第十六話:旋律を編む風
(……一歩進むごとに、空気が急速に乾いていくのがわかる。
さっきまでの潤った反響は消え、
今は、無数の乾いた指先で全身を撫で回されているような、
賑やかなざわめきが周囲を埋め尽くしている)
ここは、ただの草原じゃない。
風が抜けるたびに、足元の草たちが互いの茎を打ち鳴らし、
まるで何千人もの人間が、
一斉に内緒話をしているような「声」を上げているんだ。
――ささやき草の合唱:
細く乾いた茎が風に揺れ、カサカサ、サワサワ、と、
言葉になりきらない無数の囁きが重なり合って、
巨大な波のように押し寄せてくる響き。
――空洞の笛鳴:
中が空洞になった草の穂を風が吹き抜け、
ピー、ヒュルルル、と、
あちこちで不揃いな調子で鳴り響く、自然の管楽器の音。
――彼女の踏破音:
重い足取りが乾いた草をなぎ倒し、
バリバリッ、ザクッ、と、
枯れた繊維が弾けるような、小気味よくも激しい摩擦。
(静かだけど、なんて楽しそうな響きなんだろう。
この囁き声……
なんだか、僕の歩くリズムを真似して、
一緒にダンスを踊ろうと誘っているみたいだ)
そう感じた瞬間、風の向きが優しく変化した。
ただのざわめきだった音が、
一瞬にして一つの「巨大な旋律」へと編み上げられていく。
――旋律の運搬:
周囲の草たちが一斉に同じ角度で鳴り響き、
シュババババッ、という、
空気が高速で回転し始める心地よい風切り音の連鎖。
(……わあ!? 体が、柔らかな音の束に押し上げられる!)
――浮遊する共鳴:
足元から突き上げるような、ヴォォォンという重厚な風圧。
それと同時に、僕たちの周囲で草の笛がピィィィン! と、
かつてないほど高く、晴れやかな和音を奏でる瞬間。
(怖いんじゃない。なんだか、大きな手で運ばれているみたいだ。
音が、僕たちを「もっと素敵な場所」へ連れていこうとしている……!)
彼女が僕の腕をしっかりと引き寄せ、
この音の波に身を任せるように、ふわりと地面を離れた。
「ガシャリ!」という彼女の装備の音さえも、
今は草原の合唱に溶け込んで、どこまでも軽やかに響いていく。
――地表の消失音:
足元のざわめきが急速に遠ざかり、
代わりに、遮るもののない上空の風がゴォォォー、と、
僕たちの耳を力強く、爽快に通り抜けていく音響。
(……すごい。僕たちは今、音の波に乗って、
この広大な荒野を飛び越えているんだ!)
喜びのあまり、僕は風のテンポに合わせて口笛を吹き鳴らした。
すると、反響の届かない遥か下方から、
僕の音に応えるようにワァァァァッ! と、
地響きにも似た歓喜の合唱が返ってきた。
やがて、激しかった風の音が、
スゥーッ……という穏やかな吐息のような響きに変わり、
僕たちの体はゆっくりと、
甘く瑞々しい「未知の音」が漂う場所へと降りていった。










