#14話:獣人と髪の色
結界が壊れる条件の検証や形状ごとの接触面の違いなどの実験に付き合い午前中を過ごした深鷺。
午後は昨日と同じく村の手伝いを何か頼もうと広場にやってきたのだが、そこで犬耳を生やした若い男から声を掛けられた。
「お、元気そうだな。大事なくて何よりだ」
「……えーと、すみません。誰でしょう?」
犬耳の男はカウスと名乗った。灰色の髪に紫の瞳。引き締まった体に数種類の毛皮が使われた頑丈そうな上着を着て、背中に弓を背負い、腰には短刀を差している。
「あ! わたしを山から運んでくれた人!」
見覚えはなかったが、話に聞いた特徴と一致した。
「憶えてないんですけど、あの時はお世話になりました」
「そうそう、あんときゃ悪かったな」
「悪かった?」
「いやほら、洞穴で裸見ちゃっただろ」
「そういうのは言わなくて良いことだとと思います」
あの時は外にいたのが誰かなんて判別できる状態ではなかったのにわざわざ自分から言い出すなんて、と恨めしく思いつつも恩人なので、この人はデリカシーが無いのではなく正直なのだ、ということにした。大差のない評価であるようにも思いつつ。
「とにかく、ありがとうございました」
「いやいや、礼はいいよ。俺は頼まれただけなんでね。礼ならクイシェに言ってくれ」
じゃあ改めてクイシェちゃんにお礼を言っておきます、と深鷺は慌てふためくクイシェを思い浮かべながら答えた。
ついでに、思い出した事があったので聞いてみる。
「あ……そういえば、あのときは何て叫んでたんですか?」
深鷺はクイシェに助けられる直前に聞いた奇声を思い出していた。素っ頓狂な声だったが、一体どんな事を叫んでいたのだろうと気になったのだ。言葉を聞き取ることが出来、かつ記憶していなければ【言語移植】の効果があってもその言葉の意味を知ることは出来ない。
「ん? ああ、それは俺の声じゃなくてあのクソジ」
「ダラッシャー!!」
「うがぁッ!?」
突如、側面から跳び膝蹴りをぶちかましたギュランダムによってカウスは視界外へ飛んでいった。
「いきなりなにしやがるこのクソジジイ!」
「貴様言って良いことと悪いことの区別もつかんのか!」
「やって良いことと悪いことの区別を付けてからいいやがれ!」
「誰にでもミスはある!」
「テメーの場合どれがミスでどれが本気なのかもわかんねーよ!」
なんとなく事態を把握した深鷺は、師匠に遅れてやってきたクイシェへと向き直る。
「あー……仲が良い……のかな……?」
「えーと…………」
クイシェが何を言うべきか迷っている様だったので、深鷺は自分から話しかけることにした。とはいえ深鷺も落ち着かず、お礼を伝える場面にしては微妙な空気を醸し出している。
「ありがとう、クイシェちゃん。カウスさんが、お礼はクイシェちゃんに言えって」
「あ、ううん、ぜんぜんいいよ。そんな」
深鷺の後ろで行われている格闘戦が気になって、いまいち反応が悪いクイシェ。深鷺もどうなっているのか気になり、クイシェの横に並んで見物モードに入る。そこでは老人と若者の派手な喧嘩が繰り広げられていた。
「痛そうー……あれ、止めなくて良いの?
お互いの拳が頬に突き刺さっている。見事なクロスカウンターだった。そこからも互いにボディーブロー、アッパー、時には拳同志でぶつかっている。拳と拳が乱れ打つ、熱い戦いだ。止めると言ってみたものの、とても割って入れそうにない。
「ていうか師匠さん、年のわりにすっごいね……?」
白髪白髭で見た目は完全に老人であるにもかかわらず、破れたローブから見える肉体は筋骨隆々としていた。マッチョな肉厚という印象ではなく、強靱な樹木の様に絞られた筋肉だ。
しかもカウスが深鷺の感覚で既に平均以上の身長(耳は身長に含めていない)であるにも関わらず、ギュランダムは老人でありながらさらに頭1つ分高いのだ。おそらく2メートルを超えている。当然、腰も曲がっていない。
「お師匠様も獣人だから……」
「え、そうなの? というか、そうだ。獣人さん達について聞きたかったんだけどすっかり忘れてた」
昨日の夜に聞こうと思っていたのに、と深鷺は今聞いてしまうことにした。
「そっか、獣人はミサギちゃんの国……世界にはいなかったんだ?」
「うん、わたしのところは肌の色と髪の色が何種類かあるだけ。多少運動能力とかにも差があった様な気がするけど、そんなに人種での大差はなかったかなー?」
少なくとも殴っただけで人が吹っ飛ぶ程の差はなかったはず。ギュランダムの巨体を浮かせるほどの拳を振るうカウスもなかなかに異常だった。それともこの2人が特別に体を鍛えているのだろうか。
「獣人って言うのは……うーんと、人間と魔獣が混ざった感じ」
「……ハーフってこと?」
「……ええと……合体……あ、融合だ。融合したの、2対1対1の割合で……」
(……スライム?)
融合と聞くとドロドロしたものがくっついていく姿を連想してしまう深鷺は、人がどろりとした魔獣に食べられていくような様を思い浮かべてしまった。
なおもクイシェの説明は続いていたが、微妙な顔をしていたのだろう、深鷺の表情を見て、クイシェは申し訳なさそうに謝り始めてしまった。
「……ごめんね、うまく説明できなくて」
「【巻き風砲】!!」
クイシェの声をかき消すように響いた声。発動した魔導術が風の渦を撃ち出した。
渦は喧嘩する2人をまとめて吹き飛ばし、2人は民家横に積み上げられた箱や樽の中へ突っ込み、そのまま崩れて下敷きになった。
「いい大人がバカな喧嘩してるんじゃないよまったくー」
2人を吹き飛ばしたのはネコ耳ネコ目ネコ尻尾のフリネラだった。
「あ、フリネラさん。こんにちは」
「こんにちは」
クイシェと深鷺が挨拶すると、機嫌が悪そうな表情が一変、笑顔で軽く手を振るフリネラ。
「こんにちは2人とも、何の話してたのー? あのバカどもがうるさくて聞こえなかったんだー」
「ミサギちゃんが獣人について教えて欲しいって……でもわたし説明下手で」
しょんぼりとしているクイシェの頭をぽんぽんと叩きながらフリネラは言う。
獣人に直にそういうことを聞いても良いのかを悩んでいた深鷺だったが、そのことも含めてフリネラに訪ねてみた。
「あー、確かに気にするのもいるにはいるけど、この村にはいないねー。差別とかないしー」
それにしてもほんとーに何も知らないんだねー、と深鷺を不思議そうに見るフリネラ。
「まあ、根っこから説明しようとすると魔族とかの話からしないといけないし、とりあえず簡単な特徴とか、見分け方を教えてあげれば良いんじゃないかなー」
「うん、簡単にで良いから、説明してくれたら嬉しいな」
「ありがとう、ミサギちゃん」
改めてクイシェは説明を始めた。
獣人は獣の要素を持つ人間である。基本的に人のシルエットに耳や尻尾、体毛や爪が生えたものが大半で、四つ足で歩く様な獣人はほとんどおらず、指が獣のように不自由であることも無い、獣と人を人間寄りに掛け合わせたような存在だ。
その多くは人よりも強靱な肉体を持ち、また寿命は人の倍ほどであることが多い。かなりの長命である例外も存在するが、逆に人よりも短命であることは無い。
「はーい、ここであたしに注目ー。さて、あたしは何歳に見えるでしょうかー」
「えーと……ちなみにだけど、クイシェちゃんはいくつなの?」
「わ、わたし? あの、15だけど……」
「え…………ああ、そうだ。この世界の一年って何日?」
「365日だよ?」
「……」
(…………年上だと!?)
平均値に若干満たない身長である自分より目線が低く、雰囲気からもてっきり年下だと思っていたクイシェは、1つ上だった。
(いや、まあ同学年という可能性もあるか……あるけど……)
今更接し方を変えるというのも無い話だった。気にしないことにしよう、と深鷺はとりあえず頭を切り換えてフリネラの年齢を考える。
「えーと、ということは……」
クイシェの年齢見積もりに誤差があったとはいえ、現代の人類と見た目的にはそう変わらないと判断し、深鷺はフリネラの年齢を20代前半と予想した。
「2……2、くらいに見えます」
「正解ー!」
ぱちぱちーと手を軽く叩くフリネラ。このジェスチャー、この世界でも通用するんだ、と深鷺は思った。親指同士を付けたまま指先だけで叩いているという違いがあるが、それが単にフリネラの個性なのか共通の習慣なのかは判らない。
そういえばクイシェから借りてる言語知識にも拍手という単語があるな、と確認した。
「といっても、22才ってわけじゃないわよー? 本当は44才ね。獣人の見た目と年齢の差はちょうど倍掛けだから、正解ー」
深鷺にはとても信じられなかったが、そうだというのだからそうなのだろう。この若さで44才。肌年齢とかを気にし始めていた母が聞いたらどんな顔をするだろうか。
「まあそんな感じねー。あと、見た目あんまり人間と変わらない獣人の見分け方だけどー」
「見た目が変わらないって……どういうことですか?」
説明するのはクイシェの仕事、と目配せするフリネラに従い、深鷺はクイシェの方を向く。
「あ、あのね、耳とか目とか、目立つところにあんまり特徴がないと見分けが付かないことがあるの」
「ああ……尻尾とか、服で隠れちゃうって事か」
「うん、そういう場合は色を見れば判りやすいの」
「色って……髪の毛の色?」
「人間なら金か銀か銅の3種類しかないから、それ以外の色は基本的に獣人か、魔従士なの」
「そうなんだー……魔従士?」
また新しい言葉が出てきて興味が向き始める深鷺。しかし一気に聞いても憶えられるか自信はない。
「うーん、常識って、改めて説明するの難しいもんだねー。まあ、魔従士のことはまた今度ー」
(難しいというか、面倒くさいよね、きっと……)
説明されている立場として申し訳ない深鷺だったが、知らないモノは仕方がないのだと2人のことを有り難く思いながら、クイシェの説明にしっかりと耳を傾ける。
「獣人の色は灰色か茶系がほとんど。あとは柄があったりもする……かな。わたしもこの村でしか獣人を見たことがないから……」
「ま、村の外でもだいたいそんな感じねー。そして、説明させておいてなんだけど、この見分け方はあんまりあてにならない場合も多いかも」
あえて見分けられない様にしている獣人は、そもそも髪の色まで染めるなりして変えている可能性が高い。逆に、人間が髪を染めている場合もある。あと、老いてしまえば皆白髪である。
「ち、近くでしっかり見たら、ばれちゃうかもしれないけど……」
そもそも、この国では獣人や人間がその種族を隠さなければならないような要因がない為、ここで暮らす分には知らなくとも困らない知識ではあるという。
「なるほど……説明ありがと、クイシェちゃん」
「う、うん。どういたしまして」
今度はもっとうまく説明できる様になろうと決心するクイシェだった。
「ところで、クイシェちゃんの場合はどうなるの? 髪の毛、まるで水晶みたいで凄く綺麗だけど……テンシ?」
「テンシじゃないよぅ」
「……テンシってなあにー?」
クイシェには天使がどういった存在であるかは説明済みである。深鷺の独断と偏見に基づいた天使像からは『神の使いである』と言う部分がすっぽり抜け落ちていたが。
「なるほど、確かにクーちゃんならテンシがぴったりねー」
「フリネラさんー……」
照れながら下を向くクイシェをつつくフリネラ。
「ええとね、わたしの髪はさっき言った魔従士の関係で、キーちゃんのおかげなの」
「あ、キーちゃん、やっぱり関係あるんだ」
名前を呼ばれたからか、クイシェの服の中から水晶色の毛玉、キーちゃんが現れた。
「キーちゃんと契約して、この髪にしてもらったの」
「契約かあ……使い魔って感じ?」
「あ、うん。用語的には合ってる。でも、キーちゃんは友達だよ」
「わかってるよー」
何故か自分には懐いてくれない水晶色の鼠。クイシェの掌でキラキラと光を反射している。
(似合ってるなー……どうしてわたしからは逃げちゃうのー?)
指を近づけるとクイシェの腕を駆け上り、髪の毛の中に隠れてしまった。同じ色なのでとても見辛い。もしかして定番の隠れ場所なのだろうか。
深鷺はキーちゃんに小さな羽根を付けてみたりと脳内で遊びつつ、もう少し詳しい話を聞いてみたかったのだが、フリネラが会話を締めてしまった。
「ま、説明はこれくらいにして、ちょっとお姉さんに付き合ってくれるかな?」
「あ、お手伝いですか?」
そういえばお仕事を貰いに来たのだったと、本来の目的を思い出して気持ちを切り替える深鷺。
その通りー、と嬉しそうに深鷺の両肩を掴むフリネラは、こんなことを言い出した。
「なんでもミサギちゃん……、お風呂の国からやってきたらしいじゃない?」