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#18話:とおいせかいにひとり





 晴れた青空と、空を隠す深緑色の木々。

 枝を揺らす風の音が、木漏れ日を輝かせている。

 太腿に感じるのは草の感触。

 手を開いてみると、土ですこし汚れていた。

 

(……………………つまりどういうこと?)


 問いに答える者はいない。お風呂で暖まっていたはずが、気が付けばまたもや山の中である。

 体は温まっているが肌は乾いていて、地面が濡れた様子もない。

 ぽかぽかと上気している頬が冷たくなっていくのは時間の問題だろう。


(……………………なんで? …………なにが?) 


 晴れた空、空を隠す木々、木々を揺らす風、目に刺さる光。

 足に絡む草、冷たい土。

 あたりには誰もいない。

 深鷺(みさぎ)はしばらく放心状態でいたが、このままでは体が冷えていくだけだと、ゆっくり立ち上がった。

 前回同様、杖代わりになりそうな枝を頼りに、人里を目指してみよう。


(……無いなあ)


 今回は、良い感じの枝が見つからない。

 仕方なく藪を手で掻き分けて進む。


(……一昨日は運が良かったのかなあ)


 サワサワと、気持ちよさそうな風が流れていく。

 そういえば先日は風がほとんど無かったと思い出す。


(……ここ、どこなの?)


 葉擦れの音がどこからも聞こえ、山の広さを感じる深鷺。

 ――枝を探すのは、諦めることにした。


(とりあえず、歩こうか)


 前回とは違い、今回は昼間である。

 見通しは良いとは言えないが、夜闇よりは良好である。


(足下が見えるからわりと楽かも)


 前回とは違い、お腹も空いていない。

 ギュランダムの家で昼食を済ませてから、まだ一時間も過ぎていない。


(獣に遭わないといいけど)


 前回とは違い、そこまで寒くはない。

 真夜中に歩き回って平気だったのだから、今回も風邪は引かずに済むだろう。


(隠れられる場所、ないかなー)


 前回とは違い、枝が見つからない。

 よく見える分慎重に進めば、大丈夫。


(大丈夫、クイシェちゃんがきっと見つけてくれる)


 クイシェの超感覚は深鷺に違和感を感じているという。その感知能力はとてつもなく広範囲だ。

 どこか遠くから、恐ろしい速度で村を通り過ぎていったその違和感を、正確に捉えて深鷺を見つけ出した。


(大丈夫、クイシェちゃんがきっと)


 空と木と風と光。

 草と土。

 山の中。

 森の中。

 此処。

 何処?

 ここは世界のどのあたり?


(きっと見つけて……)


 ここはどこの世界????????


「だっ、ぇか……! いまっ、せん……!」


 声を出して、助けを呼ぼうとして、深鷺は自分が泣いていることに気が付いた。

 これは夢ではない。ここは日本ではない。それどころか地球ですらない。異なる世界だと知っている。


(だれでもいいから! たすけて!)


 生命の危機よりも、異なる世界で、知らない世界で、誰も深鷺のことを知らない世界に、一人でいる心細さに、押しつぶされそうで。

 深鷺は嗚咽を飲み込みながら、助けを求め続けた。







「ミサギちゃん?!」


 目の前にいたはずの深鷺が、掴んでいた筈の手が消えてしまった。

 クイシェは自分の目で見た事が信じられず、しかし彼女の超感覚はそれを事実として認めさせようとする。


(ミサギちゃんの違和感が……!)


クイシェが一昨日から感じ続けていた違和感は、一昨日と同じく、矢のような速度で遠ざかっていった。今はかなり遠くにそれを感じるが、感知できないほどの距離ではない。


「ミーちゃんが、消えた……?」


 飛び込んできたカウスを魔導術でノックダウンさせたフリネラも、深鷺が消える瞬間は目撃していた。よそ見をする形で放たれた術によってカウスは浴場の隅に転がっている。


「ミサギちゃんを探しに行きます!」

「クーちゃん!!」


 浴場から出ていったクイシェは濡れた体を拭く間も惜しみ、手足を衣服に突っ込んでいく。


「あ、こらそんなことしてたら風邪ひくよ! ちょっと、落ち着きなさいって! どういうことなのー?!」


 フリネラは、深鷺の衣類をひっつかんで外へ飛び出そうとするクイシェへ手を伸ばしたが、さほど強く力を込めたわけでもなく、あっさり振りほどかれてしまった。


「ミサギちゃんが遠くにいるんです! 探さないと! 助けないと……!」


 洞穴でうずくまっていた姿が思い出される。

 表に出たクイシェは、一瞬たりとも逡巡せずに魔力を操り始めた。 


「【咆吼】!」


 魔導術の発動と共に自分の両耳を塞いだクイシェは、勢いよく息を吸い込み、渾身の力を込めて叫ぶ。


『 () () () () () () !』


 クイシェの喉から、雷鳴の如き凄まじい大音声が発せられた。【咆吼】は猛獣の声真似を自衛手段として持つ小さな魔獣が用いる、拡声の魔術である。


『 () () () () () () () () () () !!』


 村人達は村中に響き渡る聞き慣れたクイシェの聞き慣れない大音声から焦るような声色を感じ取り、何事かと扉を開けて外に出た。

 クイシェは咳き込みながら走り出す。村はずれから広場へと辿り着いたクイシェに、村人達の視線が集まった。


「ミサギちゃんが、山のどこかに、飛ばされてしまいましたっ……原因はわかりません、がっ」


 息も切れ切れで喋る深鷺の言葉を、村人達は戸惑いながらも真剣に聞いている。


「いまから、ミサギちゃんを助けに行きます! 村の結界もまた壊れていますが、わたしは捜索に向かうので、師匠に指揮をとって、貰って下さいっ!」








 叫び疲れ、倒れたようにうずくまっていた。

 それほど時間は過ぎていないだろうと、深鷺は自分に問いかけるが、立ち上がる力は出てこない。


(このまま……)


 考えがまとまらず、その続きが思いつかない。考えたくないのかも知れない。

 黙っていても嗚咽が止まらない。

 冷たい土に根を張り、養分を吸い上げるでもなく、体温が少しずつ奪われていく。

 気持ちが負けていると、自分でも感じている深鷺。


「ハト兄……トキちゃん……」


 たった二日で懐かしいと感じられる名前を、口にした。


(……いや)


 兄妹のことを思い浮かべながら、少しだけ冷静になった頭が現状の自分を否定する。


(よくわからない不思議なことが起きているのなら、よくわからない不思議な助けがあったって良いはず……そう思って一昨日だって助かったじゃない)


 もとより空元気だとは自分でも判っていたが、どんな意味であっても、元気がない自分なんて自分ではないと、深鷺は信念のような想いを胸に、体を起こした。


(もっと……自分に都合良く考えよう)


 たとえそれが間違いであっても、心が折れるよりは良い。まず元気であること、それが兄妹の中でもわたしに求められていたことだったはずだ。


(この山は……そう、植物を見る限りは一昨日と同じに思える。きっとそんなに遠くない。クイシェちゃんはわたしに感じる違和感なら、半径数十キロくらいまで感知できるって言ってた。わたしを助けてくれた天使だもの。きっと今度も助けてくれる。他力本願で良いんだよ。わたしに出来る事なんて、元気でいることくらいなんだ)


 そうと決まれば、やはり安全な場所を探す為に歩くことだと、深鷺は立ち上がった。

 立ち上がろうとして、涙でにじんだ視界になにか妙なものが写り込んだような気がした。

 少し先の地面に生えている草が折れている。

 草を押しつけている何か。

 毛玉のような何か。

 小動物のような。

 よく見えないので目を擦って涙を拭うと、見えなくなって(・・・・・・・)しまった。


(…………なんだろう…………この草、どこから生えてるの?)


 小動物のようなものが見えていた場所。地面から数センチ浮いたところから草が生えている、ように見える。

 深鷺はその草を摘んで引っ張ってみた。すると何かがその草に載っていたのか、少しの抵抗を感じた。よく見ると、その草は地面から生えていて、そのかわり、隣の草が虚空から生えている。

 隣の草を引っ張ってみると、今度はまた別の草の根本が見えなくなる。


(……何か、ある)


 深鷺は草を隠している何かに、直接手を伸ばした。








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