「……あれ?! なんでっ、ミサギちゃん!?」


 その守られる対象であるクイシェが、急に焦りだした。

 深鷺の違和感がこちらに移動し始めたのだ。






短めですが更新再開です。よろしくおねがします。

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