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#12話:お祈りと挨拶





「クイシェちゃん、おーはよっ」

「お、おはようミサギちゃん」


 日の出と共に起床した2人。

 深鷺はいつもの癖で台所に向かい何かを食べようと思ったのだが、ここが自分の家ではないことを思い出した。元の世界で、朝食のおかずは昨晩の残り物、という事もわりと多かった深鷺だが、昨日のシチューは綺麗さっぱり食べ尽くしてしまった事も思い出す。すぐに口に出来るものが無いことに小さなショックを受けていた。


(あー……冷蔵庫もレンジであたためも無いんだよね。いや、残り物に愛着があるわけじゃないんだけど)


 クイシェが朝食を作ってくれている間、何もすることがない深鷺は、ぼんやりと元の生活との違いを検証し始めていた。

 一方クイシェの方は、先に起きて朝食を用意してから起こしに行こうと密かに計画していたのに、深鷺が起きてしまっていたのですこし残念に思っていた。


(明日はもっと早起きしよう……!)


 深鷺は朝食の準備もやりたそうにしていたのだが、クイシェは頑として譲らなかった。


「「せーのっ」」


「「今日の巡りに感謝します」」


「「いただきますっ」」


 2人は声を揃えてお祈りと挨拶をする。

 朝食はパンと、一枚一枚がやたら分厚いキャベツのような葉菜の蒸し料理と、一粒がスモモほどある葡萄のような果物だった。


「それで、どういう意味があるの? 今日の巡り~って」

「あ、んーとね、簡単に言うと魔力の流れのことなんだけど……地脈って言って、わかるかな……?」


(この場合、地下水路のことじゃないよね。地脈って元々はなんだっけ……風水用語?)


「地中にある魔力の流れ……とか?」

「あ、うん……正解。ほんとに知らなかったの?」

「うん。あー、わたしの世界って魔法は無かったけど、考え方だけならすごい沢山あったから、その中にそんな感じのがあったってだけ」


 この世界では全てのものに魔力が宿り、その魔力は絶えず巡っている。

 そしてその中で最も大きな流れが大地を巡る魔力であり、その流れは地脈と呼ばれていた。


「生き物に血が流れているように、大地には魔力が流れている。でも、大地だけじゃなくて人間にも魔力は流れ込んでいるし、獣にも植物にも、当然食べ物にも流れてる。つまり魔力の流れはこの世界の流れ。その巡りはこの世界そのもの、っていうことなの」


 巡りに感謝するとはこの世界に感謝するという意味だ。魔術に関わる者の多くはこの考え方を多かれ少なかれ支持している。魔術師の中でも特に『魔力の流れ』を頼りにする者の中には地脈を神聖視する者もいて、そのまま神だと崇める者もいるという。魔導士は正に魔力の流れを利用する術式であり、地脈信仰を軸とした魔術師団も多く存在していた。


「あ、わ、わたしは……というかこの村の魔導士は、神様、とまでは思っていないんだけど……『地脈こそがこの世界をこの世界たらしめている魔導式なのだ』くらいには考えてる、かなあ」

「かなあ……って、なんかあやふやだね」

「う、うん。誰にも証明できてないし、する気も無いんじゃないかな。なんか、ね、『ロマンが大事なんであって実際どうなのかは二の次』なんて言う人もいるから……」

「あーなるほど」


 要するにそうだったらいいな、ということだった。


(空想科学のロマンみたいなノリかなー)

 

「でもなんかそれ、わたしも気に入った。食前には必ず言うようにしようっと」


 魔術によって支えられ成り立つ世界、というのはカッコイイじゃないか、と単純にイメージが気に入った深鷺だった。魔法陣が大地を駆け回る平面世界等を妄想しながら、お祈りを習慣づけることを決意する。


「あ、み、ミサギちゃん。あの、いただきます、にはどういう意味があるの?」

「あー……えーとー………………確か、いただきます、だから、ゴハンを頂くよ、っていう言葉でー」


(……どういう意味だっけ…………宗教用語?)


 普段何気なく使っている言葉だったが、いざどういう意味かと問われるとよくわからない。


「あ、そうだ。んとね、言葉の意味のほうはともかく……料理を作ってくれた人、作物を育ててくれた人、お肉になってくれた動物なんかに、感謝の気持ちを込めて言う言葉なの」


 いまいち自信は無かったが、深鷺はとりあえず言い切った。小さい頃にそのように教わった記憶がないでもない。


「そうなんだー。じゃあ、わたし達のお祈りと似てる……のかな?」

「言われてみればそうかも。どっちも色々なことへの感謝っていうのは似てるよね」

「あ、じゃあ、昨日言ってた、ごちそうさま、の意味は?」

「えーと……そっちもおんなじ。美味しいご飯ありがとうございましたって、色んな事に感謝するの。この場合は主に、クイシェちゃんに」

「はぅ」


 多分間違っていないはず、と深鷺は自分なりに無難に答えてみたが、よく考えてみれば漢字で『ご馳走様』と書くこの言葉、いったいどういう意味があるのだろうか。


(馳走……馳せ参じるの「馳」に「走」?……どっちも走るって意味じゃん…………食後に走ったら横っ腹が痛くなる、ってイメージしか湧かないなあ……)


 異世界人に問われて始めて気が付く日常用語の無知加減に、深鷺は勉強不足を感じた。

 食事が終わると、今日もお手伝いだーと張り切る深鷺。村にいる間は村の手伝いをしながら生活するという話になっており、並行してこの世界の生活や、後々必要になるだろう知識などを身につけていく予定だ。

 なお、食器の後始末は今回も深鷺が行った。


「居候の最低限の義務だから。もし駄目って言うなら、代わりにゴハン作らせてくれなきゃ駄目ー」


 深鷺に自分の食事を振る舞いたいクイシェは、仕方なくその役割分担制を受け入れた。

 さっそく今日の手伝い先を聞こうとする深鷺に、クイシェは待ったをかける。


「あ、あのね。お昼まではお手伝いは中止なの」

「え、そうなの?」

「ご、ごめんね。やる気出してたのに。お師匠様が、用事があるから連れて来いって。だから、お昼まではお師匠様のところに……」

「そこでお手伝い?」

「……えーと、何て言えばいいのかな……」


 言葉が出てこないのか、うーんと首をかしげながら考え込むクイシェ。


「……結界の検証だからー……お手伝い、でもいいのかな……うーん……実験体、とか?」

「んん?」

「あ、じゃなくて! 違うのっ! お手伝い! お手伝いでいいの!」

「あははは」


 不穏な単語を出してしまい慌てるクイシェに、深鷺は和んだ。


(喋るのあんまり得意じゃないんだな、この子)


 深鷺はクイシェに連れられて、ギュランダムが住む村はずれの家までやってきた。

 それは長方形と円筒形を並べてくっつけた様な形の、石と木で出来た家だ。屋根から煙の出ている円筒部は、地面から生えた大きな煙突にも見える。


「……あれ、ここ、昨日来た憶えがないかも」


 そもそも、昨日村を巡ったときにギュランダムを見ていないことに思い至る。


(昨日も来れば良かった。良い景色ー)


 丘の上に立つこの家は村はずれではあるが、ある意味村の中心とも言える様な印象を深鷺に与えた。この場所からは村を見渡すことが出来るからだ。

 森に囲まれたこの村を一望できるこの場所に住むギュランダム。やはりイメージ通り、偉い立場の人なのだろうかと、深鷺は想像力を働かせていた。


「お師匠様ー? いないんですか?」


 ノックをしても反応がないので扉を開くクイシェ。


「隙ありじゃ!」


 途端、二本の腕がクイシェの首に巻き付く。そしてクイシェの胸には一体化した白髭と白髪に覆われた顔がある。

 天井から逆さまにぶら下がったギュランダムだった。


「……」


 クイシェは無言でモミアゲあたりの白髪を掴むと、そのまま下に引っ張った。


「いだだだだ、あっ」


 ゴキリ、といい音を立てながら地面へ落下したギュランダム。その顔は髭と髪に覆われていてよく見えない。


「えーと……」


 深鷺は目の前で展開された事態に着いていけなかった。


「首から落ちた様に見えたけど、大丈夫なの?」


 とりあえず心配をしてみる。


「大丈夫です。お師匠様、しぶといんです」

「ああ、やっぱり師匠さんなんだ、これ……」


 直前まですくすくと育っていた古き良きファンタジーらしい老練な魔法使い、という若干深鷺の願望補正も入ったギュランダムの評価は、一瞬で白紙に戻った。


「何やってるんですかお師匠様! ミサギちゃんもいるのに! 恥ずかしくないんですか!」

「だって儂寂しかったんじゃもん」


 倒れたまま答えるギュランダム。


「子供ですか! 何ですかその言い訳は!」

「昨日、ミサギが来ると思って待っとったんじゃが、いつまで待っても来てくれんでのう……」

「え」


 急に話題を振られた深鷺はありのままを説明した。


「昨日のお手伝い、村はずれまでは行かなくて良いからねって言われてたので来ませんでした。ごめんなさい」

「ぬう……村の奴らめ……」

「で、それがどう今の蛮行に繋がるんですか?」


 質問されたギュランダムがニヤリと決め顔になる。


「女の子成分が足りないんじゃ」

「そんな成分を必要とする臓器があるなら即刻切除して下さい」


(……なんかクイシェちゃん、雰囲気違うなあ……)


 まじまじと見つめる深鷺。


「……あ、ああっ!」


 その視線に気が付いたクイシェは目を見開いた。まるで取り返しの付かない失敗に気が付いたような表情だ。


「ち、違うの! これは! あのね、その、ええと! お師匠様がっ!」


 どうにかして取り繕おうと試みるも、どうしていいか判らない様だ。


(うん、わたしもどうして良いか判らない)


「よしよし、とりあえず落ち着こうかー」


 ポンポン、と背中を叩く深鷺。


(うう……変なところ見られた……)


 どうしようもないと悟ったクイシェは足下に八つ当たりを続けた。


「痛、痛い! 無言で蹴りつけるのはやめんか! ぎゃー! 髭、髭が千切れる!」







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