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#17話:お風呂ロマン







 考え込んでも仕方ないか、と入浴効果からか不安なことは忘れてフリネラとお風呂トークを再開した深鷺は、元の世界の様々なお風呂知識を紹介していた。

 サウナ、打たせ湯、水風呂、入浴剤、温水プール、ユニットバス…… 


「確か……お風呂を部屋ごと作っておいて、家を建てるときには組み立てるだけで作れる浴室……だったはず」

「凄いわねー。あたしもそういうのが作りたいと思ってるんだけど……まだまだ先の話かなー」

「あと、蒸し風呂とかは多分この世界にもあるかなーって思ってるんですけど」

「うん、あるよー。あたしは温水プールっていうのが気になるわー」

「温水プールは……ええとこの世界って、泳いで楽しむ習慣ってあります?」

「泉とかで水浴びするついでに泳いだりはする、かな? 遊びとしては……どーだろ、あんまり聞かないかもー」

「名前の通り、暖めた水で泳ぐための遊び場です。厳密にはお風呂じゃないので裸では入りません。ミズギを……下着くらいの小さな専用の服を着て入るので、男女共用、混浴です。大きい施設になると、スベリダイとかあります」

「スベリダイ?」

「ツルツルした板の上を滑り降りる子供向けの遊具があるんですけど、それの凄く大きくて細長いものがあって、そこを……その壁にある水道みたいに水が流れてるんですよ。そこを滑り降りするんです」


 指でくるくると滑り降りる様を描く深鷺。


「娯楽施設に随分と力の入った国なんだねー……というか技術レベル高そうー」

「たぶんですけど、魔術抜きのこの世界と比較したら、千年くらい差があると思います」


 でもさっきの鍋はこっちの世界では最新技術です、と付け加える。魔導術というのは元の世界における電気の発明に匹敵する技術なのではないか、とIHヒーターもどきの存在から連想していた深鷺は、約束通り研究の役に立てることはないだろうかと真剣に頭を回転させ始めた。


(……のぼせそうー……こういうのはトキちゃんの得意なところなんだけどな……)


 成績優秀な双子の妹のことを思い出しながら、また思考が逸れたとあわてて軌道修正する。同じ事をずっと考えているのは苦手な深鷺だった。


(電化製品、照明、テレビ……いやいや、フリネラさんはお風呂専門家だ。電気からは離れよう)


 サウナ、打たせ湯、水風呂、入浴剤、温水プール、ユニットバス…… 


「あ」

「んー?」

「さっきの導線の釜って、術は……ええと……」

「【加熱】?」

「あ、はい。その【加熱】しか流せないんですか?」

「ううん、あのタイプの導線は魔術の効果をそのまんま流し込めるから、【加熱】じゃなくても問題はないよ」

「じゃあ、なにか、空気を出すような魔導術って無いですか?」

「空気を出す……動かす、じゃ駄目なのかな」

「はい。えーとですね……」


 深鷺が提案しているのはジェットバスだった。導線の先から勢いよく空気を噴射することが出来れば、あの釜を流用して、すぐにでも実現できると考えたのだ。


「面白そうなお風呂ねー!」

「泡が当たると気持ちいいですよ。足の裏とかくすぐったいですけど」


 勢いを調整して、沸騰しているように見せかけたりするのも楽しいかも、と悪戯心で提案する深鷺。

 これは名案だと思ったのだが、深鷺にとっては意外なことに『空気を生み出す』という効果の魔導術はマイナーであるらしく、少なくともフリネラは術式を知らなかった。


「基本的にその場にあるものを利用する術のほうがコストが少ないし、色々と楽なの」


 先ほど男2人を吹き飛ばした魔導術【巻き風砲】も風を生み出す術、空気の流れを生み出す術であり、空気そのものを発生させる術ではないという。【加熱】がどうしても一指魔導書に出来ない原因も熱をゼロから生み出しているからであり、他から熱を持ってこれるなら一指化も可能かも知れない、らしい。


「でも、面白そうだから作ってみるわ。空気の術式を知ってる人にも当てがあるし! ありがとねー!」


 嬉しそうなフリネラをみて、少しは役に立てたと思うことにした深鷺。頭脳労働は苦手なところをよく頑張った、と自画自賛しつつ改めてリラックスしようと体の力を抜く。

 そこで、全然話に入ってこなかったクイシェのほうに向き直り、さっきからずっと気になっていた事を聞いてみる。


「ところで……クイシェちゃん、どうしてそんなにくっついてるの?」


 ミサギの横にぴったりと、しかし何故か壁のほうを睨みながら構えているクイシェ。


「き、気にしないでいいよ? ……あ、嫌だった!? ごめんね!?」

「ううん、別に嫌じゃないけど……?」


 くっついていることのほうは、妹といつも一緒に風呂に入っていたのでさほど違和感がなかった。しかし、どことなく真剣そうにしているのは少し気になる。

 そんなクイシェは今、こんな事を考えていた。


(ミサギちゃんの裸は、わたしが守る……!)


 その視線は――クイシェの超感覚は、壁の外にいる存在の魔力を明確に捉えていて――








 湯気と少女の覚悟が漂う浴場の外側、木造の壁一枚に隔てられた場所で老人と若者が対峙していた。


「おぬしも、こんなところで油を売っているとは暇人じゃのう。さっさと仕事に出掛ければいいものを……」


 ギュランダムの足下には矢が刺さっている。壁を飛び越えようと助走を付けていたところを足止めされた形だ。

 そして足止めした若者……に見えるが、クイシェからはおじさんと呼ばれていたカウスが、浴場を囲う壁を守っていた。


「なあに、村をケモノ(・・・)から守るのも狩人(おれ)の仕事なんで、ね!」


 言い終えると同時に弓を放つカウス。(やじり)は付いていないとはいえ、当たればただでは済まないだろう一撃を、ギュランダムは片手を振って生み出した風で逸らす。


「まだまだじゃのう?」

「これからだ!」


 既に次の矢を(つが)えたカウスは二発目を放つと同時に弓を捨て、ギュランダムに向かって駆けだした。


(遠距離戦では埒が明かねぇ。隙を見て浴場に飛び込まれても困る。なら……接近戦で仕留めるしかないな!)


 二発目も同様に逸らしたギュランダムは接近するカウスを見て片足を上げ、地面に叩きつけた。


「【咲き土】!!」


 ギュランダムの周囲の地面が突如盛り上がった。名の通り、花が咲くように捲れ上がる土がカウスの行く手を阻む。


「くっ!」


 そのまま次の術の集中に入っているギュランダムを見て、カウスは後ろ手に構えていたロープを投げつけた。ロープは咄嗟に打ち払おうとしたギュランダムの左腕に巻き付いたが、ギュランダムは構わず術を発動させる。


「【巻き風砲】!!」


 ロープを思い切り引き戻しながら体を(ねじ)って風の渦を回避するカウス。片腕が渦に持っていかれそうになったが、バランスを崩しながらも地面にへばりつき、同様に腕を引かれてバランスを崩されたギュランダムと睨み合う。


「男のロマンを邪魔するとはそれでもおぬしは男か! 女の裸を目の前にして覗かんどころか妨げようとは!」

「目の前にはねえだろうがエロジジイ! テメーはなんでそんな自信満々に当然の如く変態的なことを偉そうに!」


 そう言っている間にもロープによる引き合いと魔術の発動は続いている。【咲き土】によって掘り返された土を踏み抜き、互いに位置を変えながら拳と魔術が入り乱れる。

 現役の狩人であるカウスに劣らぬ超人的体力を誇る老魔術師ギュランダムだったが、日々魔獣を相手に鍛え上げられているカウスの『縄縛戦闘術』には苦戦を強いられていた。

 縄縛戦闘術は相手の動きを阻害しつつ、自分は相手の動きを利用して常に有利な状況を創り出す接近戦闘術だ。一瞬でも隙を見せれば拘束箇所を増やされるが、当然ロープを切ってしまえば解放される。しかしロープを切るという無駄な行動自体が隙に繋がる為、ギュランダムには魔術というアドバンテージがありながらも縄を切る暇すら無かった。


「この先の光景は……老い先短いわしに用意された冥途の土産なんじゃ!」

「土産は後で持っていってやるから先に冥途へ渡れ!」


 心底嫌そうに叫ぶカウス。心底惜しそうに嘆くギュランダム。


(騒ぎ過ぎた……急がねば風呂から上がってしまうではないか……!)


 どうしようもなくエロジジイなギュランダムは、焦りを見せると片足を上げた。


「ぬぅ……!」

「は、貰ったぜ!」


 【咲き土】の発動後、土が防壁へと捲れ上がるまでには一瞬のタイムラグがある。ギュランダムを完全に拘束できると踏んだカウスは、【咲き土】の発動を待たずに防壁の発生地点を越えるよう、ギュランダムへと飛びかかった。


「これで終わりだ!」

「かかったな小僧め!!」


 ニヤリと笑い合う2人。


「【巻き風砲(・・・・)】!!」

「なっ?!」


 ギュランダムの足はフェイクだった。飛び上がり、空中で身動きの取れないカウスに向けて正確に右手が向けられている。


「まだまだ甘いのう」

「うおああああっ?!」


 風の渦に正面から巻き込まれたカウスは激風に揉まれる中でロープも手放してしまい、そのまま宙高く吹き飛ばされていった。


「あ」


 そして、バシャーン、と響く水音。


「「きゃあああああああああああああああ!!」」


 響く悲鳴。
















「――――え?」


 気が付くと、深鷺は山奥にいた。


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