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第2話 物語の始まり

「毎度ありがとうございました」


客を見送り、壁に掛かった柱時計を見る。

時刻は21時。明日は学校だ。


商品の補充を済ませ、在庫を確認し、一階の電気を消す。


二階へ上がろうとしたそのとき――

食欲を刺激する香りが漂ってきた。


嫌な予感しかしない。


階段を上がりきると、右手の台所に例のストーカーがエプロン姿で立っていた。

長い赤髪を揺らしながら、鼻歌交じりに鍋をかき混ぜている。


「お疲れ、慧。今ね、愛がこもったカレー作ってるから、ちょっと待ってね」


「ちょっと待ってね、じゃない! 何勝手に人ん家の台所使ってんだよ!」


「ふふ、そういうところも可愛い……」


「あ、もしもし警察ですか?」(スマホを取り出す)


シュッ!


次の瞬間、彼女の手から放たれた包丁が俺のスマホを貫き、そのまま壁に突き刺さった。


「ああああ!! 俺のスマホがあああああ!!!」


俺のスマホ君、さようなら。

これでカリンに壊されたのは七回目だ。


「警察呼ばないでよ。もう、照れちゃう」


「照れちゃうじゃねぇ! 俺に刺さったらどうすんだよ!」


「そのときは、一緒に心中しましょう」


「ガチでやめろ。あと弁償な」


「大丈夫。こんなときのために、私が買っておいた新型があるよ」


「……用意周到すぎるだろ」


「ふふ、私を誰だと思っているの?」


「それGPSとか位置情報が共有――」


「位置情報は共有されないと思うから安心していいよ(食い気味)」


「安心できねえええ!!」


紹介しよう。

焔カリン。四歳で初級魔導を扱い、中学で全国ジュニア大会マギア・バトル個人優勝。十七歳で日本代表選出。魔導士世界総合ランキング九位。現在二十歳。炎属性の使い手で、二つ名は“炎魔”。


国内外問わず絶大な人気を誇る彼女だ。


……もっとも。

その皮の下が悪魔だと知っているのは、彼女のチームメイトと俺くらいだが。


「ほら、イチャイチャしてる間にカレーできたよ。一緒に食べよ」


「どこがイチャイチャだ!?」


「いただきます」


「話聞け!」


ちなみに、カリンが俺の家に上がり込むのは初めてではない。


追い出す方法は分かっている。


それは「要求をできるだけ聞く」こと。


鬼畜である。


俺は恐る恐るカレーを口に運ぶ。

目の前でニヤニヤしている悪魔から視線を逸らしながら。


――うまい。


意外にも、いや悔しいが普通にうまい。


食後、カリンと自分の食器を洗う。

作ってもらった手前、不本意だが皿洗いは俺の担当だ。


「ねぇ、慧」


「何だよ」


「魔導競技、もう一度やってみない?」


「……急にどうした」


いつものへらへら顔が消え、凛とした表情になる。


「私、()()()()慧と戦いたい」


「えぇー。嬉しいけどさ、今の俺の趣味は魔導を開発することなの」


皿の泡を流しながら、できるだけ軽い口調で言う。


カリンは数秒、黙っていた。


そして。


「へぇ」


怖い声だった。


俺はゆっくり振り向く。


カリンが微笑んでいる。


すごく綺麗な笑顔で。


すごく怖い笑顔で。


「趣味なんだ」


「う、うん」


「魔導競技より?」


「……うん。今は」


数秒の沈黙。


カリンはふっと息を吐いた。


「なるほどね」


納得したように頷く。


そして、何気ない動作でコンロの上のフライパンを持ち上げた。


赤い魔法陣が、ふわりと浮かぶ。


炎系統魔導。


「いや待て待て待て!!」


「なに?」


「なんで今、炎属性魔導使おうとしてるの?」


「別に?」


にこにこしている。


すごく嫌な予感がする。


「慧の趣味、応援しようと思って」


「火力高すぎる応援やめろ」


「魔導開発って、爆発することもあるよね?」


「あるけど!!」


「だから」


フライパンの底に炎が灯る。


じゅわ、と空気が歪む。


「実験環境を整えてあげようかなって」


「二階《俺の部屋》は実験場じゃねわ!!」


俺はすぐさま魔導を発動させる


東洋型無系統魔導

「”法陣破棄ほうじんはき”!」


展開されていた魔法陣が、パリンッと音を立てて消えた。


カリンは不満そうに頬を膨らませた。


「ちぇ」


「ちぇ、じゃない」


俺はため息をつく。


「……なんでそんなに俺と戦いたいんだよ」


カリンは少しだけ目を細めた。


その視線は、いつものふざけたものじゃなかった。


「だって」


少しだけ笑う。


「慧、私の攻撃、全部避けるんだもん」


「それ褒めてる?」


「褒めてる」


即答だった。


「あんな顔で避ける人、初めて見た」


「どんな顔だよ」


「散歩してる顔」


「失礼すぎるだろ」


カリンはくすっと笑う。


「ねぇ」


そして、少し身を乗り出した。


「もう一回やろ?」


距離が近い。


近い近い近い。


俺は一歩下がる。


「……断る」


「どうして?」


「俺は平穏な人生を送りたい。そもそも目立つのは好きじゃない」


「魔導競技、楽しいよ?」


「知ってる」


「じゃあ」


「でも」


俺は肩をすくめた。


「勝つことに興味ないから」


その瞬間。


カリンの目が、ほんの少しだけ鋭くなった。


「……ふーん」


嫌な沈黙が落ちる。


数秒後。


カリンは突然、手を打った。


「よし決めた」


「何を?」


「慧」


「うん」


「私、ここに住む」


「は?」


「毎日説得する」


「帰れ」


「魔導競技やるって言うまで帰らない」


「帰れ」


「帰らない」


「帰れ」


「帰らない」


沈黙。


そして俺は気づいた。


カリンの後ろに、スーツケースが置いてあることに。


「……おい」


「なに?」


「そのスーツケース」


「服とか歯ブラシとか」


「帰れ」


カリンはにっこり笑った。


「よろしくね、あ・な・た」


「いぎゃあああああああああ!!」


――数分後。


俺はなんとか、カリンを家の外へ追い出すことに成功した。


=============


翌日。


(あぁ……ひどい目にあった)


放課後の教室。

すでにクラスメイトの姿はなく、静まり返っている。


鞄を肩にかけ、帰ろうと立ち上がったとき――


(ん?)


廊下の掲示板がふと目に入った。


『部員6名 部員募集中!! 魔導競技部より』


色あせたポスター。

だが、そこに描かれた結界と魔導陣のイラストは、妙に目を引いた。


昨夜、カリンに言われた言葉が頭をよぎる。


――もう一度戦いたい。


理由は、よく分からない。


けれど気づけば、俺は校舎を出ていた。


そして――


魔導競技部専用体育館の前に立っていた。

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