表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

第22話 日常

 ――地区大会から、一週間。


 驚くほど――何も起きなかった。


 いや、本当に何も起きない。

 拍子抜けするくらい、何も起きない。


「優勝したのに、意外と静かですね……」


 澪が窓際で頬杖をつきながら、やや不満げにぼやく。

 頬が机に潰れて、ちょっとだけむにっとなっている。


 完全に“暇人モード”だ。


 窓の外では、校庭を走り回る運動部の声が響いている。

 サッカー部が叫び、野球部が叫び、陸上部が叫び――とにかく叫んでいる。


(元気だなあいつら……)


「もっとこう……」


 澪がだらっとしたまま手をひらひらさせる。


「『うおおお優勝チームだぁぁ!!』、『サインくださいぃぃ!!』、『澪ちゃーーん!!』みたいな感じ、想像してたんですけど」


「最後に私情混ざってない?」


 凛が即座にツッコむ。


「え? 気のせいですよ?」


「嘘つきなさい」


「えへへ」


(認めるな)


 柳先輩が静かに資料を閉じる。

 パタン、という音がやけに落ち着いて響いた。


「地区大会だからな」


 淡々とした声。


「県大会までは“準備期間”だ。騒ぐにはまだ早い」


「”準備期間”って言い方、急に強者感出すのやめてくださいよ……」


 澪が机に突っ伏しながら抗議する。


「なんかこう……裏でめっちゃ修行してそうな人のセリフじゃないですかそれ……」


「実際するからな」


「やめてください怖い!」


「現実を見ろ」


「やだ!」


 即答だった。


 潔い。


「平和すぎる……」


 澪が顔を横にして、死んだ魚みたいな目で天井を見る。


「何これ……逆に怖い……嵐の前の静けさってやつですか……?」


「戦いたいの?」


 凛がさらっと聞く。


 表情は真顔。

 声のトーンは普通。

 内容だけ物騒。


「いや!? そういうわけじゃないですけど!?」


 澪がガバッと起き上がる。


「じゃあ静かにしてなさい」


「理不尽!!」


 机にバンッと突っ伏す。

 音がうるさい。


「まあでもさ」


 斗真が椅子をぐらぐら揺らしながら笑う。


「実際、今は研究期間だろ? 次の夏前は県だし」


「研究……」


 その単語に反応したのは――伊藤だった。

 ゆっくりと顔を上げる。


「では――新戦術の検証を」


 にやり、と口角が上がる。


「ニヒヒヒヒヒ……」


「完全に悪役だ」


 俺が即座に言う。


「研究者の顔じゃない、ボスキャラの笑い方だぞそれ」


「否定はしません」


「する努力はしろ!」


 そのとき。


 ――キン。


 耳の奥で、細い音が鳴った。


 ほんの一瞬。

 金属を軽く弾いたような、澄んだ音。


 けど――


(……今の、なんだ?)


 周囲の音に紛れて、ほとんど気づかないくらいの小さな違和感。


 でも、確かに、引っかかった。


「……?」


 思わず、少しだけ視線を上げる。


「どうしたの?」


 優里先輩が、すぐに気づいた。

 やっぱりこの人、よく見てる。


「いえ……なんでもないです」


 軽く笑って誤魔化す。


 けど、


(……気のせい、か?)


 胸の奥に、ほんの小さな棘が残ったまま――


 話題はそのまま流れていった。


 =================


 放課後。


 学校からの帰り道をそのまま流れて――店へ。


 鍵を開ける。


 カチャリ。


 扉を開けると、いつもの匂いがする。

 木と、紙と、少しだけ金属の匂い。


 そして――微かに残る魔力の気配。


(……落ち着くな)


 鞄を置く。

 軽く肩を回す。


 一度外に出て、看板をひっくり返す。


 『準備中』から、『営業中』へ。


 カチン、と小さな音。


「……よし」


 軽く息を吐き、店内に戻る。


 =======================


 カラン。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げる。

 女性客だ。

 三十代くらい。


 少し疲れたような、でも優しそうな表情。


 営業用の笑顔を自然に浮かべる。


「どのような商品をお探しでしょうか?」


 女性は少し迷うように視線を泳がせてから、口を開いた。


「えっと……その……」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「子供に、本を読ませたいんですけど……」


 ああ、なるほど。

 その時点で、だいたい分かる。


「どうしても、読書が嫌いみたいで……」


 少し困ったように笑う。


「読書嫌いを直す魔導具って……ありますか?」


 よくある相談だ。


 そして――


「そうですね」


 一拍、間を置く。


「”読書嫌いを直す魔導具”は、ありません」


「……あ、そうなんですね」


 分かりやすく、少しだけ肩が落ちる。

 その反応を見てから――


「ですが」


 言葉を繋ぐ。


 棚へと歩く。

 並んだ魔導具の中から、一つを選び取る。


 青く、小さな栞。

 淡く光を反射する。


「”読書を楽しくする魔導具”なら、あります」


 女性の目が、少しだけ明るくなる。


 その変化を確認してから、栞を軽く掲げる。


「これは『声の栞』という魔導具です」


「声の……栞?」


「はい」


 丁寧に説明を続ける。


「本に挟んで魔力を流すと、ページを開いた瞬間――そのページを“声”で読み上げてくれます」


「へぇ……」


 興味が乗ってきている。


 声のトーンで分かる。


「ただ読むだけじゃありません」


 少しだけ、間を作る。


「ジャンルに応じて、語り口が変わります」


 指を一本立てる。


「童話なら、優しく穏やかな声で」


 二本目。


「冒険ものなら、テンポよく躍動感のある語りで」


 三本目。


「ミステリーなら、落ち着いた低めのトーンで」


「そんなに変わるんですか……?」


「ええ」


 軽く笑う。


「さらに――物語の場合は、

 登場人物の性格を解析して、”セリフごとに声色が変わります”」


「えっ……」


 驚きがはっきりと顔に出る。


「感情も乗ります。怒っていれば怒った声、悲しければ今にも泣きそうな声で」


 女性が完全に聞き入っている。


「つまり、”読み聞かせ”にかなり近い体験になります」


 一呼吸。


「”読む”ではなく、”聞く”から入れる」


「……」


「なので、読書が苦手なお子さんでも、入りやすいかと」


 沈黙。


 女性は栞をじっと見つめる。


 数秒。


 そして――


「……それ、ください」


「ありがとうございます」


 自然に頭を下げる。


 会計。


 栞の束を二つ。


 合計――十三万二千円。


 高い。


 普通に高い。


 初見の客なら、だいたいここで一瞬固まる。


 だが、この世界ではそれが“普通”だ。


 魔導が実用化されてから、まだ約六十年。


 魔素の制御理論はようやく体系化され始めたばかりで、魔導式の安定化にも高度な技術が求められる。

 素材もまた希少だ。魔素に適応する媒体は限られており、その加工には専門の職人が必要になる。


 結果として――


 魔導具は高い。

 例外なく。


 たとえそれが、ただの「栞」であっても。


 もっとも、この栞は俺が作ったオリジナル商品だから、余計に価格が高い。


 見た目こそ紙片だが、中には簡易魔導式が組み込まれている。


 ページの位置を固定するだけでなく、記憶補助や軽度の集中補正といった機能を持つ、れっきとした実用品だ。


 そして、この世界では、

 そうした“少し便利になる道具”に、平然と数十万を支払う。


 魔導の普及によって、全体的な収入水準が引き上げられていることもあるが――

 それでもやはり、安い買い物ではない。


 会計を終え、商品を差し出す。


「ありがとうございます」


「こちらこそ」


 女性は何度も頭を下げながら、栞の入った袋を胸に抱きしめるようにして店を後にした

ブックマークと評価、感想、レビュー待ってます!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ