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#15話:フリネラの実験浴場




 昨日の晩のこと。

 前日は山を歩き回り、今日は村中を回り切った深鷺。クイシェに言われるまでもなく(わたしって元気だなあ)などと、体を拭きながら自分のスタミナに感心していたのだが。


(……お風呂に入りたいな)


 桶に溜められた温い水を見ながら思う。日本では各家庭にかなりの割合で用意されている浴室だが、中世風でファンタジーなこの世界に果たしてそんなものがあるだろうか。


(確か……中世にもお風呂はあった……はず、でも、サウナっぽいのだったら違うしなあ)


 あくまで湯船に浸かりたい。

 生活環境が違うのだから自分の習慣も大きく変わってしまうことは仕方がない。が、お風呂だけはなんとかあって欲しい。

 そういった想いを込めつつも、なるべく期待しないよう自分に言い聞かせながら、クイシェに聞いてみた。


「うん、あるよ?」

「あるの!?」

「あっ! ごめんね!? お風呂に入りたかった!?」

「あ、あー明日でいいよ! 今日はもういいから! ごめんね変なこと聞いて!」


 慌てて着替えや手ぬぐいを用意し始めたクイシェを止め、この村のお風呂事情について聞いた。


「あ、あのね。フリネラさんのお家が公衆浴場になってるの。お風呂研究してるから」

「お風呂研究って……ニュウヨクザイ作ったりとか温泉掘り当てたりとかするの?」

「ニューヨクザイはなんだかわからないけど、温泉は大好きみたい。ミサギちゃん、お風呂に詳しかったりするのかな?」


(猫なのにお風呂好き?)


 猫は濡れるのが嫌いではなかったか。


「んー、詳しいほどではないと思うけど……」

「ミサギちゃんの知ってる話を聞かせてあげたら、フリネラさん喜ぶかも」


 というような前置きがあったので、フリネラが自分に協力を求めて来たことはすんなりと理解できた深鷺だった。

 結界の実験が終わった後、クイシェは今日のお手伝いについてフリネラに詳細を確認しに行ったついでに、昨日の晩の話を伝えていた。深鷺の日本でのお風呂習慣についての話も既に伝わっている。


「各家庭にお風呂がある上、銭湯や温泉街までもが国中に存在している……そんな、まさに夢のお風呂王国からやってきたなんて……! ミーちゃんはあたしにとってテンシね!」

「てん……」


 教えたばかりの言葉を使われた深鷺。言われる側になってみると恥ずかしかった。

 そしてまるでネコの名前みたいに略されていることに内心突っ込みを入れる。


(限りなくネコっぽい人にミーちゃん言われた……)


 身振り手振りが愛らしさとしなやかさを備えたフリネラの動きは見ていて飽きない。これは猫系獣人である以前に本人の資質もあるのだろう。そして動きの表現が明確にテンションも表しているらしく。


「ところで、そんな国本当に実在するのー……?」


 フリネラのテンションは疑念と共に急下降したようだ。


「異世界でよければ……」


 幾分か落ち着いたらしいフリネラに、深鷺は自分の身の上を話した。

 既に信じてくれているクイシェがいる分、話はスムーズに進んだが、深鷺はフリネラや村の人達があんまり自分のことを理解出来ていないということに思い至る。


(そりゃそうだよなあ……でもなんだかよくわかんない小娘だっていうのに、こんなに親切にしてくれてるのか……)


 村中を巡った昨日のことを思い出す。あれはお手伝いというより、深鷺が早く村に馴染む為の心遣いだったと思っている。皆優しそうな人ばかりで、深鷺は滞在二日目にして、この村に居るということにはほとんど不安を感じなくなっていた。

 クオラ村の暖かさを感じつつ、今後はちゃんと自分の正体を説明していかなければと心に留め置く。なにせ何かしらの手がかりとっかかりを見つけなければ、何を調べればいいのかすら判らない状態なのだ。


(たぶん、まあ方角だけはわかっているんだけど)


 幸いなことにこの村は魔術の専門家ばかりである。そんな村ですら今のところ『召喚』に類する情報は出てきていないというのは不安の材料ではあるが、もしかすると自分は最も頼りになる人達のいるところに現れたのかも知れない、とも思う。


「他の世界から来た……そういえばそんなことあのジジイから聞いたわね。なんか話半分で聞いちゃってたけど、そんな事情だったのねー」


 どうりで何も知らないはずだ、と納得顔のフリネラ。


「信じて貰えるんですか?」

「だって本当なんでしょー?」

「そうですけど……」


 自分でも未だに信じられないような事を、簡単に信じて貰えることが、信じられない深鷺。

 

「不思議なものなら今までも、そこそこ見てきたからね」


 こんなのとかー、と言ったフリネラの指先から七色の光が浮かび出て、少し漂うと泡のように消えた。なるほど、と深鷺はさっくりと納得させられてしまった。


「さーて、とうちゃくー」


 フリネラが案内した先は、またしても深鷺が昨日訪れなかった村はずれに位置する家だった。村の中心にある広場を挟んで、ギュランダムの家とはちょうど反対に位置する建物。回りは木の板で作った背の高い、隙間のない壁で覆われていて、その範囲は家の数倍はある。そして家の扉の上には大きな文字で『クオラの湯』と書かれていた。


「……銭湯?」

「正解ー! ようこそ、あたしの実験浴場へー!」


 そこは、クオラ村の公衆浴場にしてフリネラの研究室だった。


「さっそくだけど、わたしが作ったお風呂について意見が欲しいのー。協力してくれる?」

「お風呂に入れるなら、いくらでも……!」


 広いお風呂は大好物だ。

 クオラの湯の看板をくぐると、建物の中はまず脱衣所になっているようだった。赤青で分けられた暖簾は見当たらない。


「えーと……混浴、じゃあないですよね?」

「二つにわけるのは手間だから時間で分けてるんだけど、心配しなくても今は貸し切りよー?」


 まあ、どうせあんまり繁盛してないんだけどー、と付け足すフリネラ。フリネラとしてはもっと爆発的にお風呂を普及させたいと考えているのだが、この村の住人達はそんなことよりも自分の研究第一、といった感じで生活しているのであえて毎日お風呂に入りに来る者はいなかった。現在この浴場は、たまにのんびりと過ごしたい時に誰かを誘ってくつろぎに来る、というような使われ方をしている。とはいえそこも専門家揃いの村人、交わされる会話も非常に専門的なものであるらしく、あまり風流さを楽しむような雰囲気では無さそうだ。

 なお、料金は使い心地の感想や要望、改善案などの提示である。


「でもここの連中の要望を聞いてると、ゆっくりと入浴を楽しむって感じじゃなくなっちゃうのよねー」


 脱衣所には『魔術使用・実験禁止』と書かれた張り紙があった。


「とりあえずお風呂入ろうかー。見せたいものは全部中にあるし、お風呂に入れば良いアイディアが出るものー」

「喜んでー」


 お風呂の国代表として張り切る深鷺。


「わ、わたしも良いですか? あの、もうすぐ【言語移植】の効果が切れちゃうから……」

「?……もちろんいいわよー?」


 手ぬぐい一枚になった深鷺はさっそく浴場の扉を開いた。


「おおー……思ったより和風な雰囲気……」

「建物に回せるお金があんまりないから露天風呂になっちゃったんだけど、それでもいろいろこだわってるのよー」


 フラフラと尻尾を揺らしながら楽しそうに解説するフリネラ。

 足場として平らな岩の道があり、回りには丸っこい石が敷き詰められている。浴場の真ん中に石造りの大きな浴槽があり、ほかほかと湯気が立ち上っていて暖かそうだ。広さは馬車と馬がそのまま入っても、まだ少し余裕がある程度。団体客が来るときつそうだが、家族連れくらいなら広々と使えるだろうと思える。体を思い切り伸ばすには充分だ。

 水が流れ落ちる音の方を見てみると、どうやら壁に取り付けられた流しそうめん台のようなものが水道になっているらしい。

 そして壁際に列ぶ、大小様々なサイズの容器。鍋、釜、鍋、釜、缶、壺、釜。


「この、周りにあるのは……」

「全部、今までに作ったお湯を沸かすための道具、あるいは風呂釜そのものねー」


 一際大きな釜に近づいて見てみる深鷺。人一人がゆっくり入れるほどの大きさだ。


「これは中に水を溜めて、鍋を熱して直に湯を沸かすお風呂なんだけど、温度調節が上手く行かなくてお蔵入りになってるのよ」

「五右衛門風呂……? えーと、下で火を焚いて沸かすんですか?」

「まさかー、ここは魔導士の村なのよー? もちろん魔導術で沸かすに決まってるじゃない」








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