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#13話:クオラ村の境界実験






 つまるところセクハラキャラとその被害者(ただし反撃に暴力を伴う)という、まあ現実ではともかくマンガなんかではよくありそうな関係なのだと、深鷺は2人の関係をそのように把握した。


(クイシェちゃんはアレだ、人見知りは激しいけど馴れ馴れしい相手には遠慮無く接することが出来るというー……相手が幼馴染みの男の子とかじゃなくて老人だけど、それもまあ、あるか)


 そのセクハラ行為が自分にも向く可能性があるとは考えない。恐らく師弟間のスキンシップ、仲良しコミュニケーションの一形態なのだろうと深鷺は思っていた。

 ギュランダム宅に招かれた深鷺はお茶を一服薦められながら一通りの説明を受けると、野外に出て用意されていた小さな結界の前に立った。


「ごめんね、クイシェちゃん。わたしを助けてくれたときに、わたしのせいで徹夜することになってたんだね……」

「あ、あれはわたしが忘れてたのが悪いんだよ。それにまだクイシェちゃんが原因だって決まったわけじゃないし……」


 結界を越えなければ村に入れないのだから、たとえ憶えていたところでクイシェは結界を壊しただろう。ギュランダムは弟子の行動を予想しながら、謝り合っている2人を止めた。


「あー……それを今から確かめるんじゃが、仮にミサギが結界を壊したんじゃとしても、ミサギに非があるわけじゃなかろうよ」


 深鷺の目の前には腰掛けるのにちょうど良い様な大きさの赤い半球体がある。立体映像のように実体感のないドーム状の薄い膜が、地面に配置された綺麗な石をなぞる様に存在している。


「さて、これが結界じゃ。この結界は村を覆っている【獣払い】のような効果は持たせておらん。ただの結界に魔導術【赤っぽくなる】を使用してあるだけじゃ。規模も小さいからさほど金もかかっとらん、遠慮無く壊すがいい」

「う……」


 先ほど説明を受けている間、深鷺はギュランダムに結界の費用が気になり、この世界の金銭感覚が判らないので判りやすく喩えて貰っていた。


「平均的農民の生活費3ヶ月分……というところかのう」

「は、働いて返します……」 


 二度の破壊で半年分。いきなりの借金で途方に暮れそうな深鷺だったが、ギュランダムとしては元々払わせる気もなかった。そもそもこの村が毎日実験やら何やらで消費している金額に比べれば大金と言うほどでもなかったし、深鷺の隣で自分を睨んでいるクイシェの視線をどうにかしたいというのもあり「結界を改良する良い機会じゃ。協力するなら弁償せずとも良い」ということになった。もとより今日は改良実験の為に呼びつけたのだが。


「……」


 深鷺は恐る恐る手を結界に近づける。

 爪の先端が触れた瞬間、触れた場所から色の付いた結界は砕け散り、フェードアウトする様に消えてしまった。


「ふうむ。まあ確定じゃのう……」


 クイシェが違和感を感じ、触れれば結界を壊してしまう存在。異世界から来たという不思議な少女は、ギュランダムにとってもかなり興味深い存在となっていく。


「ごめんなさい……」

「だ、だからミサギちゃんは悪くないの!」


 具体的に損害額を聞いてしまった深鷺はどうしてもその大金に意識が向いてしまっていた。その原因はギュランダムの喩えが農民の生活費だったことにある。深鷺がファンタジー世界の農民に対して漠然と抱いている『領主の圧政や戦争被害に苦しみ、不作で栄養失調で体の弱い娘が病症の親を世話していて、おとっちゃん……』というイメージが罪悪感を割り増しさせていたのだ。途中から時代劇が混ざっているあたり、かなり曖昧なイメージではあるのだが。


「落ち込む必要なんぞ無いと言っとるだろうに。さあ次じゃ次。今度はこの結界の、この色の違う部分だけに触れてみとくれ」


 すぐ傍に、同じような結界が用意されていた。先ほど破壊された結界とは違い、地面に接している一部分が青色をしていて、その部分だけ地面の石の数が多い。

 屈んだ深鷺が手を触れると、その青い部分だけが先ほどと同じように消えてしまったが、他の赤い部分には影響がない様だった。


「そのまま空いた穴から手を入れてみてくれるかの」


 深鷺は言われるままに手を進めた。赤い結界の中で手をわきわきと動かす。結界は壊れる様子がない。


「これで何とかなりそうじゃのう」

「わー……お師匠様、結界を結界で区切ったんですか?」


 赤い結界を別の結界で区切り、更にその内側に青い結界を貼る。深鷺が触れた結界は青だけ。赤い結界は区切られているので青とは繋がりを持たない。触れた結界だけが壊れ、他の結界はそのままとなる。


「うむ、やってみると意外と出来るもんじゃのう。これを村の結界に応用すれば、深鷺用の出入り口が出来るというわけじゃ。人一人分くらいの結界であれば壊れてもすぐに張り直せるし、そもそも壊さずに撤去するのも容易じゃ」


 結界術とは境界を定める術である。

 元々は魔獣が自分の縄張りを他の魔獣に主張する為、あるいは弱い魔獣が天敵の接近を感知する為に使っていたものだ。そして本来、そのくらいにしか使い道のない術だった。

 結界術の利点は、一度設置すると環境や結界の要に使用した品が崩れない限りは半永久的に機能し続けることにある。特殊な石や植物を用いて地脈との繋がりを持たせ、地脈から微弱ながら魔力を吸収し続けることで、術者の魔力による維持を不要とする仕組みだ。また、結界は設置した術者とも繋がりを持ち、その状態を知ることも出来た。

 そして現在、結界術の神髄は他の魔術との組み合わせにあった。

 例えばこの村の結界【獣払い】とは正確には結界の名前ではなく魔導術の名称である。結界が『効果範囲』を指定し、『魔力』を供給する。魔導術で『獣を寄せ付けない』効果を与えれば、その効果が永続的に続くのだ。

 ただし、その為には結界術に合わせた魔導術の開発、土地ごとに供給可能な魔力の測定、それに応じた最適な位置と効果範囲の選定、という様々な準備が必要になる。供給される魔力が少ない為派手な効果を持たせることも出来ず、また球体以外の形状を作ろうとすると途端に難度が上がるという問題も抱えていた。


「そのあたり、まだまだ研究の足りない分野でのう。この村ではそのテストも兼ねて、定期的に結界の張り直しも行っておるんじゃ。予備の要石(かなめいし)も大量に用意してあるからさほど気にせんでもよいぞ」


 今回の件は別の結界を用いて結界の形状をコントロールするというアイディアを試す良い機会となった、とギュランダムは続けた。

 この村の住人はそうした様々な魔術の研究と実験を行う魔術師ばかりであり、その為の予算も充分に用意されていると説明され、クイシェが昨晩言っていた『実験的な村』というのはこういうことだったのか、と深鷺は納得した。

 いずれは国中の村に結界を貼ることで獣、魔獣による被害を阻止したり、重要な施設への防犯結界の設置、などの事業に使われていく予定の研究である。その研究が一歩進むと考えれば安い出費だった、とクイシェの視線に更なるフォローを催促される形で、ギュランダムは語った。


「村の結界を改造するのは一日二日では出来んが、そうそうこの村から出る用事もないじゃろう。ミサギが外に行く必要が出てくる頃までには何とかなると思うぞ」

「ありがとうございます! わたしは正直なところ、出入り禁止になると思ってました」

「いや、どちらにせよ村の外に出るのはお勧めせんのじゃが……」


 村の外は獣や魔獣と出くわす可能性がある。深鷺が山奥を彷徨って無事だったのは運が良かったのだと、ギュランダムは外の危険性を説いた。

 深鷺は熊に襲われるのではと震えていた事を思い出して危険性を再確認しつつ、その他にも用意されていた結界を指定された様に壊す作業を続けていった。








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