第8話 三大美女の一人
「なぁ、慧。この学校の三大美女を知ってるか?」
「知らない(モグモグ)」
「……お前、少しは興味持てよ」
四限目の魔導化学が終わり、俺はコンビニで買った昼飯を机の上に広げていた。
すると隣の席の久保田が、やたら神妙な顔で身を乗り出してくる。
「お前さ、人生にもうちょい色味足そうとか思わないのか?」
「足してるだろ。ほら、唐揚げにレモン」
「そういう話じゃねぇよ!!」
机を叩くな。から揚げ弁当が震える。
「お前、興味あるものないのか?」
「あるよ。魔導とか、戦闘とか」
「全部物騒なんだよラインナップが!!」
久保田は頭を抱えた。
「お前、高校生だろ!? 女子に恋心の一つくらい抱け!」
「なんでお前が俺の恋愛の監査役やってるんだ」
「友達としてだよ!
将来”魔導と入籍しました”とか言い出されたら、祝儀の書き方で困るだろ!」
「まず戸籍がどうなるんだよ」
「知らねぇよ!!」
ひとしきり騒いだあと、久保田は咳払いした。
「まぁいい。聞け。この学校の三大美女の話だ」
「急に真面目モード入るじゃん」
「大事な話だからな」
「お、おう」
なんだこの温度差。風邪ひくわ。
「この学校にはな、三大美女がいる」
「うん」
「その一人が、うちのクラスの凛さん」
「へぇー。そうなんだ」
正直、ちょっと意外だった。
「頭いいし綺麗だし、男女問わず人気。隙がない」
「なるほどね」
「で、もう一人が一年生の天河瀬澪。明るくて活発、女子人気も高い」
「うん」
「そして最後の一人が三年生の久遠院優里先輩。めちゃくちゃ可愛い」
「おい、最後だけ感情ダダ漏れだぞ」
「仕方ねぇだろ!! 事実なんだから!!」
開き直るな。
そこで久保田が、ぐいっと顔を寄せてきた。
「慧。いいか。心して聞け」
「距離近い近い。圧がすごい」
久保田は声を潜める。
「実はその三大美女……」
一拍。
「全員、魔導競技部なんだよ」
「ふーん(モグモグ)」
「モグモグするな!!」
机がバンッ!と鳴る。
「で、なんでその話を俺に?」
「いいか。この学校には暗黙の了解がある」
(出たよ”見えないルール”)
「三大美女がいる魔導競技部には、”実績あるやつだけ”って空気があるんだ」
「へぇ」
「じゃあ聞くが。実績ゼロのやつが入ったらどう思われる?」
「さぁ?」
「決まってるだろ。美女目当てのスケベ野郎だ」
「別に入ればよくね?」
「……そのメンタルで社会出たら普通に炎上するぞ」
「え、もしかして”実績ないやつ”って俺?!」
「当たり前だろ!!」
「いや一応あるけど?」
「……お前、”公にすると面倒が爆発するタイプの実績”しか持ってないよな?」
「……そうだな」
「じゃあダメだろ!!」
「えー」
久保田は大げさに頭を抱えた。
「とにかく! 同じクラスの凛さんならまだしも、他の二人と仲良くしてみろ」
一拍。
妙に真剣な顔。
「夜道で後ろから刺される」
「治安どうなってんだ、この学校」
「比喩だよ! 七割くらいは比喩!」
「三割リアル残ってるじゃねぇか!!」
――その時。
「すみませーん!この教室にさっちゃんいませんかー!」
教室に明るい声が響いた。
俺と久保田は同時に入口を見る。
そこに立っていたのは、入部テストのときタイマーを操作していた女の子だった。
少し小柄でショートボブ。
制服は少しラフに着崩していて、いかにも動きやすさ重視って感じだ。
その子が、こっちを見る。
そして――ぱっと笑った。
「見つけた!」
「え?」
久保田の顔が、ゆっくりと青くなる。
「お、おい慧……」
「なんだ」
「まさかとは思うが――」
「さっちゃん! 一緒にお弁当食べましょう!」
「「「え?」」」
教室が完璧にハモった。
そして、こちらに向かってクラスメイトの殺気が飛んでくる。
いや、なんで?
彼女は迷いなくこちらに来て、俺の手をぐいっと掴む。
「ほら、早く行こ!」
「え、え、ちょ、待っ――弁当! 俺の生活基盤!!」
慌ててコンビニ袋をまとめる。
そのとき――
久保田と目が合った。
ゆっくり首を振る。
(終わったな、お前)
って顔してる。
いやまだ何も始まってないが?
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廊下に出ると、教室のざわめきが一気に遠ざかる。
さっきまでの視線の圧も、嘘みたいに消えた。
……いや、消えたのか? これ。
「いやー、やっと見つけた!」
俺の手を引いたまま、彼女は楽しそうに振り返る。
「見つけたって……俺?」
「そうだよ、さっちゃん!」
「……その呼び方、やめてくれない?」
「えー、いいじゃん。可愛いし」
屈託のない笑顔。
「それで、なんで俺を呼んだ?」
「ん?」
彼女は首を傾げる。
「一緒にお昼食べたかったから、かな?」
「理由が軽いな。コンビニのレジ横商品くらい軽い」
「でも美味しいですよね、あれ。から〇げ君とか」
「論点そこじゃない」
彼女はけらけら笑う。
「だってさっちゃん、戦闘すごかったし! 色んな話がしたい、と思って」
おお、それは素直に嬉しい。
……嬉しいが。
(なんだこのフラグの立ち方)
さっきから妙に胸騒ぎがする。
一年生バッジ。
明るくて活発。
教室のざわめき。
そして――
三大美女。
嫌なワードが頭の中で整列する。
「さっちゃんはもう、魔導競技部の注目株なんだよ!」
彼女はにっと笑った。
(やめろ、その”周囲に見られてますよ”情報を笑顔で出すな)
「……そういえば、君の名前は?」
一応、確認。
いや、たぶんもう答えは出てるけど。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
彼女は胸を張る。
嫌な予感が確信に変わるこの感じ、やめてほしい。
「私、一年生の――天河瀬澪です!」
――はい確定。
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俺たちは屋上に来ていた。
昼休みの屋上は、思ったより人が少ない。
フェンス越しに春の風が吹き抜ける。
――のどかだ。
「いやー、いい場所っすねここ!」
元気すぎる声が横で弾ける。
俺の手をまだ掴んだまま、澪がぐいぐい引っ張ってくる。
「いやちょっと待て、いつまで手握ってるの」
「え?」
澪は自分の手と俺の手を見て、
「あ、ほんとだ」
パッと離した。
「気づいてなかったのかよ!!」
「すみません、自然にやってました」
「ナチュラル距離やめろ」
心臓に悪い。
俺は適当な場所に座り、コンビニ袋を開く。
「ふぅ……やっと昼飯にありつける……」
「さっちゃん、コンビニ飯なんですか?」
「そうだけど」
澪は腕を組み、うんうん頷く。
「なんか、社畜の晩ごはんって感じですね」
「昼だわ!! しかも高校生だわ!!」
「でも雰囲気がもう疲れてる社会人なんですよ」
「誰のせいだと思ってる」
「私ですね」
「おい、自覚あったのかよ」
澪はケロッとして、俺の隣に座り弁当箱を開いた。
「どうです?」
中には色とりどりのおかず。
明らかにレベルが高い。
「……手作りか?」
「そうっす。朝作りました」
「朝からそのクオリティ出せるのバグだろ」
「えへへ。さっちゃん優しい」
……ちょっと照れるな。
いや照れるな俺。
「先輩」
澪は卵焼きをひょいとつまむ。
そして――
「はい、あーんです」
「展開が早い!!」
「チャンスは掴みに行くタイプなんで」
「恋愛RTAやめろ」
「はい、口開けてください」
「いや開けない」
「遠慮しなくていいですよ?」
「遠慮じゃなくて警戒だよ!?」
「女子からのあーん、断る派なんですか?」
「”後輩からの急すぎる接近”を断ってるだけだよ!」
澪はじーっと俺の顔を見て、ふっと笑った。
「やっぱり面白いですね、さっちゃん」
「どこがだよ。あとその呼び方やめろ」
「えー……じゃあ慧先輩」
「妥協案としては良し」
「じゃあ慧先輩、あーん」
「まだ続いてたの!?」
しつこいなこの後輩!!
結局、俺は卵焼きをもらって食べた。
もちろん、あーんはしていないぞ。
……いや、ホントだぞ。
「それで、なんで俺なんだ?」
「ん?」
「昼飯誘う相手、他にもいただろ」
澪は少し考えて、
にやっと笑う。
「強い人と仲良くしといた方が、得じゃないっすか」
「打算がストレートすぎる」
「合理的です」
「言い換えただけだろ」
少し風が吹く。
沈黙――
になりかけた瞬間。
「そういえば先輩」
「ん?」
「E級なのに凛先輩倒してましたよね」
「ぶっ」
危うくお茶吹きかけた。
「おかしくないですか?」
澪は卵焼きをくるくる回す。
「E級って普通、初級魔導でヒィヒィ言ってるレベルですよ?」
「……言い方にトゲあるな」
「なのに普通に勝ってる」
「偶然じゃないのか」
「偶然で勝てる相手じゃないっす」
即答。
しかも目がガチだ。
「……なんでそんな断言できる?」
「私、戦い見るの得意なんで」
「便利スキルかよ」
そして――
ぐいっ。
距離が一気に詰まる。
二十センチ。
近い。
普通に近い。
「先輩」
「なんだ」
「一個聞いていいですか?」
「怖い前振りやめろ」
澪は声を落とす。
「先輩って――」
ガチャッ。
屋上の扉が開いた。
俺と澪が同時に振り向く。
そこに立っていたのは――
腕を組んだ久保田だった。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
久保田の視線が、俺、澪、距離、弁当、距離と往復する。
そしてゆっくり頷いた。
「……なるほど」
「何が」
「青春だな」
「違う」
即答する。
久保田はさらに深く頷く。
「ついにgirl friendができたか」
「ガールフレンドだけ発音いいのやめろ。あと、話が飛躍しすぎてる」
「安心しろ」
親指を立てる。
サムズアップ。
「俺、友達代表として祝福する!」
「少しは話を聞け!」
澪は横で笑っている。
「先輩」
「なんだ」
「今の、めちゃくちゃ青春っぽかったですね」
「全部お前のせいだよ!!」
久保田がしみじみと頷く。
「いいな……屋上、弁当、距離近め女子……」
「ワードの並び方がオタクの願望なんだよ」
「羨ましい!! このリア充め!!」
「だから、彼女じゃないって!」
すると澪が、ひょいっと久保田を見る。
「先輩も一緒に食べます?」
「いいのか!?」
食いつき早いな。
「ただし条件があります」
「なんだ?」
澪はにやっと笑った。
「慧先輩の秘密、教えてください」
「ほほう?」
「おい、俺の情報を取引するな!!」
屋上に笑い声が響いた。
――たぶんこれ、しばらく平穏な昼休みは来ない。
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