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#11話:ミサギのお手伝い








 深鷺は村の広場で、村中から集まった住人達に取り囲まれていた。


「へえー、珍しいね。ホントに黒い髪だ。獣人? 魔従士?」

「普通に人間らしいぞ」

「あら、ほんとにまだ子供じゃない……あの変態ジジイ……」

「かわいいー」

「なんでも遠い故郷から飛ばされてきたんですって」

「どういう事?」

「さあ?」


 既に深鷺の存在はギュランダムによって村中に知らされていた。子供がほぼ居ないこの村にクイシェ以外の若い子がやってきたということで興味を抱いた者は多かった。

 なお、ギュランダムの昨晩の蛮行もカウスの口から村中に知れ渡っており、村人達は深鷺をあの変態から守ってやらなければという連帯感に包まれてもいた。

 深鷺はどこか動物園の動物になった様な気分と、優しくも妙な空気に首をかしげつつも、好意的に迎えられたことに安心する。


「コハラミサギといいます、しばらくお世話になります!」


 元気よく挨拶する深鷺。その胸中は、驚きと感動でいっぱいいっぱいだった。


(獣人? ワーウルフ? ライカンスロープ? ケモミミッ?)


 村人の中には明らかに人間外の存在が混じっていた。ベースは人間なのだが、耳や尻尾が生えていたり、肌が見えないほどの体毛が生えていたり、瞳がネコのモノだったりする、そんな存在が。

 深鷺はものすごくその場で質問したい欲求にかられたが、もしかすると失礼になるのかも知れないと考え、帰ったらクイシェに聞いてみようと欲求を心の金庫にしまい込む。

 

(わたしだって何も聞かれてないしね)


 深鷺のお披露目的な挨拶が終わると集まりは解散となり、深鷺はさっそくお手伝いを始めることになった。

 深鷺担当になったのはフリネラという、若くてネコっぽい女性だった。若いと言っても深鷺から見れば大人の女性である。

 耳と尻尾と目が完全にネコで、あとは人間といった感じの獣人で、髪の色はキツネ色、瞳は藍色。スレンダーでネコらしい、しなやかそうな体をゆったりとした服で包んでいた。


「人手はいくらでも欲しいけど、いざ増えてもいきなりだと準備が追いつかなくてねー。今日の所は雑用中の雑用って感じのものなんだけど」


 案内された倉は民家よりも大きく、中には箱や瓶がみっちりと積んである。


「じゃーとりあえず、この箱の中身を各家に必要なだけ配って貰おうかなー」

「はい!」


(ファンタジーすぎる……!)


 ネコの耳を生やしたフリネラがネコの目で話しかけてくることに、深鷺は興奮を抑えながら質問を返す。


「中身を聞いても良いですか?」

「紙だよー」

「紙ですか」

「うん。そこそこ値が張るから取扱注意ねー。どれだけ必要かはそれぞれの家の人に聞いてー」

「わかりました」


 一抱えほどある箱を小さなリアカーに積んでいく。


「おおっと忘れてたーっ」

「?!」


 二箱積んだところでフリネラが戻ってきた。


「びっくりした……」

「あ、ごめんね。言い忘れてたことがー」


 リアカーの積み具合を見てフリネラは続ける。


「空き瓶を回収してきて欲しいの。みんなそう言えば判るから。その分リアカーは空けておいてね。紙は10箱もあれば足りると思うから。でもって、集め終わったらその瓶に、この大瓶の中身を八分目くらいまで入れて、返してあげてー」


 大瓶の中身を確認してみると、そこにはドロドロした黒い液体がたっぷりと入っていた。


「そうそう、誰も出てこなさそうだったらその家はとばしていいからねー。よろしくー」


 今度こそ去っていったネコお姉さんを見送ると、さっそくリアカーを引きながら家々を回り始める深鷺。

 村の地図を頭に入れる為、まずは適当な方向へ向かい一番端らしき家まで歩くことにした。


「ごめんくださーい」 


 ノックと共に呼びかけると、すぐに扉が開いた。


「ずいぶん早いね。改めて、初めましてミサギちゃん」


(おお……)


 現れたライオン風の男は鬣を揺らしながら現れた。身長はミサギとさほど変わらないが恰幅がよい為、背丈のわりに大きく感じる。立派な(たてがみ)もあるので余計にそう感じるのだろう。フサフサの鬣は肩や胸までを覆っている。年齢はわかりにくいが、中年に差し掛かったあたりだろうか。同じネコ科だがフリネラとはまったく印象が違う。


「はじめまして! 実はここが最初なんです。これよりも向こう側に、まだ誰か住んでますか?」

「いいや、このあたりは僕の家が端っこだよ」

「よかったー。では、紙のお届けです! どれくらい要りますか?」

「ああ、助かるよ。二つ貰えるかな」

「はーい、どうぞー!」


 紙はミサギが学校で使っていたノートほどの大きさで、ある程度の枚数ごとに紐で縛られていた。それを二束渡す。


「あと、瓶も回収する事になってます」

「ああ、そうだね。これ、服につくと落ちないから気をつけてね」


 そういうライオン男の服は胸や袖が真っ黒になっている。作業着らしかった。


「確かに受けとりました。また後で返しに来ますのでっ」

「急がなくて良いからねー」


 深鷺は家を回り、受け渡しと受け取りを数十件繰り返していった。3割ほどは留守だったのか反応が無く、また町外れ過ぎる所には行かなくて良いと途中で教わったため、村の全体を回ることなく一周目を終えた。


「うわー……すっごいドロドロ」


 墨色のトンカツソース。そんなイメージを抱きながら空き瓶に大瓶の中身を注ぐ。聞いた話ではこの液体はインクらしい。


「持ってきました!」

「はい、どうも」


 間違い防止と記憶の整理の為、効率を無視して一周目と同じルートを通りながら、中身を入れた瓶を返却していく深鷺。

 全ての家に配り終えた頃には日暮が近かった。

 最後の家でお茶に誘われたので遠慮無くいただいていると、クイシェが迎えに来た。部屋と夕食の準備が整ったという。


「あら、うちで食べていってくれると思ってたのに」

「だ、だめです……!」

「あらあら」


 お茶をくれたおばさんが夕食に誘うも、何故かクイシェが間に入って拒否していた。

 深鷺はクイシェに案内されて部屋の説明を受けた。といっても特別な注意事項があるわけでもない、普通の部屋だった。

 棚とベッド。小さなテーブルとイス。壁にかけられた絵が風景や人物ではなく幾何学模様なのが変と言えば変かも知れない。この世界では普通なのだろう、と深鷺は特に気にしなかった。

 クイシェは夕食にシチューを用意していた。昼とは違い肉がある分具材も豪華だ。


(この肉は多分、鶏肉……かな?)


「夕飯なのに作り過ぎちゃったかな……?」

「全然! 美味しいからいくらでも食べられるよ!」


 食いしん坊である深鷺はお世辞でも何でもなく本音で答えていた。

 日が沈んでいく中、食卓で異世界料理に舌鼓を打ちながら、深鷺は今日のお手伝いの内容をクイシェに聞いてみる。


「え、とね。それはグリモア紙とマジックインクの原液だね」

「……油性ペン?」


 マジックインクはその名の通り、魔術に使うインク。

 原液を水などで薄めて使うもので、大瓶に入っていたのがその原液だ。この村でも栽培されている植物から作られる、魔導書製作に欠かせないものだ。

 昔は特定の魔獣の血液や、場合によっては術者自身の血を使って書かれていたという。

 グリモア紙の方も名の通り、魔導書に使われる紙だ。

 以前は羊皮紙を専用の塗料で仕上げて作られていたのだが、今はその用途から通称『グリモアの木』と呼ばれるようになった樹木から、専用紙を調合している。

 このグリモア製紙技術は現在普及まっただ中。普通の紙より高く売れ、また羊皮紙よりは楽に作ることが出来、しかも品質も良いので需要が高まっており、マジックインクの栽培と共に生産者・加工者共に増えている。


「へー……すごいね、この世界。ここは辺境だって言ってたけど、辺境の村ですらちゃんと、しかもあんなに大量に魔術の道具が揃ってるなんて」


 倉に積んであったグリモア紙とインクの量を思い出しながら、思ったよりも進んだ文明の世界なのかもと深鷺は考え始めていたが、クイシェはそれを否定する。


「あ、違うの。この村はちょっと特別だから」

「ふーん?」

「何ていったらいいのかな……この村、実験的に作られてるっていうか、専門家しかいないっていうか……」

「??」

「あ、あのね。多分明日になったら判ると思うから」

「ん、わかった……はー、いっぱい食べた! ごちそうさまでした!」

「う、うん。沢山食べてくれて嬉しいよ」


 食器を片付けようとする深鷺を止めることが出来ず、クイシェは逆に居心地悪そうに、深鷺の背中を見ている。


「それにしてもミサギちゃんって、元気だね……怪我とか無かったけど、それにしても昨日の今日で……結構大変だったでしょ? 村中回るのだって」

「そこそこね。重量級新聞配達って感じかー、古紙回収とか? ……うーん。や、本当のところは、何かしてないと嫌なこと考えそうだったからってだけなんだけどね……」

「あ……ご、ごめんね?」

「気にしない気にしない♪」


 後始末が終わって振り向いた深鷺は、クイシェの言葉を反芻して思い出した事があった。


「……って、そうだ、すっかり忘れてた。もう一つ聞きたいことがあったんだ」

「な、なに?」

「……わたし、怪我とか無かったの?」

「怪我?」

「ほら、山で見つけてくれたときさ。わたし、怪我してなかった?」


 ――もしかして、言葉がわからないのかな――

 ――どんな事情があってこんな僻地の山奥で裸で隠れなければならないのか、まったく想像は付かなかった――

 ――見たところでは怪我はしていない(・・・・・・・・)ようなので、そのことにはとりあえず胸をなで下ろす――


「――うん、わたしが見つけたときは怪我らしい怪我は見当たらなかったよ? ミラさんも、体が冷えてる以外には特に問題ないって言ってたから大丈夫だと思ってたんだけど……ど、どこか悪かった?」

「ううん、全然健康体ー」


(足を捻ってたのは、たとえ腫れていてもあの暗さじゃ判らなったかも? でも手足に傷がまったく無いっていうのは変じゃないかなー……?)


 深鷺はその晩、特に疑問は解消されることのないまま新しい部屋で眠ることになった。








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