第7話 国家権力魔導士
ブックマークと評価をお願いします。
体育館を出ると、夕暮れの風が頬を撫でた。
凛の不格好な踏み込みが、まだ頭に残っている。
(読みにくかった)
あれは、今までの凛じゃない。
綺麗すぎるほど整っていた“型”を、あえて崩した踏み込み。
無理のあるフェイント。
順番を入れ替えた魔導。
――明らかに、試していた。
そしてそれは、確かに戦いに混乱を生んでいた。
(悪くない)
少しだけ、嬉しくなる。
俺はそのまま商店街へ向かった。
――零式魔導雑貨店。
カラン、と鈴が鳴る。
「おかえり、慧くん」
「こんにちは、慧くん」
落ち着いた大人の声が二つ。
顔を上げると、カウンターの前に四人の姿があった。
黒のロングコート。
胸元には国家紋章の徽章。
揃いの意匠――国家権力魔導士。
国家に所属する公務魔導士で、魔導犯罪対策や魔獣討伐を担う専門職だ。
日本では、防衛省直属の魔導機関”国家魔導局”が管理している。
国家権力魔導士には階級がある。
見習い魔導士
↓
三等魔導士
↓
二等魔導士
↓
一等魔導士
↓
上級魔導士
そして目の前の二人は、その中でも上級魔導士。
国家権力魔導士、水上那奈と水上明。
那奈の“職”は、魔導工兵と罠師。
魔導装置や術式構造物を構築し、さらに地雷式魔導を戦場に設置する。
防衛と陣地戦を得意とする、防御型の魔導士だ。
一度那奈に戦場の準備を任せれば、そこはもう要塞になる。
一方、明の“職”は戦神と強化者。
圧倒的な戦闘能力で敵陣に突っ込み、さらに自分や味方へ強化魔導を重ねていく。
つまり、突撃役と支援役を同時にこなす、超攻撃型の魔導士。
魔導競技でもそうだが、魔導士にはそれぞれ“職”がある。
職とは、その魔導士が最も得意とする戦闘役割の分類だ。
その二人の隣にいるのが――
中学三年生の娘、水上美乃。
そして弟の、水上優斗。
「いらっしゃいませ。みなさん」
「お久しぶりです! 慧さん!」
「うん、お久しぶり」
美乃と挨拶を交わしながら、エプロンを結ぶ。
那奈がくすりと笑った。
「部活帰り?」
一瞬、間が空く。
「……ええ、まあ」
――知っている。
入部のことも。
今日、誰と手合わせしたかも。
(情報網どうなってんだこの人たち)
頭にカリンの顔がちらつく。
明が口を開いた。
「今日は優斗のために魔導書を買いに来たんだ」
「息子さんも国家魔導士になるんですか?」
「ああ。まだ見習いだけどね」
明はそう言って、優斗の頭に手を置いた。
「初級基礎課程は修了済みだ。今の優斗の職は“賢者”のみ。水と風系統の魔導を中心に伸ばすつもりだが――」
「最初から攻撃型に寄せすぎたくない、ですよね」
明がこちらを見る。
「……察しがいいな」
「賢者は魔導回路の安定が遅い職ですからね。
初期段階で火力型に寄せると、魔力制御が崩れやすいんです」
俺は棚の前へ歩きながら、並んだ魔導書の背表紙を指でなぞった。
「特に水と風は回路の干渉率が高い。
制御を覚える前に攻撃魔導を増やすと、魔導回路が暴れますから」
背後で、少し沈黙が落ちた。
「……慧」
明が苦笑する。
「さすがだな。詳しすぎるだろ」
俺は振り返らずに笑って答えた。
「本ですよ。一応、店主なので」
魔導が社会に普及して、六十数年。
その間に現れたものがある。
魔導犯罪。
そして、魔素濃度の上昇によって出現する魔獣。
国家魔導士は、その最前線に立つ存在だ。
守るために戦う者たち。
……まあ、その人たちが今、雑貨屋で魔導書を選んでいるわけだが。
「これと、これですね」
俺は棚から二冊を抜き出した。
『西洋型風系統:分割展開・防御・支援編』
『西洋型水系統:操作・防御・連携特化型編』
本をカウンターに置く。
「水や風みたいな、液体や気体を扱う魔導は魔力操作が難しいんです。
まずは操作を覚えるところからですね」
指先で本の表紙を軽くなでる。
「防御と支援は基礎になります。
仲間や自分を守る魔導は、攻撃より先に覚えておくといい」
少し間を置いて、続けた。
「防御魔導は……使い方次第で、攻撃にもなりますから」
優斗が目を丸くする。
「え?」
俺は笑った。
「例えば風なら、圧縮して壁にすれば盾になります。
でも同じ圧力を前に解放すれば――」
軽く手を振る。
「衝撃波になります」
「……」
明が黙り込んだ。
そして、ふと棚を見上げる。
「ところで慧」
「はい?」
「お前、本当に全部読んでるのか?」
俺は少し考えてから答えた。
「まぁ、大体は」
「大体って……」
明が呆れたように笑う。
俺は棚を見上げたまま言った。
「例えばあそこ」
一番上の棚を指差す。
「左から三冊目。
『東洋型雷系統:連鎖制御理論』」
明が振り返る。
「……あるな」
「第七章に、雷魔導の暴発を防ぐ制御式があります。
ただ、術式が古くて効率が悪い」
優斗が目を丸くした。
「え、読んだんですか?」
「うーん、読んだというか」
視線を少し右に移す。
「その隣の本の方が分かりやすいですよ。『近代雷魔導:三重回路安定理論』」
明が本を引き抜く。
ぱらぱらとページをめくる。
そして、止まった。
「……本当だ」
小さく呟く。
優斗が俺を見る。
俺は肩をすくめた。
「この店、本屋みたいなものですから。
どの本に、どんな内容が書いてあるか覚えているんです。魔道具もありますけど」
明が苦笑する。
「普通の本屋でも、そこまで覚えないと思うんだが……。ともあれ、ありがとう、慧くん」
「いえいえ。これをマスターしたら、次は攻撃型の魔導書を買いに来てくださいね」
「そんなにうまくいけばいいんだが」
「大丈夫ですよ」
そう言ったところで、明が思い出したように口を開いた。
「あ……そういえば、娘が君の魔導書を買いたいと言っているんだ」
美乃を見る。
彼女は舌を出して、てへぺろという顔をした。
「全然いいですよ。新しいのがあるので、ちょっと待ってくださいね」
「……そんなホイホイ新しい魔導を作られたら、研究者たちが号泣するぞ」
「泣いてる研究者の顔は見たことないのでセーフですよ」
棚の奥から数冊を取り出す。
薄い青の装丁。
表紙には、簡潔な魔法陣。
「これは初心者向けに作った上級魔導書です」
「なんだその矛盾した単語は」
明が即ツッコミを入れた。
俺は気にせず本を軽く持ち上げる。
「名前は”『零式店シリーズ』戦場制圧魔導式―単独魔導士用:広域殲滅術式集―”」
パラ、とページをめくる。
並ぶのは、どれも見慣れた基礎魔導式ばかりだった。
「使っているのは全部、基礎式です。
初心者でも扱える、オリジナルの戦場制圧用魔導を纏めています」
「……式の組み方や威力が、完全に戦争用のレベルなんだけど」
「一対多数戦を想定してますから」
「ここ普通の雑貨屋だよね?」
明が素で聞き返した。
すると、美乃の目がキラッと輝いた。
「やった! これ、ずっと欲しかったんです!」
「ずっとって……いつの間にそんなに有名になったのよ」
那奈が呆れたように笑う。
「いや、ただの雑貨屋オリジナル商品ですよ」
「ただの雑貨屋じゃねえだろここ」
そのときだった。
優斗が遠慮がちに近づいてきた。
さっきから、こちらをじっと見ている。
「……どうした?」
「えっと……」
少し迷ったあと、意を決したように言った。
「慧さんって……強いんですか?」
那奈と明が、わずかに視線を交わす
俺は苦笑した。
「どうだろうね」
すると優斗が、もう一歩近づく。
「強くなれますか?」
まっすぐな瞳。
「ええ、なれますよ」
俺は迷いなく答えた。
しゃがんで、目線を合わせる。
「でもね」
静かに続けた。
「勝つためだけに強くならないほうがいい」
夫妻の空気が、わずかに変わった。
理解している者の沈黙。
「勝つことだけを目的にすると、本当に大事なものが見えにくくなる」
少しだけ笑う。
「逆に、守るために強くなれば、道はあまり間違えない」
優斗は少し考えてから、力強く頷いた。
「はい!」
那奈が微笑む。
「いい先生に恵まれそうね」
「先生じゃありません。ここは雑貨屋です」
明が肩をすくめた。
「そうだな。慧ファンクラブ会員一同、応援するとしよう」
「その会員、どこで募集してるんですか」
那奈がくすりと笑う。
「県大会――いえ、全国大会。楽しみにしているわ」
「出場するかは分かりませんよ」
「女の勘よ」
「その勘、当たり率高すぎません?」
会計を終え、四人が店を出る。
扉が閉まる直前。
那奈が振り返った。
「慧くん、質問いいかしら?」
「はい」
「なんで、また魔導競技に戻ってきたの?」
俺は少し考えて答えた。
「新しい未知が見られるかもしれないと思ったので」
「そう」
那奈は微笑んだ。
「部活、頑張ってね」
扉が閉まる。
静寂。
俺は帳簿を開いた。
「……在庫、補充しないとな」




