第三話:咆哮する空白
(肺が押し潰される。音が、単なる震動を超えて、物理的な質量になって僕をなぎ倒そうとしている)
遠くから押し寄せてくるのは、あらゆる反響を飲み込み、塗りつぶしていく、巨大で分厚い「低周波の壁」だ。
それは通り過ぎる場所のすべての音を奪い、世界を凹凸のない、平坦な沈黙へと変えていく。
――大気の断裂音:
空気が無理やり引き裂かれる、バリバリ、という乾いた響きの連続。
――音を喰らう空白:
周囲のざわめきや風の音が、巨大な穴に吸い込まれるように、シュゥゥゥ……と一箇所で消滅する不気味な吸引。
――彼女の防衛律:
僕の前に踏み出した彼女の装備が、ガキィン! と鋭く高い金属音を立て、これまでで最も高い周波数を放ち続ける響き。
(来る。音を存在ごと消し去る怪物が、すぐそこまで……!)
正面の空間が、ドォォォォォン、という、心臓の鼓動を直接停止させるような衝撃音とともに弾けた。
大気が激しく波立ち、僕の体は質量を持った風に煽られて、地面を転がる。
――衝撃の余韻:
キィィィィィィィン、という、鼓膜の奥で鳴り止まない、平衡感覚を奪うほど強烈なハウリング。
――衝突の残響:
金属が擦れる音に混じって聞こえる、ハァッ! という短く鋭い呼気と、重い質量が空気を切り裂いて何かに激突する、ズシィィィ、という鈍い打撃。
(戦っているんだ。正体不明の震動が、彼女の放つ音とぶつかり合って、耳を刺すような高い弾音を撒き散らしている)
僕は必死に地面を這い、彼女が作り出す「音の防壁」の背後へと潜り込む。
震える唇を重ね、僕は持てる限りの息を、口笛に変えて解き放った。
フィィィィィィィィ…………!
――共鳴の破砕音:
僕の口笛と彼女の震えが重なり、正面の空白が、パキィィィィン! と硬い面が粉々に崩壊するような音を立てて弾け飛ぶ響き。
――静寂の帰還:
荒れ狂っていた大気の激流が止まり、サァァ……という、細い雨が地面を撫でるような穏やかで低い残響。
(……勝ったのか? 耳の奥が、まだ熱い)
彼女が、一歩、また一歩と、重い装備を鳴らしながら僕の方へ歩み寄ってくる。
けれど、安堵した僕の耳に、反響の届かない別の方向から新しい音が届いた。
――未知の刻限音:
草原のさらに遠くから、カチ、カチ、カチ……という、無数のゼンマイが一度に回り始めたような、不気味で正確な機械の刻み。




